夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第六章 ‐ 焔揺らぐ ‐

073話「ある演武の記録:3」

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第73話「ある演武の記録:3」



 ――……そういえばこんな事もあったよね。と、PCで当時の演武の映像を見ていた望が思い出し笑いをする。


 映像の中ではそれまで倒れていたモミザと三虎が立ち上がり、三人で観客に向かって一礼している所だった。一礼した時に自身が誤って模造刀を取り落とし、慌てて拾い直す映像に自ら苦笑する。だが、そこで演武の映像を眺めていた望の笑顔がふいに曇った。


 懐かしい、といってもこの演武があったのはまだ去年の冬の出来事であり、そこから月日は一年と経過していない。

 しかし現在、カメラ役だった巌山は警察に拘束されたまま、このカメラを回していたもう一人である水葉は戦死KIA。三虎も謎の失踪を遂げ、作戦中行方不明MIA。葬儀こそ行われていないが、仲間内では既に死んだものとして見做されている。


 ――――既にこの演武会を再現する事は不可能になってしまっていた。

 任務中に死んだ忍びの遺体が見つかるとは限らない。むしろ確率的に言えばより実力・あるいは頭の優れた敵にやり込まれて死ぬ可能性が高いのだから、死後に地中深くや海の底に葬られたり、裁断されたり、溶解されたりで死体そのものを処理されたり……あるいは苛烈な拷問や執拗な攻撃によって見るも無残な姿に変わり果てて躯を晒す事だって考えられるだろう。

 事実、巌山と銀蘭の手によって水葉スイバが発見されたとき、彼はそういう壮絶な状態にあったと噂だけには聞いている。それを聞いて同門として親交のあった望自身涙した。



 「殺された時に、綺麗な状態の死体になれると思ったらそれは楽観論だ」と清壱に言われたのはこの道に進むと決めた時の事だった。

 初めて言われた時は、正直を言えばこの人はなんでわざとそんな嫌な事を言ってくるのだろうとムっとしなかったわけでもない。しかし、彼もあの若さで色々と悲惨な末路を辿った仲間を見て来たのだろう。あの時言われた言葉は、いつしか「どうか君はそうならないで欲しい」という意味合いが込められていたけど、何年もついていく内『彼は素直にそう言えない人なだけ』だったのだと自身考えるようになった。


 先ほどまでの笑顔が嘘のように表情を曇らせた望が、演武の動画に映る槍を手にした苦咲良クザクラと、その受けを取る今は亡き水葉の在りし日の姿を見つめていた。

 苦咲良の演武が終わるころには望の気分もすっかり落ち込んでしまい、動画を一時停止すると、傍に置きっぱなしだったミュージックプレイヤーに手を伸ばし、音楽を再生し始める。近頃よく聴くのはレディー・ガガの曲で、今晩は「I like it Rough」から再生が始まった。

 ミュージックプレイヤーに付属した小型スピーカーから音楽が流れる中、望はアイスカフェラテを飲み飲み、メモ帳を開いて無意味なタイピングを行う。





 ぽよぽよーん
 望さん寂しいですよ
 三虎くんどこ行っちゃったですか
 水葉くん、いつドッキリ成功の看板持ってきてくれますか
 巌山先生、本当は望さんにナイショでグアムで遊んでるんじゃないんですか?


 水葉くんも、三虎くんも、死んじゃったなんてウソですよ。皆で演武やったばっかりじゃないですか。
 
 まだ望さんね、ギリギリ怒ってないですよ。
 巌山先生も今ならまだマカダミアナッツとアイランドガールのオイルで手を打ってあげない事もないです。
 だからみんな早く帰ってきてください。でないと望さんはとても寂しいです。
 

 ねえ清壱先生、寂しいですね。
 清壱さんも寂しいって感じる時あります?

 望さんがそうなんだから、清壱さんもきっとありますよね。ああみえて一応清壱先生もギリギリ人間ですし……もちろん、新型のTシリーズの可能性もまだ捨てきれてはいないですけど。


 望さんが寂しいって感じるのは、仲良しの友達にもう会えないって考えちゃう時です。
 清壱さんが寂しいって感じるの、どういう時ですか? 


 ねえイチくん――――






「バカみたい」
 望のキータイプが突如として止まって、苦い表情で呟いた。

「メンヘラ女子じゃないんだから。こんなのくしゃっとゴミ箱ですよ」
 自己嫌悪を吐き捨てた望がアイスカフェラテの残りを飲み干すと、マウスの右クリックを連打してメモ帳を閉じその内容を破棄する。


 望は気を紛らわせるようにしてテレビのリモコンを取る。テレビではケーブルTVチャンネルでサッカーの試合の再放送が行われていた。

 しばしサッカーの試合をぼんやりと眺めていた望であったが、すぐ手持無沙汰と退屈を感じて爪ヤスリを手に取り、心の落ち着きの無さを隠すように自分の爪を磨き始めた。



「ぽよぽよーん……でも本当にね……」
 それからは意識もしていなかったが、指先が喋らなくなった分、今度は口から無意識の独り言が勝手に漏れてしまう。
「望さんね、ニコニコしてても本当はすごく寂しいんだよう……」


 悪習だと思った。しかしどうせ誰も聞いていないので望は独り言を口から勝手に出るままに任せた。その方が自分の心に良いと思った。
「水葉クンも、三虎クンも、巌山センセイも、皆帰ってきてくれないかなあ……」
 到底かなわない願いなのは判っていた。それでも現実が変わって欲しいと望は心底思う。


「ねえ……清壱さんも、ニコニコしてても本当は寂しい事ありますか? ありますよね、だって望さんがそうですもん。……暇つぶしにお喋りでもしたいですね。さぎょいぷとかどうですか……」

 望はUSBで繋いだスマートフォンを一瞥して「今日はだめですか」と息を吐いた。

「でも清壱先生は死んじゃったりしないし、望さんの事を絶対守ってくれますから安心ですよ……ね、望さん」

 やすり掛けした足の爪に向かって、気怠そうな表情でフっと息を吹きかけると、そうやって言わせるがままに独り言を言わせ続けるのであるが、
「……お酒」
 が、次の一言であった。彼女の目線が冷蔵庫のあるキッチンの方へと向く。
「お酒、飲みたいですよね?」

 椅子から立ち上がった望はスリッパを履き、夢遊病患者のようにふらふらとキッチンの冷蔵庫に向かう。

 冷蔵庫を開くと、生の物はハムやサラミぐらいで他にはほとんど入っておらず、ピーマンやナスのような野菜がいくつかと、後は麦茶と、多くの缶チューハイ。女性の冷蔵庫としては少々退廃的であったが、家を週単位で開ける事もあるためこれぐらいが丁度よかったし、生鮮品が欲しい時はすぐ近くにスーパーがある、都会の強みだ。それに冷凍庫にも色々冷凍食品が入っている。どうせ料理もそこまで得意な方でも好きな方でもないので、生活としてはこれで上等なぐらいだった。


「はぁー、でも……」
 チューハイの一本に手を伸ばしかけた望が、冷蔵庫の扉を開けたまま溜息をつく。
「今日は待機だから、飲んじゃダメって言われてるんですよねえ」

 出動あるかもしんないし……。そう呟くと、うなだれながら冷蔵庫の扉を閉めた。


「はぁー……なんか冴えないなー……。今って”周期”だったっけ……?」
(気晴らしにキララちゃんにLINEスタンプ送って遊ぼうかな……。それともツイッターで誰かにクソリプでも送ってみようかな……)

 望の頭の中を3つも4つも思考が同時に浮かぶ。まるで自分の頭の中で、白い犬が自分の尻尾を追ってグルグル回っているような気分にもなった。

 なんだか既に精神的に疲れた気分になっていると、聴き慣れたレディー・ガガの音楽にバイブ音のノイズが混じっている事にふと気づいた。

「あれ、なんか鳴ってる?」
 月照支部からだろうか? 望は自宅内を駆け、自身のスマートフォンを置いているデスクに向かう。バイブ音と思われたそれはやはり聞き間違いではなく、確認して取ったスマートフォンにはたった今切れたばかり、不在着信の履歴が入っていた。発信者は月照支部からではない、筒井 清壱の仕事用の番号からだった。


「はいはい、今掛け直しますよー」
 もう数年の付き合いになるので、この時点である程度電話の用件が読めた。やはり酒は飲まなくて正解だったなと思いながら望はミュージックプレイヤーの動作を止め、電話を折り返し掛け直した。






 第六章 ‐ 焔揺らぐ ‐ 

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