異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

268. 売り込みです


 エイダン商会はダンジョン都市に本店を置く、この国でも有数の大商会だ。
 それぞれ、東西南北に四つの支店を開き、本店はダンジョン都市の中央区にある。
 
「私たち、東の肉ダンジョンを稼ぎ場にしているから、中央区って初めてね」

 リリアーヌ嬢からの紹介状を手に、ナギはエドと二人でエイダン商会の本店に出向いていた。
 
「そうだな。基本は東の肉ダンジョン、月に一度ほど南の海ダンジョンに通うくらいだから、あまり他所には行っていないな」

 大森林でエドと出会って、ここダンジョン都市に辿り着いてから、もう三年。
 だが、食以外にあまり興味のない二人は快適に暮らせる我が家とダンジョンを往復するくらいで、ほとんど遊びに出掛けていなかった。

「護衛任務でエイダン商会のことを知って、東の支店には買い物に行ったんだけどね」
「ああ。百貨店、だったな。記憶にある前世の店とはかなり違ったようだが……」
「規模を比べたらダメよ。でも、雰囲気は素敵だったわよね。自分へのご褒美に買い物をしたくなる気持ちを掻き立てる品揃えだった」

 ダンジョン都市内のお店だけあり、冒険者が少しだけ背伸びをすれば買える値段の品が店頭に並んでいた。
 アクセサリーの類は特に品揃えが良く、邪魔にならないシンプルなデザインの物が多かったように思う。
 小粒の宝石の中には魔石を磨いた物も多く、魔石の指輪やネックレスには属性付与が施されていた。
 たとえばアクアマリンカラーの魔石のネックレスには水魔法の付与が施されており、魔力を込めると水を生成できる。
 火属性のルビーに似た色合いの魔石の指輪は、着火が可能という便利仕様。
 魔道具ほど高価で希少な物ではないが、冒険者はもちろん、生活する上でも便利な魔法が込められていた。

「ちゃんと装飾は施されていて、見た目も綺麗。金貨一枚なら、ダンジョンに三日ほど集中して潜れば稼げない金額でもない。よく考えられた値付けだと思う」

 男性からのプレゼントはもちろん、女性冒険者が自分で買うにもちょうど良い手頃な品が揃っているのだ。

(幸い、私は生活魔法が使えるから必要がないけど、もしも魔法が使えなかったら、絶対に欲しかったと思うし)

 無から水を作り出せ、野営の際に火を熾せるのだ。異世界で生きていくには、必要な道具だと思う。

「あとはドレスに化粧品か。……ナギは買わなかったな」
「ドレスなんて着ていくところもないし、化粧はまだいいかな」

 精神年齢はさておき、今のナギは十三歳なのだ。
 成人年齢が十五歳のこの世界で、特別に小さな子供というわけでもないが、成人前の少女なので、化粧無しでも白い目を向けられることもない。
 
「ナギには化粧は必要ないと思う。そのままの方が良い。化粧は臭い」
「……獣人の鼻にはお化粧品は臭いの?」

 褒められたのか、微妙なフォローだ。
 だが、エドに臭いと言われたら悲しいので、スッピンでいて良かったと思おう。

 ちなみにナギがエイダン商会東支店で購入したのは、紅茶の茶葉とスパイス類、あとはピンク色の岩塩だ。
 通称、砂漠の薔薇デザートローズと呼ばれる岩塩は、まろやかで仄かに甘みを含んだ良質の塩だ。
 魔獣肉のステーキの調理に使うと、とんでもなく美味しかった。
 てのひらサイズで銀貨数枚分の価格だったが、あれは良い買い物だったと思う。
 以後、見かけるたびに買うようにしている。

「さて、本店にはどんな美味しい物が売っているのかしら」
「……相変わらずだな」

 エドには苦笑されたが、美味しいご飯は幸せに生きていくには大事なのです。


 中央区は商業通りと呼ばれており、高級品を取り扱う商店が多く並んでいる。
 中でも一際大きな建物が、百貨店──エイダン商会の本店だ。
 入り口には護衛の冒険者らしき二人が立ち、目を光らせている。
 店舗の路面にはガラス張りの飾り棚があり、煌びやかな商品をディスプレイしていた。

(これは購買欲を引き立てられそう……)

 見せ方が、とても上手だ。
 ますます期待が高まってくる。

「行くぞ、ナギ」
「うん」

 年若い少年少女がガラス窓を覗き込んでいるのを、護衛の冒険者が不快そうに一瞥してくる。
 これは、冷やかし客と間違われてしまったか。
 反省しつつも、そっとリリアーヌから預かってきた紹介状を見せて取り次いでもらった。

「……本物だろうな?」

 二人組の冒険者のうち、年若い方の男が不審そうに紹介状を見下ろした。

「…………」
「偽物を作ろうにも、本物を知らないもの。作りようがないわ」

 ムッとしたエドが目の前の冒険者を叩きのめす前に、慌てて口を挟んだ。
 すると、年嵩な方の冒険者がくつりと笑った。

「そりゃそうだ。嬢ちゃんたちに商会への大事な手紙を偽装するのは難しいだろ。ほら、とっとと従業員に手渡してこい」
「…っス!」

 態度の悪い冒険者の尻を年嵩の冒険者が蹴り上げる。舌打ちをしながら、蹴られた冒険者は店内に入って行った。

「すまないな。大店に雇われていると色々な客が多くて神経質になっちまうんだ」
「気にしていません。私たちが年若いのは確かだし。……でも、そんなに胡散臭そうでしたか、私?」

 眉を寄せて、おそるおそる尋ねると、豪快に笑われてしまった。

「いや、そんなことはないさ。俺は銀級シルバーランク冒険者のマルクだ。アイツが悪かったな」
「私は銅級コッパーランクのナギです。こっちはエド。リリアーヌさんからの紹介でこちらを訪ねてきました」

 銀級の冒険者が護衛扱いなのか、と驚いていると、マルクも驚いたようだ。

「ああ。嬢ちゃんが……。リリアーヌお嬢さまの恩人だってな。話は聞いている。多分、番頭がすっ飛んでくるぞ」
「そんな大袈裟な──」
「ナギさん! ナギさんという冒険者は貴女ですかな⁉︎」

 マルクの言う通り、中年のふくよかな男性がすっ飛んできた。

「あっ、はい。私がナギです」
「おお……! 貴女が! 感謝します。我が娘の命と心の恩人だ」

 我が娘と言われて、その男性をあらためて見詰める。
 ふくよかな男性は豊かな黒髪と黒曜石のような瞳の持ち主だった。
 その色彩は娘であるリリアーヌとそっくりで。

「リリアーヌさんのお父さん……ということは」
「ああ。私がエイダン商会の商会長、アントニオです。よろしく、勇敢な冒険者殿」

 ふくよかな体格ながら、優美な仕草で一礼するアントニオ。
 慌ててナギも頭を下げた。

「番頭どころか、商会長がすっ飛んできたな……。嬢ちゃん、どれだけ恩を売ったんだ?」

 マルクが呆れたように口にして、面白そうにアントニオの背後で棒立ちする冒険者に視線を向ける。
 先程、ナギが手渡した紹介状の偽装を疑った冒険者は真っ青な顔色をしていた。


◆◇◆


 商会の幹部クラス宛に連絡を、とリリアーヌは言ってくれていたが、まさかトップの商会長案件になるとは。
 豪奢な応接間に案内された二人は落ち着かなげにソファに腰を下ろしている。
 秘書風の女性に出された紅茶と焼き菓子は見るからに高級品だ。
 ティーカップも絵付きの美しい陶器で、一客の値段を想像するのも恐ろしい。

 アントニオは笑顔でナギに礼を繰り返してくれた。
 護衛任務で無事にガーストの街へと送り届けたこと。
 そして、お尋ね者になっていた元婚約者の犯罪者を捕縛したことを重ねて感謝された。

「いえ、その。仕事でしたから。当然のことをしただけで……」
「その仕事ぶりが素晴らしかったのですよ。それに貴女は娘の心も救ってくださった。あの子は家族でさえ怖がるようになっていたのに、今では男性の商談相手とも対等に渡り合えるくらいに元気になって……」

 彼女の目の前で、元婚約者の男をこてんぱんにしたのが、よほど爽快だったのだろう。
 すっかり男性恐怖症を克服したようで、何よりだと思う。

「あれは切っ掛けになっただけで、克服ができたのはリリアーヌさんが努力したからだと思います。強くて綺麗で、とっても素敵な女性です!」
「ふ、ふふ。ありがとうございます。娘もきっと喜ぶと思います」

 ふぅ、と息を吐いて、三人は紅茶に口を付ける。良い香りだ。ダージリンとよく似ている。砂糖のかわりに蜂蜜入り。

 喉を湿らせた後からは、商談だ。
 そこにはもう、人の良さそうな表情をした父親はいない。
 百戦錬磨の商会長が油断なく微笑を浮かべている。

(さぁ、頑張って売り付けるわよ! 今後、楽に美味しいご飯が食べられるように)

 ナギもにこりと微笑んで、【無限収納EX】から、各種ソースを取り出した。

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