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〈冒険者編〉
262. 売り込みは大事です
復路は何事もなく、順調に進むことができた。
急かされるように出立した往路とは違って、のんびりと景色を楽しむ余裕さえある。
猫科獣人の集落に預けていた馬と馬車を引き取って、日中は適度に休憩を挟みつつ、移動中。
野営は街道を少し離れた、人目に付きにくい場所にコテージを設置して、そこで一晩を過ごしている。
「快適! やっぱりテントよりコテージよね。ゆっくりお風呂に入れるのが最高!」
お風呂上がりのキャスは、ほっこりと桜色に頬を染めて幸せそうにベッドにダイブする。
一緒に湯船に浸かってきたゾフィもこくりと頷いた。
「ん、気持ち良かった。ここのバスタブは大きくてスキ。足が伸ばせる」
「ゾフィサイズのバスタブはあまり無いものね。ナギなんて、そのまま横たわれるくらい大きいんじゃない?」
お風呂上がり用のドリンクを作っていた手を止めて、ナギは苦笑する。
「分かります? 油断すると溺れます」
「ああ……」
「お風呂が気持ち良すぎて、うとうとしちゃって……」
「あるわね。冒険者業は過酷だもの。疲れが溜まっていると、お風呂で眠っちゃう」
キャスとゾフィが揃って頷いてくれたので、それなりに良くあることなのかもしれない。
(まぁ、私の場合はまだ成年前で小さいから……! そのうち、大きくなるし!)
十三歳なんて、育ち盛り真っ最中。
きっと、スラリと背の高い、ミーシャのような冒険者に育つに違いなかった。
だが、聞き捨てならないと、女子会に割って入った存在がいた。エドである。
ナギのボディガード兼相棒を自認する少年は静かな琥珀色の眼差しで少女を見据えた。
「ナギ、風呂の間に眠るのは危険だぞ」
「う……分かってます。なるべく気を付けるから」
「なるべくでは、心配だ。分かっているのか? そのまま風呂で溺れたとして、そのナギを助けに入るのはこの俺だということに」
「エドが助けてくれる……」
「何があろうとも、すぐに駆け付けよう」
「えへへ。いつもありがとう?」
「どういたしまして。……まだ寝惚けているのか? 風呂の中のナギを、俺が助けることになるということは……」
「お風呂で溺れた私は……真っ裸だね?」
「そういうことだ」
うん、無理。
いくら相棒でも、肌を晒すのは嫌だった。
水着や寝巻きならともかく、裸体はキツい。
「お風呂でうたた寝するのはやめます……」
「分かれば良い」
そんな二人のやり取りを眺めていたキャスは肩を震わせて笑っている。
「ナギってしっかりしているように見えて、エドが相手だと年相応なのね。ふふっ。安心しちゃった」
「えー…?」
年相応ということは、今のやり取りで、十代に見えたのか。
外見年齢はともかくナギの精神はアラサーの前世と足せば、キャスたちより余裕で年上なのだが。
複雑な気分のまま、魔道冷凍庫から目当ての物を取り出した。
と、その様子が気になったらしき、風呂上がりのエルフがそっと背後から覗き込んできた。湯船に垂らしておいた、レモンオイルの良い香りが鼻先をくすぐる。
「ナギ。それは何を作っているのですか?」
「ミーシャさん。これは、お風呂上がり用のドリンクですよ」
ナギがそっと視線を向けると、エドは頼もしい笑顔で頷いた。
「任せてくれ。ジュースはこちらで用意する」
エドが取り出したのは、ダンジョン内で採取したリンゴだ。浄化魔法で汚れを落とし、エドはリンゴを片手に持つ。
「まず、果実を搾る」
ふんっ、とエドが左手に力を込めると、リンゴはブシャァ! と潰れた。
下に置いてあったボウル一杯分の果汁をゲット。種や皮はガーゼで漉して、リンゴ果汁にタンサンの実を投入。
あとはエドの氷魔法で冷やすだけだ。
(本当はミキサーで作ってもらうつもりだったんだけどな……)
脳筋なエドがうっかり筋肉で解決してしまった。なぜか、冒険者である彼女たちの誰も突っ込んでこないのが怖い。
もしかして、これは普通のことなのか。
そういえばゾフィは指先で胡桃の殻を割って食べていた。
「簡単だが、美味い」
ドヤ顔のエドがミーシャにそっとドリンクを差し出した。マドラーでステアした、エド渾身のジュースだ。
「いただくわ。……甘くて美味しい。リンゴの果汁なんて、くどいくらい甘くなるのだけれど、シュワシュワした泡のおかげで飲みやすいです」
舌の上でパチリと弾ける感触を楽しみながら、じっくりと味わうミーシャ。
キャスたちにもエドが搾ったジュースを提供してみたが、とても評判が良い。
「ふふふ。ルトガーさんたちにも喜んでもらえたし。性別関係なく、炭酸は人気商品になりそうね」
「なると思う。ダンジョン都市は南国だし、さっぱりとした口当たりの飲み物はきっと売れるだろう」
冷やして飲むと、もっと美味しくなるので魔道冷蔵庫や冷凍庫の需要が増えそうだ。
屋台だと、氷魔法使いの副業として結構稼げそうだと思う。
「ミーシャさん、ダンジョン都市への帰路で寄り道しても良いんですよね?」
「エイダン商会でしたか」
「はい! リリアーヌさんにたくさん売り込もうと思って」
今回の調査任務の合間に、色々と採取も捗ったのだ。タンサンの実の在庫は特に多い。
「あとは、シオの実とヒシオの実。これは絶対に流通させるべきですよ。料理の幅が一気に広がります!」
醤油と味噌が普及すれば、煮込み料理が格段に美味しくなるはず。
香辛料はまだまだ手に入りにくい高嶺の花だが、その二つの調味料を使えば、味が深まること間違いなしなので。
エイダン商会には、いくつか食材ダンジョンで手に入れた品を引き取ってもらっている。
水蜜桃に黄金林檎、珍しい梨も買い取ってもらえた。
リリアーヌが特に喜んだのは、琥珀糖だ。
あれは造形からして美しい上に、甘くて美味しい。
ナギの提案通りに、高級路線で売り出してみたら、大ヒット商品となったようだ。
宝石箱に詰められた琥珀糖は、ちょっとしたプレゼントとして需要があったのだ。
本物の宝石ほど高くなく、中身は食べると無くなる綺麗な消え物。
容れ物の美しい宝石箱は再利用もできるので、特に若い世代で評判になっているらしい。
(琥珀糖は今回もたくさん手に入れてきたから、そっちも良い値で買ってもらえそう)
大商会のご令嬢であるリリアーヌは、そういった投資をケチることがないので、ナギたち冒険者からの評価は高い。
「シオの実が美味しい調味料なのは、ナギのおかげで理解はしているのだけど。売るのは難しいのでは?」
だが、ミーシャは浮かない表情だ。
「森の民はシオの実を塩の代わりにしていたけれど、森の外の人々にはあまり受け入れられなかったのですよ」
「……それは、もしかして」
「ええ。ナギのような使い方を知らなかったから。だから、売り込むとしたら、レシピを添えると良いと思います」
ミーシャからの助言に、ナギはなるほどと頷いた。
上手にプレゼンができれば、ダンジョン都市でもお刺身が食べられる店ができるかもしれない。
「あら、レシピだけだとイマイチ信じてもらえなさそうよ? レシピとは別に、ナギが作った料理を食べさせてあげれば良いのよ」
「ラヴィ。貴女にしては冴えていますね。悪くない方法です」
「俺もいいと思う。実際に食べてみないと、判断は難しいだろうから」
師匠二人にエドまで後押ししてくれた。
ならば、ここは頑張るしかない。
「分かった! 売り込みたい食材、調味料で美味しいご飯を作るわ、私」
固唾を呑んで見守ってくれていたキャスとゾフィに何故か拍手された。
「応援しているわ、ナギ。エイダン商会のレストランに行けば、美味しい料理が堪能できるようになるのね」
「私も手伝う。味見が得意」
喜んでくれるキャスには感謝を。
ゾフィのアピールには苦笑したが、気持ちは嬉しいので、お礼を言っておいた。
リリアーヌが商会の支店を預かるのは、獣人の街ガーストだ。
二日後には到着予定なので、それまでの間に料理を作り置いておけば良い。
「何を作ろうかしら」
「肉料理がいいと思う。ナギ特製ソースもきっと売れる」
「ソースか……」
良い考えかもしれない。
マヨネーズやケチャップにソース類は作るのが大変なのだ。
大きな商会にレシピごと渡せば、労力をかけずに買うことができる。
「マヨネーズは食中毒が怖いけど、煮詰めて作る他のソースは売り込めるかも」
何にせよ、しばらくの間はレシピ作りと試食品作りに忙殺されそうだった。
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