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〈成人編〉
65. 告白 2
十歳の誕生日、当日。
アリアは死にかけていた。
長年に亘る栄養失調で痩せこけ、体力が落ちたところで病を得て。
弱りきっていたギリギリのところで前世の記憶を思い出したのだ。
あの日が前世を思い出す十歳の誕生日の当日でなければ、おそらく彼女は短い生を終わらせていたに違いない。
魂の管理者から授けられた魔法やスキルのおかげで、どうにか命を繋ぐことができたのだ。
「幼い君が酷い目に遭っていたことは、屋敷の者からの聞き取りで知っている」
「とんでもない醜聞でしたね。調査の手を入れることができなくて、申し訳ありませんでした」
神妙な表情の二人を前に、ナギは慌てて首を振る。
王弟殿下と筆頭侯爵家子息という地位にある殿方に頭を下げさせるなんて、胃に穴が開きそうだ。
「お二人の責任ではないので、気にしないでください!」
王都から離れた辺境の地の、内向きのことをすべて把握するのは、王族とて難しいことだろう。
(まぁ個人的には、定期的に業務執行や財政調査なんかの監査はなかったの、って思うけど!)
さすがにファンタジーな異世界ではそこまでの体制は整っていないか。
しっかりと復讐は果たしたつもりでいるので、その点に関してはもう追求する気はなかったのだが──
無駄に気を回してくれた二人が、アリアが失踪した後の辺境伯家について説明してくれた。
なんと、あの脳筋バカな父は爵位を剥奪され、一兵卒の身分に落とされたらしい。
辺境の地の領主としての義務を疎かにし、腐敗を放置し、ひいては王国に損害を与えた罪で大森林内の魔獣討伐を命じられているそうだ。
怒り狂いそうなイメージがあったのだが、意外にも文句ひとつ言わずに、粛々と職務をまっとうしているらしい。
(王家から下賜された魔道武器──準国宝クラスの魔剣も紛失していたものね。死刑にされていないだけマシなのかな? まぁ、持ち出した犯人は私なんだけど)
あらためて考えると、五年前の自分はちょっとばかり、否、かなりやり過ぎていたのだなと冷や汗をかいてしまう。
(エランダルの血を継ぐ、正統な後継者だから当然の権利とばかりに宝物庫の中身をごっそり持ち去ったのよね)
今のところ、その件に関しては追求されていないが、グレンから好奇心に満ちた眼差しを向けられており、とても落ち着かない。
「ナギを虐めたヤツらには、ちゃんと罰を与えたのか」
それまで黙って聞いていたエドが口を挟んできた。
オスカーが「当然だ」と首肯する。
「代々国境を守ってくれた辺境伯のご令嬢を虐げたんです。相当の罰を受けた後、放逐されております。紹介状もなしに領地から追われたので、その後の生活には苦労しているでしょうね」
貴族家に勤めていた使用人は紹介状がなければ、まともな仕事にありつくのは難しい。
よほどのことがない限り、前の職場ではちゃんとした紹介状を用意してくれる。
それが無いということは、信頼できない人物の証拠となるのだ。
「相応の罰とは?」
「幼いご令嬢を鞭打った者は、同じ回数だけ鞭をふるわれています。食事を提供しなかった者も同じ目に」
「ああ、命を奪ってはいないから安心していいぞ、アリア嬢」
爽やかに微笑まれてしまったが、あまり安心できる内容ではない。
ふん、とエドが鼻を鳴らす。
「自業自得だ」
「そうだな、やった者が確実に悪い。上の者に命じられたとしても、年端もいかない少女だぞ? 正体を知らなかったとはいえ、貴族家の使用人が飢えるなど、ありえない。しかも彼女はれっきとしたご令嬢だったのに!」
エドとグレンがナギの代わりとばかりに怒ってくれている。
意外と気が合う二人なのでは、などとぼんやり考えていると、オスカーがその他の連中の沙汰を教えてくれた。
義母は鞭打ち二十回のちに、散財した分を補填するため、国営の農場へ送られたのだと言う。
休日なしで、ずっと働かされているようだ。それでも散財分は稼げておらず、おそらく生きている間に解放されることはないだろう、とのこと。
二歳年上の義姉だったローザは修道院に併設された孤児院に送られたそうだ。
「定期的に報告はさせていたが、当初はかなり荒れていたようだね」
「思い通りにならないことがあれば泣き喚いて、物を壊したりと、それは酷かったようです」
「そうなんですね……」
うわぁと思うが、辺境伯邸で母親に甘やかされて育っていたので、さもありなん。
清貧な生活が耐えられなかったのだろう。
「でも、衣食住はちゃんと与えられていたんですよね?」
「当然だ。贅沢はできないが、きちんと食事は与えられたし、個室はないが清潔なベッドもあった」
「衣服も季節ごとに寄付があったはずです。国営の孤児院なので、そういう点はきちんとしています」
なら、文句を言うのはおかしい。
(だって、母を亡くしたばかりの五歳の『アリア』はもっと辛かったもの)
前世の記憶を思い出してからは、それ以前の記憶はなんとなくセピア色の映像を眺めているような、どこか他人事に近い感覚だった。
それでも、幼い少女が寒さに震え、お腹を空かせて泣いていたことだけははっきりと覚えている。
(多分、幼い私には辛すぎて、心や感情を閉ざすことで心身を守っていたのかもしれない)
五年間、衣食住も最低限にしか与えられない環境にいたアリアと比べれば、充分な生活だと思う。
微妙そうな表情を浮かべたナギに気付いたオスカーが気遣わしげに眉をひそめた。
「大丈夫ですか、アリア嬢。少し休みますか?」
「いえ、平気です。……では、義姉は今も孤児院に?」
「孤児院に保護されるのは未成年だけだよ、アリア嬢」
「え、じゃあ……」
「十五歳になると、自立しないといけないんだ。だから彼女も今は働いているはずだな、オスカー?」
「はい。小さな商会で下働きをしていますよ」
あの、高慢で意地悪なローザが!
目を丸くして驚くナギの顔がよほど面白かったのか、グレンがくすくすと笑う。
「孤児院でよほど揉まれたんだろうね。あの子猿のように暴れていた女の子がすっかり落ち着いて、稼ぎの一部を母親の賠償金に充てるんだと頑張っているようだよ」
「……驚きました。でも、ちゃんと反省して頑張っているなら、良かったです」
二つ年上の義姉。
あの子だって、まだ十二歳だったのだ。更生の機会をちゃんと与えてくれたことを素直に嬉しく思う。
「生ぬるいとは思うが、ナギがそれでいいなら……」
エドはまだ不満そうにしているが、定期的な面談では「アリアには悪いことをした」と謝罪の言葉を口にしていたと聞いて、ナギはもう彼女を許すことにした。
「ここからは僕たちが質問するよ」
あらたまった表情で静かに見つめてくるグレン。
その背後にまるで影のように立つオスカーを前にして、嘘や言い逃れができそうな雰囲気はなかった。
これはもう観念するしかない。
ナギはふぅ、と小さくため息を吐いて、あの日の真相を口にした。
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