TS転生したけど、今度こそ女の子にモテたい

マグローK

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第117話 向上心

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 いつものように階段を登り終え、楓は今日の基礎トレーニングを終えた。
 メニューの内容を全て終えたものの、以前ほどすぐにへばることはなくなっていた。
 楓としても、少しは体力がついてきた自負があったものの、未だ疲れ切ることに変わりはなかった。
 だが、ここで楓は座り込まず、向日葵、桜、椿を見回した。
「僕、ダンスが上手くなりたい」
 皆一様に楓の言葉に目を見開いた。
 それもそうだろう。楓はつい最近まで、ダンスから散々逃げようとしていたのだ。にも関わらず、今は自分から積極的にやろうとしている。
 楓としても同じ気持ちだった。なにより恥ずかしく、やりたくなかった。それが、とうとう意識の変化で、やりたいことへと変わっていた。
 目立たないために控えめに踊っていたものを、動きに集中して盛大にやってみると、大いに胸の内がスカッとした。楓にとってそれは発見だった。知らない世界を知ることができた喜びだった。
「だから、ダンス上達のために手を貸してほしい」
 楓が言葉を付け加えても、しばらくの間、誰も口を開かなかった。
「本当?」
 沈黙を破ったのは桜だった。
「うん」
 楓の意識が変わったことまではわからないらしい桜は、ゆっくりと立ち上がった。そして、ニンマリとおちょくるような笑みを浮かべた。
「私の聞き間違いじゃなくて、楓たんはダンスが上手くなりたいの?」
「そうだよ。僕はダンスが上手くなりたい。桜も協力してくれる?」
 再度沈黙。しかし、今度の沈黙は黙考という雰囲気だった。聞き間違いでもなんでもないことがわかり、桜の笑みからバカにするような雰囲気が消えていた。
「いいけど、疲れてない? 楓たんも無理はよくないよ。それに、みんながみんな動けるわけじゃないと思うけど」
「私ならいいわよ。私が大丈夫なら誰も問題ないでしょ」
「まあ、椿たんが大丈夫なら問題ないよ。向日葵たんもいいよね」
「もちろん」
 さすがにダンスの練習となると、同じ場所では邪魔になるため、一行は少しスペースのある場所に移動した。

 近くの公園に着くと、四人は少し広がった。
 人の姿はそこまでなく、運動するにはちょうどよさそうだった。
「と言っても、楓たんのダンスって、あたしとしてはもう十分だと思うんだけど」
 腕を組みながら桜は言った。
「そう?」
「うん。動きの小ささが直っちゃって、踊りも覚えてて、今でも十分踊れてると思うけど」
「でも、まだまだだと思うんだよ」
 楓の言葉に桜は唸った。
 個人的なこだわりで、ただ、周りを困らせているのかもしれない。そう思って、楓はうつむいた。考えをあらためてみようかとも思った。
「そんなにしょげなくても大丈夫だよ。上手なんだから」
「今のままでいいの?」
「あたしはそう思うけど、楓たんが納得いかないんならもう少し考えてみたら? あたしじゃわからなくても、向日葵たんならわかるかもしれないし。それに、ぷにぷにも少しはマシになってきたし」
「なっ」
 突如お腹を触られたことで、、楓は声をあげて飛び退いた。そのまま向日葵に受け止められた。
「仲良くね。あたしは椿たんの相手をするから」
「私?」
「椿たんの修正点は見つかってるからね」
「私は一緒にやるけど、ほどほどでいいのだけど」
「そんなこと言ってないでさ。アーティストでしょ? ここでもしっかり表現していこうよ」
 桜の言葉に、椿は表情を引き締めた。まるで何かのスイッチが入ったように、目までやる気に満ちたように見えた。
「なら、しっかり言って。できる限りやってみるから」
「いいね。いいねえ。じゃ、向日葵たん任せたよー」
 二人は楓達から距離をとるため、別のスペースへと移っていった。
 集団で練習していたにも関わらず、気づけば二人になっていた。
 一対一の状況には慣れているはずだが、ぶつかったせいもあり、楓は急に気まずい気分になった。なんとか変な空気を打破するため、楓は口を開いた。
「さっきはごめん」
「大丈夫だよ。あれくらい」
 向日葵は、はははと笑っていた。
「よかった。じゃあ、早速だけど、向日葵はどこを直せばいいと思う?」
 ぶつかったことは気にしていないようだったが、楓の質問には、向日葵も桜と同じように唸るだけだった。
「私としては前のままでもよかったと思うんだけど」
「そう?」
「うん。周りに隠れようとやってる感じが好きだったけどな」
「多分。それが桜が言ってた修正点だと思う」
「そうなの?」
 ここでの向日葵は、人選ミスかもしれない。と楓は思った。
 教われば上達するのが常だったが、向日葵も必ず異変に気づけるわけではない。絵の時もそうだった。楓としては納得いっていなかったが、酷評することがなかった。
 絵にしろダンスにしろ、水泳のようにタイムのようなわかりやすい指標がないものでは、何をもって上手いか、何をもって上達したのか、個人の感覚によるのだ。
 となると、楓を好いている向日葵にとって、楓の行動はそれだけですでに十分なのだ。
 その事実を認識すると、今度は楓が唸る番だった。
 楓まで唸り出すと、何かしないといけないと思ったらしく、向日葵が口を開いた。
「じゃあさ、楓が直したいところを言ってよ。それで、私がこうしたらいいんじゃない? って口出しするから。これなら私も楓の力になれると思う」
「なるほど」
 確かにその通りだ。と楓は思った。
 何も見せずに修正点を聞くのは、あいまいなものである。全体を一度に修正するというのは時間的にも無理な話。
 そもそも聞き方が間違っていたのだ。
 楓は改めて考え直してみることにした。軽く体を動かしていると、すぐに思い当たる部分があることに気づいた。
「始まりと終わりの部分かな。ここはまだまだな気がする。始まってしまえばいいんだけど、それまでがちょっとね。あと、終わり方も難しいし」
「わかった。じゃ、やっていこうか」
 さすが向日葵。すぐにお手本のように寸分の狂いなく踊ってみせた。
「始まりはこう!」
「えーと。こう?」
 楓はそれを、習字のように真似て動いた。
「うんうん。そうそう。楓はどこが気になるの?」
「本当に出だしの部分」
「そしたら、もっとパッと動いてみるといいんじゃない?」
 再度、向日葵の実演。
 そんなふうにして、楓は向日葵の手本を見て、自分でやってを繰り返した。
 近くを通りすぎる人も向日葵の姿をちろりと見ていった。公園で踊っているのが、目立っただけかもしれないが、楓にはそうは思えなかった。すぐに見とれているのだと直感した。
 少し自慢げに笑みを浮かべながら、楓はダンスの練習に戻った。
「こう?」
「もう少し楽しそうに」
「た、楽しそう? こうかな?」
「そんな感じ。いいじゃん。できるじゃん」
「そうかな?」
 楓は、はにかみながら頭をかいた。
 何度か繰り返すうちに、楓も次第に始まり方のコツを掴み始めた。
 自然と体が動き出す。そこまでのレベルには至っていなかったが、楓自信、苦手意識の払拭のために自力でしていた練習が功を奏し、短時間ながら変化を実感していた。
「じゃ、次は終わり方にしようか」
 向日葵は少し前の部分から始めると、ピタッと動きを止めた。
「で、退場だよね」
「そう。だけど、僕がやるとどうしてか締まらない感じになっちゃうんだよ」
「それで普通じゃない? みんな素人なんだし、最初からできなくても問題ないと思うよ?」
「やっぱり羨ましいわ。向日葵の力。僕にも何か力があればいいのに」
「だから、私がいるじゃん。私を頼ればいいんだよ。すぐにはできなくても、少しずつできるようになってるんだしさ」
「うーん。まあ、向日葵がいいなら、お言葉に甘えるかな」
「これくらいどんとこいだよ」
 胸を叩いて見せる向日葵に、やっぱり必要なのは支えなのかなと思った楓だった。
 しばらくの間、向日葵の擬音や感覚的な言葉多めの助言を聞きながら、楓は練習を続けた。
 いつしか、始まりと終わりだけでなく、気になっていた他の部分も踊りを見せ、指摘を受けた。
 手本を披露する向日葵と踊り、しばらくすると、すっかり日は暮れていた。
「あれは参った」
 根を上げたように、桜がとぼとぼと歩いてきたのはそんな時だった。疲労感が顔に滲み出ていた。
「どうしたの桜」
「いやあ、椿たんがあんなでね」
 と言って桜が指さす先では椿が一人で踊っていた。
 体力トレーニングを終え、さらにダンスの練習を続けていたはずだが、体力が有り余っているように見えるほど、軽快に踊っていた。
「椿ってあんなに動けたっけ?」
「あたしもここまでとは思ってなかったけど、表現となるとああなるみたい。ちょっと覚悟が甘かったかな」
 桜でも知らないことがあるのだなと楓は思った。
「どう? 二人はいい感じ?」
「うん」
「へー自信満々だね。向日葵たんから見てもいい感じなの?」
「もちろん。どこに出しても恥ずかしくないよ」
「向日葵たんの折り紙つきか。いいね。やっぱり練習を計画してよかったよ」
 嬉しそうに桜も軽くダンスの一部を踊ると、二人から距離をとった。
「もう遅いから二人は早めに帰るんだよ」
「桜は?」
「あたしは椿たんを家に帰さないといけないからさ。引っ張ってでも家に連れてくよ」
「僕達も手伝うよ。ねえ?」
「うん」
「大丈夫大丈夫。ああなったのはあたしの責任だから。しっかり休むのもトレーニングのうちってね。じゃね」
 桜は二人に向かって手を振り出した。
 大丈夫とは言っているものの、楓は少し心配になった。桜の背後では、今もなお動きを確認するように椿が踊っていた。
「なんか帰れって感じだし行こうか」
「うん。またね桜ちゃん」
「じゃね桜」
 向日葵とともに手を振って、楓は公園を出た。
 結局、どうなったのだろうかと心残りができてしまった。
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