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揺籃から墓場まで
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雨。比較的新しく建築された校舎の講義室も、今日の湿気には勝てない様で、シャツの隙間には十月にあるまじき空気が入り込んできていた。午前中だというのに清々しさの欠片もなく気持ち悪い。
……こんなに温かいのならカーディガンなんて羽織って来なければ良かった。最寄りの天原駅から少し歩いただけなのに、汗ばんでしまったのも、この心地悪さに拍車をかけている。
二つ連なった上下可動式の黒板を見下げると、マイクを持った教授がチョークを置いた所だった。綺麗で広い大学の教室で受ける講義は、高校の時までと比べると気楽で良いけれど、退屈だった。
自分で選んだ学科で、好きな講義を選べるとは言っても、避ける事の出来ない必修科目は正直あまり面白いものだとは感じない。淡々とした講義を行う教授なのも原因の一つなのかもしれない。
……とは言え、大元の原因は自分自身ではあるんだけども。
ここ、開道大学に入って直ぐの頃こそは、新しい環境に色々と期待はしていたけど、思ったよりも楽しい物ではなかった。それから半年も経つと、代わり映えしない毎日が面白味の無いものに感じるようになっていた。大学に進んだのが、両親の薦めだったというのもあると思う。俺自身、特に将来の夢や目標なんてものも無かったから、それを受け入れた。
そうして、大学に通いながら何か見付けられれば良いかと、楽観的に考えていたけど、このままでは何も見付かるような気がしない。新しく出来た友人は皆、やりたいことや好きな事を既に持っていた。だから、自分も何か見付けなくてはいけないと焦りばかりが募っていた。
「それじゃあ、ここまで」
スピーカーを通した老齢の声が淡々とそう告げると、直ぐに昼休みを表す予鈴が鳴った。90分の講義の時間を終えて静かだった教室が一斉に騒がしくなる。
俺は携帯を取り出して、アプリケーションのグループチャットの画面を開くと、既に友人達のやり取りが交わされていた。どうやら、早く講義が終わった友人達が、学食で席を取ってくれているらしい。この時間帯の学食は混雑して直ぐに席が埋まってしまうので有り難い。
自分もメッセージを送って、筆記用具を仕舞い、席を立つ。今朝登校した時の静謐さは何処へやら、何処も彼処も昼らしい喧騒に包まれていた。
学食に辿り着いて見渡すと、外から見える窓際の席のだった事もあって、直ぐに合流することが出来た。集まっている同性の友人達四人の内の半分は、既に食べ終えているらしく、お盆に乗った食器は空っぽだった。
「あれ? 今日は学食じゃねぇの?」
「ああ、並ぶの面倒だし、学校来る途中にコンビニ寄ってきた」
友人の一人の問い掛けに、俺はそう答え、鞄から朝買っておいたおにぎりとパンの入ったレジ袋を取り出した。
「飲み物は買ってねぇの?」
「あっ……忘れてた。ちょっと買ってくる」
「おうー」
俺が財布だけ持って、学食の軽い椅子から立ち上がると、迫り出た屋根の下にある屋外の席が、大きな窓を通して目に入った。
「あ……」
思わず洩らした声に、友人が「どうした?」と訊ねてきたが、答えることが出来なかった。しかし、俺の目線を見て、察したらしい。
「ああ、水之江先輩か……すげぇ美人だよな。でも流石に寒くはねぇのかな」
友人が水之江先輩と呼んだ人は、真っ白なワンピースを着て、本を読んでいた。こんな季節に雨の中、たった一人で本を読んでいる彼女の姿はまるで何処かの絵画の様で、芸術に明るくない自分でも、それは美しいものだと感じた。
……こんなに温かいのならカーディガンなんて羽織って来なければ良かった。最寄りの天原駅から少し歩いただけなのに、汗ばんでしまったのも、この心地悪さに拍車をかけている。
二つ連なった上下可動式の黒板を見下げると、マイクを持った教授がチョークを置いた所だった。綺麗で広い大学の教室で受ける講義は、高校の時までと比べると気楽で良いけれど、退屈だった。
自分で選んだ学科で、好きな講義を選べるとは言っても、避ける事の出来ない必修科目は正直あまり面白いものだとは感じない。淡々とした講義を行う教授なのも原因の一つなのかもしれない。
……とは言え、大元の原因は自分自身ではあるんだけども。
ここ、開道大学に入って直ぐの頃こそは、新しい環境に色々と期待はしていたけど、思ったよりも楽しい物ではなかった。それから半年も経つと、代わり映えしない毎日が面白味の無いものに感じるようになっていた。大学に進んだのが、両親の薦めだったというのもあると思う。俺自身、特に将来の夢や目標なんてものも無かったから、それを受け入れた。
そうして、大学に通いながら何か見付けられれば良いかと、楽観的に考えていたけど、このままでは何も見付かるような気がしない。新しく出来た友人は皆、やりたいことや好きな事を既に持っていた。だから、自分も何か見付けなくてはいけないと焦りばかりが募っていた。
「それじゃあ、ここまで」
スピーカーを通した老齢の声が淡々とそう告げると、直ぐに昼休みを表す予鈴が鳴った。90分の講義の時間を終えて静かだった教室が一斉に騒がしくなる。
俺は携帯を取り出して、アプリケーションのグループチャットの画面を開くと、既に友人達のやり取りが交わされていた。どうやら、早く講義が終わった友人達が、学食で席を取ってくれているらしい。この時間帯の学食は混雑して直ぐに席が埋まってしまうので有り難い。
自分もメッセージを送って、筆記用具を仕舞い、席を立つ。今朝登校した時の静謐さは何処へやら、何処も彼処も昼らしい喧騒に包まれていた。
学食に辿り着いて見渡すと、外から見える窓際の席のだった事もあって、直ぐに合流することが出来た。集まっている同性の友人達四人の内の半分は、既に食べ終えているらしく、お盆に乗った食器は空っぽだった。
「あれ? 今日は学食じゃねぇの?」
「ああ、並ぶの面倒だし、学校来る途中にコンビニ寄ってきた」
友人の一人の問い掛けに、俺はそう答え、鞄から朝買っておいたおにぎりとパンの入ったレジ袋を取り出した。
「飲み物は買ってねぇの?」
「あっ……忘れてた。ちょっと買ってくる」
「おうー」
俺が財布だけ持って、学食の軽い椅子から立ち上がると、迫り出た屋根の下にある屋外の席が、大きな窓を通して目に入った。
「あ……」
思わず洩らした声に、友人が「どうした?」と訊ねてきたが、答えることが出来なかった。しかし、俺の目線を見て、察したらしい。
「ああ、水之江先輩か……すげぇ美人だよな。でも流石に寒くはねぇのかな」
友人が水之江先輩と呼んだ人は、真っ白なワンピースを着て、本を読んでいた。こんな季節に雨の中、たった一人で本を読んでいる彼女の姿はまるで何処かの絵画の様で、芸術に明るくない自分でも、それは美しいものだと感じた。
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