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〈冒険者編〉
265. お家に帰るまでが遠征です
獣人の街、ガーストでの商談を順調に終えて、あとはダンジョン都市に帰るだけとなった。
ナギの紹介でリリアーヌ嬢と直接交渉ができた『黒銀』の金庫番、キャスは上機嫌だ。
「ナギ、ありがとう! おかげでハイペリオンダンジョンで手に入れたドロップアイテムが良い金額で売れたわ」
「どういたしまして。頑張って倒していましたもんね。マジックバッグも売ったんですか?」
何気ないナギの問い掛けに、キャスは眉を寄せた。とんでもない、と首を振る。
「まさか! せっかく手に入れたマジックバッグだもの。パーティで大事に活用するわ」
「そうだぞ。それに、今回の調査任務ではダンジョン攻略に役立ちそうな魔道具が手に入っても、勝手に売り払えない。まずは冒険者ギルドに報告の必要があるんだ」
『黒銀』のリーダーであるルトガーが苦笑まじりに教えてくれた。
そういえば、そんなことを聞いたような。
ギルドに取り上げられるわけではなく、鑑定後には返却されるそうで、ほっとした。
「返却後は好きにしていいのよ。自分たちで使っても、ギルドや商会に売り払うのも自由!」
なら、特に問題はないだろう。
ドロップしたマジックバッグはこっそりと拡張しておいたので、ギルドの鑑定後に売り払うつもりだ。
いくらになるか、今から楽しみだった。
帰りの馬車は、のんびりと進む。
予定期日内での移動なため、急ぐ必要のない旅だ。
キャスが馭者席に座り、ルトガーとデクスターが馬に乗り、馬車の周辺を見張ってくれている。
単騎で馬に乗れないナギは、おとなしく馬車内に落ち着いていた。
窓から見える景色を楽しんでいたが、さすがに変わり映えのしない光景に飽きてくる。
暇つぶしも兼ねて、ダンジョンで採取したデーツの実を生活魔法の【乾燥】を使ってドライフルーツへの加工を始めた。
「加減が巧くなりましたね、ナギ」
翡翠色の瞳を細めて、ミーシャが褒めてくれる。
以前は膨大な魔力を垂れ流しに近い状態で使っていたナギだが、師匠であるエルフの麗人に鍛えられ、今では繊細な魔力操作もお手のものだ。
デーツの実は栄養が豊富で、甘くて美味しい。甘味として楽しめるのはもちろん、ダンジョン攻略のお供にも最適だ。
魔力やスキルを使うと、猛烈にお腹が空くが、魔力をたっぷり含んだダンジョン産のデーツなら、回復も早い。
が、ナギが何よりも嬉しいのは、このデーツの実が美味しいソース作りに大いに役立つことだった。
ステーキ用のソースはもちろん、カツ用のソース、焼肉やバーベキュー用のタレとの相性も抜群だった。
お好み焼き、焼きそば、たこ焼き用のソースにも入れてみたい。
デーツのまろやかな甘さとコクは、ソース界隈に劇的な進化を齎せてくれるだろう。
(とはいえ、自作するのは地味に大変なのよね……)
ナギの本業は冒険者だ。
週休二日と決めて、ダンジョンに挑戦する日々を送っている。
休みの日は、料理の作り置きの他にも、買い物や食べ歩きを楽しんでいるのだ。
(さすがに料理好きとはいっても、休みの日を丸々使って、仕込みたくはないもの)
ナギがコンソメスープを煮込んでいる間、エドはパン作りに熱中している。
酵母を仕込み、パン生地を捏ねて寝かせて焼く作業を繰り返して、美味しいパンをたくさん作ってくれていた。
あれはかなりの力仕事なので、あまり無理をして欲しくはない。
生真面目で、変なところで凝り性なエドのこと。放っておけば、一日中でもオーブンに張り付いているだろう。
(でも! 今回、リリアーヌさんに相談して、本店のお偉いさんを紹介してもらえることになったのよね!)
ナギが前世の記憶を頼りに、こちらの世界の材料で作ったソース類のレシピを提供し、エイダン商会から売りに出してもらうのだ。
売り込みたいのは、ステーキソースと焼肉のタレ、ついでにケチャップとマヨネーズのレシピも。
これらが市販されるだけでも、休日にのんびりできる時間が増えるのだ。
そして、ソースの他にも、エドが作っているパンのレシピも売りたい。
(食パンとバゲットあたりのレシピを、まずは様子見で)
ソースやパンを試食したリリアーヌはしばし絶句した。
ひとしきり悩んだ後で、「規模が大きくなるかもしれないので」と本店の幹部への紹介状をしたためてくれたのだ。
『これらの素晴らしいレシピは、まずはダンジョン都市で広められるのが得策だと思います。私も父に推薦しておきますので、ぜひ本店へおいでください』
誠意のある提案だと思ったので、紹介状はありがたく頂戴した。
ダンジョン都市に戻り、ギルドへの報告を済ませて落ち着いたら、さっそく売り込みに行こうと思う。
「ナギ、俺も手伝う」
暇をかこっていたのは、エドも同じようで、ひとかかえはあるデーツのカゴを膝に乗せると、せっせと【乾燥】を始めてしまった。
こちらとしては助かるが、同時に【気配察知】スキルを使っているはずなので、負担が心配だ。
じっと見上げていると、視線に気付いたエドがちらり、と白い牙を見せながら笑う。
「大丈夫だ。ちゃんと索敵はしている」
黒狼族の獣人であるエドは、このパーティの中でいちばん鼻が利く。
そのため、自然と索敵を任されるようになったのだ。
ちなみに、いちばん耳が良いのは、白兎獣人のラヴィル。エドはエルフであるミーシャと同じくらいの耳の良さらしい。
(いや、狼なみの聴覚を誇るエルフも凄いよね……?)
黒クマ夫婦は耳よりも鼻が利く方だが、狼には敵わないそうだ。
「馬も疲れてきたようだし、この先で休憩にしよう」
ルトガーの提案に、皆で頷いた。
ちょうど昼時なので、休憩ついでにランチにしよう。
ナギとエドがデーツの加工をしている間、ミーシャは器用に馬車の中でギルドへの報告書をまとめていた。
もう一人の護衛役であるはずのラヴィルは、友人であるエルフの膝枕で気持ち良く微睡んでいる。
「ラヴィさん、よく眠っているね……」
「よく、この揺れる馬車の中で寝られるな」
いっそ感心してしまう。
街道とはいえ、舗装されていない道がほとんどだ。
雨で泥濘るんだ場所に車輪が引っ掛かり、大きく車体が跳ねることもある。
小石や枝を踏んだだけでも、かなり揺れる中では、ナギも採取した果実をドライフルーツに加工するくらいの内職しかできないでいたのだが。
「涼しい表情で微動だにせず報告書を書いているミーシャさんも、」
「これだけ揺れる馬車の中で爆睡できるラヴィ師匠も」
すごいよね、と感心したところで休憩場に到着した。
◆◇◆
本日のランチは、照り焼きチキンバーガーだ。
ナギがリリアーヌ嬢と商談していた間に、エドがバンズをたくさん作ってくれたのだ。
宿の厨房を借りて、黙々と窯で焼いたらしい。魔道オーブンは高級品なので、宿には置いていなかったため、窯を使わせてもらったそうだ。
厨房のレンタル代として、焼き立てのバンズを何個か進呈したという。
ふわふわの食感のパンに、宿の主人はいたく感動していたそうだ。
「照り焼きチキンバーガーは一人五個までです。足りない分はスープでお腹を膨らませてくださいね」
「五個だけだと⁉︎」
ざわっ…と皆が動揺するが、このバーガー、かなり大きめのサイズなのだ。
張り切ったエドが通常サイズのバンズのひとまわり大きな物を作ったため、ボリューミー。
それに合わせるため、コッコ鳥の照り焼きチキンも大きめにカットしてある。
レタスとトマト、チーズもプラスした、食べ応えのあるバーガーです。
健啖家の冒険者たちのお腹を満たすために、ボア汁も用意してある。
これは、エイダン商会への試食品として余分に作っていたものだ。
たっぷりの根菜にボアの薄切り肉が入った、味噌ベースのスープはお腹を満たしてくれるはず。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
皆、手づかみで豪快に照り焼きチキンバーガーにかぶりつく。
顔と変わらないくらいの大きさのバーガーがあっという間に食べ尽くされていく様は圧巻だ。
「美味いな。コッコ鳥なんて食べ飽きた肉なのに、ナギが調理すると、まるで別物だ」
「このソースが売り出されるのよね? 絶対に買うわ、私」
ルトガーとキャスがじっくりと味わいながら、しかしかなりのスピードで食べすすめていく。
黒クマ夫婦と師匠ズは無言のまま、黙々と食べ続けていた。
テーブルに盛られていたバーガーはあっという間に完食され、ボア汁も無くなった。
お腹いっぱいだね、と満ち足りたため息を吐いていると、ふと背後に気配を感じた。
「腹八分目で我慢しよう」
「ん、夜ご飯が楽しみ」
満足そうに瞳を細める黒クマ夫婦のつぶやきを耳にしたナギはぎょっとする。
「あの量で、満腹じゃないって言った……?」
「落ち着こうか、ナギ。アイツらにも調理を手伝わせよう。少しは負担がへる」
震えるナギの背を、エドがそっとさすってくれた。
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