異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

307. 七十階層 2


 大型帆船の甲板で、いちばん見晴らしの良い場所にテーブルセットを設置する。
 真っ白のテーブルクロスを敷いて、ご馳走をこれでもかと並べてみた。
 作り置きばかりだが、ナギの【無限収納EX】で保管してあったので、どれも出来立ての温かい料理ばかり。

「まずは食前酒。……は飲めないので、ここは冷えた白ぶどうジュースで」
「ん、さっぱりとして美味いな。爽やかな酸味の中に仄かな甘みを感じる」
「ダンジョン産の白ぶどうを搾ったジュースなの。なかなかイケるわね」

 これは当たりのぶどうだ。
 帰る前にもう少しだけ採取してもいいかもしれない。

「次は前菜、オードブルね」
「タイのカルパッチョか」

 わざとコース料理風に紹介してみると、小さく笑ったエドが乗ってくれた。
 タイは刺身にしてあったものをグリーンサラダに散らしてソースを回しかけただけなので、とてもシンプルなカルパッチョだったけれど、エドは気に入ってくれたようだ。

「レモンの風味がいい」
「ん、さっぱりして食べやすいわね」

 新鮮なタイの刺身はこりっとした食感が楽しい。レモン果汁多めのドレッシングが夏の海フィールドではピッタリのチョイスだ。
 照り付ける強い陽射しはエドが手早く張ってくれたタープのおかげで、二人とも避けることができている。
 日陰にさえ入れば、潮風が心地よくて快適な環境だ。

「スープは魚介のブイヨン。エドが焼いたふわふわのバターロールを添えて」
「旨い。肉の方が味が濃いように思っていたが、スープの出汁は魚介が強いな」

 くず野菜と魚のアラを煮込んだブイヤベースは優しい味わいだ。
 肉のスープの方がパンチの強い風味がするが、前世日本人のDNAなのか、魚介スープの方がホッとする味に感じてしまう。
 出汁を取ったアラやくず野菜は取り除いて、丁寧にしてあるため、スープは透き通るような黄金色。
 ここにアサリやエビなどの具材を投入したので、不味いはずがない。

「スープの次は魚料理。残念ながら、作り置きがなかったので、本日はお刺身をどうぞ」
「喜んでいただこう」

 小洒落た魚料理よりも、エドやアキラは切って並べただけの刺身を喜ぶ。
 サハギンの宝箱に収納されていた新鮮な魚介類を並べると、笑顔でもりもり食べてくれた。
 ナギも負けじと箸を繰り出す。
 サーモンにマグロ、カツオの刺身に舌鼓を打つ。カツオはタタキも美味しいが、意外と刺身もイケるのだ。
 
「んー。クルージングを楽しみながらのランチ、最高ね!」
「だな。念のために【自動地図化オートマッピング】スキルで確認しているが、今のところ船には俺たち以外いないようだ」
「これだけスピードが出ていたら、さすがにサハギンも船に侵入できないんじゃない?」

 この帆船が自分たちを何処へ連れて行こうとしているのかは謎だけど、何もできないのでランチクルージングを楽しむしかない。

「仕方ないものね。途中で降りるわけにもいかないし? …ん、イカ刺し美味しい」
「そうだな。船を壊してもいいが、海に放り出されても困る。このエビも絶品だぞ、ナギ」
「んんっ、ほんと! 甘くておいしー」

 魚料理の次は肉料理だ。
 エドの琥珀色の瞳がきらきらと期待に輝いている。これは是非とも応えたい。喜ばせたくなる表情だ。

「メインのお肉料理は、ミノタウルスのフィレ肉のステーキです!」
「おお……!」

 コース料理だと、お上品な量を盛り付けて飾り立てるものだが、そこは食いしん坊二人の食卓。
 がっつりと分厚くカットしたフィレ肉をミディアムレアの焼き加減で仕上げてある。
 食材ダンジョンでドロップした赤ワインをベースにしたステーキソース。
 付け合わせはガーリックとオニオン、アスパラソバージュのグリル。
 エドはさっそく大きく切り分けた一口にかぶりついている。

「やわらかい。赤身肉なのに、口の中でほどけていくみたいだ」

 フィレ肉は前世日本でも最上級の部位と言われていたご馳走だ。
 期待に胸をときめかせながら、ナギも肉にナイフを入れた。スッ、とまるでバターを切っているような感覚に戸惑いながら、切り分けたステーキを口にする。
 赤ワインベースのソースの香りにうっとりと瞳を細めた。
 脂身部分がほとんどない、綺麗な赤身肉だ。あっさりしているのに驚くほどやわらかい。肉質はきめ細かく、とても上品な味わいに陶然とする。

「おいしい……」

 フィレ肉は背骨の両側にある部位だ。普通の牛からだと、採れる肉はかなり少なく希少な部位。
 それをこれほどの分厚さでステーキにして食べられたのは、これが巨体のミノタウルスのドロップだったからに他ならない。
 しっとりとしており、とてもやわらかい。脂の甘みは少ないが、肉を食べているという満足感がすごい。

「贅沢な肉料理だったわね」
「さすがメイン料理。食べ応えがあった」
「ふふ。エドが満足してくれたなら嬉しいな」

 お上品すぎて物足りないかと、実は少しばかり不安だったのだ。
 だが、充分堪能してくれたことは、その表情から伝わってくる。

「えーと、次は……お口直しのソルベかな?」
「シャーベットか」
「うん、そう。シャーベット。今回は梨味です」

 梨のソルベも作り置きのおやつだ。
 こってりとした肉料理の後のお口直しとしてサーブされるけれど、かなりの自信作だったりする。
 なにせ、この梨。食材ダンジョン産なのだ。瑞々しい果実はたっぷりと美味しいジュースを孕んでおり、ソルベにぴったりの食材だった。

「んふふ。美味しいね。今度はいちごのシャーベットも作りたいなぁ……」
「いちごのアイスもいいが、シャーベットも美味そうだな」
「絶対に美味しいと思う。だって、普通に食べても甘いもの」

 ソルベの次はローストだ。肉料理が続くが、もちろん二人は大歓迎です。

「ハイオークのローストポークです。……本当はミノタウルスのローストビーフを出したかったの」

 あいにく、作り置きはローストポークだけだった。
 だが、使う肉はハイオーク肉。高級品だ。

「充分旨いぞ?」
「……ほんと? 嬉しいけど、次は絶対にミノ肉でリベンジするわ」
「それはそれで楽しみだ」

 ハニーマスタード風味のソースを添えたローストポーク。これもまたビーフと違った味わいで、クセになる美味しさだ。
 ローストビーフよりもやわらかくて、しっとりしている。

 ロースト料理の後に、サラダとチーズ、フルーツときて、ラストはケーキと紅茶で締めた。
 ちょうどカップをテーブルに置いたところで、帆船が減速する。

「む。ちょうど良いタイミングだな」
「ラスボスのところまで案内してくれたのね。自力で進まなくて済んで、楽だったけど」

 ナギは優雅な所作で立ち上がると、テーブルセットを【無限収納EX】に片付けた。
 【自動地図化オートマッピング】はちょうど船の前方に反応がある。
 海中に潜んでいるのだろう。かなり大きな個体のようだ。これは期待が持てる。

「海の生き物はたいてい食えるし、だいたい美味い。楽しみだな、ナギ」
「ふふ。本当ね。この大きさ、イカかしら。それともタコ?」
「クジラかもしれない」
「どっちにしろ、私たちにはご馳走ね」

 軽口を叩きながら、身構える。
 大型帆船より大きな海のモンスターが、海面を割って姿を現した。
 
 
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新作『魔法のトランクと異世界暮らし』の連載を始めました。
女の子主人公のほのぼのスローライフなファンタジーです。
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