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〈冒険者編〉
220. 出発準備
しおりを挟むハイペリオンダンジョン調査任務の出発は二日後。その間にナギとエドは準備に駆け回った。
まずは、八人の冒険者二ヶ月分の食材の確保に奔走した。
幸い、向かう先は食材ダンジョン。
肉は魔獣を狩れば手に入るし、果物も採取できる。
「主食のお米と小麦粉を大量に買う必要があるわね。あとは、調味料? 醤油と味噌はダンジョンでゲットできるから、塩と砂糖を買わなくちゃ」
指折り数えるナギの横で、エドがせっせと買い物メモを作ってくれている。
食材費は冒険者ギルドのサブマスター、フェローが多めに用意してくれたので、たっぷりと買い込めそうだ。
「卵と牛乳、乳製品もたくさん仕入れておいた方がいいわね。野菜は穀類と一緒に市場で仕入れちゃいましょう。あとは、魚介類だけど、これは私たちが海ダンジョンで確保した分を使えばいいかしら?」
「いいんじゃないか。今回の任務で食べ尽くしたとしても、また獲りに行けばいい」
「そうね。じゃあ、二手に分かれて買い物に行きましょう」
ナギが市場で穀物類と野菜、調味料を仕入れている間、エドには牧場に向かってもらうことにした。
「あ、ついでにミヤさんの工房に寄って貰ってもいい? 依頼していた品物が完成していたら、引き取ってきて欲しいの」
「いいぞ。野営用の調理器具だな」
「うん。せっかくだから、今回の野営時に使ってもらえれば、参考になるしね」
にっこりと笑って見せると、エドに苦笑されてしまった。
まだ約束の日時よりも少し早いが、『野営に便利な調理器具シリーズ』は是非とも経験豊富な師匠や『黒銀』の皆に使ってもらいたい。
「好評だったら、ギルドの売店で扱ってくれないかなー?」
「ギルド内の売店か。置いてもらえれば、かなり売れそうだが」
扱っている物は冒険者ギルドの審査に通った品物だけで、ポーションや野営用の装備が多い。
少し割高だが、品は良いので、急な依頼で必要になった冒険者たちがよく購入しているのを見かけたことがあった。
堅パンと干し肉は不味いが、試しに買ってみたドライフルーツは結構美味しかったと思う。
「クッカーは多少嵩張るが、シェラカップは軽いし便利だから、よく売れると思う。直火に掛けられるのが特に良い」
日帰りの冒険でも、飲み水は必要だ。
特に南国であるダンジョン都市では皮袋の水はすぐに飲み干してしまう。
水魔法が扱えるパーティメンバーがいれば飲み水は確保できるが、いないと死活問題だ。
「シェラカップがあれば、生水を沸騰させることができる。ダンジョン攻略中に腹を壊すと地獄だからな」
実際に体調を崩した冒険者を見かけたことのあるエドの言葉には切実な響きを感じる。
「そうね。シェラカップがあれば、水場さえ見つければ安全に水が飲めるし、スープも作れるわ。ハーブティーだって楽しめるし」
少し大きめのサイズのカップなら、一人前のスープが作れる。
食材ダンジョンで手に入るヒシオの実──味噌が市場に出回れば、味噌汁も簡単に作れるようになるのだ。
キノコや野草を採取して、干し肉の切れ端を放り込んだスープに味噌をひと匙。
干し肉とキノコの出汁が香る、美味しい味噌汁はきっと疲れた心身に染み渡ることだろう。
「まずは、今回同行するメンバーに使って貰ってからの話ね」
「そうだな。牧場と養鶏場の帰りに工房に寄って来よう。シェラカップだけでも急かして人数分作ってもらえるよう、頼んでみる」
「よろしく、エド」
慌ただしく、二人は家を後にする。
何せ、出発まで時間がない。
買い物はもちろん、野営時の料理の下拵えもしておきたい。
移動中は落ち着いて調理が出来ないので、基本はパン食の予定だ。
(どうせなら、美味しいパンが食べたいから、エドに焼いてもらいたいし……)
食パンにバターロール、コッペパンにクロワッサン。焼き立てを収納しておけば、いつでも美味しいパンを味わえる。
エドにパンを焼いてもらっている間、作り置き用のスープをたくさん煮込んでおくつもりだ。
「よく食べる冒険者八人分だから、大鍋じゃ足りないわね。寸胴鍋を追加で買おう。作るのが簡単だけど美味しくてお腹にたまる丼メニューは外せないから、お米もたくさん炊いておかなきゃね」
ミヤが作ってくれた土鍋の在庫は三つ。たぶん、全然足りない。
炊いたお米を別の入れ物に移して、土鍋を使い回せば良いか。
「……食材だけじゃなくて、人数分のお皿も必要ね。とりあえず、丼皿をあと六枚。大皿と取り皿も買っておこうかな」
フェローから預かっている支度金は食材の他に必要な備品も購入していいとお墨付きをもらっているので、心置きなく使える。
あとで購入した品物と金額のリストを提出しなければいけないが、購入した雑貨類は任務が終了すれば、ナギたちの物にして良いとのお墨付き済み。
「ギルド、意外と太っ腹よね。ありがたいけど」
それだけ、新しく発見されたハイペリオンダンジョンに期待しているのだろう。
「さて、買い漏らしがないように気を付けないと」
メモを片手に颯爽と市場に足を向ける。
賑やかな喧騒に、自然と胸が躍るナギだった。
◆◇◆
そんな風に忙しく準備に奔走した二日間を過ごし、出発当日。
今回も長期間出張するため、大事なマイホームはしっかりと【無限収納EX】に収納してある。
待ち合わせの十五分前、東の冒険者ギルドの馬小屋に向かうと、もう皆揃っていた。
「おはようございます! 皆さん、早いですね」
慌てて駆け寄ると、ミーシャに頭を撫でられた。
「私たちはギルドマスターと最終打ち合わせがあったから、少し早く来ただけです。遅刻はしていないから、安心なさい」
「はい。……それにしても、ミーシャさんの冒険者姿、初めて見ました」
新人と女性冒険者のための宿の女将である彼女は、ゆったりとしたワンピースとエプロン姿で立ち働いていた。
今の彼女は動きやすいよう、スカートではなくパンツ姿だ。長袖のシャツで肌を隠し、コルセットに似た形の女性用の革製の鎧を身に纏っている。
フード付きの薄手のローブは草木染めを施しているような、綺麗なグリーンだ。
肩から背に長弓を引っ掛けている。白銀色の美しい髪も邪魔にならないように編み込んでいた。
いつもの彼女らしい、おっとりとした清楚な雰囲気は見当たらない。
凛とした、美しいエルフの戦士がそこにいた。
「かっこいいです、ミーシャさん」
「良く言われるわ」
満更でもなさそうに、頷いている。
馬車に寄り掛かっていたラヴィルがくすりと笑った。
「ほんと、懐かしいわね。その格好。久々の冒険、血が騒いでいるんじゃない?」
「否定はしないわ。楽しみにしていたもの」
軽口を叩く二人から少し離れた場所に集まっている『黒銀』のメンバーにも挨拶をしておく。
「今日から宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそ宜しく頼む。……ところで、本当に荷物を預けても大丈夫なのか?」
リーダーのルトガーが遠慮がちに視線を向けた先には彼らの荷物が積み重なっていた。
二ヶ月分となると、結構な大荷物だ。
野営用の大型のテントが特に嵩張って見える。食料はこちらが持参すると断っておいたので、武器と野営用の荷物が大半か。
「大丈夫ですよ。私の【アイテムボックス】の容量はかなり大きいので」
手に触れて【無限収納EX】に送る。
大量の荷物が目の前で消えたことに、『黒銀』のメンバーは声をあげて驚いていた。
「本当に規格外だな。だが、助かるよ。ありがとう」
「どういたしまして。師匠たちの荷物も預かりますよー?」
声を掛けると、ラヴィルが大きなリュックを抱えて寄ってきた。
「私の荷物はこれよ。お願いするわね」
「はい、お預かりします」
ラヴィルの荷物は軽かったので、着替えやブランケットなどが詰め込まれているのだろう。
ミーシャの分は、と振り返ると。
「私はアイテムバッグがあるし、収納スキルもあるから、平気よ」
「さすが元金級の冒険者だな。アイテムバッグ持ちとは羨ましい」
ルトガーが口笛を吹く。
他の三人も羨ましそうな表情をしている。
「ミーシャさんのアイテムバッグは、ダンジョンで手に入れたんですか?」
彼女のアイテムバッグは腰のベルトにぶら下げている、ポーチ型の魔道具のようだ。
「ええ、そうよ。中級ダンジョンの最下層で手に入れたドロップアイテム。容量も多いから、重宝しています」
「おお……! やっぱ、最下層のボスを倒さなきゃ、なかなか手に入らねぇよな」
「私たちも頑張ってドロップしたいわね」
盛り上がる四人を前に、エドはそっと視線を逸らせている。
いつも背負っているリュックと腰のポーチはナギが空間拡張魔法を付与した、かなりの容量を誇るマジックバッグなのだ。
手首に装着しているバングルも実は収納機能付きの魔道具である。これはナギが辺境伯邸の宝物庫から持ち出した物だが。
貴重な収納の魔道具を三つも持っていることは内緒にしておいた方が良さそうだ。
こっそりエドと視線を交わし、頷き合った。
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