姉バカ転生者〜ゲーム世界で魔物を蹴散らしながら妹をバズらせるまで〜

マグローK

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第1話 転生先はゲーム世界

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 満員電車。濡れた傘。無言の人波。頭の中のノイズ。私の生活は、ただの「生存」だった。

 子どもの頃は誰かの救世主でありたくて、見返りも考えずに動き回っていた。
 それがいつだかなくなって。同じ日々の繰り返し。

 雨でベタつく車内で誰かの濡れた傘が私の足首に当たった。じめっとした感触に考えていたことが飛ぶ。

 聞こえないようにため息をつくが、近くの誰かには聞かれたかもしれない。
 そんなことすら気にできないほど私の心は余裕がなかった。

 好きだったはずのゲームも寝る間を惜しんでやることができなくなり、睡眠より優先することができなくなって久しい。

「……あぁ、しんど……」

 人の役に立つという昔の自分が掲げていた目標も、意味のある人生を目指していたことも、気にするのは時々だ。

 ようやく混雑する駅を通り過ぎ、空いてきたタイミングでスマホを出す。
 当てもなく、連絡もない。
 友だちと最後に遊んだのはいつだっただろう。

「ふー……」

 SNSで流れてきた進められていないゲームのネタバレ情報にイラっとして天を仰ぐ。

 車内広告の紙が揺れるのを無心で眺めつつ私はスマホの電源を落とした。

 毎日こんな日々。

 これがあと40年も続くのかと思うと嫌になる。それも、40年で終わらないかもしれないという恐怖とともに。

 最寄駅で降りて私は自宅までの道を歩き始めた。
 雨で濡れた路面に滑りそうになりながらも気をつけつつ歩く。

 雨は嫌いだ。通勤時間が長くなる。睡眠時間が削られる。

 そんな私の心を軽くしようと誰かがしてくれた訳ではないだろう。
 私は急な浮遊感に心臓がキュッと持ち上がる感覚と同時にスカートを反射的に抑えていた。

「キャッ」という甲高い悲鳴が何故か頭上から聞こえてくる。

 空から女の子が降ってくるはずもなく、声につられて上を見上げると、人影と夜空に瞬く小さな星々。それがどんどんと遠ざかっていく光景だった。

 疲れた頭でもよくわかる。私は落ちている、という現実だ。

 そういえばここ最近の大雨の影響でマンホールが吹っ飛んだだか、割れただかしたんだっけ。

 ぼんやりとネットニュースの内容を脳内で再生しながら私は落ちる前の光景を思い出していた。
 カラーコーンは置いていなかったはず。
 とんだ不運だ。いや、自分ごととして考えろ。か。それならばとんだ不注意ということになるのだろう。

 クソ喰らえ現実。

 誰が夜の暗さで穴の暗闇に気づけるか。

 まあでも、最後の最後で私が人身御供になって誰かが落ちなかったならそれはそれでよかったかな、なんて捏造ポジティブ思考が浮かぶ。

 小さな自己満足に浸っていると胸に穴が空いたようなぽっかりとした虚無が訪れてきた。

 何もできなかった人生。

 飛行機に乗っているような感覚が現実だとわかってくると手足から血の気が引いて視界がチカチカし始めた。

 きっと死ぬんだろうというこの状況。

 最後の瞬間なのに、これまでの人生で何一つ人に誇れることがないことに気づいて胸の穴が痛む。

「やっぱり誰かに何かできる人間でありたかったな」

 ほほに熱いものが伝う感覚があった。

 人は死ぬ。だから死ぬことはいい。でも、やっぱり今みたいにたまたまじゃなくて積極的に人に何かをしてあげたかった。

 こんな自分はまだ死ねない。
 死ぬ際にならないとやる気を出せないなんて、とんだスロースターターだけど、このまま死ぬなんて嫌だ。

 死んでたまるか。

 それでも、何が起きているのか整理する時間も与えられず、あっけなく死ぬことだけ理解できた後で私の意識は途絶えた。





 ぼんやりとした意識とともに私は目を覚ました。

 気づけば草原を走る感覚。
 現実のように鮮明な風が肌を撫でる感覚。
 スカートがたなびいている。

「あ、れ……?」

 見慣れた景色が見慣れないように感じている。

 私の名前は……、フェネル・リーズナー。……でも、それ以外の名前があったような気がする。

 そんなあり得ないはずの感覚がどうしてだかわからない。

 でも、体はぽかぽかとした陽の光に思わずその場に寝転んでみたり、どろんこになることも気にせず走り回ったりしている。
 何かがおかしいと思いながらも何がおかしいのかわからない。

 疲れたところで私たちは家に帰るのも当たり前のはずなのに、それではいけないと思う自分がいる。

 不意に隣を見れば手をつないでいる妹の笑顔。心を奪われるようなかわいらしいその表情に姉ながらドキッとしてしまう。
 その手の温もりが混乱していた私の思考を落ち着けてくれる。

 ……あれ? 私に妹なんていたっけ?
 これだっていつものことなはずなのに、私には妹なんていなかった気もする。

 それでも、つないだ手を離したくなくて、柔らかくて小さな妹の手を私は少し強く握った。握り返されるその感覚にまたしても心が安らぐのを感じる。

 不思議だな、と思いながら私は家が見えてきたところで妹の手を引いて走り出していた。

 家に帰れば大好きなお母さんのお話を聞けるから。
 お話? そんなことあったっけ?

 だけどなんだか胸騒ぎがする。
 それは今まで忘れていたことを思い出す予感のようなもの。

 いつものようにお母さんの前に座って、覚えて語り継ぐようにと教えてもらってからお話が始まる。

 心臓はいつもよりドキドキしている。
 やっぱり、今日の私は変だ。

「悪しき力を持つ者の復活、それは月に示される。その時、陽のアザを宿した子が」

「……え!」

 私は思わず立ち上がっていた。
 ズキリとした頭の痛みで私の目の前に見知らぬ光景が大量に流れ出してきたからだ。

「どうしたの? お姉ちゃん」

「急に声を出すなんて、何か思いあった?」

「え、いや。ううん。なんでもない」

 お母さんと妹のリンちゃんが不思議そうな顔をしたのを見て、私はその場に座り直した。

 この世界での妹の名前がわかることに疑問を抱きながらも、やっぱり冷静になれる自分がいる。
 冷静になれたおかげでぼんやりとしていた意識が急にはっきり鮮明とした。

 体は自由に動くし、ものもよく見える。

 私は知っている。今、この世界でのお母さんが話してくれているお話を。

 それは、大人気王道RPG「メグルアドベンチャー」最新作で登場した口伝だ。

 今のお母さんが話しているのはどの村にも代々伝わるお話だ。

 ってことは、私、ゲームの世界に転生してるの!?

「今度は話も聞かずに上の空。フェネル。熱でもある?」

「お姉ちゃん? どうしたの?」

「ううん。本当になんでもない。ちょっと疲れちゃっただけ」

「そう?」

「うん。だから心配しないでお母さんは続きを話して」

「なんだか受け答えがいつもよりしっかりしている気がするけど、わかったわ。子どもの成長は早いからね」

 心配そうにされながらもお母さんは話を続けてくれた。
 そして、続く話も聞き覚えがあるもの。

 私は確信した。ここが「メグルアドベンチャー」の世界で間違いないと。

 そして、覚悟を決めた。
 せっかく好きなゲームの世界に転生したのなら、今世こそは何かを成し遂げられる人間になろう。
 そう。目の前の妹を守れるようなそんな人間になるんだ、と。
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