異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
159 / 289
〈冒険者編〉

265. お家に帰るまでが遠征です


 獣人の街、ガーストでの商談を順調に終えて、あとはダンジョン都市に帰るだけとなった。
 ナギの紹介でリリアーヌ嬢と直接交渉ができた『黒銀くろがね』の金庫番、キャスは上機嫌だ。

「ナギ、ありがとう! おかげでハイペリオンダンジョンで手に入れたドロップアイテムが良い金額で売れたわ」
「どういたしまして。頑張って倒していましたもんね。マジックバッグも売ったんですか?」

 何気ないナギの問い掛けに、キャスは眉を寄せた。とんでもない、と首を振る。

「まさか! せっかく手に入れたマジックバッグだもの。パーティで大事に活用するわ」
「そうだぞ。それに、今回の調査任務ではダンジョン攻略に役立ちそうな魔道具が手に入っても、勝手に売り払えない。まずは冒険者ギルドに報告の必要があるんだ」

 『黒銀くろがね』のリーダーであるルトガーが苦笑まじりに教えてくれた。
 そういえば、そんなことを聞いたような。
 ギルドに取り上げられるわけではなく、鑑定後には返却されるそうで、ほっとした。

「返却後は好きにしていいのよ。自分たちで使っても、ギルドや商会に売り払うのも自由!」

 なら、特に問題はないだろう。
 ドロップしたマジックバッグはこっそりと拡張しておいたので、ギルドの鑑定後に売り払うつもりだ。
 いくらになるか、今から楽しみだった。


 帰りの馬車は、のんびりと進む。
 予定期日内での移動なため、急ぐ必要のない旅だ。
 キャスが馭者席に座り、ルトガーとデクスターが馬に乗り、馬車の周辺を見張ってくれている。
 単騎で馬に乗れないナギは、おとなしく馬車内に落ち着いていた。
 窓から見える景色を楽しんでいたが、さすがに変わり映えのしない光景に飽きてくる。
 暇つぶしも兼ねて、ダンジョンで採取したデーツの実を生活魔法の【乾燥ドライ】を使ってドライフルーツへの加工を始めた。

「加減が巧くなりましたね、ナギ」

 翡翠色の瞳を細めて、ミーシャが褒めてくれる。
 以前は膨大な魔力を垂れ流しに近い状態で使っていたナギだが、師匠であるエルフの麗人に鍛えられ、今では繊細な魔力操作もお手のものだ。

 デーツの実は栄養が豊富で、甘くて美味しい。甘味として楽しめるのはもちろん、ダンジョン攻略のお供にも最適だ。
 魔力やスキルを使うと、猛烈にお腹が空くが、魔力をたっぷり含んだダンジョン産のデーツなら、回復も早い。
 が、ナギが何よりも嬉しいのは、このデーツの実が美味しいソース作りに大いに役立つことだった。
 ステーキ用のソースはもちろん、カツ用のソース、焼肉やバーベキュー用のタレとの相性も抜群だった。
 お好み焼き、焼きそば、たこ焼き用のソースにも入れてみたい。
 デーツのまろやかな甘さとコクは、ソース界隈に劇的な進化を齎せてくれるだろう。

(とはいえ、自作するのは地味に大変なのよね……)

 ナギの本業は冒険者だ。
 週休二日と決めて、ダンジョンに挑戦する日々を送っている。
 休みの日は、料理の作り置きの他にも、買い物や食べ歩きを楽しんでいるのだ。
 
(さすがに料理好きとはいっても、休みの日を丸々使って、仕込みたくはないもの)

 ナギがコンソメスープを煮込んでいる間、エドはパン作りに熱中している。
 酵母を仕込み、パン生地を捏ねて寝かせて焼く作業を繰り返して、美味しいパンをたくさん作ってくれていた。
 あれはかなりの力仕事なので、あまり無理をして欲しくはない。
 生真面目で、変なところで凝り性なエドのこと。放っておけば、一日中でもオーブンに張り付いているだろう。

(でも! 今回、リリアーヌさんに相談して、本店のお偉いさんを紹介してもらえることになったのよね!)

 ナギが前世の記憶を頼りに、こちらの世界の材料で作ったソース類のレシピを提供し、エイダン商会から売りに出してもらうのだ。
 売り込みたいのは、ステーキソースと焼肉のタレ、ついでにケチャップとマヨネーズのレシピも。
 これらが市販されるだけでも、休日にのんびりできる時間が増えるのだ。
 そして、ソースの他にも、エドが作っているパンのレシピも売りたい。

(食パンとバゲットあたりのレシピを、まずは様子見で)

 ソースやパンを試食したリリアーヌはしばし絶句した。
 ひとしきり悩んだ後で、「規模が大きくなるかもしれないので」と本店の幹部への紹介状をしたためてくれたのだ。

『これらの素晴らしいレシピは、まずはダンジョン都市で広められるのが得策だと思います。私も父に推薦しておきますので、ぜひ本店へおいでください』

 誠意のある提案だと思ったので、紹介状はありがたく頂戴した。
 ダンジョン都市に戻り、ギルドへの報告を済ませて落ち着いたら、さっそく売り込みに行こうと思う。

「ナギ、俺も手伝う」

 暇をかこっていたのは、エドも同じようで、ひとかかえはあるデーツのカゴを膝に乗せると、せっせと【乾燥ドライ】を始めてしまった。
 こちらとしては助かるが、同時に【気配察知】スキルを使っているはずなので、負担が心配だ。
 じっと見上げていると、視線に気付いたエドがちらり、と白い牙を見せながら笑う。

「大丈夫だ。ちゃんと索敵はしている」

 黒狼族の獣人であるエドは、このパーティの中でいちばん鼻が利く。
 そのため、自然と索敵を任されるようになったのだ。
 ちなみに、いちばん耳が良いのは、白兎獣人のラヴィル。エドはエルフであるミーシャと同じくらいの耳の良さらしい。

(いや、狼なみの聴覚を誇るエルフも凄いよね……?)

 黒クマ夫婦は耳よりも鼻が利く方だが、狼には敵わないそうだ。
 
「馬も疲れてきたようだし、この先で休憩にしよう」

 ルトガーの提案に、皆で頷いた。
 ちょうど昼時なので、休憩ついでにランチにしよう。
 ナギとエドがデーツの加工をしている間、ミーシャは器用に馬車の中でギルドへの報告書をまとめていた。
 もう一人の護衛役であるはずのラヴィルは、友人であるエルフの膝枕で気持ち良く微睡んでいる。

「ラヴィさん、よく眠っているね……」
「よく、この揺れる馬車の中で寝られるな」

 いっそ感心してしまう。
 街道とはいえ、舗装されていない道がほとんどだ。
 雨で泥濘ぬかるんだ場所に車輪が引っ掛かり、大きく車体が跳ねることもある。
 小石や枝を踏んだだけでも、かなり揺れる中では、ナギも採取した果実をドライフルーツに加工するくらいの内職しかできないでいたのだが。

「涼しい表情で微動だにせず報告書を書いているミーシャさんも、」
「これだけ揺れる馬車の中で爆睡できるラヴィ師匠も」

 すごいよね、と感心したところで休憩場に到着した。


◆◇◆


 本日のランチは、照り焼きチキンバーガーだ。
 ナギがリリアーヌ嬢と商談していた間に、エドがバンズをたくさん作ってくれたのだ。
 宿の厨房を借りて、黙々と窯で焼いたらしい。魔道オーブンは高級品なので、宿には置いていなかったため、窯を使わせてもらったそうだ。
 厨房のレンタル代として、焼き立てのバンズを何個か進呈したという。
 ふわふわの食感のパンに、宿の主人はいたく感動していたそうだ。

「照り焼きチキンバーガーは一人五個までです。足りない分はスープでお腹を膨らませてくださいね」
「五個だけだと⁉︎」

 ざわっ…と皆が動揺するが、このバーガー、かなり大きめのサイズなのだ。
 張り切ったエドが通常サイズのバンズのひとまわり大きな物を作ったため、ボリューミー。
 それに合わせるため、コッコ鳥の照り焼きチキンも大きめにカットしてある。
 レタスとトマト、チーズもプラスした、食べ応えのあるバーガーです。

 健啖家の冒険者たちのお腹を満たすために、ボア汁も用意してある。
 これは、エイダン商会への試食品として余分に作っていたものだ。
 たっぷりの根菜にボアの薄切り肉が入った、味噌ベースのスープはお腹を満たしてくれるはず。

「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」

 皆、手づかみで豪快に照り焼きチキンバーガーにかぶりつく。
 顔と変わらないくらいの大きさのバーガーがあっという間に食べ尽くされていく様は圧巻だ。

「美味いな。コッコ鳥なんて食べ飽きた肉なのに、ナギが調理すると、まるで別物だ」
「このソースが売り出されるのよね? 絶対に買うわ、私」

 ルトガーとキャスがじっくりと味わいながら、しかしかなりのスピードで食べすすめていく。
 黒クマ夫婦と師匠ズは無言のまま、黙々と食べ続けていた。
 テーブルに盛られていたバーガーはあっという間に完食され、ボア汁も無くなった。
 お腹いっぱいだね、と満ち足りたため息を吐いていると、ふと背後に気配を感じた。
 
「腹八分目で我慢しよう」
「ん、夜ご飯が楽しみ」

 満足そうに瞳を細める黒クマ夫婦のつぶやきを耳にしたナギはぎょっとする。

「あの量で、満腹じゃないって言った……?」
「落ち着こうか、ナギ。アイツらにも調理を手伝わせよう。少しは負担がへる」

 震えるナギの背を、エドがそっとさすってくれた。
 
 
◆◆◆

X(Twitter)始めました。
miu_nekono  です。
よろしくお願いします🙇

◆◆◆

あなたにおすすめの小説

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。  異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。  そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。 「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」  そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。 「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」  飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。  これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。