異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

35. 獣人になりました 1


 夢も見ない眠りに落ちて。
 気が付いたら、三十分ほど経っていた。
 
「ん、ぅ……?」

 コテージの天井をぼんやり眺めながら、ゆっくりと身を起こす。
 心配そうに、こちらを覗き込んでくる琥珀色の瞳の持ち主はエドだ。

「大丈夫か、ナギ。気分はどうだ?」
「うん、大丈夫だと思う。気分も悪くないわ」

 ソファで意識を手放したはずだが、なぜか寝室のベッドに移動している。
 心配性のエドが運んでくれたのだろう。

 寝台から起き上がり、まずは自分の両手を見下ろしてみる。
 とくに変化はなさそうだ、と思った瞬間、さらりと流れる黒髪が目に入った。
 艶やかな漆黒の髪だ。エドと同じ、懐かしい色。
 ぱっと頭に手をやると、三角の獣耳の感触があった。

「成功したのね⁉︎」
「ああ。今のナギは立派な黒狼族に見える」
「やった!」

 すぐにでも確認したくて、勢いよくベットから降りようとして、バランスを崩してしまう。
 慌てたエドに支えられたおかげで、みっともなく床に転がり落ちることは避けられた。

「ごめん、エド。ありがとう」
「まだ、その肉体に馴染んでいないんだ。無理はしないほうがいい」
「ん。分かった。落ち着いて行動します」

 エドの手を借りて、ゆっくりとベッドから起き上がる。
 そーっと歩いてみて、違和感の正体に気付いた。尻尾だ。
 ふかふかの立派な黒い尻尾が背後で主張しているため、バランスが取りにくかったのだろう。

 幸い、ゆったりサイズのワンピースを着ていたので、服を破ることなく済んで、ほっとした。

 壁際に設置してある全身鏡の前に立つと、ナギは目の前の少女の姿に言葉もなく見惚れてしまった。

(すごいわ。本当に、オオカミ獣人に変化しちゃった……)

 背中が隠れるほどの長さの見事な金髪は、艶やかな黒髪へ。
 人の耳の代わりに、ぴんと立った三角の獣の耳に変化している。
 ただ、目の色だけはそのままだ。
 黒髪と青い瞳をした、黒狼族の獣人の姿はコスプレと違い、とても自然だ。
 鏡の前で、口を開けて確認してみたが、歯の形も変化していた。
 犬歯だった部分が、槍の先のように鋭く尖っている。

(お肉を噛みちぎるのに便利そう)

 感心しながら、じっくり眺めてしまった。
 エドの咳払いで我にかえり、背後に立つ彼の傍へと移動する。
 並んで腕を組めば、鏡の中の二人は兄妹にしか見えない。

「ふふ。なんだか、不思議な気分」
「……俺は少しばかり複雑な気分だ」
「えー? 似合わない? 可愛くない?」
「かわ…ッ⁉︎    いや、似合ってはいるぞ! ただ、いつもの見慣れたナギじゃないことに違和感がある」
「あはは。それは私も! 特に耳と尻尾が不思議。感覚があるんだもの。自分で動かすのはちょっと難しい……」

 どうせなら、尻尾をふりふり動かしてみたいのに、どうすればいいのかが分からない。
 背後を振り返りながら、うーうー唸っていると、ため息を吐いたエドがマジックポーチから何かを取り出した。

「ナギ、新作のパンがあるんだが、食べるか?」
「食べたい!」
「分かった。ほら、サツマイモとリンゴを練り込んで焼き上げたパンだ」
「甘い香りがするわ!」

 手渡されたパンを目にして、ナギは歓声を上げた。てのひらサイズの丸パンで、ごろっとカットされたサツマイモとリンゴの具材が美味しそう。
 
「食材ダンジョンのメープルシロップと粉砂糖を使っている」

 さっそく、あむっと頬張ると、メープルシロップとバターの風味が口いっぱいに広がった。
 リンゴとサツマイモの食感もいい。

「うまいか?」
「美味しいわ! エド、天才っ!」

 ちょうど小腹が空いていたのもあり、ナギは笑顔でそう褒め称えた。幸せすぎる。

「そうか。……ちなみにナギ、尻尾が動いているぞ?」
「はっ! ……ほんとだ⁉︎」

 ぶんぶん、と激しく左右に振られている尻尾に気付いて、愕然とする。

「嬉しいと、尻尾は自然と揺れるのね……」

 そういえば、エドの尻尾も雄弁だった。最近の彼はポーカーフェイスならぬ、ポーカーテールを覚えたようで、以前のような、全力で喜びを表現することは少なくなっていた。

「自分で思うように動かすのは難しいわね。あと、スカートを穿いている時に尻尾が振れるのは危険だと分かった……」

 ロングスカートなので、まだマシだが、膝丈サイズだと、尻尾の動きで下着が見えそうなのが怖い。
 
「ガーストの街で動きやすそうな服を手に入れないと不安だわ」
「同意する。俺も不安だ」
「え、エドまで?」
「…………」

 黒狼族の少年は無言のまま、そっとナギのスカートの裾を直してくれた。
 ごめんなさい。


◆◇◆


 体調は悪くなかったので、コテージを【無限収納EX】に片付けてから、ガーストの街へ移動することにした。
 いつもはゴーレム馬車で駆け抜ける街道だが、今回はそういうわけにはいかない。
 なにせ、今のナギは獣人の少女の姿。無防備な姿で、誘拐犯を釣り上げるのが役目なのだ。
 そのため、黒狼族姿のナギは冒険者ではなく、一般人のフリをしている。
 冒険者装備ではなく、街娘風のワンピースを身に纏い、可愛い子犬を抱っこして、乗り合い馬車に揺られていた。

『今回は俺がボディガードなんですね!』

 ナギの腕の中で張り切っているのは、仔狼姿のアキラだ。
 とても強く、頼りになる相棒ではあるが、見た目は黒ポメラニアンなので、乗り合わせた馬車の乗客にちやほやされている。

 エドは最後まで仔狼アキラと替わるのを渋っていたが、いかにも有望そうな冒険者の彼と行動を共にすると、獲物から外される可能性が高い。

(愛玩用の子犬をつれた、見るからに弱そうな私だからこそ、誘拐犯には美味しい獲物なはず!)

 危惧していた、体格の変化はほとんどなかった。
 ちょっとだけ期待していたのに、獣人らしい筋肉の増加も皆無。

(お腹が割れていなくて残念だったなー。せめて、身長がもう少し高くなっていたら良かったんだけど……)

 あいにく、身長も体重もそのままで、髪の色の変化と獣耳と尻尾が増えただけだったので──

「お嬢さんは、一人で旅をしているのかい?」
「まぁ! まだ、こんなに小さいのに?」

 獣人は純粋な人族と比べて、成長が早い。そのため、あと一ヶ月ほどで成人年齢となるナギだが、十二、三歳に見間違えられてしまっていた。
 乗り合わせた馬車の乗客に、苦笑するしかない。

(本当はもう少しで十五歳って伝えたいけど! 未成年のほうが、狙われやすいよね……?)

 悔しいが、我慢である。
 それに、幼く見られることも悪くないのだ。

「甘くて美味しいキャンディがあるの。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「そっちの子犬も腹がへっただろう? ほら、干し肉をやろう」
「キャン!」

 未成年の少女と愛らしい黒ポメは、大人たちの庇護欲をそそるようで、皆とても優しい。
 美味しいお菓子や果物をせっせと貢いでくれるのだ。
 ナギとアキラはありがたく受け取った。
 一応、念のために貰った食べ物はきちんと【鑑定】スキルで確認して、何か盛られていないかを調べて、口にしている。

(今のところ、怪しい人はいなさそうね)
『そうですねぇ。行商人っぽい親子に、田舎に里帰りする年若い夫婦。あとは食材ダンジョン目当ての新人冒険者たちってところかな?』

 ナギの人物鑑定にも、引っ掛かった人はいない。

『まぁ、のんびり行きましょうよ。囮捜査に引っ掛からない可能性のほうが高いんですから』

 それはそうだ。
 むしろ、作戦がそう簡単に成功するとは思えない。

 街道を走る乗り合い馬車は、運賃が安い分、スピードは遅い。
 時速十キロ前後で進むため、もはや牛車でないかと疑いの目で見てしまうほど。
 前世の自転車よりも遅いような気がする。
 その分、金額は安く、揺れが少ないので酔いにくいのはありがたいが。

(それに、人さらいの犯罪組織に見つけてもらいやすいから、ちょうどいい)

 ナギは足元に寝そべる仔狼を膝の上に抱き上げて、油断なく周辺に視線を投げ掛けた。

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