異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

23. 子猫と海ダンジョン 3


 コテージでゆっくり休めるおかげで、ダンジョン探索は予想以上に順調だ。
 他の冒険者たちの視線を気にして、魔道テントで休んでいた日々が悔やまれるほど、コテージ泊は快適だった。

 一日の終わりに、人の目を気にせず美味しい食事に舌鼓を打ち、お風呂でゆっくり汗を洗い流して、のんびりと休める。
 狭いテントではなく、ゆったりと寝台で休めるだけでも翌日に疲労を持ち越すことがないので、全力でダンジョンに挑めた。

 まだ体力や魔力に不安のある子猫たちなので、お昼寝とおやつの時間も必要。
 さすがにお昼寝タイムを入れると、ダンジョン攻略に支障をきたすので、【無限収納EX】内のスキルの小部屋で休んでもらい、ナギたちは少しの休憩で体力の回復を狙っている。
 スキルの小部屋内ではどれだけ過ごしても外に出れば一瞬のうち。
 この裏技を使えば、ナギたちには五分の休憩でも子猫たちにとっては体感数時間のお昼寝タイムとなる。

 そんな風にして、一行はこつこつとダンジョンの下層へと挑んでいき、十日で四十階層まで辿り着いた。
 なるべく子猫たちに戦わせて、レベル上げを頑張ったおかげで、今では彼らも立派な戦力だ。

「ここから先は私たちも初めての階層になるから、気を付けて進もうね」
「ああ。俺とコテツが先を行くから、ナギはチビたちと後ろを頼む」
「分かった」

 好奇心旺盛な子猫たちが突っ走りたがったが、そこは大人猫のコテツが上手に叱ってくれた。
 フゥッ! と凄まじい形相で威嚇された子猫たちは揃って、こてんと転がった。
 ふるふる震えながらお腹を見せて降参のポーズ。
 迫力が違う。さすがだ、と感心しつつナギは大人しくなった子猫二匹を抱え上げた。
 結界の魔道具を発動して、さらに魔力を練り上げておく。
 いつ魔獣に攻撃されたとしても、すぐに反撃できるよう身構えながら進んだ。

 四十階層は岩山フィールド。
 海ダンジョンの中では定期的に見掛けるタイプの階層である。
 見渡すかぎりの砂丘フィールドと比べると、かろうじて岩山の方がマシ、といった面倒なフィールドだ。
 出没する魔獣や魔物はランダムだが、ここでは足元から触手が襲ってきた。
 吸盤のようなものがみっしりと付いた触手はとても気持ち悪い。
 ナギは容赦なく風魔法でさくさくと切り刻んでいく。子猫たちも鋭い爪で引きちぎっていった。
 ドロップするのは小さな魔石のみ。地味に嫌な階層だ。
 拾うのも面倒だが、タダ働きも嫌すぎるので、魔石は目視で【無限収納EX】に回収した。
 
「触手魔獣って、生理的に気持ち悪いだけですごく弱いよね? 魔石もクズだし」
「ああ、邪魔すぎる。四十階層にしては微妙な魔獣だな」

 エドと二人で首を傾げていたら、ダンジョン慣れした猫の妖精ケットシーに、ふすんと鼻で笑われてしまった。

『見えてニャイだけにゃ。……来るにゃ』
「え……?」
「危ない、ナギ!」

 きょとん、としたナギを子猫ごと両腕で抱え込んだエドが高く飛んだ。
 ひゅっ、と息を呑む彼女の足元に巨大な触手が岩盤を突き破って現れる。

「ひぇっ……! なに、あれ!」
「こんなデカブツが岩山の下に眠っていたのか」

 今まで、小出しで襲ってきていたのは、この巨大な魔獣の肉体の一部でしかなかったのだ。

 固い岩盤を突き破り姿を現したは淡いピンク色をした、謎のモンスターだった。
 造形的にはタコに似ているが、質感はスライムに近い。
 いや、不定形だが攻撃する瞬間だけ、液体が固形に変化しているように見える。
 吸盤がある触手は、タコの足にそっくりだ。
 その根元? 頭部だろうか──くぱりと縦に避けており、ギザギザした牙のようなものが生えており、大変気持ちが悪い。

「うわぁ……。あれ、ダメかも私。鳥肌がすごい」
「しっかりしろ、ナギ。デカいタコだと思え。たこ焼き食べ放題だ!」
「たこ焼き食べ放題は嬉しいけど、ちょっと無理があるかもー!」

 とはいえ、ナギも銀級シルバーランク冒険者。
 きゃあきゃあ叫びつつも、しっかり魔法で攻撃を入れている。
 海ダンジョンには水魔法の攻撃に耐性のある魔獣が多いため、基本は風魔法。
 邪魔な触手をスパスパと切り落としていくのだが、それこそタコのようにまた触手が生えてくるのが面倒だった。

「なら、火魔法で!」

 ここなら延焼の心配もない。
 魔力を込めて、巨大な火の玉を作り出して、タコもどきモンスターにぶつけてやる。
 アアアアッ! 耳障りな悲鳴が響く。
 効いているようだ。火で焼いた箇所は復活していない。やはり、弱点は火魔法か。

『なんか、いい匂いがするニャー』

 のんびりとした念話が伝わってくる。

「言わないで。たこ焼きの匂いがするとか、気付かせないで!」
「この触手のバケモノ、やはりタコなのか?」

 エドの目がぎらりと光る。
 そんなにやる気を出さないで欲しい。
 マジックポーチからエドがすらりと取り出したのは、ナギが辺境伯邸から持ち出した魔法の剣だ。
 属性は【炎】。魔法適性のない者でも、その剣をふるうと強い火魔法を操ることができる、国宝級の魔剣──

『エド、そこニャッ!』

 ちょろちょろ駆け回って攪乱してくれていたコテツが叫ぶ。

「はっ!」

 狙いを定めて、エドが魔剣を振り下ろす。ゴウッ、と激しい火柱が立ち昇り、タコもどきが炎に包まれる。

「やったね、エド」
「ああ。……やたら腹が空く匂いがするのが気になるが、倒せて良かった」
「ほんとそれ。なんか、ちょっと腹が立つ」

 げんなりとしているのはナギとエドの二人だけのようで、すっかり食いしん坊になった猫の妖精ケットシーたちは『タコにゃ、タコ!』と小躍りしている。

 やがて炎が収まった後には、てのひらサイズの魔石と宝箱、巨大な触手が一本だけ残されていた。


◆◇◆


 ドロップアイテムを【鑑定】したところ、触手は食用、美味となっていたので渋々回収した。
 魔石の属性は土。大きいけれど、買取額は水属性よりは安くなる。
 そして、肝心の宝箱の中身は──

「四肢欠損用の上級回復ポーションだわ」

 倒した魔獣の属性がドロップアイテムに影響を与えたのだろうか。
 だが、欠損を治療することに特化した上級ポーションは、冒険者ギルドでは高額での買取り商品だ。
 魔石や肉は微妙だが、これだけで金貨五十枚の価値がある。
 
「これはちょっと嬉しいかも。売ってもいいし、自分たち用に確保しておくのもありよね?」

 ナギはほくほくしながら、ポーションを【無限収納EX】に収納する。

 先ほど倒した魔獣がフロアボスだったようで、転移扉が現れた。

「ナギ、昼飯にしないか。ちょうどセーフティエリアになったことだし」

 フロアボスを倒すと、その場はしばらく何も出没しないセーフティエリアになるのだ。

「そうね。ちょうど昼時だし、ランチにしましょうか」

 冒険者が少なくなったとはいえ、まだかち合う危険性はある。
 ナギは空間拡張を施した魔道テントを設置すると、手慣れた様子でコテージをそこに出した。

「ランチのリクエストは──……」
「先ほどドロップした触手が気になる」
『タコが食べたいニャッ!』
「ニャー!」
「うにゃにゃっ」
「そんなに熱烈にタコ推しする……?」

 とはいえ、ナギも先ほどのタコもどきの肉の味は気になっていた。

「仕方ないなぁ。まずは味見をしてから、どういう料理にするか、決めるわよ?」

 そうして、ひとかけら分の肉を茹でて味見したナギは「うん、これは間違いない。タコだわ」とぼやくと、タコをメインにしたアヒージョを作った。
 たこ焼きは美味しいけれど、時間が掛かりすぎるので。
 パスタとバゲットを用意して、アヒージョを心ゆくまで堪能する。

 ドロドロのピンクの触手もどきは火を通すと、タコそっくりの味と食感に様変わりした。悔しいが、絶品である。
 岩山触手のアヒージョは皆に大絶賛されつつ、完食!

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