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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆21:セクスタブル・コンボ(インスタント)−2
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おれはそのまま視線を真凛、チーフ、そして巫女さんへと移しながら、土直神が伝えたかったものを目で示していく。視線のバトンリレー。意図に気づいた全員が、それに向けてさりげなく態勢を整えていく。
そして、最後の一人、シドウ・クロード。こいつが動いてくれるなどと期待はしていないが。邪魔だけはして欲しくない。奴はおれの視線を受けても何一つ動じることなく、相変わらず巌のように沈黙を保ったまま佇んでいた。
「さあもういいだろう、早くどけよ!」
奴がさらに土直神を押しだし、ついに歩を進めようとするタイミングに合わせて、今までぐったりしていた土直神が、唐突に声を放った。
「そういや……アンタが、小田桐だ、ってんなら……もうそれなりの、歳ッスよね」
「なに?」
くたばりかけていた人質の声は、だか思ったよりも明瞭だった。背中のキズから腿を伝って流れ落ち、すでに危険な量に達している足下の血溜まり。それがいつのまにか、土直神の足によって砂と混ぜ合わされ、赤い泥となっていた事に、小田桐はついに気づくことが出来なかったのだ。
「アンタくらいの、歳なら……、ガキの頃、絶対、やったっしょ?」
赤い泥は土直神の足によって引き延ばされ、シンプルな星形――晴明紋を描いていた。
「校庭で朝礼、してるとき先生の話が、タイクツでさぁ……、足で絵を描く、ってぇヤツ」
「貴様ッ……!!」
「それとサ。徳田サンとオイラはそれなりに――」
土直神の意図に気がついた小田桐がナイフの切っ先を再び向ける。だがすでに遅すぎた。
「長いつきあいだったんだよ!」
残された最後の力を込めて、踵で思い切り星の中心を踏み抜く。土砂崩れによって積み上げられた柔らかな地面は、まるでとろけるように、文字通りの泥沼と化して土直神自身と、そして彼を捕まえていた小田桐を引きずり込んだ。
今だ、などという合図を口にする余裕はなかった。
これから要求されるのは、精密な外科手術ばりの連係プレー。ついでに言えばリハーサルどころかブリーフィングもなし、もひとつ言うなら立ち会うメンバーはほぼ初対面の上に敵対関係ときたものだ。難易度で言えば、サジを投げるどころか最初から手に取る気すら起きない。
だが。
それをやってのけるからこそ、おれ達に存在意義があるのだ。
「『亘理陽司の』――」
足を取られ、態勢を崩しながらも起爆装置にかかった奴の指に力がこもる。俺の詠唱ではどう言葉を短く詰めてもそれを防ぐことは叶わない。しかし。
「疾ッ!」
俺のすぐ側を、鋭い音を立てて石礫が吹き抜けた。『風の巫女』の願いに応じ、下ろされた”風の神”が、地面の小石をその風で撃ち出したのだ。
「ぐっ!」
小石は正確に小田桐の手首を打ち据え、反射的にその指の動きを硬直させる。とはいえ、敵も一通りの訓練は受けた間諜の端くれ。紐でくくられた起爆装置を手放すようなはしなかった。『風の巫女』の機転も、奴がすぐに腕に力を入れ直し、再び起爆装置を押し込むまでの、わずか二秒の時間を稼いだに過ぎない。しかし。
「『指さすものの』『爆発を禁ずる』!」
その稼ぎ出された二秒は、おれが詠唱を完了させるに充分だった。施錠された因果が鎖となって確率を縛り上げる。確かに押し込んだはずのボタンがなんの反応も示さない、その事実に小田桐は驚愕するしかなかった。
「なんだそれはっ……!ふざけるな、ふざけるなっ!!」
狂ったようにボタンを連打する小田桐。実はおれとしてみればこれは一番マズいパターンだった。『鍵』をかけて都合の悪い未来への道を封鎖できるのは、数秒程度の時間に過ぎない。ああやって何度もトライされれば、いずれ『鍵』の拘束は解け、本来ごくあり得るべき結果が再現されるだろう。
単語数と対象を絞り込んで出来るだけ負担を軽くし、そのぶん時間を延ばしてかけた鍵だが、それも持ってあと三秒か。しかし。
その稼ぎ出された三秒は、ほとんどヘッドスライディングの要領で飛びかかった七瀬真凛が、小田桐のベストを引っ掴むまでには充分すぎる時間だった。
「いっ、せぇえええ、のおおお……!」
「小娘っ……!」
プラスチック爆弾の爆薬部分を直接ひっつかんで、その握力にものを言わせて起爆コードとベストごと引きちぎらんとする真凛。解除も分解もあったもんではない。
警察の爆弾処理班の人が見たら卒倒しそうな光景だが、おれの『鍵』が作用している間は、数万分の一でも爆発しない可能性があれば、その未来が現実のものとなり続ける。
一秒。真凛の指と、ベストを構成するケブラー繊維の間に恐るべき引張力が発生する。二秒。古流武術と現代化学の粋という、二つの人類の英知の綱引き。そして、三秒。
「せぇっ!!」
そして、最後の一人、シドウ・クロード。こいつが動いてくれるなどと期待はしていないが。邪魔だけはして欲しくない。奴はおれの視線を受けても何一つ動じることなく、相変わらず巌のように沈黙を保ったまま佇んでいた。
「さあもういいだろう、早くどけよ!」
奴がさらに土直神を押しだし、ついに歩を進めようとするタイミングに合わせて、今までぐったりしていた土直神が、唐突に声を放った。
「そういや……アンタが、小田桐だ、ってんなら……もうそれなりの、歳ッスよね」
「なに?」
くたばりかけていた人質の声は、だか思ったよりも明瞭だった。背中のキズから腿を伝って流れ落ち、すでに危険な量に達している足下の血溜まり。それがいつのまにか、土直神の足によって砂と混ぜ合わされ、赤い泥となっていた事に、小田桐はついに気づくことが出来なかったのだ。
「アンタくらいの、歳なら……、ガキの頃、絶対、やったっしょ?」
赤い泥は土直神の足によって引き延ばされ、シンプルな星形――晴明紋を描いていた。
「校庭で朝礼、してるとき先生の話が、タイクツでさぁ……、足で絵を描く、ってぇヤツ」
「貴様ッ……!!」
「それとサ。徳田サンとオイラはそれなりに――」
土直神の意図に気がついた小田桐がナイフの切っ先を再び向ける。だがすでに遅すぎた。
「長いつきあいだったんだよ!」
残された最後の力を込めて、踵で思い切り星の中心を踏み抜く。土砂崩れによって積み上げられた柔らかな地面は、まるでとろけるように、文字通りの泥沼と化して土直神自身と、そして彼を捕まえていた小田桐を引きずり込んだ。
今だ、などという合図を口にする余裕はなかった。
これから要求されるのは、精密な外科手術ばりの連係プレー。ついでに言えばリハーサルどころかブリーフィングもなし、もひとつ言うなら立ち会うメンバーはほぼ初対面の上に敵対関係ときたものだ。難易度で言えば、サジを投げるどころか最初から手に取る気すら起きない。
だが。
それをやってのけるからこそ、おれ達に存在意義があるのだ。
「『亘理陽司の』――」
足を取られ、態勢を崩しながらも起爆装置にかかった奴の指に力がこもる。俺の詠唱ではどう言葉を短く詰めてもそれを防ぐことは叶わない。しかし。
「疾ッ!」
俺のすぐ側を、鋭い音を立てて石礫が吹き抜けた。『風の巫女』の願いに応じ、下ろされた”風の神”が、地面の小石をその風で撃ち出したのだ。
「ぐっ!」
小石は正確に小田桐の手首を打ち据え、反射的にその指の動きを硬直させる。とはいえ、敵も一通りの訓練は受けた間諜の端くれ。紐でくくられた起爆装置を手放すようなはしなかった。『風の巫女』の機転も、奴がすぐに腕に力を入れ直し、再び起爆装置を押し込むまでの、わずか二秒の時間を稼いだに過ぎない。しかし。
「『指さすものの』『爆発を禁ずる』!」
その稼ぎ出された二秒は、おれが詠唱を完了させるに充分だった。施錠された因果が鎖となって確率を縛り上げる。確かに押し込んだはずのボタンがなんの反応も示さない、その事実に小田桐は驚愕するしかなかった。
「なんだそれはっ……!ふざけるな、ふざけるなっ!!」
狂ったようにボタンを連打する小田桐。実はおれとしてみればこれは一番マズいパターンだった。『鍵』をかけて都合の悪い未来への道を封鎖できるのは、数秒程度の時間に過ぎない。ああやって何度もトライされれば、いずれ『鍵』の拘束は解け、本来ごくあり得るべき結果が再現されるだろう。
単語数と対象を絞り込んで出来るだけ負担を軽くし、そのぶん時間を延ばしてかけた鍵だが、それも持ってあと三秒か。しかし。
その稼ぎ出された三秒は、ほとんどヘッドスライディングの要領で飛びかかった七瀬真凛が、小田桐のベストを引っ掴むまでには充分すぎる時間だった。
「いっ、せぇえええ、のおおお……!」
「小娘っ……!」
プラスチック爆弾の爆薬部分を直接ひっつかんで、その握力にものを言わせて起爆コードとベストごと引きちぎらんとする真凛。解除も分解もあったもんではない。
警察の爆弾処理班の人が見たら卒倒しそうな光景だが、おれの『鍵』が作用している間は、数万分の一でも爆発しない可能性があれば、その未来が現実のものとなり続ける。
一秒。真凛の指と、ベストを構成するケブラー繊維の間に恐るべき引張力が発生する。二秒。古流武術と現代化学の粋という、二つの人類の英知の綱引き。そして、三秒。
「せぇっ!!」
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