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〈冒険者編〉
296. 〈幕間〉その頃のネコさんたち
猫の妖精のコテツの朝は遅い。
屋敷の持ち主であるナギとエドは冒険者なため、朝早く起きて活動するが、今はコテツがここを代理で管理しているのだ。
基本的に猫は夜行性。
何より眠ることをこよなく愛しているので、満足するまで惰眠を貪っている。
そんな彼が渋々と身を起こしたのは、容赦なく子猫たちに起こされたからだ。
ごはーん! とウニャウニャ耳元で叫ばれて、ふくよかな腹のあたりを小さなあんよでしこたま揉みしだかれたら、さすがの彼でも眠りの世界に浸ってはいられない。
『もう、しかたないにゃー』
眠い目をこすりながら、どうにかベッドから降りると、朝食の用意をする。
茶トラ柄の子猫、トラが尻尾にじゃれついてくるのを適当にあやしながら、キッチンに立つ。
エドが作ってくれた踏み台の上に立ち、何を作ろうか少しの間迷う。
子猫たちは毎日よく食べる。
猫の妖精は魔素の濃い場所なら、それほど「食べる」必要のない存在だが、ナギたちと暮らすうちに、すっかり食事という行為を好きになってしまっていた。
ナギが作ってくれるご飯はとても美味しい。懐かしい味がする。
ダンジョンで手に入れた食材を使うため、魔力をたっぷり含んでおり、子猫たちの大好物だ。
少し前まではミルクが主食で、離乳食を口にしていたのに、今ではコテツが食べる物を欲しがるようになった。
食べやすいように、なるべく具材は細かく切り刻んでいる。
「ごあーん!」
「みうぅ」
はやくはやく、とねだられて。
大急ぎでメニューを決める。今からイチから作るのは大変だ。なら──
『昨夜の残りのシチューとパン!』
クリームシチュー入りの鍋を【アイテムボックス】から取り出す。コンロの上に取り出して、前脚で鍋に触れる。
魔道コンロで加熱してもいいのだが、お腹を空かせた二匹のために【生活魔法】で温める。【加熱】と念ずると、シチューはすぐに、くつくつと音を立て始めた。
あまり温めすぎても、猫舌の自分たちには辛いので、ほどよいところで終了する。
猫の姿から変化して、二足歩行で立ち上がると、手早く皿にシチューをよそった。
『あとは、パン! ふかふかのやらかーいパン』
エドと一緒に焼いたパンは柔らかくて、ほんのり甘い。そのパンを小さくちぎってシチューに入れていく。
『完成! 食べるのニャッ』
「にゃー!」
「ニャッ」
語尾を真似して鳴くチビっこたちが可愛らしい。
シチューの皿は精霊たちに頼んでテーブルまで運んでもらう。
ふかふかの柔らかなパンをシチューに投入したことで、パン粥に近い食感に変化している。
これなら、まだ咀嚼に多少の不安があるチビたちでも美味しく食べられるはず。
んまっ、んまっ! と夢中で皿に顔を突っ込む二匹。パン入りのクリームシチューは気に入ってくれたようだ。
なんとなく誇らしい気分になりながら、コテツもシチューを食べ始める。
ヤギミルクを使ったクリームシチューにはコッコ鳥や根菜がたっぷり入っていた。
ナギに教えられたとおりに、弱火でことことと煮込んだおかげで、具材はとろとろだ。お肉も野菜も柔らかくて、とても美味しい。
少し遅めの朝食を食べると、子猫たちはぽっこり膨らんだお腹を上にして、さっそく二度寝に入った。
お気に入りのラグの上でこてんとひっくり返っている。
ふう、とため息を吐いて、コテツは近くにいた精霊に二匹をベッドに運んでもらうよう頼んだ。
猫好きな精霊たちは大喜びで子猫たちを抱き上げて、優しく運んでくれる。
ついでに子守もお願いして、その間に家事を片付けることにした。
まずはキッチンのお片付け。得意の浄化魔法で皿と鍋を洗い、食器棚に片付ける。
テーブルの上もついでにピカピカに磨いて、床のゴミも風魔法で外に掃き出す。
猫の妖精は猫そっくりの外見だが、厳密には動物とは違う存在だ。
なので、餌は食べてもトイレはしない。抜け毛もないので、飼いやすいのが自慢だ。
とはいえ、生活していれば、家の中にホコリは溜まるもの。
子猫たちが遊びの延長で大暴れしたおかげで、壊された物もいくつかある。
直せそうな物は、精霊に頼み込んでどうにか誤魔化した。破れたカーテンはもうどうしようもなかったので、そのままだ。
(弁償するにゃ……)
幸い、ダンジョンで稼いだお金がまだある。ナギなら気にしないで笑い飛ばしてくれそうだけど、こういうのはきちんとした方がいいと昔、教えてもらった。
キッチンの次はダイニング、廊下と階段。子猫たちが深夜に運動会を開催するので、遊んだ場所はすべて見回って、律儀に浄化魔法で綺麗にしていく。
お掃除が終われば、次は畑の手入れだ。
二足歩行姿のまま歩いて行き、背伸びして玄関のドアを開ける。
その音を聞き咎めて、チビたちが飛んできた。寝ていたはずなのに、こういう時だけは耳聡い。
おそと? おそとにあそびにいくの?
いっしょにいく!
ニャーニャーとねだられて、子猫には激甘な精霊たちがチビたちを庭に連れ出してしまった。
『にゃ…。お仕事の邪魔しちゃ、めっ』
おてつだいする! と張り切ったのは茶トラ柄の男の子、トラだ。ハチワレの女の子のミウはお手伝いに興味はないようで、庭をのんびりとお散歩している。
畑の世話といっても、コテツがするのは水魔法での水やりだ。
あとは土の様子を見て、作物が弱っていたら、精霊に頼んで植物魔法で元気にしてもらう。
お楽しみは、野菜の収穫だ。
精霊たちに頼んで採取してもらったり、前脚を器用に使って収穫する。
果樹園の果実の収穫はとても楽しい。
幹に爪を立てないよう気を付けながら、太い枝を登って、熟した梨や桃の実を採取する。
高い位置にある果実を狙い定めた風魔法で落とすのも、良い遊びだ。
お手伝いをしたいと張り切るチビには下で果実を受け取ってもらう。
もちろん、風魔法を使ってのキャッチだ。
まだまだ魔法の下手なチビたちには難しいので、さりげなく精霊たちがフォローする。
おかげで、どの実も傷むことなくピカピカの状態で収穫ができた。
野菜や果実はすべて【アイテムボックス】で保管する。二人が仕事から帰ってきたら、渡すためにだ。
精霊に祝福された野菜や果実は、どれも瑞々しくて美味しいので、喜んでもらえるはず。
『楽しみ、にゃー』
ひとしきり庭で遊んだチビたちが疲れきったところで、家へ戻る。
お昼寝の時間だ。
チビたちを寝かしつけた後、コテツはふたたびキッチンへ。
ナギが書いてくれたレシピ帳をひとしきり眺めて、昼食は炒飯に決定。
ご飯は炊いておいた物を収納してあるので、それを使うことにした。
『たまごと、ベーコン、にんじん』
材料を取り出して並べていく。
にんじんは本日収穫したものを、コッコ鳥の卵にオーク肉ベーコンを使う。
『たまご……』
まずは卵を割って、のところで固まった。
猫の手では、とても難しい作業だ。哀しそうに卵を見下ろしていると、見かねた精霊たちが手伝ってくれた。
ボウルに卵が次々と割られていく。とても上手だ。殻ひとつ入っていない。
『ありがと、にゃ』
お礼を言って、ボウルの中で小さな竜巻を起こして、卵を掻き混ぜていく。
ベーコンとにんじんは精霊たちがみじん切りにしてくれた。透明で実体のない、と思われがちな精霊だが、ちゃんと包丁を持って野菜を切ってくれるのだ。
フライパンにバターをひとかけら、まずはにんじんとベーコンを炒めていく。
火が通ったところで、卵を投入。くしゃっと混ぜて、ここにご飯をイン。
塩胡椒で味付けして、あとは具材とご飯をひたすら炒めていく。
最後にお醤油を回しかければ完成だ。
付け合わせの卵のスープは、作り置きのコンソメスープに調味料を足して、溶き卵にする。うん、おいしそう。
温かいうちに【アイテムボックス】に収納しておく。
『夕食はお肉! 簡単だから、ステーキにするにゃ』
お肉は既に、エドがカットしてくれている。コテツなら分厚いステーキを食べられるが、チビたち用に一口サイズだ。
フライパンでじっくり焼いて、ナギがくれたステーキソースをかける。おいしそう。
これに水菜サラダを添える。チビたちはあまり野菜を好まないが、水菜は猫草に食感が似ているようで、よく食べてくれた。
デザートはヤギミルクを使ったプリンだ。
これは、ナギが出掛ける前にたくさん作り置いてくれた。
『ん、よく働いたニャー』
なんて勤勉なのだろう。さすが僕。
気が抜けたら眠くなってきたので、子猫たちが寝るベッドに潜り込む。
ぬくもりを求めて寄ってくるチビたちを抱え込むと、しばしの微睡みに身をゆだねた。
◆◆◆
食材ダンジョンに出張中のふたりにかわって、お留守番を頑張るコテツ視点のお話でした。
◆◆◆
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