異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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2巻

2-3

「…………ミーシャさん?」
「その、ポテトに肉を巻いた料理とボア肉のスープ。売ってほしいです」
「え? 売る?」
「あっ、ミーシャずるい! 私も買う! いくら出せばいい? 銅貨三枚ずつくらい?」

 ナギがぽかんとしている間に、白兎族の冒険者ラヴィル――ラヴィもやってきて、空いているナギの隣に腰掛けた。

「落ち着いて、ラヴィさん! ボア料理、そんなに高くないですよ?」

 慌ててなだめている間に、エドがテーブルを片付けてくれる。そしてお皿を一枚ずつ浄化して重ねると、真顔でナギのほうを見た。

「肉巻きポテトは三個入り一皿が銅貨一枚、ボア汁は鉄貨五枚が相場だと思う」
「エド?」
「良い子ですね、エドくん。ではどちらも一皿ずつお願いします。お代はこれで」

 驚いた声を上げたナギを横目に、ミーシャがそっとエドに硬貨を握らせている。
 それを目にしたラヴィルも慌ててポーチに手をやった。

「私も買うわ。銅貨一枚と鉄貨五枚ね。んー……とっても良い匂い」
「えっと、エドさん?」
「こんなに良い匂いをさせて、我慢させるのは拷問ごうもんに近い。鍋の残りがなくなるまでは、提供したほうが皆に恨まれないと思う」
「ん、正論、だね……」

 いつの間にか、テーブルの周囲に宿泊仲間が並んでいる。皆、期待に満ちた表情で硬貨を握り締めていた。確かにこれを断ったら恨まれそうだ。諦めたナギは再びエプロンを身に着けた。
 エドがキッチンから寸胴鍋を運んできてくれる。大量に作り置きするつもりだったため、ボア汁はたっぷり残っている。皆はボア汁が目当てのはずなので、うどんは入れないことにした。

「じゃあ、さっきの値段で販売します。エドはお金を受け取ってね」
「了解」

 準備が良いことに、皆自分の皿を持参しているようだ。
 肉巻きポテトは数が少ないので特にお世話になっているミーシャとラヴィルにだけ、と前置きして、ナギはボア汁の配膳を頑張った。エドも小銭の受け取りや列整理に忙しそう。

「なんだ、このスープ! めちゃくちゃ旨いな!」
「ボア肉が柔らかくって、優しい味がするわ。お腹がポカポカしてきた」

 大変好評のようで、宿泊客たちが口々に絶賛してくれる。

「おかわり!」

 お椀いっぱいのボア汁をぺろりと平らげ、おかわりを求めて再び列に並ぶ猛者もさが何人も続く。
 途中で角煮を作っていたことを思い出したナギはどうしようかと聞こうとしたが、それを察したエドにものすごい目付きで牽制されてしまった。ボア汁と肉巻きポテトは我慢できても、角煮は譲れないらしい。
 その後、角煮が大好物の少年は会計作業の合間を縫って周囲にバレないようにさりげなく、自分のマジックバッグに角煮の大鍋を収納していた。

「フォレストボア、やっぱり美味しいわね」
「本当ね! こんなに美味しいなら、私もダンジョン探索を休んで狩りに行こうかしら」
「なら私もついていく。絶滅しない程度に狩ってきましょう」

 肉食系のエルフさんとウサギさんが物騒な会話を交わしていたが、ナギは聞こえていない振りだ。
 そんなこんなで寸胴鍋いっぱいに調理したはずのボア汁はあっという間に食べ尽くされ、更に追加でボアステーキを焼く羽目になってしまった。
 皆に配るべきだなんて言い出したエドをナギが無言で凝視すると、さすがに悪いと思ったらしい。肉を切り終わったエドがステーキを焼くのを交代してくれた。

「エドのバカ。仕事後になんでまたこんなに働かなきゃいけないのよ……」
「だが、ボア汁の売上が冒険者ギルドでの報酬を越えたぞ?」
「……それ、冒険者見習いとして、どうなのかな?」

 こうして、『妖精の止まり木』のボア肉祭りは盛況のうちに在庫切れで幕を閉じた。




   第二章 街中依頼を頑張ります


 翌朝、ナギとエドは早めに宿を出た。街中の奉仕依頼は報酬が少ないため冒険者には不人気だが、見習い冒険者にとっては楽な仕事のため、早朝から出向かないとけるのが大変だと教えてもらったからだ。
 それと、昨日の夕食に味を占めた連中に朝食も頼まれそうだったのもある。それなりに良い稼ぎにはなったが、連日大量に調理するのは大変なので、早々に逃げてきた。
 行儀は悪いが、生ハムとレタスのサンドイッチを頬張りながら早朝の街中を冒険者ギルドに向けて歩く。
 店を構えた商店は遅い時間に開店するらしく、どこもまだ人の気配は少ない。朝市の準備をする人がちらほらと見えるくらいだ。静かで清々しい。

「朝は涼しくて気持ちがいいわね。早朝が過ごしやすいから、この時間帯に活動を始める冒険者が多いのかしら」
「そうだろうな。涼しい時間に働いて、蒸し暑くなる前に仕事を終えるのが、効率もいい」

 そういえば、前世のとある国ではお昼寝タイムがあったことを思い出す。のんびりとしたお国柄でなければ難しいだろうが、あれはあれで道理にかなっていた。
 ふたつ目の玉子サンドをぺろりと平らげたエドが、冒険者ギルドのドアを開けてくれる。こんな早朝のギルドが既ににぎやかなことに驚きつつも、二人で見習い冒険者用の掲示板に向かった。
 掲示板前には数人の少年がいた。グループで働いているのか、どの依頼を選ぶか相談しているようだ。
 人と獣人が半々の割合の彼らのそばを横切って、残った依頼を吟味ぎんみする。

「あ、これがいいな。荷物の配達依頼。リアさんが、私たちなら安心して任せられるから、配達仕事もけていいって言ってくれていたし。一件の単価としては安いけど、いくつか効率良くけ負ったら、短時間でそれなりに稼げそう」
「ナギ向きだな。俺の出番はなさそうだ」
「出番がないなんて、そんなことないわよ。配達の後は、この工事現場手伝いの依頼はどう? 資材は私がスキルで運んで、エドが力仕事を担当する。配達依頼の時には、エドに私の護衛をお願いするつもりだし、出番がないってことはないでしょう?」

 ちゃんと守ってね? ナギが悪戯いたずらっぽくそう訴えると、存外真剣な表情で「もちろんだ」とうなずかれた。
 受付カウンターで配達依頼書を提示すると、タレ耳犬獣人の受付嬢リアが場所を詳しく教えてくれる。東の冒険者ギルドが担当する区域の簡単な地図はフェロー主任からもらっているので、丁寧に書き込んだ。

「手紙はギルドで預かっているので、これをそのまま宛先に届ければ良いわ。ちゃんと受け取りのサインを依頼書にもらってね。荷物の配達は、依頼主を訪ねて荷物を受け取ってから、送り先に運ばないといけないから大変なんだけど……」
「大丈夫ですよ。【アイテムボックス】スキルがあるので」

 エド以外には、ナギの【無限収納インベントリEX】は【アイテムボックス】として偽っている。【無限収納インベントリEX】は規格外すぎるので、隠すことにしているのだ。

「そうだったわね。ナギくんなら安心ね」
「道中の護衛は俺が頑張る」
「うん、エドくんが横で睨みを利かせてくれていたら、更に安心だわ」

 その後もリアは親切に色々と教えてくれた。ルーキーや見習いが心配なのもあるだろうが、先日のナッツクッキーの恩恵なのは明らかだ。
 周囲に人がいないことを確認すると、ナギはそっと小さな包みを彼女の手に握らせた。
 きょとんとするリアに小声で「内緒のお礼です。一人で食べてくださいね?」とささやくと、ぱっと彼女の顔が輝く。
 手渡したのは、雑貨屋で見つけた油紙を小さく切って、手作りのあめを包んだものだ。
 お砂糖と水で簡単に作れるべっこうあめは大量に作り置きしてある。小腹が空いた時のおやつにはもちろん、ちょっとした賄賂わいろにも最適なのだ。

(クッキーは材料費がかさむし、たくさん焼き上げるのは大変だけど、あめは一気に作れるしね!)

 砂糖は高価なので途中から蜂蜜で代用したが、どちらも美味しく仕上がった。
 興が乗ってついつい杏やベリー入りのあめも作ってしまったが、採取や狩猟の合間の補食としても、ちょうど良い。あめにすると、酸味の強いベリーも美味しく食べられる。

「ナギくん、ありがとう。二人とも気を付けて行ってらっしゃい」

 あめのひとつやふたつで好感度が上がるなら、どんどん利用するつもりだ。
 笑顔で見送ってくれるリアに、ナギもまた笑みを浮かべて手を振ってみせた。

「……ナギ」
「味方とまではいかなくても、なるべく敵を作らないように生きていくのは大事だと思うの」
「それはそうだが、本音は?」
「親しくなったら可愛いお耳を触らせてくれないかなって」

 ぽろりと本音をこぼしてしまった。一度肯定して聞き直すって、最近のエドは誘導尋問がうまくなった気がする。
 ナギがはっと気付いた時には可哀想な子を見る目で見下ろされていて、エドにたしなめられた。

「それは、ダメだ。同性同士でもダメだと思うぞ、ナギ」
「違うの……。そういう、あの、変態さんじゃないからね? 獣人さんによって毛の触り心地は違うのかなぁって不思議に思っただけで。受付嬢さんと仲良くなったら、美味しい依頼を回してもらえたり、色んな秘密の情報を教えてくれるかなって下心も、少しはあったけど……」
「思ったより、腹黒い」
「十歳児はたくましく生きなくちゃ」
「前世と合計したら、年齢は四十手前になるが……」
「そういう数え方はどうかと思います」
「……まあ、なんにせよ獣人の耳や尻尾に触れるのはタブーだ。触りたいなら、俺ので我慢しろ」
「えっ、いいの?」

 思わぬ棚ぼた展開に、ナギは顔を輝かせた。
 エド自身が栄養をたっぷり摂り、毎晩お風呂で綺麗にしている上に、ナギが丹念にブラッシングを施しているおかげで、彼の毛並みは今や最高品質だ。
 普段はなかなか触らせてくれないので、この発言は嬉しい。仔狼姿のアキラは多少はでさせてくれるが、基本はクールな二人。お預けが続いていたナギには朗報だった。

「勝手に他の獣人に触れて怒りを買うくらいなら、俺が我慢する」
「そんなことしないよっ?」
「いや、ラヴィを見つめる目もかなり怪しかった」
「う……。だって、真っ白の綺麗な毛並みのウサギ耳だよ? 気になって仕方ないじゃない?」

 ぴるぴるっと小刻みに震える獣耳は最高に愛らしい。その白くてふわふわの誘惑にどうにか耐えていたのだが、エドには見抜かれていたようだ。

「もう、ちゃんと分かっています! 敏感で繊細な部分だし、獣人にとってはセクハラに当たるらしいし、勝手に耳や尻尾には触りません!」

 胸に手を当てて宣誓し、ようやく許された。解せない。
 が、エドには触っても良いとお許しをもらえたので、それはそれで良しとしよう。


 ギルドで預かった手紙は三通。これはウエストポーチ型のマジックバッグに収納した。
 メモを書き入れた地図を広げ、二人がまず向かったのは、市場。
 早朝に収穫した野菜を売る農家の人の屋台へ向かい、預かった大量の野菜を飲食店に配達する仕事だ。大きな麻袋に入った野菜を取引先の五店舗へ届ける。
 次に向かったのは、卵と牛乳の屋台。隣り合わせで並んで出店していたので、すぐに見つけられた。

「冒険者ギルドで配達の依頼をけて来ました。荷物をお預かりします」
「牛乳を入れたたる、かなり重いけど大丈夫?」

 店先に立つ男性は、声を掛けたナギを見て心配そうにたずねる。

「平気ですよ。【アイテムボックス】スキルがありますし、こちらのエドは【氷魔法】が使えるので牛乳も安全に運べます!」
「まあ。貴方、【氷魔法】が使えるの?」

 なんの気なしの発言だったが、屋台の責任者である牧場の女将おかみさんが反応した。

「お金は出すから、大きめの氷を作ってくれない? 売り物が悪くなるのが心配なのよ」
「……どうする?」
「俺は構わない。時間に余裕があるなら、だが」
「大丈夫。多少の寄り道をしても間に合うように予定を組んでいるから」
「なら、小遣い稼ぎだな」

 エドは差し出された大きめのバケツ五個に氷を作った。バケツ一個につき、銅貨一枚の臨時収入だ。
 だが、その売上をエドはその場で全部使ってしまうらしい。

「牛乳の大瓶三つ。あと、チーズとバターをこれで買えるだけ欲しい」
「えっ、いいの? エド」

 ナギが物欲しそうに乳製品を眺めていたのを、しっかり見られていたらしい。

「いい。臨時収入だし、その分旨い飯になるほうが嬉しい」
「分かった。じゃあ、今日はチーズ入りのハンバーグを作ろうかな」
「いいな、それ。食ってみたい」

 日本円で五千円相当の乳製品を、慎重に【無限収納インベントリEX】に入れていく。せっかくの牛乳だ、瓶が割れてはもったいない。チーズとバターは切り分けてもらったものを皿に移して収納した。
 隣の卵屋の配達依頼もけているので、荷物を預かるついでにカゴいっぱいの新鮮な卵を買い取った。卵はいくつあっても使い切れる自信がある。

「じゃあ、配達に行こうか、エド」
「ああ。まずはふたつ向こうの通りにある定食屋からだな」

 いくら大きな荷物だろうとナギの【無限収納インベントリEX】に放り込むだけなので、配達仕事は二人にとって街の散歩と変わらない。初めての通りを歩き、知らない店を覚えながら依頼をこなしていく。
 道中で、頼まれていた手紙を配達することも忘れない。たるごと預かった牛乳は、定食屋と酒屋、宿屋と順に巡って配った。
 配達先の店が用意していた大鍋やガラスの瓶に牛乳を移す作業はエドが担当する。【身体強化】スキルを使ってたるごと持ち上げるものだから、その豪快さに行く先々で喝采を浴びていた。
 普通は移し替え用のコップを使うらしい。時短になったし、喜んでもらえたので問題はない。
 牛乳が劣化するのが怖くて、エドに頼んでたるごと冷やしてもらっていたのだが、これが良い評判を呼んだらしく。後日、牧場の女将おかみさんから指名依頼が入るようになったのは、余談だ。
 そんな訳で、午前中のうちに市場でけた配達仕事は全て終わらせることができた。
 残りは街外れに届ける手紙が一通と、荷物の配達が二件。荷物の一方と手紙は偶然にも同じ宛名だった。
 これは特に時間指定もなかったので、先に昼食をとることにする。小さな公園を見つけて、木の陰に敷物を広げた。
 今日のメニューは炊き込みご飯のおにぎりだ。焼きおにぎりにしなくても、水分を少し多めに具と一緒に炊いた米はうまく握ることができたのだ。チャーシューにしたオーク肉の切れ端を根菜と一緒に具にしたのだが、キノコの出汁だしと醤油のおかげで美味しい炊き込みご飯になった。
 シンプルな玉子スープと炊き込みご飯のおにぎりだけではエドは物足りないだろうから、ここにコッコ鳥の焼き串も追加した。モモ肉と胸肉と鶏皮の三種。時間があれば、つくねも作ってみたい。
 革のブーツを脱ぎ捨てて裸足で敷物に寝転がると、開放感が心地いい。

「気持ちいいね」
「ああ」

 このまま昼寝を楽しみたかったが、まだ仕事は終わっていないのだ。
 どうにか居心地のよい敷物から起き上がると、ナギは身支度を整えた。

「さぁ、次で最後。街外れのドワーフ工房へ行きましょう!」

 ドワーフ工房は東のとりでを出て、南に向かった先にある。
 そこは木工所などの作業場が集まった職人区のようで、街中とは違ったにぎやかさがあった。
 ちなみに先程の牧場の女将おかみさんによると、農地や牧場はさらにここから南へ向かったところにあるらしい。産みたての新鮮卵としぼりたての牛乳を求めて、いつか遊びに行こうと思う。

「ドワーフの工房は三軒あるんだね。荷物は食糧品とお酒。手紙はドワーフのミヤさん宛」
「鉄とさびの匂いがする。工房はあそこだろう」

 低めの建物が密集した集落に向かう。地図通りの場所にあった家を訪ねると、恰幅の良い小柄な女性が応対してくれた。冒険者ギルドの依頼をけて来たのだと告げ、預かっていた荷物を取り出す。
 大きめの木箱六個と大樽おおだるひとつ。たるからは赤ワインの香りがする。
 配達依頼は毎週あるらしいが、この量がどれくらいもつのだろう。

「ありがとうね、助かるよ。大喰らいと大酒呑みばかりだから、買い物が大変なんだ」
「これ、一週間分の量なんですよね……?」

 半月は籠城できそうな量だが、すぐに食べて呑み尽くしてしまうらしい。さすがドワーフ。

「あ、あと。ミヤさんはいらっしゃいますか? お手紙と荷物を預かっているんですけど」
「ミヤなら一番奥の家だよ。隣が工房だから多分そっちにいるだろう」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、奥にある建物を目指す。
 工房や建物の間は万一の延焼を恐れてか、道幅を広めに取っているようだ。火を入れた鍛冶場前を通ると、熱気が伝わってくる。リズミカルな金属音が響いて、まるでオーケストラのように迫力があって面白い。交互に鳴る音が、ほんの少し違って聞こえる。

(これ、相槌を打っているのかな?)

 交互につちを打っている音なのだろう。耳に残って面白い。
 エドも興味深そうにピンと立てた耳を揺らしていた。

「あそこが一番奥の工房ね」

 他の工房より小さな建物だ。隣に建つ家もこぢんまりとしているが、窓の下に可愛らしい鉢植えが飾られており、居心地はよさそうだった。
 金属を叩く音がするので、やはり工房内にいるのだろう。
 入り口の扉が開け放たれていて、中の気配をうかがいながら声を掛けてみる。

「こんにちは、冒険者ギルドの者ですー! ミヤさん宛の荷物と手紙を配達に来ました」
「はーい、ちょっと待ってね」

 快活な返事があった。大人しく外で待っていると、しばらくして、年若い女性が手拭いで汗を拭きながらやってきた。癖のついた赤毛をポニーテールにした、スレンダーな女性だ。
 アーモンド型のはしばみ色の瞳は好奇心に輝いており、二十代半ばくらいに見える。白い肌に散るそばかすがチャーミングで、き込まれそうな笑顔が印象的だった。

「お待たせ。荷物と手紙の配達だね、ありがとう。重かっただろう?」
「いえ、【アイテムボックス】スキルがあるので大丈夫ですよ」

 ナギが【無限収納インベントリEX】から取り出した木箱を、エドが【身体強化】スキルで持ち上げる。こちらも食糧品や酒類がぎっしりと詰まっていた。
 エドがミヤに顔を向ける。

「どこに運ぶ?」
「家にお願いしてもいいかい? 入ってすぐが倉庫だから、そこに放り込んでおいてくれ」
「分かった」
「あ、手紙はこちらです」
「ありがとう」

 ミヤは手紙の裏を返して差出人を確認すると、そのままポケットに押し込んだ。
 ナギが依頼書に受け取りのサインを頼んでいる間に、エドが戻ってくる。

「倉庫に置いてきた」
「助かるよ、酒瓶は重いからね」

 やはりドワーフ、お酒好きが定番なのか。ミヤは背も高くスレンダーなのであまりドワーフらしくはないが、つちを振るう二の腕はうっすらと綺麗な筋肉をまとたくましい。

「はい、サインしたよ。……ん? もしかして、工房が気になるのかい?」
「あ、えっと。すみません。どんなものを作っているのかなって、気になって」

 ミヤの視線が外れる隙をついてちらちら横目で覗いていたのだが、バレていたらしい。
 顔を赤らめたナギを見て、ミヤが楽しそうに笑う。

「いいよ。時間があるなら見学していくかい? ちょうど休憩を取ろうと思っていたところだ」
「いいんですか?」
「まあ、冒険者さんにはつまらない作業場だと思うけど」


   * * *


 配達依頼のために訪れた冒険者見習いの少年ナギとエドを案内したミヤの工房には、たくさんの作品が並べられている。
 大きな寸胴鍋、大鍋にミルクパン。鉄製のどっしりとしたフライパンはぴかぴかに輝いている。作業机に無造作に置かれた包丁に、果物ナイフもあった。

「うちはよその工房と違って、調理器具の鍛冶専門でね。ドワーフのつら汚しって笑われているけど、まあそれなりに楽しんでいるよ」
つら汚し? どうしてですか。こんなに素敵な道具を作っているのに!」
「ふふっ。ありがとうね、冒険者の卵さん」

 憤慨するナギをミヤは面白そうに見る。冒険者を目指しているくせに、剣やよろいを作る工房よりもミヤの工房に興味を示したことがおかしかったのだ。

「アタシはハーフドワーフでね。ドワーフの父の血は引いたが、満足のいく剣は打てなかった。だけど、母親のすすめで作ってみた鍋の評判は良かったから、こっちを専門にしたんだ」

 ドワーフは良い剣を打てて初めて一人前として扱われる。
 剣を打てずに鍋や包丁しか作らないミヤは半端者と見做みなされていた。鍛冶場を継いだ頃はそのことを悩んでいたが、今は気にしないようにしているのだと笑う。
 実際、冒険者の街であるこのダンジョン都市では武具や防具が持てはやされているが、人が生活するには、鍋やフライパン、包丁などの調理器具は必需品だ。

「ドワーフらしくないからって、誰も作らなくなったら困るだろう? だから、アタシは調理器具を作り続けているのさ。文句があるなら飯を食うなって言ってやるんだ」
「本当ですよ、ご飯はとっても大事です! ……それはそうと、調理器具専門の工房ということは、オリジナルの調理器具の注文もけてくれるんでしょうか?」

 鼻息荒く詰め寄られて、ミヤは驚いた。
 手に合った包丁やフライパンの作製を頼まれたことはあるが、どれも依頼人はプロの料理人だ。こんな小さな冒険者見習いの少年にお願いされるとは思わなかった。
 いかにも育ちの良さそうなこの少年は、何を求めているのか。

「いいよ。ちょうど、ひと仕事終わったところなんだ。何が欲しいんだい?」

 ちょっとした好奇心から、ミヤは気軽にうなずいてしまった。
 途端、金髪碧眼の可愛らしい少年の瞳がぎらりと光る。その様に戸惑っているうちに、ミヤは大量の依頼をけることになったのだった。


   * * *


「ええと、まずは『泡立て器』? この竹製の道具を丈夫な金属製に、ね……」

 これはなんなのだろう、と不思議そうに角度を変えてソレを観察しているミヤ。
 調理器具製作の依頼をけてくれたミヤにナギが見本として渡したのは、大森林内でエドに作ってもらった、竹細工製の茶せん風泡立て器だ。大事に使っていたが、竹製では劣化しやすく、すぐに壊れてしまった。
 使い方を実演して見せるため、ナギは鍛冶場の作業台を借りた。
 まずは生クリームを作る。卓上サイズの魔道コンロに小鍋を載せ、無塩バターを投入して溶かす。冷えた牛乳に溶かしたバターを少しずつ加えてテンパリングし、弱火にした小鍋にテンパリング済みの牛乳を流し入れて温める。

「あとは、ひたすら泡立てます。エド、お願い」
「ん、後で俺も食べていいか?」
「もちろん!」

 張り切ったエドが、泡立て器もどきでひたすら材料を泡立てる。【氷魔法】で冷やしながら、クリーム状に仕上がるまで念入りに。

「ふわっふわの食感のクリームが作れる道具なんです。とっても美味しいんですよ? ただこの通り、結構な力仕事なので、金属製の丈夫なものを作ってほしいんです」

 生クリームが完成する頃には、泡立て器の先端部分はボロボロになっていた。
 収納から取り出した蜂蜜味のスコーンにクリームを添えたものを小皿に載せて、ミヤに手渡す。
 紅茶を用意したのはエドだ。自分の分はしっかり確保して、真っ先にスコーンを頬張っている。
 香ばしいスコーンと甘い蜂蜜の香り、初めて目にする生クリームの誘惑に、ミヤはあっさりと白旗を掲げた。手掴みでスコーンを口に含み、恍惚としている。

「んんっ? なんて甘さだい! こんな菓子は初めてだよ!」

 かくしてナギは専属の調理器具製作者と契約を結ぶこととなった。


 ナギは足取りも軽く、帰路についている。
 最後のドワーフ工房への配達でかなり時間を食ったが、念願の調理器具作製の目処が立ったので上機嫌だ。

「泡立て器にピーラーとスライサー、揚げ物用のバットはもちろん、製菓用の道具も作ってくれるって! ミヤさんに依頼をけてもらえて、本当に良かったわ」
「すごい勢いだったからな……」

 隣を歩くエドは少し引き気味だ。


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