207 / 289
〈冒険者編〉
313. ただいま
日中はずっとゴーレム馬車で駆け抜けたので、予定よりも早めにダンジョン都市に戻ることができた。
東の冒険者ギルドに寄れば、帰宅が遅くなるのは確実なので、申し訳ないが、先に家へ帰ることにした。
東の砦を通ることなく、そのまま我が家を目指す。
見慣れた景色が流れていくと、ようやく帰ってきたのだと感慨深い。
森へと続く細道は少しスピードを落として進んでいく。
ひときわ大きなクヌギの木が見えたら、もうすぐそこだ。
「ただいま、我が家!」
一ヶ月と少し留守にしていただけなのに、とても懐かしく感じる。
ゴーレム馬車から降りると、凝り固まっていた全身をほぐすように伸びをした。
エドも軽く柔軟体操をしている。
「留守にしていたけど、畑も果樹も元気そうね」
「コテツが世話を頑張ってくれたのだろう」
前回、ハイペリオンダンジョンに遠征していた際には、敷地内の畑は何割かダメになっていたので嬉しい驚きだ。
さすが、植物魔法の得意な猫の妖精である。
果樹の枝には瑞々しい果実がすずなりだ。色鮮やかで美味しそう。
見惚れていると、家の方から愛らしい声が響いてきた。
窓の隙間から、小さな毛玉がこぼれ落ちるようにして地面に降り立った。
茶トラとハチワレの子猫だ。
ナギとエドの元へミャアミャアと鳴きながら、駆け寄ってくる。
「ふふ、元気そうね、みんな」
「ちょっと育ったか?」
愛らしい様に二人とも相好を崩した。
その場にしゃがみ込むと、二匹の子猫が飛びついてくる。
まだまだ小さくて頼りなかった子猫たちだが、一ヶ月会わないでいると、その成長ぶりに驚かされた。
「肉付きが良くなっている。うん、茶トラのオスは大きく育ちそうだ」
「ミウちゃんの方はトラくんより小柄だけど、元気そう」
ニャウニャウと何やら懸命に訴えてくる様が愛らしい。
『おかえり、って言っているニャ』
久しぶりの念話だ。
振り返ると、のんびりと歩み寄ってくるキジトラ猫の姿があった。コテツだ。
「ただいま、コテツくん! お留守番ありがとう」
「チビたちの面倒を見ながらの畑と庭の世話は大変だったろう」
『……まぁ、精霊たちが助けてくれたから、にゃ……』
遠い目になるコテツの姿から何事かを悟ったエドが気の毒そうに、その喉元を撫でてやっている。
「おつかれさま。えっと、今夜はご馳走にするから、元気出してね?」
子猫二匹を抱き締めながら、ナギがそっと労ると、途端にゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
『ごちそう! お肉たっぷり、にゃ?』
「ふふ。お腹いっぱい食べられるくらい作るから安心して」
「ダンジョンで色々な食材も手に入ったからな。デザートも期待していいぞ」
ぱあっと顔を輝かせて喜ぶ様が微笑ましい。
コテツはエドの肩によじ登ると、どっしりと腰を落ち着けた。
そうして、あらためて二人を見つめて小さく鳴いた。
『ふたりとも、おかえり』
「「ただいま!」」
◆◇◆
毎日きちんと、家の中まで掃除をしてくれたようで、綺麗な室内に感動した。
「うちの子、天才すぎでは?」
「ちゃんと自炊した形跡もあるから、間違いなく天才だ」
収納スキル持ちのナギは荷物の片付けの必要はないので、まずは旅の汚れを落とすことにした。
エドは荷物を整理するそうで、ナギが先にお風呂に入ることになった。
旅先でもコテージ内で入浴を楽しんではいたが、やはり自宅のバスルームがいちばん落ち着く。
お気に入りのレモンオイルを湯に垂らして、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ふわぁー……気持ちいい……」
爽やかな柑橘系の香りはリフレッシュにちょうどいい。
ダンジョンで手に入れた柚子も料理はもちろん、柚子湯を楽しめるのがとても嬉しい。
「入浴剤があればなー……」
疲れた夜には、香りの良いお湯を堪能したい。お肌がしっとりするし、寝付きも良くなる気がするので、前世では頻繁に入浴剤のお世話になったものである。
残念ながら、この世界には数種類の高価なオイルくらいしかなかった。
「あ、そうだわ……あれがあった!」
ふいに思い付いたことを、ナギはすぐに実行した。【無限収納EX】から取り出したのは、ダンジョンで入手したタンサンの実だ。
「これを湯に投入したら──炭酸の湯になったわ……!」
シュワシュワと泡が溢れてきて、肌を優しくマッサージしてくれる。
「これはとてもいい……我ながら素晴らしい思い付きじゃない?」
このタンサンの実を使って、どうにか発泡入浴剤が作れないだろうか。
「いい香りのするバスボム、好きだったんだよね……。さすがにこれはドワーフ工房のミヤさんの領分じゃないから相談はできないかー……」
顔の広いリリアーヌ嬢なら、どうにかしてくれそうだとは思うが。
(リリアーヌさんは「売れそう」な商品でないと、シビアな気がするから難しいかな……?)
なにせ、ダリア共和国は南国だ。
水をかぶったり、シャワーだけで済ます人が多く、バスタブで入浴する人は少ないと聞く。
「仕方ない。タンサンの実とフレーバーオイルで地味に楽しもうっと」
シュワシュワのお湯を堪能すると、ほどよく体がほぐれた気がする。
「さて、お留守番を頑張ってくれた皆のために、美味しいご飯を作らないとね!」
◆◇◆
『うわぁぁ! すごい! ごちそう、ニャッ』
念話で喜びをあらわすコテツを筆頭に、テーブルいっぱいの料理を目にして、ニャゴニャゴと盛大に鳴き始めた子猫たち。
コテツの通訳がなくても、これは分かる。
おいしそう! 食べたい!
キラキラと目を輝かせながらも、視線は料理から外れない。
「落ち着いて。たくさん作ったから、ゆっくり味わいながら食べようね?」
ニャッ! 良い子の返事が三匹分。
小さなテーブルをダイニングテーブルの横に置いて、そこを猫たちの食卓にした。
食べやすいサイズの小皿を用意して、欲しがる料理を盛り付けてやる。
エドは真剣な表情でピザを切り分けた。コテツが身を乗り出すようにして、匂いを嗅いでいる。
『これ、パン? 黒いの、の新作?』
「パンじゃなくてピザ、な。旨いぞ」
『ピザ……! 食べたい、にゃっ』
サラマンダーの尻尾肉を使った、サラミソーセージ風のピザだ。
ダンジョンでドロップしたチーズをたっぷりと散らしてあるため、食べ応えがありそう。
帰宅してすぐに、エドが焼いてくれた。
ワイバーンの被膜の唐揚げは甘辛いタレを絡めてある。
ダンジョンで狩ったブラックブル肉はシンプルにステーキにした。
スパイス類もたっぷりとドロップしたので、遠慮なく黒胡椒を使って調理してある。
肉類だけでなく、海鮮系のご馳走もちゃんと用意した。
食材ダンジョンの五十六階層で倒したシロクマの魔獣からドロップした、サーモンとイクラの親子丼だ。
たっぷりと肥え太ったサーモンは腹に抱えた卵はもちろん、その身もとても美味しい。
「んー! 脂がのっていて、すごぉく美味しい。イクラも最高!」
ナギはさっそく海鮮親子丼に箸を付けた。釣られた子猫たちも口にして、さっそく愛らしい「うみゃー!」をいただきました。
山羊ミルクと離乳食で命を繋いでいた子猫たちも、今では皆と同じメニューを平らげている。
コテツはピザが気に入ったようで、至福の表情で味わっていた。
テーブルいっぱいのご馳走を平らげてから披露したデザートのいちごパフェも大喝采を浴びたのは言うまでもない。
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。
異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。
そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。
「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」
そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。
「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」
飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。
これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。