懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人

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選ばれない女

ガタタタタッ!!
「あぶねえ!逃げろ!」
まだ小さな我が子を抱え、ふらふらとその日も歩いていた。
疲れた体に鞭打って買い物袋を肩に下げて家に帰ろうとしていた。

すると、急に周囲があわただしくなった。
気が付いた時には、馬車が道を外れてもう少しで私たちに衝突するところだった。
幸運にも、通りがかりの男が、馬車に衝突される寸前に助けてくれた。

あまりにもびっくりしたのと恐怖でしばらく腰が抜けてしまった。
その助けてくれた男はブラッドと名乗り、逞しく整った顔をした騎士だった。
こんなときなのに、私はしばらくの間ブラッドに見惚れてしまった。

しばらくして、気持ちが落ち着いてきて自力で歩けるようになった。
ブラッドはただ親切心で、荷物を運ぶ手伝いを申し込んできてくれたのだろう。
でも、私は彼ともう少し一緒にいたくて、その申し出にあまえた。

家にたどり着くまでに、分かったことは、ブラッドは結婚していて、子供はまだいないということだ。
間違えた考えだとはわかっていたけど、これは少しチャンスかもと思ってしまった。
過去に、家庭のある男に捨てられたばかりだというのに、だ。

数年前。この子を身籠ったと、この子の父親に告げたときあっけなく捨てられてしまった。
実は、その男には家庭があって私とはただの遊びだったらしい。
道理で、職場や出身地について聞いたらうまくはぐらかされていた訳だ。
名前だって本名かわかったもんじゃない。
記録に残る写真なんて一枚も撮らせてもらったこともない。
その後、その男を再び目にすることはできなかった。

子供が産まれてから、お金は足りないし、いつも寝不足だ。
でも仕事はいかないと生きていけないし。
いつも疲れとストレスで、どうにかなりそうだ。

そんな時にブラッドに出会ってしまった。
運命だと思ってしまった。
今度こそ、幸せになれるかもなんて思ってしまった。
この子の父親とブラッドは絶対に違う。
ブラッドは強くて優しいから私たちを幸せにしてくれるかもと思ってしまった。

だから、ブラッドと偶然を装って接触するよう仕向けた。
自分より弱いものを放っておけないブラッドは、いつも私たちに手を貸してくれた。
でも、それだけだった。

用事が終わるとすぐに、奥さんの待つ家に速攻で帰っていくのに嫉妬した。

自分の欲求を抑えることができなかった。
だから、あの日、近所に住む遊び仲間に私の家の中の様子を窓越しに伺ってもらった。
そして、子供が寝たのを確認してもらってから、計画を実行した。

わざと雨に濡れ、気崩した体のまま、ブラッドの胸に飛び込んだ。
なけなしのお金を出して、媚薬効果のあるお香を焚いて部屋に充満させていたのも効いたのかもしれない。

計画は成功した。
その後、相変わらず、偶然を装って仕事帰りのブラッドに接触した。
そして、どうにか私の家に誘導して関係を続けた。

子供の誕生日には、泊まって行ってくれることになったので本当にうれしかった。

でも、本当は気づいていた。
愛してるとも好きとも何も私に言ってくれなかったことを。
ブラッド自ら進んで、私の家には来ようとしなかったことを。
あの誕生日の日まで、泊まることはおろか、長居さえしてくれなかったことを。
その瞳は私のことを避けていたことを。

あの日、ケーキ屋に三人で入る直前、若い女性の視線を感じた。
直感で、その女がおそらくブラッドの奥さんだと悟った。
だから、わざとブラッドの腕にまとわりついた。
ブラッドと子供と私と三人で、とても幸せだと演出したかった。
ブラッドはそのことには全く気が付いてなかった。

次の日、ブラッドは用事は終わったとばかりに、あっけなく帰っていった。

ある日、あの媚薬効果のお香を紹介してくれた友達が遊びに来た。
帰りがけ、その友達が思い出したように、あの日の私の計画がどうなったのか聞いてきた。
外で話すようなことではないと思ったた。
だけど調子に乗ってしまっていた私はベラベラとあの日のことをそこで話して聞かせた。

友達が帰った後、ブラッドがやってきた。
ここにブラッド自ら訪ねてくるなんて初めてで天にも昇る気分で出迎えた。
でもブラッドは、何とも言えない疲れたような怒ったような顔をしていた。

そしていきなり別れを一方的に告げられた。
私の意見も何も全く受け付けない雰囲気を纏わせて。

どうやら、奥さんが家を出て行ってしまったらしい。
もちろん、私たちの関係がばれて。

別れを一方的に告げられたのに、奥さんが出て行ったと聞いて喜びが込み上げた。
あれ、もしかして、まだ私にチャンスがあるんじゃないか、って。
優しいブラッドなら、なんだかんだわたしたちが頼ったら断れないんじゃないか。
そして、時間をかけて家族になれるかも、なんて考えが浮かんだ。

だから、その後もブラッドに偶然を装って近づいた。
でも、いくら弱弱しく頼ってみても一切をはねのけられてしまった。
これ以上私が彼に接触するようなら、しかるべき手段に出ると言われてしまった。
今まであんなに親切にしてくれたのに。
あんなに関係を持ったのに。

でも、そんなことは彼にとっては、なんてことはなかったようだ。
やっと自分が失恋したのだと気が付いた。

ある日、偶然ブラッドを見かけた。
げっそりやせてしまった彼は、何かを必死に聞きまわっているようだ。
身を隠して声が聞こえるところまで近づいた。
どうやら、まだ出て行った奥さんの足取りを探しているらしい。

その後、大木の根元に座り込んだブラッドは、肩を震わせて「メグ」という名を何度もつぶやいていた。
ああ、奥さんの名前はメグなんだ。

一度目は、知らなかったとはいえ、奥さんのいる男とこの子をもうけてしまった。
そして今回は、奥さんがいると知りながら、ブラッドと関係を持ってしまった。

家庭があるとはいえこの子ができたんだから、最初の男は家庭を捨てて私のところにきてくるかもと期待したが、そうではなかった。
そして今回も、私は選ばれなかった。

あそこで肩を震わせて後悔しているブラッドに再び目を向ける。

すとんと胸におちてくるものがあった。
ああ、そうか、私は、彼も彼の大事にしていた人の幸せも、壊してしまったのだと。
私のやったことは、この子の父親とあまり変わらない。
確信犯なのだと。
わかってて、自分の欲求のままに、相手のあるべき幸せを破壊してしまったのだと。

だから今のブラッドが、かつて捨てられた時の自分に重なって見えるんだ-----。

そんなことに気が付いても、やっぱり私はブラッドに未練たらたらだ。
そして、こんなに必死になって探される奥さんに嫉妬してしまう。

こんなだから私は、いつまでたっても誰にも選ばれない---------------。

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