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第44話 次会う時はお互いの姿で
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「本当に行くのか?」
「任せて、これでも私、演技は得意なのよ」
どんと胸を叩くタレカに僕はじっとりとした視線を向ける。
あまりに予想外の反応だったのか、タレカは動じたように目を丸くした。
「何? 不安なの?」
「不安だよ」
師匠の言い分としては、要するに、僕がタレカの妹になれなかった分、タレカが僕の家で僕の家族と擬似家族になろうという話だった。
そのために、タレカが僕の家に行き、遠谷メイトとして生活をする。そういうことだ。
もちろん、動画に出ているという情報だけしか知らなかったら、僕だって迷わず師匠の策に乗っただろう。
だが、今は違う。今はそうじゃない。僕は知ってしまったのだ。あの嘘が下手なタレカを。
「僕も行こうか? 家の勝手は僕の方がわかってると思うし、何かあっても、近くにいればすぐにサポートもできる」
我ながら演技が下手とは言葉にしない最高の申し出だと思ったが、タレカは首を縦には振らなかった。
「どうして」
「だって、変でしょ?」
タレカに同調するように師匠までうなずいていた。
「そうとも。メイト、キミは女の子を家に連れてくるようなタイプじゃないだろ?」
「……」
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
ここに関しては師匠とタレカの言い分通り、僕はぼっちの遠谷メイト。その期待に応えるぼっち加減だ。当然、僕の知り合いとして、女の子が家に来たことなどない。
「わかったわかった。任せよう」
僕は大きく息を吐き出しながらタレカの方に手を乗せた。
「それじゃあ、また」
「ええ。きっと自分の家で目を覚ますことになると思うわ。期待してて」
僕がタレカを家のそばまで送ることもためらわれたので、僕らは師匠の店、アリス・イン・ワンダーランドで別れた。
家の場所はわからなくなったらマップアプリで確かめてもらうことにして、僕は僕で家に帰る。
実家ではなく、タレカの家だ。
「はあ……」
この一週間ほどでタレカの家に侵入することに慣れてしまったな。
僕は、改めてがらんどうな室内を見回してみた。
「夢の一人暮らし、のはずなんだけどな」
思いがけない棚からぼたもち。心のどこかでずっとしてみたかった、一人暮らしというシチュエーションに一番近い状況なのに、胸は全く高鳴らない。
むしろ静かで、なんだかさびしい。
ただ、これはタレカが少なくとも一年以上過ごしてきた環境と同じだった。
帰ってきても誰の返事も返ってこない。誰もいない家の中。静かで、物だけが置かれた家。寝起きするだけの施設。
少しだけ、タレカ、もとい女体化した僕の匂いが残っている気もするが、それも微かなものだ。多分、思い込みか気のせいだろう。
「はあーあ。何を考えてるんだろうな」
僕はいい加減クツを脱ぎ、ズカズカと家の中に入り、カバンを放ってソファにどかっと座った。
何気なくスマホを出して、動画アプリを起動する。
別に、今さらになってタレカの言葉を疑い出したわけじゃない。今日まで体感してきたことは本物だ。僕が誰かのキセキで見せられている夢の中じゃない限り、僕はタレカの生活を、今のタレカの現状を擬似体験させてもらった。
だからこそわかる。彼女は、成山タレカは本物だった。
僕みたいな紛い物ではなく、彼女は強くある真実だった。
「え、これ私に? 嬉しい! やったー! パパ、ママ、大好き!」
たまたま再生していた動画に目が止まる。誕生日の時のものだろうか、プレゼントをもらって今では考えられないほど、無邪気に笑っているタレカの姿が映っていた。師匠ほどじゃないにしても、幼い感じの見た目で、元々はこんな素直な性格だったのだろうな、とうかがわせるような反応。
弟くんとも仲良さそうにしていて、もらったプレゼントを自慢していた。
ただ、そんな無邪気さも、ところどころに違和感がある。画面の端の方に移動した時、ふっと見せるタレカの顔は、虚無を思わせる表情を浮かべているのだ。まるで、エネルギーを消費しすぎないように、セーブしているような。
「すべてが動画のため、か……」
僕にはわからない感覚だ。きっと僕じゃわからない。この動画の中のタレカも僕では理解できないだろう。
常にカメラに追われて、特別な日すら話のネタ。そんな生活を一切してこなかった僕には、彼女の気持ちは察することさえはばかられる。
ただ、でも、だからこそ。つい最近のタレカの方が、子どもっぽく見えた気がした。僕に対して、得意だという演技をずっとしていたのか、もしくは今は力を抜いてくれていたのか。
ちらちらと思考の裏でタレカの顔がチラつき、頭を振って振り払う。スマホの画面をひっくり返して机に置き、僕は立ち上がった。
「料理しないと」
今日は僕しかいないのだ。
冷蔵庫に入ってるから、サラダとサラダチキンでいいや、というわけにはいかない。そんなふうに考えているのは、きっとタレカが色々と教えてくれたからだ。
「本当、お姉ちゃんしてたんだな。……ああっ!」
すっと通った時に、どこから落ちたのか、紙束がバサバサと床に広がった。
「やっちまった」
トントンと整えつつ、紙がずれている元あったっぽいところへと戻していく。
今度謝らないと、そう思いつつ紙束を戻していると、その中にある一冊のノートが目に入った。
「またやりたいことリスト……?」
勝手に見てはいけない、そう思ったが、今は僕がタレカなのだ。
向こうだって、どうせ何か僕の秘密を握っている。そう言い訳をしてノートを開いた。
そこには、今日までしてきたことがいくつも書かれていた。
「料理、買い物、カフェ、遊園地」
しかし全てが含まれているわけではない。
「図書館ってのはまだやってないよな」
いずれにしろ、どこで誰とやりたかったのか、ノートの内容からではそこまではわからない。でも、やりたいことがリスト形式でまとめられていた。
ずっと一緒にいたはずなのに、こんなものがあることには気づきもしなかった。
「やっぱり、家族なのかねぇ」
「任せて、これでも私、演技は得意なのよ」
どんと胸を叩くタレカに僕はじっとりとした視線を向ける。
あまりに予想外の反応だったのか、タレカは動じたように目を丸くした。
「何? 不安なの?」
「不安だよ」
師匠の言い分としては、要するに、僕がタレカの妹になれなかった分、タレカが僕の家で僕の家族と擬似家族になろうという話だった。
そのために、タレカが僕の家に行き、遠谷メイトとして生活をする。そういうことだ。
もちろん、動画に出ているという情報だけしか知らなかったら、僕だって迷わず師匠の策に乗っただろう。
だが、今は違う。今はそうじゃない。僕は知ってしまったのだ。あの嘘が下手なタレカを。
「僕も行こうか? 家の勝手は僕の方がわかってると思うし、何かあっても、近くにいればすぐにサポートもできる」
我ながら演技が下手とは言葉にしない最高の申し出だと思ったが、タレカは首を縦には振らなかった。
「どうして」
「だって、変でしょ?」
タレカに同調するように師匠までうなずいていた。
「そうとも。メイト、キミは女の子を家に連れてくるようなタイプじゃないだろ?」
「……」
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
ここに関しては師匠とタレカの言い分通り、僕はぼっちの遠谷メイト。その期待に応えるぼっち加減だ。当然、僕の知り合いとして、女の子が家に来たことなどない。
「わかったわかった。任せよう」
僕は大きく息を吐き出しながらタレカの方に手を乗せた。
「それじゃあ、また」
「ええ。きっと自分の家で目を覚ますことになると思うわ。期待してて」
僕がタレカを家のそばまで送ることもためらわれたので、僕らは師匠の店、アリス・イン・ワンダーランドで別れた。
家の場所はわからなくなったらマップアプリで確かめてもらうことにして、僕は僕で家に帰る。
実家ではなく、タレカの家だ。
「はあ……」
この一週間ほどでタレカの家に侵入することに慣れてしまったな。
僕は、改めてがらんどうな室内を見回してみた。
「夢の一人暮らし、のはずなんだけどな」
思いがけない棚からぼたもち。心のどこかでずっとしてみたかった、一人暮らしというシチュエーションに一番近い状況なのに、胸は全く高鳴らない。
むしろ静かで、なんだかさびしい。
ただ、これはタレカが少なくとも一年以上過ごしてきた環境と同じだった。
帰ってきても誰の返事も返ってこない。誰もいない家の中。静かで、物だけが置かれた家。寝起きするだけの施設。
少しだけ、タレカ、もとい女体化した僕の匂いが残っている気もするが、それも微かなものだ。多分、思い込みか気のせいだろう。
「はあーあ。何を考えてるんだろうな」
僕はいい加減クツを脱ぎ、ズカズカと家の中に入り、カバンを放ってソファにどかっと座った。
何気なくスマホを出して、動画アプリを起動する。
別に、今さらになってタレカの言葉を疑い出したわけじゃない。今日まで体感してきたことは本物だ。僕が誰かのキセキで見せられている夢の中じゃない限り、僕はタレカの生活を、今のタレカの現状を擬似体験させてもらった。
だからこそわかる。彼女は、成山タレカは本物だった。
僕みたいな紛い物ではなく、彼女は強くある真実だった。
「え、これ私に? 嬉しい! やったー! パパ、ママ、大好き!」
たまたま再生していた動画に目が止まる。誕生日の時のものだろうか、プレゼントをもらって今では考えられないほど、無邪気に笑っているタレカの姿が映っていた。師匠ほどじゃないにしても、幼い感じの見た目で、元々はこんな素直な性格だったのだろうな、とうかがわせるような反応。
弟くんとも仲良さそうにしていて、もらったプレゼントを自慢していた。
ただ、そんな無邪気さも、ところどころに違和感がある。画面の端の方に移動した時、ふっと見せるタレカの顔は、虚無を思わせる表情を浮かべているのだ。まるで、エネルギーを消費しすぎないように、セーブしているような。
「すべてが動画のため、か……」
僕にはわからない感覚だ。きっと僕じゃわからない。この動画の中のタレカも僕では理解できないだろう。
常にカメラに追われて、特別な日すら話のネタ。そんな生活を一切してこなかった僕には、彼女の気持ちは察することさえはばかられる。
ただ、でも、だからこそ。つい最近のタレカの方が、子どもっぽく見えた気がした。僕に対して、得意だという演技をずっとしていたのか、もしくは今は力を抜いてくれていたのか。
ちらちらと思考の裏でタレカの顔がチラつき、頭を振って振り払う。スマホの画面をひっくり返して机に置き、僕は立ち上がった。
「料理しないと」
今日は僕しかいないのだ。
冷蔵庫に入ってるから、サラダとサラダチキンでいいや、というわけにはいかない。そんなふうに考えているのは、きっとタレカが色々と教えてくれたからだ。
「本当、お姉ちゃんしてたんだな。……ああっ!」
すっと通った時に、どこから落ちたのか、紙束がバサバサと床に広がった。
「やっちまった」
トントンと整えつつ、紙がずれている元あったっぽいところへと戻していく。
今度謝らないと、そう思いつつ紙束を戻していると、その中にある一冊のノートが目に入った。
「またやりたいことリスト……?」
勝手に見てはいけない、そう思ったが、今は僕がタレカなのだ。
向こうだって、どうせ何か僕の秘密を握っている。そう言い訳をしてノートを開いた。
そこには、今日までしてきたことがいくつも書かれていた。
「料理、買い物、カフェ、遊園地」
しかし全てが含まれているわけではない。
「図書館ってのはまだやってないよな」
いずれにしろ、どこで誰とやりたかったのか、ノートの内容からではそこまではわからない。でも、やりたいことがリスト形式でまとめられていた。
ずっと一緒にいたはずなのに、こんなものがあることには気づきもしなかった。
「やっぱり、家族なのかねぇ」
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