夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第四章 ‐ 裏切者は誰だ ‐

034話「生者の特権」

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第34話「生者の特権」


 三人が歩いたのはそこから直線距離にしてせいぜい200メートルほど。念の為に二人の女性戦闘員はライフルクロスボウを手放さなかったが、リーヴァーズの悪漢連中も既に撤退したのか会敵する事は無かった。

 曲がり角でライフルクロスボウを構え、やはり敵影が無い事を確認すると、応援でやってきた女性の内の一人、雲母キララは言った。
「車を停めています」

「俺は一人でも大丈夫だ。それより顕教と銀蘭の支援に向かってくれないか」
「心配要りません、向こうにはもっと強い人が行ってますから」
 望見座モミザが年頃の女性特有の色気あるウインクをして言った。
「それに月照師範の指示です。無間先生の確実な回収も重要任務なんですよ」

「……そうか」
 無間が肩をすくめる。それが支部責任者の直接指示であると言われたら、彼もそれ以上彼女らのやる事に口をはさむ気は起こらなかった。


 それから1分も歩かない内、全国展開で駐車場経営を行う民間株式会社「エブリタイム24アワー」の黄色い看板が見えた。そこが目的地だった。

 雲母はズボンのポケットから車のキーを取り出し、遠隔によるドアロック解除ボタンを押す。駐車場に停めてあるいくつかの車の内、黄色い軽自動車が反応を示した。


「ささ先生、お帰りの車はこちらです」
 モミザがレモンスカッシュ色の軽自動車に手を向け、調子よく告げた。やや丸みを帯びたその車はスバルの「プレオ・プラス」だった。影の組織が大量に保有する車両の、その内の一つだろう。

「これは良さそうだ」
 そう言って、彼はスマートフォンだけをズボンのポケットに移し替えると、返り血で真っ赤に汚れた用務員の服を脱いでその場に捨て、上はタンクトップ一枚になる。小柄ながらもアスリート並に鍛え抜かれた上半身の筋肉が露わとなった。

「下も脱いでいいですよ」
「替えが?」
 無間が訊いた。

「無いですけど」
「辞めておこう」
「別に裸でも、見慣れてるのでいいですよ」
 モミザは無邪気っぽく笑う。

「そんなに”何人も”見たのか?」
 無間が片眉を吊り上げて冗談で返す。ひどいジョークにモミザは思わず苦笑した。
「そういう意味じゃありませんよ」
「なら、道場の更衣室は男女別だ」

 モミザは軽自動車の後部トランクを開き、雲母と自らのライフルクロスボウを無造作に収める。
 冗談交じりの会話の中で「これも積めるか」と、無間が訊いてきた。血に塗れた野太刀であったが、その鞘の装飾からして相当に高級なものであることはモミザの目にもわかった。

「平気ですよー。……うわ、これ重、すごい刀ですねえ」
 モミザも真剣は握った経験があったが、この牛車切はそれよりもずっと重い。それに手に持つと、必要もないのに刀を抜いてしまいたくなるような、この刀特有の魔力と言いたくなるような衝動が湧きあがって来るの感じる。彼女はこの刀に自然と畏怖を覚えた。

「気を付けてね、戦車と交換できるぐらい高いから、それ」
「げ、マジですか」
 モミザの表情が引きつった。彼女は落とさないように、丁重に車両後部のトランクに、斜めに立てかけるように牛車切を収納した。

 ごめんなさいこれ、ちょっとナナメなっちゃいますけど。と、刀が真っすぐ収納できない事を彼女は詫びたが、無間は「しょうがない、気にしないよ」と許容の意志を気軽に示した。

 軽自動車の後部シートにはまず無間が、続けて後部トランクを閉めた望見座モミザが乗り込む。運転席に座ったのは雲母キララだ。

「ちなみに戦車っていうと……」
 車にエンジンを灯しながら、雲母が先ほどの雑談の続きを口にする。
「もちろん、自衛隊が使ってる最新型の事だが」
「……5億ぐらいですか?」
「もうちょっと高かったはずだな、確か10億前後」
 アラブの金持ちならそれぐらい積んでもおかしくはない。と無間は付け加えた。


 と言われれば、却って二人の困惑は深まるのだ。「どうしてそんな高い物を」という当然の困惑が。特にモミザの方は実際それを手に持ったから判るのだが、鞘や柄にはべっとりと人間の血液が……。
「ええ……でもアレ、なんかめっちゃ血ついてましたけど」
「斬ったからな、あれで」
 雲母の運転で車が駐車場を出る中、無間は平然と言い放つ。

「ちなみに何人ぐらい……」
「さあ? 銀蘭さんが元々持ってきたから。それに今日は敵が多かった」
 彼は一瞬考え込むと、こう答えた。
合計トータルなら10人、いや20人以上殺ったと思うが……ゴミのこまかい生命かずなんて気にしなかったしな……どうだか」

「凄いですね……」
「まあ、さっきその刀、ブン投げたけど……」
「うっそ……」
 モミザの顔から表情が完全に消え去った。無間もまた首を横に振った。

「……流石に、ぶん投げた刀の最高額を更新したよ」
「それ、大丈夫なんですか……」
 と、運転中の雲母も恐る恐る小さな声で尋ねてしまう。


「さあ……? 状態によってはダメという事も……。支部に戻ったら刀の点検が……」

 無間が暗い瞳を浮かべたまま、暗いため息を吐いた。「牛車切ギッシャギリ 寿郎太ジュロウタ」は、現在絶賛拘留中である「厳山ガンザン」師範代のかつて保有していた刀だ。無間も実物は入門して間もない頃、演武大会で彼が使っているのを一度見ただけ。

 その後も宗家や月照と酒を飲む際に、ごくまれその刀剣の話を聞かされた事があったり、当時の演武のビデオを見返すことはあったものの、この日が来るまでは長らくこの刀の存在を忘れていたぐらいだ。てっきり手放したものかと……。

 恐らくではあるが、この刀剣の隠し場所を銀蘭が知っていて、カスミの危機と聞いては張り切って持ちだしてきたのだろう。出所後に持ち主の巌山に怒られないと良いが、娘の為だったと言えば大目に見て貰えるだろうか……? 無間はそのような心配に頭を悩ませる。


 最後に戦ったあの合気道家は実際強敵で、戦っている時はこんな事を気にしている余裕など無かった。牛車切の価値に囚われていたら、逆に命を落としてさえいただろう。

 とはいえ流石に値段が――――。


 そう、こういう後悔は後からやってくる。


(昔、宗家そうけに言われたな……)
 霧のような雨を払う「プレオ・プラス」のワイパーの音を聞きながら「後から後悔出来るのは生きてる者の特権だ」と、かつて宗家から笑顔で肩を叩かれた事を思い出していた。
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