夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第四章 ‐ 裏切者は誰だ ‐

038話「ナンバー2を欠いて」

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第38話「ナンバー2を欠いて」


「これで月照支部の四天王が揃ったな」
 無間の顔を見るなり口にしたのは、50代前半から半ばほどの中老の男である。白髪の多いグレーの髪で、口ひげを蓄えた彼の名は「有澤」、また組織で名乗る号は「月照ゲッショー」。その号の通り、このビルを根城とする「月照支部」の支配者にして師範。
 流派全体としても「夜影十傑集」に名を連ねる地位と、それに相応しい実力の持ち主だ。


巌山ガンザン先生が居ません」
 眼鏡をかけた男性が、月照支部のナンバー2……即ち巌山師範代の不在を指摘する。

 在校生を連れての脱出を支援していたこの男の名前は「門倉」、年は40歳ほどだが、見た目はそれよりも若く見えた。号は「苦咲良クザクラ」、一見して物腰の低そうなサラリーマン風の中年男性が、月照支部のナンバー5の地位にある事を一般市民はどうして判別できるだろう。


「それは仕方がないよ門倉君」
 「月照」こと有澤が肩をすくめた。

「「苦咲良」先生」
「いいですよ、ここで”号”は止しましょう」
「判りました。門倉さん、お忙しい所を済みません。何でも応援に来てくれていたとか」
「良いんですよ、私の仕事ですから」

 門倉は申し訳なさそうに頭を下げる支部のナンバー3の手を取って、ニコニコと握手を交わす。

「しかしお仕事の方が……」
「平気です。まあ、もしも失職したらこっちから俸給を頂きますよ、筒井さんみたいに」
「そうしてください。ところで、四葉に会いましたか」
 無間は軽く笑ってみせると、この場に居ない四葉という仲間の所在を気にかけた。夜陰流に所属しながらも既に半独立してしまった男で、今では超法規的私設軍隊「日々谷警備保障」の社員として外側から夜陰流をサポートしている男だった。


「ええ、彼も自転車で駆けつけてくれて……爆走しながら悪党を轢いてましたが、相変わらずすごいですね」
「今はどこに」
「支部に一度戻って来たんだが、次の仕事に行ったよ。日比谷警備の方も、今忙しいみたいでな」
 と、有澤が答えた。

「そうか、あっちも威瀬会組ヤクザの処理を抱えてるからな」
「警察の暴対が限界だからなあ……まあ、後で帰って来るかもしれんよ」


 どうやら四葉とはタイミングが悪かったようだ。自由奔放な奴の事は放っておき、無間は次に京子の方を向いた。

「卜部さん、ご無事で何より」
「こっちの台詞です」

 齢60を超える老女は月照支部のナンバー4。名を「卜部ウラベ 京子キョウコ」、号は「銀蘭」。夜陰流に来る以前から関口流抜刀術の支部道場師範の地位にあった女性で、こと打刀を扱った剣術と居合の技術にかけてはナンバー3の無間を凌ぐ。

 無間は彼女から借りていた物を返さなければならなかった。とはいっても、それ自体京子が広瀬邸から拝借してきたものだったが……。

「お借りしてた牛車切、返します」
「あら、どうも」

 返り血に染まった紋章菊色の野太刀を目にするなり、門倉からは「うわあ」という興奮にも似た驚きの声が、有澤からは「うわぁ……」という、半ば悲鳴にも近い声が漏れる。

「これ、もしかして牛車切ギッシャギリ 寿老太ジュロウタじゃないですか……一体どこから……」
「私が、”あの人”の隠し武器庫から……」
「あーあ、ひどい……まーた派手にやったなあ……」
「すみません、加減が出来なくて……」

「……これ、元々は御物だったの、知ってた?」
 有澤がポツリと呟くと、意味を解す一同の表情が一瞬にして凍り付く、京子に至ってはショックのあまりに白目を剥いてさえいた。

(※注釈:御物ぎょぶつ=皇室の私有品)



「それに野太刀は現存数が少ないから、価値も割り増しになるんだよねえ……。是が非でも修理しないと大変だぞこれは……」
「持ちだした私の責任ですので私が何とかします……」
 京子が蒼い顔で溜息を吐いた。

「ところで卜部さん、彼女の方は」
「裏で寝かせてます。かなり疲れていて、足を車に乗り換えた所で寝てしまったので……」
 京子が答える。広瀬 カスミは無事に守られ、月照支部にまで送り届けられた。こんなビルだが警察の保護下よりもずっと安全だ。今彼女はどんな夢を見ているだろうか、良い夢だろうか、いや悪夢かもしれない。とにかく今はこの接骨院区画のベッドの一つで横になっていた。

「無理もありませんよ、相当疲れたでしょう……。筒井さんも、あの中をよくご無事で」
「大した運動でもありません」
 門倉がねぎらうと、無間はいつものように涼しく答える。門倉は「この人らしい」と内心思って笑った。
「はは、そう言えるのは筒井さんだけでしょ」
「門倉さんでも僕と同じ事が出来ますよ」
「買い被りです、僕はデスクワーカーですよ」

「現地の状況について、既に京子さんから軽くは聞いているが……実際どうだった、一番状況を見ていた君から話を聞きたい」
「はい。まずはどこからお話しましょうか……」

 有澤から差し出された冷たい緑茶のコップを貰うと軽く口につけ、今回の一件に関する報告を行った。「ジ・リーヴァーズ」が乗り込んで来た事、彼らの指揮官格がカスミの父の事を名指した事、非常に高度な合気道の使い手や銃火器の扱いにある程度慣れた者が敵の中に混ざっており、これまでのチンピラやヤクザ組織とは一線を画す戦闘能力を敵兵が持っている事……。ただ、何を思ったか「地獄門」が奪われた事と、「三虎」に関する報告はその場で避けた。



「……といった具合です」
「なるほど、やはり彼女の父の素性が割れたか……危惧した通りだったな」
 報告を受ける有澤の表情が渋いのは、決して飲んだ緑茶の苦みのせいではなかった。

「警察の動きも、明らかに向こう側に傾いています。少なく見積もって、警視庁の一部は既に腐敗しているものと見た方が……」
「リーヴァーズ本体よりも、そっちが危ないかもな。実際、巌山の身柄を拘束されているのはかなり痛い」

「手はありますか」
「わからん、まずは横と上で話し合わないと」
「宗家と他の十傑集ですか」
「それもある。もっとも今回は役人との話し合いもついてくるだろうが。……まあ、何とか手を打つさ。後手に回るのは面白くないからな」

 有澤が不敵な笑みを一瞬見せた。それから彼は暇を持て余したかのように、京子が持つ牛車切を借りて、その鞘から刃を少しだけ引き抜く。刀は血と油でべっとり汚れていて、戦いの激しさを静かに語っていた。


「それにしてもこの刀の具合……相当激しくやったな」
「済みません、価値は知っていましたが御物までとは……」

「いや、刀の問題じゃない」
 有澤は言った。
「君ならあの子一人抱えて、もっと早く離脱出来たんじゃないのかい」

「そういうプランも直前まで考えました。しかし……」
 無間は一瞬俯いて、あの僅かな学園生活、その隅で生徒たちの談笑を微かに聴きながら、屋上で青い空を眺めていた事をふと思い出す。無間はその時ふと、自分は少女だけでなく、あの学校の環境自体を、出来る事ならばそのまま守っていたかったのではないか、などと考えてしまった。

「あの学校を、完全に見捨てる事も出来なかったのです。どちらにせよ、崩壊が避けられなかったとしても、せめてもう数十人は助けられるかもしれないと……」
 そう言って、彼は十年以上前から同じ、暗い虚無を抱えた瞳で言った。しかしその口元には、どこか自嘲的な笑みが浮かんでいたのを有澤は見逃さなかった。

「別に責めようなんて思っちゃいないよ。君はとっくに一人前だ、本来なら対等な立場で、いちいち私がどうこう言う相手じゃない。宗家も君の働きを褒めるだろう」
 だがな。そう言って有澤は付け加えた

「あまり刹那的に生きるなよ。お前は簡単に死んでいい男じゃないんだ、判るな?」
「わかってますよ、先生」
「とりあえず君も少し休め、幸いここにはシャワーもベッドもある」
「そうさせて貰います」

 そうしてナンバー2を欠いての会議を切りあげ、無間はシャワールームへと向かった。
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