透明な世界でふたり

たけむら

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第4話

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そんな日々が続いたある日、補習が終わった後に担任の赤木先生から呼び出された。どうやら夏休み前に適当に書いた進路志望書が引っかかったらしい。

「飯野、お前最近頑張ってるじゃん。だって、始まったばかりの頃は、最後の小テスト0点連続更新してたのに、今日は8割取っちゃって」
「…はい」
「それで、進路志望書をもう1回考えてみてほしいんだよ。明日の補習が終わったら、ちょうど来週はお盆休みだからさ」

そうだった。明日が終われば、来週からお盆休みだ。友達と遊ぶ予定もないし、祖父母の家に帰省する以外用事もないので、何をして時間を潰そうか。

「飯野は何かやりたいこととかないの? なりたい職業とか」
「うーん、ない、ですね」
「このままだと、先生が勝手に決めちゃうけど」

それでもいいのか?と茶化して聞いてくれるのは、俺が話しやすい雰囲気を作ってくれているのだろう。なりたい職業、と言われた時に、パッと頭に浮かんだのは、病棟で働いている人たちの姿だった。しかし、これは最近白波瀬さんのところに行っていて、たまたま働いている姿を見る機会が多かっただけかもしれないし、子供が七夕の短冊にテレビのキャラクターになりたいと書くのとそう変わらないんじゃないかと思うと、口に出すのが躊躇われた。

「まあ、考え続ければ、いつか閃くから。ひとまずお盆休みの間だけでも考えておけよ、宿題な」

そう言って、進路指導書を返される。このままカバンに入れると、補習のプリントと同じ、悲惨な運命を辿ることは分かっているので、ひらひらと風に靡かせながら、自然と足が病院へと向かう。

「こんにちは」
「…こんにちは?」

病室へ入った時、白波瀬さんが首を傾げて不思議そうな顔をした。

「あのっ」
「はい…?」
「この間、将来の夢についてアドバイス、していただいて…ありがとうございました」

自分の口から飛び出す言葉の勢いに、白波瀬さんは今度は驚いた顔をしている。いつものような会話のテンポではないことに少し違和感を覚えたが、ややあってから、白波瀬さんが手に持っているプリントを指差した。

「それ…」
「あ、これ、進路志望書のプリントです」
「ああ、懐かしいなあ…高校生の頃書いたかも」
「なかなか、書けなくて、悩んでいたんですけど…昨日、小さい頃の自分の夢を思い出せました」
「…何の夢か、聞いてもいい?」
「えっと…」

今の自分には不釣り合いかもしれない、無謀な夢だと笑われるかもしれない。そう思ってしまえば、この夢を口にすることが、少しだけ怖かった。けれど、黙っていても、いつかは誰かに話さなくてはいけない日が来る。それならば、夢を思い出させてくれた白波瀬さんに、1番に伝えたかった。

「小さい頃は、医師になりたいなって、思っていたんですけど…それは、小さい頃で、多分医師以外の職業を知らなかっただけだったんだと思います。最近は、こういう、医療に携われる職業が、いいな、と…」

どのように反応されるのか、怖かったので、白波瀬さんの顔を見ることができなかった。俯いて話す声も、尻すぼみになっていく。返事がすぐにないことが怖くて、慌てて言葉を付け足した。

「いや、別に、これは今のところの話、というか…願望というか…。全然、実現できるかも、よくわからないし、まだ何も、調べたりとか、していないんですけど」
「…ううん、素敵な夢だと思うよ」

俯いて、下を向いたままの俺に、白波瀬さんの声が頭の上から聞こえる。

「もし、その夢が遠くても、いいんだよ。…その夢が遠ければ、遠いほど、大きな生きる理由になるよ」
「…生きる、理由?」
「どんなに苦しいことがあっても、夢との距離が遠くて悔しかった気持ちが、最後の最後、手を離さない理由になるよ」

そう言って、微笑む白波瀬さんの笑顔は、透き通った海のように綺麗だった。その言葉が出てくるなんて、今までどれだけの悔しさを乗り越えてきたんだろう。過去に何があったかなんて、他人の俺が知る権利なんてない。まるで、蛇口から流れ出てくる水のようだと思った。流れる水は、透明だけど確かに形があるのに、指で触れると掴めない。手が触れられないもどかしさと、悔しさとで、胸が少しだけ、苦しかった。


やるせない気持ちを抱えて、白波瀬さんの病室を出る。もうすっかり歩き慣れた廊下を通っていると、向かいから藤代先生がやってきた。

「あれ、飯野さん、白波瀬さんのお見舞い?」
「はい、少しだけ、ですけど…」
「あれ、その紙は?」
「進路志望調査書です」
「あー懐かしい! 書いた記憶あるわ、俺」
「藤代先生は、やっぱり、医師とかですか」
「まあね、色々あってね? 飯野さんは? 医師にしようよ、一緒に働こう」

そう言って、藤代先生は肩を組んでくる。自分も背が高い方だと思っていたけれど、藤代先生の方が少しだけ背が高い。そして重い。

「ちょっと藤代先生、飯野さん困ってるでしょ」

そう言って藤代先生を引き剥がしたのは、看護師の宇留間さんだった。若手の藤代先生は、ベテランの宇留間さんには尻に敷かれているらしい。ナースステーションの前を通ると、宇留間さんの勢いに気圧されている藤代先生を見ることが多々あった。

「ねえ、飯野さんごめんなさいね。そんなこと言われても、困っちゃうわよね」
「ええ、向いてると思うんだけどなあ」
「向いてないですよ、俺、補習引っかかるくらいですよ」
「大丈夫よ、まだ分からないから。困ったら藤代先生に教えてもらいなさい」
「え、でさでさ、そんなことはおいといてさ、君は何になりたいわけ?」
「えっと…」

先ほど白波瀬さんに伝えた言葉は、また喉の奥に引っかかってしまった。つかえを取ろうと、無意識に唾を飲み込む。

「いいのよ、大丈夫。無理に言わなくて」

心配そうに見ていた宇留間さんが、助け舟を出してくれた。言わないこともできたけれど、せっかく白波瀬さんが後押ししてくれた夢なのだ。恥ずかしがらなくても、大丈夫なのではないだろうか。

「いえ、あの…最近ここに来てて、ちょっとだけ、医療従事者も、いいな、とは、思ってて…」
「え、なれるなれる。全然なれるよ。一緒にここで働こうよ」
「ちょっと、藤代先生!」

まだまだ自信はない。これから、勉強を頑張らなくてはいけない。けれど、ここまで宣言してしまったからには、頑張らなければいけないな、と不思議と笑えてきた。

「え、これ名刺ね、聞きたいことあったら連絡して」
「これからが大変ね、頑張って」
「…はい、ありがとうございます」

どうなるか分からない。無謀な夢かもしれない。けれど、少しだけ、勉強を頑張ろうという意志が、熱くなった気がした。
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