夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第四章 ‐ 裏切者は誰だ ‐

047話「ご予約の二名様」

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第47話「ご予約の二名様」


 今夜も雨だった。夕方に差し掛かった頃から、しとしととした雨がアスファルトに降り続けている。
 水溜まりが街のカラオケ店のネオンを捉え、その光を反射している。

 その水溜まりの上を、黒い四つの足を携えた鉄の馬が駆け抜けると水しぶきが上がり、暗い滴は歩道にまで飛んでいった。

 夜道を走る鉄の四輪の馬は紺色のトヨタ・サクシード。運転は望見座モミザが行っていた。
『カンナギ14からワカウカ2(銀蘭)』
 無間の耳に通信が届く。後方支援を行うのは電算拠点である通称「虎ノ門支部」所属の大宮 七々子、コールサインをカンナギ14からの呼び声だった。声は聴こえないが、月照師範も月照支部でこのやり取りを聞いている事だろう。

「こちらエンマ0、ワカウカ2は今手が離せない。報告等であれば私が代理したい」
 助手席に座る無間は後部座席を一瞥すると、代わって応答した。

『問題ありません、カンナギ14よりエンマ0(無間)、ニニギ1以下準備が完了しています』
「パーティーはもう始まっているのか」
『ニニギ7(大田/苔石タイセキ)のみ先行しています』
「エンマ0了解、こちらは現着まで――――」
「ごめん、もうちょっとかかる」
 無間の目配せに気付いたモミザが、運転を続けながら答えた。


「「もう少しかかる」と。15分後にもう一度報告する」
『カンナギ14了解』
ニニギ7タイセキよりエンマ0ムゲンへ』
「こちらエンマ0」
『捕虜や監禁された民間人等の確認はこちらからでは取れない』
『了解。予定通り、私とワカウカ2でバックルームの捜索を行う。従業員が暗器を持っている可能性に留意しつつも自然に過ごしてくれ』
『ニニギ7了解』

 また通信が静かになり、聴こえるのはフロントガラスにつく微かな雨音と、ワイパーが跳ねあげる音だけになった。

「おばあちゃん、お疲れですねえ」
 夜の闇の中、沈黙を切ったモミザの微笑みを、眠らない街のネオンが一瞬照らす。車の後部座席では、銀蘭が横になって眠っていた。

「実際疲れてるからな」

「寝かせてやってくれ、死ぬほど疲れてるんだ」
 モミザがアーノルド・シュワルツネッガーの吹き替えの声真似をすると、冗談を解する無間が鼻で笑った。
「そういう事だ。あの子の心身の世話に、編入出来そうな通信制高校のリストアップ、俺と一緒に役人への挨拶回り……」

「大変ですねえ……お姫様の侍従は」
「あの子には優しくしてあげてくれ。辛い目に遭ってる」
「してますよ。それに私、あの子好きですよ、良い子だし、可愛いし」
「そうか」
「――――結局、学校の一件は何とかなりそうなんですか?」

「詳しい事はあの人じゃないと、俺は」
 ルームミラーを一瞥してから、無間は思い出したようにこう口にする。
「そういえば、家庭教師の目途なら立ったと」
「家庭教師ですか?」

「ああ、面白いのを見つけた。あの高校の生き残りの教師なんだが、一人臨時スカウトする事にした」
「先生? あんな事があったのにメンタルとか平気なんですか」

 モミザが怪訝な表情をして懸念を述べたが、当然の意見である。例え命が無事であったとして、およそこの世の地獄としか言いようがないあの事件を経験して、普通の学校教師なら精神に異常をきたすであろう事は疑いの余地が無い。果たして使い物になるのか……。

「それが経歴が面白い。アフガン戦争参加者らしくてな、ピンピンしてる」
「はいぃ?」
 モミザの口から思わず奇声が漏れる。これがアメリカならいざ知らず、日本の学校教師がアフガニスタン戦争の参加経験を持つなどと、あまりに常軌を逸した経歴を聞かされたからだ。

「それ、何の冗談ですか?」
「凄いだろう。アメリカの”友人”のツテで記録を探したら、本当に民間警備会社での勤務記録が出て来た。ブラジリアン柔術の黒帯も持ってたぞ」
「とんでもないじゃないですか……」

「そういう面白いのには月照師範も目が無いからな。今は実際支部で雇い入れても問題ないかどうかのテスト中だ」
「へぇー……」


 ふいに、無間が溜息を吐いた。
「どうしたんですか先生」
 モミザは、それが気になって理由わけを尋ねた。

「いや」
「何か悩み事ですか」
「そういう訳じゃ」
「よかったら、私に聞かせてくれませんか。先生の考えてる事」
 運転中のモミザが一瞬、無間の方をちらりと見ると、優しく微笑む。

「……火遁術の事を考えてた」
「どうしたんですか」

「解禁命令がまだ出ない」
 と、無間が短く言った。

「そうですね」
「遅すぎる。「モミジ・リボルバー」ぐらいなら既に全員の携行許可が出て然るべきタイミングだ」
「大丈夫です。まだ私、クロスボウと手裏剣で対応出来ますよ」

「君ぐらいの実力があれば、今はまだ」
 無間は声を重たくして言った。
「対応が間に合わなくなった時には”遅い”」
「…………」


 無間の表情は夜の陰に隠れてよく見えない。彼は更に一言不満をこぼした。
「正直、モミジでも足りない」
「えー、私、あのモミジちゃんすっごく好きなのに。かわいいし、名前がなんか似てるし……」
「暗器や奥の手としては良いが、相手の火器は強力だ。最低M17とセットじゃないと……」

「うーん、何とかならないんですか?」

「過去はもっと早く許可が降りた。月照師範が今、そのためにあちこち走り回ってるが……」
 車が信号で止まった。同じく信号を待つ前方車両の赤いバックライトの光が差し込んで、いつもの光のない瞳に、気難しそうな表情を浮かべる無間の顔が浮かんだ。

「……警視総監が去年変わったんだ。去年まではウチの流派の意向に応えてくれる人だった――――去年の秋、交通事故で事故死してる」

 信号が切り替わった。モミザは絶句し、表情をこわばらせながらアクセルを踏んだ。

「……それ、まさかって話ですか」
「判らん。事件性はないはずだったが……」


 無間はそれ以上の、答えの明らかでない話を口にしなかった。
 ただ現実問題として、使用可能な飛び道具という点に於いて夜陰流は現在、強力な銃火器をほぼ制限なく振るえるジ・リーヴァーズに対して圧倒的不利という状況が続いており、それを夜陰流門下の超人的な戦闘能力と対応力で、強引に切り抜けていた。


 それから数分、モミザの運転するトヨタ・サクシードは目的地に到着した。道路脇に停めた車のフロントガラスからは一棟の小さなビルが見えて、そこが今回の作戦領域だった。

「先生、この辺りでもいいですか」
「大丈夫だ。迎えもこの辺りでいい」
「了解です」

「銀蘭さん、着きましたよ」
 車外に出た無間は傘を差して後部座席のドアを開けると、横になっていた銀蘭の足を叩いて起こす。彼女は頭をゆっくり振りながら起き上がり、熟睡していた事を詫びた。
「うぅん……。ああ……ごめんなさい。私すっかり……」

「忘れ物しちゃだめですよ、おばあちゃん」
「はいはい、気を付けます……。望さん、運転ありがとうね」
 銀蘭は無間に手を惹かれながら車外に出て、黒い長方形のケースを引っ張り出す。
「お安い御用ですよ、また迎えに来ますからね」


 車外に出た二人が去ろうとして、無間がドアに手をかけた時「無間先生」と、モミザが振り返って呼びかけた。
「鉄砲、気を付けてくださいね。もし先生が撃たれたりしたら……」
「大丈夫だ。俺は簡単には死ねない」


 彼はそう言って口元に軽い笑みを造ると、車の後部ドアを閉めた。
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