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〈成人編〉
31. 嫌な予感は当たるもの
しおりを挟む冒険者ギルドに行く前に、宿屋『妖精の止まり木』に寄って、ミーシャとラヴィルに差し入れを手渡すことにした。
今日は猫たちは自宅でお留守番中。
しばらく海ダンジョンに潜っていたので、放置されていた畑や果樹のお世話をしてくれている。
街まではゴーレム馬車を走らせた。
砦の前で馬車を収納して、通い慣れた道をのんびり歩いていく。
『妖精の止まり木』の蔦で覆われた建物が目に入ると、なんだかほっとする。
「お邪魔しまーす。ミーシャさん、いますか?」
「……ナギ? エドも一緒ですね。どうかしましたか」
宿の宿泊客は早朝に仕事へ出向くので、この時間帯は比較的暇らしく、ミーシャをつかまえやすい。
ちょうど部屋の清掃を終えたところの彼女に声を掛けて、用意しておいた菓子を手渡した。
「これは……?」
「ラヴィさんから貰ったカカオの実から作った焼き菓子です」
「チョコレートのお菓子……」
手渡された焼き菓子をミーシャは凝視している。
何を持っていくか迷ったけれど、結局日持ちのするパウンドケーキを選んだ。
ナッツ入りのチョコレート生地を型に流し込んで焼き上げたパウンドケーキは、我ながら上手に仕上がったと思う。
「……ちゃんと二人で分けて食べてくださいね?」
穴が開きそうなほどガン見しているミーシャの姿に不安を覚えて、そっと念押ししておく。
食いしん坊エルフさんははっと顔を上げると、すました表情を取り繕って頷いた。
「当然のことです。帰宅したらラヴィと一緒に食べることにします」
目の毒だと思ったのか。
ミーシャはすぐに【アイテムボックス】にパウンドケーキを収納した。
「カカオの実は加工方法が秘匿されていると聞いたのですが、よく知っていましたね?」
「え……っと、色々と試してみたら、できちゃったというか……」
チョコレートの作り方が秘匿されているなんて知らなかった。
それで、あんなにバカみたいに高額なのかと納得する。
慌てて言い繕ってみたのだが、あきらかに信じていない顔だ。
「……その、【鑑定】スキルでなんとなく把握したので、あとはエドと二人で試行錯誤して作りました……」
「そう……。貴女の【鑑定】スキルは相変わらず特別製なようですね」
苦笑するしかない。
ナギの【鑑定】スキルが主に食材に関してやたらと詳細に教えてくれることを師匠であるミーシャは知っている。
(転生特典でもらった【鑑定】スキル。冒険者ギルドにも鑑定士はいるけど、どうも人によって見えている内容がそれぞれ違うのよね……)
冒険者ギルドの【鑑定】スキル持ちは、ダンジョンでのドロップアイテムの素材鑑定を得意としている。
商業ギルドの鑑定士は商品の真贋を見分けることにかけては右に出る者はいないらしい。
ちなみにエルフのミーシャは、薬師の資格持ちであることも関係するのか、薬草に関してのみ詳細を鑑定できるのだと教えてくれた。
エドはもっとすごい。
「俺は食材や素材の鑑定はそこまで得意じゃないが、何となく魔獣や魔物の急所が分かる気がする」
エドの【鑑定】では素材や食材は簡易鑑定しかできないようだ。
毒の有無、可食かどうか。その程度。
ちなみに人物鑑定に関しては、ミーシャでさえ詳細は見られないらしい。
「名前と使える魔法の属性、あとは魔力量がどのくらいかが、何となく分かる程度ですね」
「そうなんだ……」
見ようと思えば、他人のステータス画面さえ丸裸にできるナギはどうやら規格外の【鑑定】スキル持ちだったようだ。
(……まぁ、自分に対して悪意を持っているかどうかの人物鑑定が瞬時にできる時点で、私の【鑑定】スキルも特別だったのよね……)
悪意を持っていない、信頼できる人は青。注意すべき人物は黄色に点滅する。
赤は危険。絶対に近寄らない。
この【鑑定】スキルのおかげで、ナギは今のところ人間関係でそこまで危険な目には遭っていなかった。
(魂の管理者さんに感謝ね。【無限収納EX】だけでなく、チートな【鑑定】スキルもありがとう!)
ミーシャにお菓子を託すことができたので、二人はそのまま冒険者ギルドに向かった。
◆◇◆
東の冒険者ギルドには久しぶりに顔を出すことになる。
「何か、面白い依頼があるかな?」
「肉ダンジョンなら、ほぼ納品依頼だと思うぞ」
東の『肉ダンジョン』の下層には、ブラックブルやミノタウロスなどの上質な肉が手に入る。
そこまで潜って倒せる冒険者はあまり多くないので、市場に出回る数はどうしても少なくなるのだ。
数少ないドロップ肉は大きな商会や高級レストランなどが高値で買い取っていく。
そのため、どうしても目当ての肉がある者はギルドに納品依頼を出すのだ。
冒険者ギルドが買い取る金額よりも高い報酬を用意することになるが、大商会と競り合うよりは安く手に入るため、その方法を取る者は多い。
ギルドに到着した二人はさっそく掲示板を覗いてみる。
遅い時間なためか、あまり稼げそうな依頼は残っていないようだ。
「んー。ほとんど納品依頼だねぇ。これなんて、アースドラゴンの尻尾肉求むって書いてあるよ?」
「金級の冒険者パーティが必要なんじゃないか、それは」
「だよね? そんな依頼が金貨十枚って……」
「ああ、だから誰も受けていないんだな」
依頼を出した日付けが一カ月以上前だ。おそらくは今後も受ける者はいないだろう。
「百万円の報酬では命を賭けられないよね。ドラゴンのお肉なんて、商業ギルド経由でオークションに出してもらえば、金貨数百枚になるだろうし」
ドラゴンの中でもアースドラゴンは飛翔しないため、比較的倒しやすい種だと言われている。
が、それでも最強の一角であることは間違いない。
そんな端金に釣られるバカな冒険者がいるとは思えなかった。
「えーと……こっちの依頼は、探し人?」
「これもそうだな。行方不明になった家族の捜索願いだ」
「ええ……? 多くない……?」
ダンジョン都市ではたまに見かける依頼だ。
冒険者は危険と背中合わせの職業。
討伐依頼で返り討ちにあったり、ダンジョン内で命を落とす冒険者もそれなりにいる。
「でも、それにしては……多い、よね?」
ざっと数えただけでも、人探しの依頼書は十三枚。しかも──
「全員、若い女の子……」
「おまけに獣人ばかりのようだな」
嫌な感じだ。
それに依頼書の内容を読んでみると、失踪した獣人の少女には冒険者ではない一般人も含まれていた。
「これって……」
眉を寄せたナギが口を開きかけた、その時。背後から声を掛けられた。
「ああっ、ナギさん! エドさんもいますねっ?」
振り返ると見知った顔。東の冒険者ギルドの受付嬢、リアだ。
「ちょうどよかったです。ギルドマスターがお呼びです! 執務室に行ってください」
嫌な予感がひしひしとするが、ギルドマスターからの声掛けを無視することはできない。
エドと顔を見合わせたナギは、ふうとため息を吐くと、渋々頷いた。
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