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〈冒険者編〉
236. 探索を頑張りましょう 2
踏破したフロアには、各階層にある転移扉に触れて強く念じれば転移することが出来る。
ナギはエドとしっかり手を握って、スライムのいる階層に転移した。
スライムのいる階層──つまりは一階層である。洞窟フィールドで出没するのはスライムだけだ。
ここ、ハイペリオンダンジョンの第一発見者である二人には【自動地図化】スキルが与えられたので、一階層から最短距離で下層へ向かうことが出来たのだが。
「気にしていなかったけど、意外と洞窟内は広かったのね」
「そうだな。俺たちは二階層への扉の場所が分かっていたから、そのまま真っ直ぐ向かえたが、地図がないとかなり大変そうだ」
地図なしで彷徨ったなら、およそ十倍近くの広さに疲弊しきっていたことだろう。
「でも、これだけの広さがあるならアキラも退屈しないで済みそうじゃない?」
「……だな」
小さく笑って、エドが頷く。
何せ、今日の目的は『仔狼が存分にダンジョン内を駆け回り、スライム退治を楽しむこと』なので。
エドの【獣化】スキルを師匠たちや『黒銀』のメンバー達に知られるわけにはいかない。
そのため仔狼は、せっかくのダンジョンなのに冒険が楽しめないと、すっかり拗ねてしまっていたのだ。
『俺もダンジョンでモンスターを倒したいです、センパイ! この際スライムをプチってするだけでもいいから……!』
キャンキャンと愛らしい声音で訴えられて、仕方ないなと頷いた。
そんなわけで、本日の休暇は仔狼がスライムをプチっとするために一階層の探索に付き合うことになったのだ。
「ここまでは一緒に来たけど、スライム退治には付き添わないよ?」
縦横無尽に駆け回る仔狼に付き合うのは体力的に絶対に無理。
きっぱりと首を振るナギに、さっそく【獣化】スキルで艶やかな黒い毛皮の持ち主へ変化した彼がくすりと笑う。
『分かってますって! センパイはこのセーフティエリアでのんびりしていて下さい。スライムゼリーと魔石をたくさん取ってきますから!』
転移扉の周辺はダンジョン内でもセーフティエリアになっている。
この付近にはどんな魔獣や魔物も近寄れないし、攻撃を仕掛けることは出来ない安全地帯。
仔狼は地面に散らばるエドの衣服を前脚に嵌めたバングル型の収納に片付けると、ふんすふんすと鼻息荒くテンションを上げた。
「落ち着いてね? 楽しいからって丸一日こもらないように。とりあえず三時間後に集合。あと、ドロップアイテムを収納する用のマジックバッグも渡しておくわね」
昨夜の内に作っておいた物だ。
仔狼サイズの革のリュックにはしっかり魔力を込めて空間拡張の付与を施しておいたので、容量はかなり大きい。
「きちんと試してはいないけれど、商業ギルドの建物くらいは収納できる容量だと思う」
にっこり笑ってミニサイズのリュックを手渡してくるナギを仔狼は胡乱な眼差しで見上げた。
『商業ギルドの建物って、あの立派な四階建ての……? センパイ、自重って言葉知ってます?』
「もちろん知っているわ! でも、貴方だって狩りの獲物はしっかり持ち帰りたいでしょう? それに、リュックの中にはお弁当やオヤツもたっぷり入っているんだけど要らなかったかしら」
『要ります! さすがセンパイ、転ばぬ先の杖の準備も完璧! 周到でカッコいいですっ!』
「てのひらクルンクルンね。いいけど」
もちろん、食料以外にも念の為にエドの着替えや野営用の道具も収納してある。
一階層で何かが起こるとは思わないが、万が一逸れてしまった時用の荷物だ。
「約束の三時間後に、この笛を吹いて知らせるからね」
『笛?』
きょとんと首を傾げる仔狼の頭を撫でながら、ナギは銀色の笛を彼に見せてやる。
「雑貨屋で見つけた犬笛よ。テイムした従魔にも使えるって聞いて」
仔狼は従魔ではないし、犬でもないが、そこらのイヌ科動物よりも五感が優れているので、問題なく耳に届くはず。
「私は貴方がスライム狩りをしている間、せっかくだから料理を作り溜めしておくわ」
大喰らい八人分の食事を毎回作るのは大変すぎるので、隙間時間を有効に使うのだ。
ここが一階層でなければ、果物や薬草の採取に励むのだが、あいにくここはスライムしか棲息していない洞窟。ヒカリゴケしか採取出来ない。
『分かりました。とりあえず、その笛で呼ばれるまではスライムをプチってしてますね!』
器用に革製のリュックを背負うと、仔狼は鼻歌混じりに駆け出した。
森での狩りは元の大きな黒狼の姿を取ることが多いが、ここは一階層。小回りのきく小さな狼の姿の方が動きやすいと、そのままの姿で狩りに向かった。
「あんなポメラニアンもどきの大きさでもスライムをプチって出来ちゃうんだ……」
スライムと仔狼の大きさはほとんど同じなのだが、あの可愛らしい脚で潰せるのだろうか。
「まぁ、無理そうなら、元の姿に戻るわよね。リュックは背負えなくなるけど……」
ダンジョンからのドロップアイテムの装飾品型の魔道具なら、使用者の大きさに合わせて自動調整できるが、あのリュックはナギがこつこつと作った物なので、そんな機能は付いていない。
「いつか仔狼に背負わせたくて、こっそり作っていたリュックが役に立つなんてね!」
可愛い黒ポメ──もとい、仔狼の小さな背に負われたリュック姿は予想していたよりも、さらに愛らしかった。
「可愛かったなー。今度は革製じゃなくて、ふわふわの布地でぬいぐるみ風リュックを作って、背負って貰おう……」
テディベアの形をしたリュックは仔狼にとても良く似合いそう。
ああ、師弟繋がりで白うさぎのぬいぐるみリュックも捨てがたい。
「エドは絶対に背負ってくれなさそうだけど、仔狼は意外とこだわりなく使ってくれそうなのよね」
ありがたいことだ。
元は同じ魂の持ち主なのに、こういったところは違うのが不思議で仕方ない。
アキラは自分が前世の記憶の残り滓のような、記憶のほんの一部の存在なのだと言っていたが。
「でも、あの姿になれば、ちゃんと会話も交わせるし、ご飯だって食べられる。前世の記憶の残り滓だなんて思えない」
きっと、前世の記憶のすべてを継ぐことが出来ないまま転生することになる彼のために、魂の管理者が慈悲を掛けてくれたのだとナギは思っている。
(通常の転生は全ての記憶をまっさらにした状態で行われるもの。私はたまたまミスによって命を落として、本来の寿命百年分の恩恵に預かっての転生だったから、記憶も全部あるけど)
そんな風にナギは考えていたが。
渚が『アリア』に転生した数ヶ月遅れで命を落としたアキラが追い掛けるように魂の待機場にやって来て。
その際に魂の管理者は先に転生した『アリア』の様子を覗き見たのだ。
だが、この世界で苦労しないように選んだはずの転生先がどうもきな臭い。
不審に思った魂の管理者は未来視を行い、『アリア』のあまりの惨状に頭を抱えて──そうして、アキラにも前世の記憶を制限付きで開放して転生させたのが真相。
いわゆる、ゲームで言うところの詫び石付き転生というやつで。
アキラの記憶が、きっと『アリア』──ナギの助けになるだろうと見越して。
そんなことは知らないまま、ナギはセーフティエリアで腕まくりして、大量の作り置き料理の仕込みに取り掛かる。
「朝昼と軽く摘まめるメニューばかりだし、夕食はガッツリとした食事がいいよね。具沢山のシチュー系を大量に仕込んでおこう」
幸い、まだエドが焼いたパンの在庫はたくさんある。
お肉をたっぷり使ったシチューを寸胴鍋いっぱいに作っておけば、皆も満足してくれるだろう。
「ミルクをたっぷり使ったホワイトシチューにデミグラスを使ったブラウンシチュー。シンプルなポトフも捨てがたいし、コーンクリームシチューも美味しいのよね」
タンシチューにビーフシチュー、ハヤシライスも食べたい。
これまでは腹持ちが良いからの理由で、米よりもどっしりしたパンの主食が多かったが、シチューライスやドリアに挑戦するのも良いかもしれない。
「おにぎりも美味しそうに食べてくれたし、これからは和食も出しちゃおうかな」
カレーライスはまだやめておこう。エドが血を見るかもしれない、と脅してきたので。
常習性があるのは身を持って知っている。スパイスにも限りはあるので、カレーを提供するのは、せめてダンジョン踏破のお祝いの時かな、とナギは考えていた。
「まぁ、まだ先の話よね。とりあえずは、三日分のご飯を作っちゃわないと」
お腹を空かせて三時間後に帰ってくる、可愛いスライムキラーのためにも。
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