異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

69. ダンジョンに同行します 2


 雷魔法をまとった矢を湖に撃ち込んで仕留めた大量のお魚は化粧塩を施して、炙り焼きにした。

 鮎に似た淡水魚は、海の魚とはまた違った味わいがする。
 手づかみで焼き魚にかぶりついたグレンが意外そうに目を丸くした。
 
「うん、美味しいね。たっぷりと塩をまぶして焼いただけなのに、味わい深い」
「淡白な味なのかと思いましたが、意外と旨味が強い魚でしたね」

 高貴な方々の口に合うか不安だったが、意外と楽しんでもらえたようだ。
 旺盛な食欲で、鮎もどきの塩焼きをぺろりと平らげてしまった。
 木串を数えると、二人で二十本は食べていたようだ。

「すまないね。なんだか、やけに空腹で」

 恥ずかしそうに笑うグレンは焼き魚だけでは物足りなかったらしく、追加のおにぎり三個目を頬張っている。

「ああ、魔力を使うとお腹が空きますからね」
「そういえば、そんな話を聞いた覚えがあるかもしれない」
「これほど魔力を使うことは、めったにありませんからね。……なるほど、これが魔力不足の状態なのか」

 王弟と侯爵家の令息なら、たしかに魔力をここまで使うことはないか。

「魔剣の使いすぎだ」

 呆れたエドにまで突っ込まれている。
 国宝クラスの魔法剣を使うのがよほど楽しかったのだろう。
 実力を底上げしてくれる魔道武器を手にすると、面白いほど魔獣や魔物をさくさく倒せる。
 レベルが上がるのが楽しくて、限界まで魔力を使い果たしてしまった二人を、なまぬるい目で見てしまう。

「こんなに食べたのは、十年ぶりくらいです」
「食べても食べても、満腹にならないぞ!」
「焼き魚もですが、この米料理も美味しいですね」

 グレンだけでなく、オスカーもはしゃいでいる。
 微笑ましい会話だが、アラサーの男二人なのだ。

(偉い人たちもきっとストレスがすごいんだろうなー)

 うん、聞かなかったことにしてあげよう。そう心に誓ったのに、なぜかエドがドヤ顔で話しかけていた。

「これは、おにぎりという。焼いて食べるのも旨い」
「ほう。このまま焼くのかな?」
「試してみたいですね」

 わくわくしながら、おにぎりを網にのせて焼き始める三人。まるで、キャンプだ。
 セーフティエリアとはいえ、ここはダンジョン内なのだが。

「あ、焦げてしまったようだよ、エド」
「このくらい焼いた方が旨い。ちょっと焦げたところが香ばしいんだ」
「なるほど」

 額を突き合わせて、大真面目な表情で焼きおにぎりが完成するのを待っている。

「このオニギリ? 真ん中に肉が入っているのがいいな」
「オーク肉のそぼろ煮だな。当たりだ」
「赤身の魚入りは外れですか?」
「鮭も当たりだ。まぁ、ナギが作るおにぎりはどれも旨いから当たりだな」
「なるほど」
「たしかに、どれも美味です」

 だんだん恥ずかしくなってきた。なんだ、これ。

「もういいと思うぞ。食え」
「おお! これが焼きオニギリ……!」
「ん、たしかに香ばしくてクセになりそうな味ですね」
「ツナマヨも当たりだぞ。食うといい」
「ナギも一緒に食べよう! おいで」
「どうぞ、ナギ嬢」

 キャッキャと楽しそうな男子の輪に呼ばれてしまった。
 木箱をひっくり返した即席のイスにオスカーがハンカチを敷いてくれる。
 とても断れる雰囲気ではなかった。

「……お邪魔します」

 さっと手を差し出してエスコートしてくれるオスカー。
 優雅な所作に、エドがぎょっとする。

 あまりにもスマートな仕草に、つい己の手を預けてしまった。

「どうぞ、レディ」
「ありがとうございます」

 ダンジョンのセーフティエリア内の会話とは思えない。
 だって、目の前にはハーフドワーフのミヤに作ってもらったバーベキューグリルがあり、おにぎりと鮎もどきを焼いているのだ。
 何だか、気を張っているのがバカバカしく思えてしまい、ナギはくすりと笑う。

「どうかしましたか」
「何でもないです。焼きおにぎり、いただきますね」

 この二人は国元では絶対にできない体験をしたくて、ダリア共和国までやって来たのだ。
 そうして、ダンジョン内の湖で捕まえた魚を焼いて食べている。とても楽しそうに。

(なら、私も一緒に楽しんじゃおう)

 警戒していたエドだって、つい面倒を見てしまうほど、この二人は日常面では危なっかしい。

 小皿に取ってくれた焼きおにぎりをエドが手渡してくれる。
 期待に満ちた三人分の視線を痛いほど感じながら、焼きおにぎりをパクリ。

「あ、おいしい」
「本当か、ナギ! それは僕が網にのせたオニギリだよ」
「ひっくり返して焼いたのは俺ですが?」
「ちなみに焼き加減を見たのは俺だ」
「いや、なんでエドまで張り合っているの……? まぁ、うん、上手にできていると思うよ。ちゃんと美味しい」
「ふふ、そうか。そうだろうとも!」
「なかなか楽しいものですね、野外での調理も」
「これ調理って言うのかなぁ……」

 わいわいと賑やかにグリルを囲んで、食事を楽しむ。
 低階層なため、通りがかった冒険者たちが呆れたようにこちらを一瞥するが、気にせずアウトドア飯を満喫した。


◆◇◆


「アリが宝石をドロップしたぞ⁉︎」
「琥珀糖ですね。美味しいんですよ」

 ぱかりと開かれたままの口の中に、琥珀糖を放り込んでやる。
 むぐっと驚きつつ、素直に舌の上を転がしてみたグレンが目を輝かせた。

「あまい! オスカー、この宝石、食べることができるぞ⁉︎」
「はいはい。落ち着いてください。これがエイダン百貨店で評判の食べられる宝石なんですね」
「オスカーさんはご存知だったんですか」
「ええ、情報だけは。あいにく俺たちが買い物に向かった日はちょうど売り切れていて、買えなかったんですよ」
「それは残念でしたね」

 すっかり百貨店の名物となった琥珀糖は、入荷の関係で品切れとなる日が多いそうだ。

「なら、ここで手に入れたらいい。巣ごと倒せば大量に持ち帰ることができる」

 涼しい表情で、気軽に殲滅を促すのはやめてほしい。
 エドの挑発に、いい笑顔で頷く二人。

「腹ごなしにちょうどいい。行くぞ、オスカー」
「やれやれ。結界の魔道具はちゃんと発動させておいてくださいよ?」
「分かっている。フォローは頼んだぞ!」

 生き生きとした表情で、先導するエドの後を追っていく。
 ナギはため息を吐きつつ、そっと【自動地図化オートマップ】の画面を確認した。

(……うん、ちゃんと付いてきているみたいね)

 悪意を感じない、二つの青い点。
 つかず離れずの距離を保って、後を追い掛けてくる二人は、おそらくはグレン王弟殿下の護衛なのだろう。

(宿で私とエドを追い掛けてきた人たちなんだろうなー)

 しっかり顔を見てはいないが、一人が腕のいい魔術師だったのは覚えている。

(宮仕えも大変だよね。お疲れさま)

 他国まで護衛を任されるくらいなので、二人とも優秀な人材なのだろう。
 
「隠れて見ていないで、普通に合流したらいいのに」

 ぽつりとつぶやくと、グレンが不思議そうに振り返った。

「どうした、ナギ」
「何でもないです。クイーンを倒すと、宝石がドロップしますよ」

 冒険を楽しむ男子たちに向けて、ナギはにこりと微笑んでみせた。

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