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〈成人編〉
62. 密談
「ほぅ。このピザという料理も美味だな。特にチーズがすばらしい」
「ええ、とても美味しいチーズです。もしや、これらもダンジョン産の食材なのでしょうか」
四人で囲むテーブルいっぱいにピザの大皿が並んでいる。
コカトリス肉の照り焼きピザ、ボア肉とダンジョンキノコのカルボナーラピッツァ、オーク肉のサラミソーセージを使ったペパロニ風ピザとナギ念願のクアトロフォルマッジだ。
ピザカッターで切り分けられたピザを四人でそれぞれシェアしている。
満面の笑みを浮かべてピザを頬張るグレンとオスカー。
言葉通りにピザを気に入ったようで、幸せそうに舌鼓を打っている。
対するナギとエドはせっかくのピザの味を堪能する余裕はなかった。
「この街の食材はほぼハイペリオン・ダンジョンで採取したものですよ」
給仕スタッフがにこやかに説明しているのを、オスカーが興味深そうに耳を傾けていた。
「それはすばらしい。やはり、一度は挑んでみたいダンジョンですね」
「ダンジョンで獲れる魔獣肉はどれも絶品だが、チーズやスパイスまでドロップするとは驚きだな」
「このチーズは何としても持ち帰りたいものです」
「僕も土産にしたい」
「ふふ。もしもドロップしなくても、エイダン商会で扱っていますので、お土産にできますよ」
「それはありがたいですね」
にこやかに食事と会話を楽しむ大人二人をよそに、エドはむっつりと押し黙り、クラフトコーラでピザを流し込んでいる。
エイダン商会が販売しているクラフトコーラはエールが苦手な層に受け、安くはない金額なのに売れ行きがすこぶる良い。
(ピザとコーラの組み合わせは最高だもんね。分かる。……でも、今は無邪気に楽しめそうにないよー)
ナギも冷えたグラスを傾けて、どうにかピザを飲み込んだ。
楽しいランチタイムがなぜ、こんなことになったのか。
何やら上機嫌な二人に促されるまま、昼食を共にすることになったことを心底恨めしく思う。
(でも、断れないよね。オスカーさんの含みのある微笑がこわいし!)
先ほどの申し訳なさそうな表情をしていたグレンの様子から、オスカーはすでにナギの能力について聞いているはず。
(私の【無限収納EX】の能力が規格外であることを知って、どうするのかが読めなくて落ち着かない……!)
結局、ピザレストランでは何も追求されず、食事を奢ってもらっただけでホッと胸を撫で下ろしていたのだが──
「食後のお茶をご馳走しますよ」
有無を言わさぬ、迫力のある笑みで手招きされ、ナギは断頭台に向かう足取りでとぼとぼと彼らが泊まる高級宿へ向かった。
◆◇◆
食材ダンジョンの難易度は中程度だが、フィールドが多彩で『稼げる』レアアイテムがドロップする。
上手くすれば、マジックバッグが入手できるダンジョンとして資金に余裕のある金級冒険者パーティが足繁く通うダンジョンとなったのだ。
そのため、エイダンホテルの支店がこの街にもある。
ダンジョン都市にある本店と違い、規模は小さいが、高級ホテルだ。
「わぁ……ロビーがある……」
「煌びやかだな」
宿といえば、ミーシャが経営している『妖精の止まり木』くらいしか利用していないため、豪華な内装に目が眩みそうになる。
すれ違うのは、恰幅の良い商人や高ランク冒険者たちばかりで、場違いな自分たちがこの場にいるのは申し訳ない気持ちになった。
「人がいないほうが落ち着くだろう。僕たちの部屋へ来るといい」
「えっ」
「応接室があるので、遠慮しなくてもいいですよ」
「…………はい」
遠慮をしているわけではないのだが、ここで断るのも違う気がする。
うなだれながら、のろのろと前を歩く二人の背を追った。
そんなナギの傍らに、エドはぴたりと張り付いている。
張り詰めた空気に気付いたグレンが「何も取って食うわけじゃないよ?」と苦笑混じりに宥めてくれるが、エドの警戒心は薄れない。
「ここが僕たちの部屋だ」
「どうぞ」
「お邪魔します……」
案内されたのは最上階のいちばん奥の部屋。つまりは、VIPルームである。
(本当にこの人たち、何をやっている人なんだろう……?)
一泊がいくらくらいするのか。
聞き出したい気持ちをぐっと堪えて、促されるままソファに腰を落ち着けた。
「念のために、遮音の魔道具を使います」
オスカーがそっとテーブルに四角い箱型の魔道具を置く。
外部の音の遮断と内部の音漏れを防ぐ魔道具だ。こんな物を常備しているオスカーの正体を知るのが、何となく怖い。
「──で、いったい何の用だ?」
唸るような低い声音でエドが問う。
一般人なら震え上がりそうな迫力だったが、オスカーは涼しい表情を崩さない。
どころか、端整な顔にうっすらと笑みを浮かべて頭を下げてきた。
頭を下げる行為は、獣人族の礼儀だ。
「まずは、礼を。彼を助けてくださり、感謝しています。ありがとうございました」
「っ、いえ。当然のことです。こちらこそ巻き込んでしまった形になって……」
慌てて首を振るナギに、グレンも優雅な所作で一礼する。
「いや、あれは僕が悪い。ナギの事情も考慮せず、勝手に首を突っ込んだからね」
「それはそうです。そこは反省するように」
ナギに対する丁寧な口調とは打って変わり、オスカーはグレンをじろりと睨み付ける。
「だから悪かったって言っているだろう? あれは不可抗力というやつで」
「いくらでも逃げ出す機会はあったのに、面白そうだと自分から巻き込まれに行ったんでしょうが」
「う……」
図星を指されて、グレンはバツが悪そうに頭を掻いている。予想通り、しっかり相棒に叱られていたようだ。
「これでも彼は本国ではそれなりの地位にいる方なんです。無事で安心しました。それもナギさんのおかげです」
「うん。本当に世話になった。どんな冒険よりもスリリングで興味深かったよ」
「あなたという人は……」
はあ、とため息をつくオスカー。
警戒しているエドでさえ、ちょっと同情しているように見える。
(オスカーさん、苦労しているんだろうな……。グレンさんは悪気はなさそうなんだけど、面白そうだからって自分から騒動に突っ込んでいくタイプだもんね)
ひとしきり礼を言われた後で、あらたまった表情を向けられた。
「ところで、ナギさんには特別なスキルがあるそうですね」
きゅっと唇を噛み締める。
悪意は感じない。人物鑑定も『青』のまま。だけど、油断はできない。
「獣人の貴方が、魔力を多く消費する【アイテムボックス】持ちというのにも驚かされましたが、まさか生きている人を収納できるスキルがあるとは……」
「そのおかげで、僕も命拾いしたんだけどね」
飄々とした口調でまぜっ返すグレンをオスカーが睨み付ける。
「あなたは黙っていてください」
「冷たいぞ、オスカー。僕の恩人をあまり虐めないでほしいな」
「人聞きの悪い。珍しいスキルなので詳細を知りたいと思っただけです。あなたが教えてくれたことが本当なら、すばらしい能力ですよ? ぜひ、我が国で働いてほしい人材だ」
熱心な口調で断言され、ナギは戸惑った。もしかして、スカウトされているのだろうか。
エドが不快そうに瞳を細める。
「ナギは冒険者だ。国に縛られたいとは思わない」
「それにしても、その能力は異質です。いったい、あなたは何者ですか」
「……ッ」
ヒュッ、と喉が鳴る。
心臓を掴まれたような衝撃に息を呑んだ。体が、熱い。覚えがある感覚だ。
「エド……!」
「どうした、ナギ」
慌てて振り返る相棒にぎゅっと抱き付いた。すぐにでも身を隠したいのに、間に合いそうにない。
「ん……っ!」
変化は唐突だった。
背を覆う漆黒の髪の色が抜けていく。耳が、尻尾が変化していくのが、目を瞑っていても分かった。
「ナギ……⁉︎」
信じられない、といった風に瞳を見開くグレン。呆然と立ち尽くすオスカー。
エドが二人から隠すようにナギを抱き締めてくれたが、さらりと揺れる黄金色の髪が誤魔化すことを許してくれない。
(変身ポーションの効果が切れちゃった……こんな時に)
いっそ、姿を変えた時のように意識を失えたら良かったのに。
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