201 / 289
〈冒険者編〉
307. 七十階層 2
大型帆船の甲板で、いちばん見晴らしの良い場所にテーブルセットを設置する。
真っ白のテーブルクロスを敷いて、ご馳走をこれでもかと並べてみた。
作り置きばかりだが、ナギの【無限収納EX】で保管してあったので、どれも出来立ての温かい料理ばかり。
「まずは食前酒。……は飲めないので、ここは冷えた白ぶどうジュースで」
「ん、さっぱりとして美味いな。爽やかな酸味の中に仄かな甘みを感じる」
「ダンジョン産の白ぶどうを搾ったジュースなの。なかなかイケるわね」
これは当たりのぶどうだ。
帰る前にもう少しだけ採取してもいいかもしれない。
「次は前菜、オードブルね」
「タイのカルパッチョか」
わざとコース料理風に紹介してみると、小さく笑ったエドが乗ってくれた。
タイは刺身にしてあったものをグリーンサラダに散らしてソースを回しかけただけなので、とてもシンプルなカルパッチョだったけれど、エドは気に入ってくれたようだ。
「レモンの風味がいい」
「ん、さっぱりして食べやすいわね」
新鮮なタイの刺身はこりっとした食感が楽しい。レモン果汁多めのドレッシングが夏の海フィールドではピッタリのチョイスだ。
照り付ける強い陽射しはエドが手早く張ってくれたタープのおかげで、二人とも避けることができている。
日陰にさえ入れば、潮風が心地よくて快適な環境だ。
「スープは魚介のブイヨン。エドが焼いたふわふわのバターロールを添えて」
「旨い。肉の方が味が濃いように思っていたが、スープの出汁は魚介が強いな」
くず野菜と魚のアラを煮込んだブイヤベースは優しい味わいだ。
肉のスープの方がパンチの強い風味がするが、前世日本人のDNAなのか、魚介スープの方がホッとする味に感じてしまう。
出汁を取ったアラやくず野菜は取り除いて、丁寧に濾してあるため、スープは透き通るような黄金色。
ここにアサリやエビなどの具材を投入したので、不味いはずがない。
「スープの次は魚料理。残念ながら、作り置きがなかったので、本日はお刺身をどうぞ」
「喜んでいただこう」
小洒落た魚料理よりも、エドやアキラは切って並べただけの刺身を喜ぶ。
サハギンの宝箱に収納されていた新鮮な魚介類を並べると、笑顔でもりもり食べてくれた。
ナギも負けじと箸を繰り出す。
サーモンにマグロ、カツオの刺身に舌鼓を打つ。カツオはタタキも美味しいが、意外と刺身もイケるのだ。
「んー。クルージングを楽しみながらのランチ、最高ね!」
「だな。念のために【自動地図化】スキルで確認しているが、今のところ船には俺たち以外いないようだ」
「これだけスピードが出ていたら、さすがにサハギンも船に侵入できないんじゃない?」
この帆船が自分たちを何処へ連れて行こうとしているのかは謎だけど、何もできないのでランチクルージングを楽しむしかない。
「仕方ないものね。途中で降りるわけにもいかないし? …ん、イカ刺し美味しい」
「そうだな。船を壊してもいいが、海に放り出されても困る。このエビも絶品だぞ、ナギ」
「んんっ、ほんと! 甘くておいしー」
魚料理の次は肉料理だ。
エドの琥珀色の瞳がきらきらと期待に輝いている。これは是非とも応えたい。喜ばせたくなる表情だ。
「メインのお肉料理は、ミノタウルスのフィレ肉のステーキです!」
「おお……!」
コース料理だと、お上品な量を盛り付けて飾り立てるものだが、そこは食いしん坊二人の食卓。
がっつりと分厚くカットしたフィレ肉をミディアムレアの焼き加減で仕上げてある。
食材ダンジョンでドロップした赤ワインをベースにしたステーキソース。
付け合わせはガーリックとオニオン、アスパラソバージュのグリル。
エドはさっそく大きく切り分けた一口にかぶりついている。
「やわらかい。赤身肉なのに、口の中でほどけていくみたいだ」
フィレ肉は前世日本でも最上級の部位と言われていたご馳走だ。
期待に胸をときめかせながら、ナギも肉にナイフを入れた。スッ、とまるでバターを切っているような感覚に戸惑いながら、切り分けたステーキを口にする。
赤ワインベースのソースの香りにうっとりと瞳を細めた。
脂身部分がほとんどない、綺麗な赤身肉だ。あっさりしているのに驚くほどやわらかい。肉質はきめ細かく、とても上品な味わいに陶然とする。
「おいしい……」
フィレ肉は背骨の両側にある部位だ。普通の牛からだと、採れる肉はかなり少なく希少な部位。
それをこれほどの分厚さでステーキにして食べられたのは、これが巨体のミノタウルスのドロップだったからに他ならない。
しっとりとしており、とてもやわらかい。脂の甘みは少ないが、肉を食べているという満足感がすごい。
「贅沢な肉料理だったわね」
「さすがメイン料理。食べ応えがあった」
「ふふ。エドが満足してくれたなら嬉しいな」
お上品すぎて物足りないかと、実は少しばかり不安だったのだ。
だが、充分堪能してくれたことは、その表情から伝わってくる。
「えーと、次は……お口直しのソルベかな?」
「シャーベットか」
「うん、そう。シャーベット。今回は梨味です」
梨のソルベも作り置きのおやつだ。
こってりとした肉料理の後のお口直しとしてサーブされるけれど、かなりの自信作だったりする。
なにせ、この梨。食材ダンジョン産なのだ。瑞々しい果実はたっぷりと美味しいジュースを孕んでおり、ソルベにぴったりの食材だった。
「んふふ。美味しいね。今度はいちごのシャーベットも作りたいなぁ……」
「いちごのアイスもいいが、シャーベットも美味そうだな」
「絶対に美味しいと思う。だって、普通に食べても甘いもの」
ソルベの次はローストだ。肉料理が続くが、もちろん二人は大歓迎です。
「ハイオークのローストポークです。……本当はミノタウルスのローストビーフを出したかったの」
あいにく、作り置きはローストポークだけだった。
だが、使う肉はハイオーク肉。高級品だ。
「充分旨いぞ?」
「……ほんと? 嬉しいけど、次は絶対にミノ肉でリベンジするわ」
「それはそれで楽しみだ」
ハニーマスタード風味のソースを添えたローストポーク。これもまたビーフと違った味わいで、クセになる美味しさだ。
ローストビーフよりもやわらかくて、しっとりしている。
ロースト料理の後に、サラダとチーズ、フルーツときて、ラストはケーキと紅茶で締めた。
ちょうどカップをテーブルに置いたところで、帆船が減速する。
「む。ちょうど良いタイミングだな」
「ラスボスのところまで案内してくれたのね。自力で進まなくて済んで、楽だったけど」
ナギは優雅な所作で立ち上がると、テーブルセットを【無限収納EX】に片付けた。
【自動地図化】はちょうど船の前方に反応がある。
海中に潜んでいるのだろう。かなり大きな個体のようだ。これは期待が持てる。
「海の生き物はたいてい食えるし、だいたい美味い。楽しみだな、ナギ」
「ふふ。本当ね。この大きさ、イカかしら。それともタコ?」
「クジラかもしれない」
「どっちにしろ、私たちにはご馳走ね」
軽口を叩きながら、身構える。
大型帆船より大きな海のモンスターが、海面を割って姿を現した。
◆◆◆
新作『魔法のトランクと異世界暮らし』の連載を始めました。
女の子主人公のほのぼのスローライフなファンタジーです。
こちらもよろしくお願いします!
◆◆◆
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。
異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。
そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。
「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」
そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。
「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」
飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。
これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。