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〈掌編・番外編〉
13. シュトーレン
前世の記憶を取り戻した十歳のナギとエドが初めて過ごす、ダンジョン都市での冬。
ここ、ダリア共和国内は南に位置しており、温暖な気候に恵まれている。
とは言え、ちゃんと四季はあり、冬は肌寒い。十度以下の気温になることはあるが、雪は滅多に降らなかった。
寒さの厳しい王国の辺境の地で生まれたナギにとっては、暖かくて過ごしやすい国だ。
辺境伯邸から出奔し、魔獣や魔物が多く棲まう大森林を抜けて辿り着いた南国を二人とも気に入っている。
数ヶ月ほど冒険者業で稼ぎ、自分たち名義の土地を購入して、今は立派な家に住んでいた。
砦の外、森の側の自然に囲まれた場所は居心地が良い。
気に入った果樹を庭に植え、家庭菜園で野菜を育てるのも楽しかった。
エドはすっかりパンを焼くことにハマってしまい、自家製酵母をせっせと作り溜めている。
「ミーシャさんが冬支度を整えろって言っていたけど、うちは特に慌てることはないよね……?」
なにせ、雪国であった辺境伯邸から大量の物資を失敬してきているのだ。
不要なドレスや宝飾品、家具類などは旅の途中で売り払ったが、母から受け継いだ『屋敷』内の調度品はそのままある。
「冬布団は客室と予備を合わせても充分な数はあるし、暖炉もちゃんと使える。薪の予備もきちんと保管してあるのよね」
薪が不足したとしても、目の前には豊かな森が広がっているのだ。何本か伐り倒して燃料にすれば良い。
生活魔法を使えば、乾燥もお手の物。すぐに薪として使えるように加工も出来るのだ。
「食料は収納スキル内に大量に保管してあるし……」
きちんと数えてはいないが、エドと二人で一年間引きこもっても余裕で賄えるほどの食料を収納している。
新鮮な野菜や果物は庭で収穫できるし、肉類はもちろん魚介類も売るほどあった。
「あとは衣類かな? 冬服は確かに必要かもしれない」
不安になって、二階の衣装部屋を確認することにした。
亡くなった母は娘である『アリア』のために、たくさんのドレスを誂えてくれていた。
夜会用の華やかなドレスの他にも、ティーパーティー向きの愛らしいドレス、体を締め付けない、ゆったりとした部屋着もある。
もともと病弱だった母は自身の先が短いことを知っていたのだろう。
幼い娘が成人するまでを想定したサイズのドレスが何着も丁寧に仕舞われていた。流行に左右されにくい定番のデザインの物が多い。
ナギは成人したら、母が用意してくれた、これらのドレスに袖を通すつもりだ。
どうせなら、お世話になった皆にお披露目したい。
「成人のお祝いはその年の初めに纏めてお祝いするみたいだから、エドと一緒にパーティに参加できるんだよね。冬だから、王国製のドレスを着るにも良い季節だし、楽しみだな」
今はまだ、身長も胸のあたりも足りないので試着することは出来ないけれど。
瞳の色と同じ、綺麗な青色のドレスを身に纏う日を楽しみにして。
「ん、あった。冬用のコート!」
衣装箪笥の奥に吊るされていた、質の良いコートを引っ張り出した。
濃紺色のハーフコートだ。フードがついており、デザインはダッフルコートに良く似ている。
木製の大きなトグルボタンが可愛いらしい。
少し大きいサイズだけれど、ちゃんと着こなせそうだった。
冬用の帽子は、なんとミンクファーだ。綺麗なグレーカラーで、手触りがとても良い。
「ダッフルコートと合わせても可愛いかも」
鏡の前でしばしファッションショーを楽しんで、冬服を何着か自分の部屋に持ち込んだ。
「冬用の装備も必要だし、エドと買いに行かないとね」
エドの冬服は一から揃えないといけない。
放っておくと、無頓着な彼は一年中同じ格好で過ごしそうなので、ナギが目を見張っておく必要があるのだ。
「せっかくだし、エドにもダッフルコートをおすすめしておこう。お揃いで可愛いよね」
立派な狼耳があるため、帽子は被れないが、マフラーやセーターなら色違いの物を合わせることも出来るだろう。
「私がもう少し器用だったら、編み物ができるんだけどなぁ……」
残念ながら、ナギはあまりお裁縫は得意ではない。
大森林内の拠点で縫い物に挑戦したけれど、必要に駆られない限りはプロにお願いしようと考えている。
「お裁縫する暇があったら、料理をして美味しいご飯を食べる方に情熱を傾けていたからなぁ……」
前世の記憶を思い出して、ため息を吐く。
餅は餅屋だ。プロの手に掛かった品の方が良いに決まっている。
繕い物くらいなら、スキルのおかげでどうにかこなせるが、料理ほどの自信はない。
「そうよね、料理ならお裁縫より得意だし、何より大好きな趣味だから、やっぱりそっちを極めた方が良いと思う」
新しい家での、初めての冬支度。
衣類に関してはエドと二人で店に頼ろうと決めたナギは、ふと首を捻った。
「冬の支度と言えば、クリスマス。……こっちの世界では、そんな宗教行事はなかったよね」
新年を祝う宴や、収穫祭のようなものはあるけれど、クリスマスパーティ的な行事はない。
ツリーを飾り、特別な料理を用意するクリスマスは、特に信心深いクリスチャンでもない『渚』も大好きな行事だった。
エドも前世の記憶を取り戻したことだし、今は宿暮らしでもない。
「……なら、二人だけのクリスマスパーティをするのも悪くないわよね?」
正確には二人と一匹になるのか。
ツリーの代わりにリースを作ってドアに飾り、クリスマス当日にはご馳走を食べよう。
ケーキはやっぱり、ブッシュドノエルが気分も上がるだろう。
「……そうだ。どうせなら、シュトーレンを作ろうかな」
シュトーレン。ドイツのフルーツケーキだ。『坑道』を意味するドイツ語で、トンネルと似た形のケーキだったから、そう名付けられたと記憶している。
クリスマスを待つ四週間前から、少しずつスライスして食べていく習慣があるようだが、前世の渚はだいたい三日ほどで食べ尽くしてしまっていた。
「どっしりしたケーキだけど、美味しいんだもん。仕方ないよね」
ドライフルーツやナッツなど、たっぷりと練り込まれた焼き菓子は甘くて濃厚で、つい手が伸びてしまうのだ。
兄などは甘過ぎて無理、とあまり食べなかったが、母と渚はカロリーの塊だと理解しながらも美味しく食べてしまっていた。
「暦からして、クリスマスはこの日にするのが良さそうだよね。今からだと二週間だけど、作っちゃおうかな。シュトーレン」
ちょうど本日は冒険者稼業の休日。
エドは早朝から、武術の師匠であるラヴィとの修行に出掛けている。
帰ってくるのは夕方頃だろう。
「よし、材料もあるし、作ろう!」
◆◇◆
レシピはバッチリだ。
なにせ、高校生の頃から毎年作っていた。クリスマス限定の美味しいシュトーレン。
デパートのパン屋で一度購入してから、すっかりハマったのだが、高校生のお小遣いで買うには、少しばかり高価だったのだ。
「どうせなら、師匠たちやお世話になった人にも配っちゃおうかな」
食材なら、大量にある。
伝統的なシュトーレンには材料や配合に厳格な決まりがあると聞いたことがあるが、ナギが作るのは日本用にアレンジされたレシピだ。簡単で美味しいがいちばん!
「ケーキに向いた小麦粉と牛乳、バターに塩、卵黄。果物はドライフルーツをワインに漬けておいたのを使ってみようかな。ナッツとシナモンパウダーと……」
ドライイーストの代わりに、エドが育てている酵母種を少し分けてもらおう。甘い香りのするベリー種が良い。
人肌ほどに温めた牛乳と小麦粉に酵母種を混ぜて捏ねていく。ここらへんはパンの生地作りと変わらない。発酵種を作るため、温かい部屋で一時間ほど発酵させる。
それから、溶かして柔らかくしたバターと砂糖、塩に卵黄を加えて混ぜ、小麦粉を追加して発酵させた種を加えて捏ねた。
「レーズンは譲れないよね。あと、ブルーベリーとラズベリー。オレンジピールも追加したら、酸味が出て美味しそう。ナッツは胡桃、アーモンドで良いかな。色んな味のを作ってみるのも楽しそうだよね」
シナモンパウダーを振りかけて、さらにしっかり捏ねていく。
キッチン台に打ち粉して生地を長方形に伸ばして折り畳み、オーブンで最終発酵。
低温で三十分ほど寝かせた。
「ん、良い感じの生地に馴染んだね。じゃあ、焼き上げよう」
オーブンで綺麗なキツネ色になるまで焼き上げて、焼き上がりに溶かしバターを塗り込んで。冷めたら粉砂糖の雪を降らせる。
「完成! 本当は二、三日寝かせた方が良いんだけど、ちょっとだけ味見……」
端っこを包丁で切り落とし、一口かじってみる。さくり、とした歯応え。
じゅわりと砂糖とバターとしっとりとした果実の味が口の中に広がった。
「美味しい……」
まだ味は軽めだけど、寝かせるともっと美味しくなるのだ。
もっと食べたい気持ちをどうにか抑え込んで、シュトーレンを油を染み込ませた紙で包んでいく。
「一週間後から、一切れずつエドと食べて行こう。クリスマス前のお楽しみだね」
◆◇◆
帰宅したエドにも一切れ味見用に手渡したのだが、一週間おあずけと聞いて、かなり落ち込んでいた。
とても良く分かるけれど、きっとここで折れると、エドはシュトーレンを丸ごと一本完食するだろう。
寝かせたら、どんどん美味しくなるからと、どうにか説得して戸棚の奥に仕舞い込んだ。
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