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〈冒険者編〉
254. 新しい出会い 3
しおりを挟む「猫ちゃんだ……!」
ナギが歓声を上げると、ふわふわの毛並みのキジトラは怯えたように両耳をぺたんと寝かせた。
エドに抱え込まれて硬直しているようで、尻尾の毛がぱんぱんに膨らんでいる。
大きな瞳をまんまるにさせて固まっている様子は可哀想だが、とんでもなく可愛らしくもあった。
「なんでダンジョンに猫がいるんだ?」
首を捻るエドのところへ歩み寄ると、ナギは怯える猫の顔を覗き込む。
「迷い込んじゃったのかな。それにしても可愛い猫ちゃんね」
綺麗なキジトラ柄をした猫の瞳は翡翠色。エルフのミーシャと同じ色彩だ。
宝石のように煌めいている神秘的な瞳につい見惚れてしまう。
ナギは猫にそうっと手を伸ばす。
すぐにでも撫で回したい気持ちを抑えて、人差し指をその鼻先に差し出した。
耳をぴくりと揺らしながら、猫がおそるおそる匂いを嗅いでくる。
すんすん、と鼻を鳴らす様が愛らしい。
寝かされていた耳が好奇心からか、ぴんと三角に立ち上がった。
少しは落ち着いてくれたのかもしれない。
「良い子ね」
再び怯えさせないように、そっと人差し指で顎の下を撫でてやる。
触れるか触れないかの、絶妙なフェザータッチ。猫が嫌がらないのを見て取ると、少しずつ触れる箇所を増やしていく。
やがてキジトラ猫は喉をゴロゴロと鳴らしながら、エドの腕の中で身をくねらせ始めた。
「かわいい……!」
「そうだな。かわいいが、落としそうだから、止めてくれ」
「えへへ。ごめんね、エド」
ナギは犬も好きだが、猫も好きなのだ。
ダンジョン都市ではあまり猫の姿を目にすることがなかったので、つい我を失ってしまった。
だが、ナギが熱心に撫でてあげたおかげか、キジトラ猫はすっかり心を許してくれたようで。
エドの腕の中からするりと抜け出すと、ナギの足元に身を寄せてきた。
「懐いてくれたのかな?」
くるる、と喉を鳴らす甘やかな音が響いてくるのがナギは嬉しくて仕方ない。
しゃがみ込んで、そっと頭を撫でてやる。
野良とは思えないほどに、艶やかで綺麗な毛皮だ。ノミどころか、汚れひとつ見当たらない。
「飼い猫がダンジョンに紛れ込んじゃったとか……?」
「あるのか? そんなことが」
エドは懐疑的だが、ダンジョンの入り口は転移扉になっているため、触れるだけで中に入ることが出来るのだ。
「街中のダンジョンなら、万が一くらいであるかもしれないが。ここは大森林内のダンジョンだぞ?」
「う……それはそう、なんだよねー…?」
大森林は魔素が濃く、魔獣や魔物の巣窟だ。そんな中で、普通の猫が生き抜くことはとても難しい。
生き抜いた動物がいたとしても、やがて魔素に侵食されて魔獣と化すのだ。
「でも、この子は魔獣じゃないもの」
「……ああ。魔獣なら問答無用で襲い掛かってくるもんな」
キジトラ猫は息を潜めて、ナギたちを見ていただけで、襲う素振りは見せなかった。
仮に襲う気があったとしても、鋭いけれど小さな爪や牙だけでは冒険者である二人には到底歯が立たないであろう。
すりすりと足首に顔を擦り付けてはニャアと可愛らしく鳴く姿に、ナギはあっさりと陥落した。
「こんなに可愛い猫ちゃんが魔獣なわけないもの。保護しようよ、エド」
「……仕方ないか。保護は構わないが、ソイツ、腹が減っているんじゃないか?」
エドの呟きに反応したかのように、キジトラ猫は顔を上げて嬉しそうに「ニャア!」と鳴いた。賢い子だ。
「お腹が空いているのね。じゃあ、美味しいお肉を食べさせてあげましょう」
「ちょうど昼時だし、俺たちも飯にするか」
ナギは猫を抱き上げると、セーフティエリアに移動する。
コテージは五十五階層の拠点に設置したままなので、魔道テントを出すことにした。
【無限収納EX】が魔道テントやテーブルセット、調理器具などを次々に取り出していく。
キジトラ猫は何もないところから物が出てくることに驚いたのか、かぱりと口を開けて固まっていた。
「すぐに美味しいご飯を作ってあげるからね」
抱き上げた猫をミニクッションを敷き詰めたバスケットに入れてやる。
どうやら気に入ったようで、クッションに埋もれるようにして落ち着いてくれた。
「猫ちゃんにはネギ類と塩分が大敵だから、柔らかそうなお肉を素焼きしてあげようかな」
オーク肉は脂がキツそうなので、やはりここは鶏肉だろう。
コッコ鳥の在庫なら山ほどあるので、胸肉を削ぎ切りにして、焼いてあげることにした。
「バターは塩分が気になるから、鶏の脂だけで焼こう」
皮目を下にしてフライパンでじっくりと焼き上げていく。胸肉は強火で調理するとパサパサとした食感で硬くなるため、弱火で時間をかけて焼くのだ。
チリチリと鶏皮から脂が滲み出てきて、良い匂いが辺りに立ち昇る。
お腹が空いていたのか、キジトラ猫は身を乗り出すようにして、ナギを見上げた。
調味料は一切使わずに焼き上げたけれど、鶏油のおかげで美味しそうに仕上がったと思う。
猫の小さな口でも食べやすいように、身をほぐしてから小皿で提供する。
「はい、どうぞ」
「ンミャッ!」
地面に小皿を置いてあげると、バスケットから飛び出して駆け寄ってきた。
まるでお礼を言っているかのような鳴き声が微笑ましい。
カツカツと音を立てながら、美味しそうに咀嚼する様をエドと二人で見守った。
あぐ、と奥歯で噛み締めながら瞳を細めている。どうやら、彼の口に合ったようだ。
「美味しい?」
「ンミャイッ!」
「ふ、ふふっ。うまい、だって」
たまたまのタイミングなのだろうけれど、可愛くて堪らない。
多めに焼いていたつもりの鶏肉を、キジトラ猫はぺろりと平らげた。
「やっぱりお腹が空いていたのね。顔を洗っているってことは、満足してくれたのかしら?」
くしくし、と前脚を舐めては顔を撫でる猫をほっこりと見つめる。
毛並みも良く、ふっくらした体型の猫なので、長期間飢えていたようには思えないが、ダンジョン内では食べ物を得るのは難しかったのだろう。
「猫は肉食だ。ダンジョンの魔獣を捕まえるのは難しかったんだろう」
「可哀想に。スライムくらいなら倒せそうだけど、魔石やゼリーは食べられないものね」
これがダンジョン外、魔素の少ない森だったら、仔ウサギくらいなら狩れたかもしれないが、ダンジョンにいるのは凶悪なホーンラビットだ。
大きさも仔ウサギどころか、中型犬より大きい個体ばかり。
額の鋭いツノに狙われたら、か弱い猫ちゃんなんて瞬殺だ。
「ダンジョンに迷い込んで、無傷で生きていたのが、むしろ凄いと思うぞ。頑張ったな」
エドに褒められ、そっと額を撫でられたキジトラ猫は誇らしげに喉を鳴らしている。
うん、可愛い。猫も可愛いけれど、怯えさせないように気を付けながら、そうっと触れているエドも可愛かった。
「じゃあ、私は昼食を作るから、エドは猫ちゃんを見ていてあげてね」
「……分かった」
こくり、と頷くエド。はたり、と尻尾が揺れており嬉しそうだ。
猫のお守りを任せて、ナギは手早く自分たちの昼食を作っていく。
「猫ちゃんと同じ、コッコ鶏料理にしようかな」
モモ肉がたくさん収納に溜まっているので、照り焼きにしよう。
フォークで肉に穴を開けて、均等な厚さになるよう切り開いていく。
片栗粉と塩胡椒をまぶし、皮目を下にしてバターを落としたフライパンでじっくりと焼き上げる。
キツネ色の焼き色が付いてきたら、ソースを絡めて仕上げ焼きだ。
醤油とみりん、蜂蜜を合わせた照り焼きソースは肉にまぶしておいた片栗粉のおかげで、良い具合にとろみが出て、とても美味しそう。
「定食スタイルにするのは面倒だし、今日は照り焼き丼にしよう」
陶器製の丼鉢にご飯を盛り付けて、キャベツの千切りをふんわりと載せた。
その上に照り焼きをしたチキンステーキを一口サイズに切って盛り付けると完成だ。
「美味そうだ」
「ふふっ。どうぞ、召し上がれ」
猫を撫でていた手を止めて、エドが食卓にやってきた。すっかり懐いてしまったようで、キジトラ猫がその後を追ってくる。
「あ、猫ちゃんは食べられないよー? これは人用に味付けたご飯だからね」
「そうだ。犬猫には毒だから、おとなしく待っていろ」
「ニャッ」
てちてち、と必死にエドの足を叩く猫の姿は微笑ましいけれど、ここで絆されてはいけない。
心を鬼にして照り焼きチキンを口にする。さくり、と噛み締めると、じゅわりと肉汁が口の中に広がった。
「んんっ美味しい! 片栗粉にまぶすと、お肉がしっとり柔らかく仕上がって最高ね」
「ひと手間でこんなに美味くなるんだな」
「んー、照り焼きソースも良い味! みりんが手に入って、本当に良かったわ」
「そうだな。白ワインで代用していた時よりも味にコクと深みがある」
うまうまと食べていた二人をじっとりと恨めしそうに見上げていたキジトラ猫が、とうとう我慢できずに口を開いた。
ナーゥ、と不機嫌そうな鳴き声と共に。
『ごはん! ボクも食べたいっ! てりやきちきん!』
可愛らしい子供の声音の念話が、二人の脳裏に響いた。
◆◆◆
拍手、ありがとうございます。
元気の源です✨
本年もよろしくお願い致します!
◆◆◆
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