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〈冒険者編〉
258. 可愛くて強い
しおりを挟む高レベルだと自己申告してくれていたので、彼が強いことは知っていた。
が、見た目はキジトラ柄の可愛らしい猫ちゃんなのだ。
精霊魔法の使い手であったことから、てっきり精霊に助力を乞うて魔法で倒すタイプだと二人とも思い込んでいた。
さすがに小さくて愛らしい猫なので、大型の魔獣を相手にする時は魔法での遠距離攻撃を得意とするはず。
だから、近接戦は苦手だろう。
そんな風に、無意識に侮っていたのかもしれない。
「ニャッ」
コテツはそんな二人の思い込みを嘲笑うかのように、精霊魔法ではなく、物理攻撃でブラックゴートを圧倒した。
大型トラックサイズの魔獣を、小さな小さな猫がその愛らしい、ふわふわの前脚で弾き飛ばす。
「ねこぱんち……?」
「そんな可愛らしい響きの攻撃ではなかったぞ、あれ」
百倍近く大きな巨体を空高く殴り飛ばした猫の妖精は、すでに次の標的に目を向けている。
仲間の姿が消えたことに戸惑うブラックゴートに素早く近寄ると、今度は飛び蹴りをその顎にお見舞いした。
グシャッと砕ける音が、離れた場所に佇むナギの耳朶を震わせる。
骨とか肉とか何か色々な物が潰れたような、凄まじい音だ。
「ニャンコけりけり……」
「だから、あれはそんな響きの優しい攻撃では──」
ズドン、と凄まじい音が響いた。
先程、コテツが猫パンチで空に輝くお星さまにしたブラックゴートが地面に落ちてきたのだ。
同時に、猫キック攻撃を受けたもう一頭のブラックゴートも地に倒れて、どちらもドロップアイテムへと変化する。
『みるく! でた!』
「本当だねー。良かったねー」
ミルク樽と魔石がドロップすると、コテツは無邪気に喜んでいる。
ナギはもう深く考えることは放棄して、素直に猫可愛がりすることにした。
「コテツくん強いね。ヤギミルクはどうしよう? 私が預かっておこうか?」
『んー。ふたつあるから、ひとつずつ』
「分かった。じゃあ、一樽は私が収納しておくね。魔石はどうする?」
『いらない。なぎ、いる?』
「これはコテツくんの戦利品だからね。じゃあ、私が預かっておいて、ギルドで買い取って貰ったら、その分の報酬を渡すね」
そうナギが提案すると、コテツは首を傾げた。
『おかね、いらないよ?』
「でも、お金があったら美味しいご飯が食べられるわよ? お肉は狩れるけど、美味しく食べるには調理器具や調味料やお皿も必要でしょう? 街の屋台のお菓子も買えるのよ?」
ぴるるっ、と三角の耳が揺れる。
翡翠色の瞳をまんまるにして、コテツが身を乗り出してきた。
『おかし! 食べたい!』
「じゃあ、魔石は一旦預かるわね。屋台で食べたい物があったら、その都度教えてくれれば私かエドが代わりに買ってきてあげる」
『ありがと』
嬉しそうに瞳を細めて喉を鳴らす猫の姿はとても愛らしい。
たった今、大型トラックサイズの魔獣を一撃で粉砕した強者には見えなかった。
『あっ、また出てきた。みるくと、ませき!』
ぱっと顔を輝かせて、ブラックゴートに向かっていく頼もしい後ろ姿をナギとエドは見送った。
「もはや魔獣扱いしていないわね、コテツくん……」
「ミルクと魔石を落とす便利な物、としか認識していないなアレは」
二人が見守る中、コテツはブラックゴートを圧倒した。
張り切った彼がフロア中の魔獣を倒し尽くしている間、退屈したナギはエドに手伝ってもらいながら、再びデーツの実を採取した。
「グラノーラを焼き固めた保存食、皆に好評だったし、エイダン商会のリリアーヌさんにレシピを買ってもらえないかな?」
「自分で作らないのか、ナギ」
「作れるけど、手間が掛かりすぎるのよ。ただ、物は便利じゃない?」
そう言うと、ナギは【無限収納EX】から取り出した、グラノーラバーをエドに差し出す。
デーツの実とナッツを練り込んで焼いたグラノーラバーは甘くて香ばしくて美味だ。
日本製のカロリーバーよりも若干固めで食べにくさはあるけれど、味はこちらの方が良いと思う。
獣人であるエドにはちょうど良い硬さらしく、旨そうにバリバリと噛み砕いていた。
「ん、美味い。腹に溜まるし、食べやすいし、冒険者の保存食には最適だと思う」
「冒険者はもちろん、旅人の野営食としても良さそうじゃない? 多分、売れると思うんだけど……」
栄養たっぷりで美味しくて、軽くて嵩張らない保存食。
「お金儲けというよりも、自分で作るのが面倒だから、レシピをリリアーヌさんに渡したいんだよね……」
「なるほど。気持ちは分かる」
「エドも? あ、もしかしてパン作り」
我が家のパンは全てエドの手作りなのだ。
食パンにバターロールやクロワッサン、バゲットに菓子パン、惣菜パン。
定番のパンの作り方を教えたのはナギだが、エドは前世の記憶も頼りにして色々なパンを研究して、これだけの物を作れるようになったのだ。
パンの酵母タネ作りから手を掛けているため、かなり大変な作業なのである。
「パン作りは楽しいから、まだ続けられているが、たまに誰かに代わってもらいたい時もある」
「ああー……ごめんね、エド。私がお任せしちゃっているから……。今度から私も手伝う!」
手を合わせて謝ると、慌てて首を振られた。
「いや、俺の方こそナギに料理をほぼ任せている身だ。パン作りは体力も腕力も必要だし、ナギには無理して欲しくない」
「んー……私たち、ちょっと自分たちだけで頑張り過ぎていたのかもね? さっき提案したみたいに、リリアーヌさんにレシピを託してみない?」
エイダン商会が柔らかくて美味しいパンを販売してくれるようになったら、その分エドもナギも楽ができるようになるのだ。
お金は冒険者活動で充分に稼げているし、食パンやバゲットなどの主食になるパンだけでも買えるようになれば、かなり助かる。
(菓子パンやお惣菜パンなら、たまにお菓子作りの合間に作れば良いし……。良い考えじゃない?)
リリアーヌなら悪いようにはしないだろう。リリアーヌさんは儲けを、ナギたちは時間をお金で買えるようになるのだから、良いことばかりだと思う。
ハーフドワーフのミヤに作って貰った、前世の記憶頼りの調理器具をレシピと一緒に売ったのも、レストランで美味しいご飯を食べたい一心でだった。
「そうだな。どうせ、食材ダンジョンでのドロップアイテムを持ち込んで相談する予定だったし、ついでに商談を持ちかけるか」
に、と口角を上げて笑いながら、エドも頷いてくれた。
デーツの実を採取しながら、そんな相談を交わしている間に、コテツはブラックゴートを殲滅したようだ。
身軽く駆け寄って来て、ニャアニャアと報告してくれた。
『なぎ! みるく、たくさんとってきたよ!』
「偉いね、コテツくん。戦利品は収納したの?」
『うん! チビたちの分、たっぷり』
んふーっと嬉しそうに笑う猫の表情ときたら、とんでもなく可愛い。
(猫って、こんなに表情が豊かだったんだぁ……)
感心しつつ、つい手が伸びてしまう。ふわふわの頬を撫で、喉元をくすぐってやると、耳がぺたんと後ろに寝た。
これは頭を撫でてくれというサイン?
戸惑いながら、そっとエドを見ると、こくんと頷いてくれた。撫でていいらしい。
存分にモフりまくった。
◆◇◆
三十四階層で思ったよりも時間を潰してしまったようで、慌てて拠点に戻った。
ちなみにコテツは他の人間を警戒していたので、子猫たちと一緒に『スキルの小部屋』で待機してもらっている。
あの場所には隅に窓が幾つかあるので、そこから外の様子が観察できる。心配なら見ていたら良いよ、と説明しておいた。
子猫用のホットミルクとコテツ用の食事は手渡してある。
「ナギ、遅かったですね」
「心配したのよー? 怪我はしていない?」
ミーシャとラヴィルに覗き込まれて、しっかり怪我がないかを確認されてしまった。
「怪我はないです。ごめんなさい。調子に乗って、魔法を使い過ぎて、少し休んでいたんです」
「それで疲れた顔をしていたのね。ダメじゃないの、エド。ちゃんとお姫さまを守らなきゃ」
「ラヴィさん、お姫さまって……」
「すまない」
「分かればいいのよー」
「私、冒険者ですから! あと、エド。素直に謝らない」
「すまない」
「もう、またー!」
軽口を叩きながらも、お腹を空かせた皆のために急いで夕食を作ることにした。
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