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〈冒険者編〉
242. 狩り場でした
しおりを挟むハイオークが巣食う31階層は問題なくクリアし、本命の32階層。
そう、ブラッドブルが出没するフィールドだ。
艶やかな黒い毛並みをした中型トラック級の巨体を誇る牛の魔獣が跋扈する、32階層。
ぽつぽつと小さな木立ちが目立つ、広大な草原を見渡して、ナギは大真面目に告げる。
「ここは、狩り場です」
順調にレベルを上げたパーティメンバーはナギの発言を耳にして、頼もしげに頷いてくれた。
「ああ、ナギの熱弁の内容はちゃんと覚えている。とんでもなく美味いブラッドブルの肉料理を食わせてくれるってな」
「任せてください、ルトガーさん。まずはシンプルにステーキで美味しく頂いちゃいましょう!」
「ステーキ……」
冒険者は食べ慣れているはずのステーキ。だが、ナギ特製のソースが添えられると、とんでもなく美味しくなることを、彼らはもう既に知っている。
さっそくやる気に満ちた眼差しで、遠くに見えるブラッドブルの巨体を睨み付けた。
「今回は私も攻撃に参加します!」
ここはダンジョン。『外』と違って、倒した魔獣がそのまま手に入るわけではないのだ。
ドロップするのが目当ての肉であるかどうかは、倒してみないと分からない。
最悪、魔石と皮だけという可能性も少なくなかった。
(幸い、私の幸運値は他の人よりも高いらしいから……きっと、良い部位のお肉を落とすはず!)
実はミーシャからの提案もあり、31階層のフロアボス、ハイオークジェネラルへの攻撃にはナギも参加したのだ。
皆が弱らせてくれたハイオークジェネラルに、トドメとばかりに炎の矢を撃ち込んで仕留めることが出来た。
結果、宝箱の中身とドロップアイテムは素晴らしい物だったのだ。
(宝箱には黄金に宝石金貨銀貨がざっくざく! さらに時間経過、温度管理可能なマジックバッグもドロップしたのよね)
大きめのトートバッグに似たデザインのマジックバッグは収納の容量は荷馬車サイズほどと少なめだが、時間停止や時間遅延の効果がない魔道具だった。
しかも、内部の温度を使用者が設定できるという優れもの。
(料理をするのに、とっても便利!)
ナギは大喜びしたが、他の皆は微妙そうな表情をしていた。
不思議に思ったが、普通は時間停止且つ容量の大きなマジックバッグを欲するものらしい。
ならば、とナギは挙手をして、その持ち主になりたいと立候補した。
フロアボスを倒してドロップしたレアなアイテムは他にも幾つかあり、魔道武器も二つあった。
『黒銀』がその内のひとつ、水魔法が付与されたショートソードを引き取り、師匠たちが残りを山分けすることで、ナギはそのマジックバッグを手に入れた。
(これがあればパンも仕込めるし、お肉を漬け込んでおくことも出来るわ!)
柔らかくて美味しいパン生地を作るには、しっかりと醗酵させないといけない。
ナギの【無限収納EX】内では時間が停止しているので、パン生地を仕込むことが出来なかった。
今はエドが焼いてくれていた作り置きを食べているけれど、在庫がなくなったら、ダンジョン内で作らないといけない。
休日がまるまるパン作りで終わるのはなるべく避けたかった。
このマジックバッグがあれば、朝に仕込んで昼に焼くことが出来るのだ。
ちなみに師匠──と言うか、ミーシャが手に入れたドロップアイテムは薔薇の鞭という、とても物騒な魔道武器で、嬉々として振るっていた美貌のエルフの姿は忘れることにしたナギである。
ともあれ、今は32階層の攻略だ。
狙うは美味しいお肉。ステーキで食べるなら、サーロインかリブロースが良い。
シャトーブリアン──ヒレ部分は脂肪が少ないから、ここをカツに使いたい。
焼肉や牛丼も、きっと皆気に入るはずなので、バラ肉も譲れない。
良質な赤身肉であるモモはローストビーフにして食べたいし、肩ロースでしゃぶしゃぶやすき焼きを堪能したい。
「ナギ、牛タンやホルモンも忘れるな」
「そうだね。久しぶりに牛タンステーキをお腹いっぱい食べたくなっちゃった」
エドの指摘に破顔する。
強敵であるはずのブラッドブルが、この八人に取っては素晴らしい肉料理の食材にしか見えなかった。
「では、皆さん。豊かなディナーのために、狩り尽くしましょうか」
物騒な薔薇の鞭を手に、ミーシャが艶然と微笑みながら宣言した。
◆◇◆
文字通り、フィールド中を巡ってブラッドブルを狩り尽くした。
フロアボスは特殊個体で雷魔法を操る厄介な敵だったが、ナギの土魔法で掘った落とし穴に落とし込んで、後は全員で攻撃した。
「やったわ! 今回も大きな宝箱がドロップしたみたい。お肉のドロップもたくさんある……!」
大きな穴の底にアイテムがドロップする。これでは取りにくいので、ナギは土魔法で押し上げるようにして穴を塞いだ。
巨大なフロアボスからドロップした肉も大量だ。目算でも、三十キロはありそう。
とりあえずお肉は【無限収納EX】に収納して、先に宝箱の中身を確認することにした。
「ちなみに宝箱を開けるのは……?」
念のため、皆に確認してみたが。
「ナギだな」
「ナギに決まっている」
「やはりここは幸運値の高いナギにお願いしたいところね」
「よろしく頼む、ナギ」
口々に指名されてしまった。
そっとミーシャに背を押され、ラヴィルには豪快に肩を叩かれた。
「期待していますよ、ナギ」
「美味しい物か、高く売れそうな物がいいわねー」
「無茶振りやめてください。期待し過ぎないで下さいよ?」
仕方なく宝箱を開ける。
今回の宝箱もかなりの大きさだ。いったい何が入っているのだろう?
皆で同時に箱の中を覗き込む。
「これは宝石箱ね」
キャスが真っ先に手を伸ばしたのは、豪奢な装飾が施された宝石箱だ。
中身は見事なルビーのアクセサリーが詰まっていた。
「ルビーのネックレスにイヤリング、指輪。これはブローチね。どれも見事なデザインだわ」
ほうっとため息を吐くキャス。ラヴィルも嬉しそうに頷いている。
「高く売れそうね」
「ええ、揃いのデザインだから、纏めて売れると思うわ。冒険者ギルドよりも商業ギルドでの買取りか、直接大きな商会で引き取って貰うのが良いかもしれない」
さすが『黒銀』の金庫番。
冒険者ギルドでの買取り以外、考えたこともなかったので、ナギは素直に感心する。
「大きな商会って、たとえばエイダン商会とか?」
二ヶ月前に護衛依頼を受けた商会の名を出すと、キャスはあら、と目を瞬かせた。
「ええ、そうね。かなりの大店だから、高く買い取ってくれると思うわ。ただし、伝手がないと、買い叩かれる可能性もないとは言えないわよ?」
「んー…伝手って、エイダン商会のご令嬢、リリアーヌさんにお願いすれば大丈夫かな……?」
黒髪を縦ロールに巻いた、ゴージャスな髪型をしていた美しい令嬢の姿を思い起こしながら、ナギは首を捻る。
キャスはパッと顔を輝かせた。
「とっても良い伝手だと思うわ。深窓にして有能なリリアーヌ嬢の噂はダンジョン都市でも良く聞こえてきているもの」
「そうなんですね。リリアーヌさんはお仕事が出来る人だったから、納得です」
「食材ダンジョンの買取りにも乗り気になってくれたしな」
エドがぼそりと補足してくれる。
そう、前回のダンジョン帰りに寄ったエイダン商会の店で、琥珀糖や蜂蜜などを嬉々として買い取ってくれたのだ。
「今回はギルドに持ち帰らないといけないんでしたっけ?」
ミーシャに尋ねると、いえ、と首を振られた。
「ドロップしたアイテム全てを持ち帰る必要はありませんよ。どれも鑑定用に、最低一つは実物があれば問題ないので、不要な物をエイダン商会に買い取って貰うのは良い考えだと思います」
わっ、と全員から歓声が上がった。
今回の調査任務では高額な依頼料の他にも、ドロップしたアイテムはよほど希少で珍しい物と提出用以外は自分たちの懐に入れても良いとの許可は得ているのだ。
金銀宝石に金貨銀貨、装飾品に魔道具と、かなりの儲けが見込めるだろう。
宝石箱の他には、血のように赤いワインの瓶が半ダースほど。皮袋に詰まった王国金貨百五十枚。黄金の斧とグローブ、アクセサリー型の魔道具などが詰め込まれていた。
中でも異彩を放っていたのは、木製のトランクケースか。
かなりの大きさで、宝箱から取り出して地面に置いてから中身を調べることにした。
そっと蓋を開けると、つんと鼻を刺激する香り。
「これは、スパイス……?」
トランクケースには希少なスパイス類が大量に詰め込まれていた。
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