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〈冒険者編〉
314. 紅茶と琥珀糖
翌日の午前中はのんびりと家で過ごすつもりでいた。
まったりとナギが朝寝坊を堪能していたところ、小さな毛玉二匹に襲撃されて嬉しい悲鳴を上げてしまった。
茶トラとハチワレの子猫がミャウミャウと愛らしい声音で鳴きながら、じゃれついてくるのだ。
(ここが天国なのでは?)
小さな舌で顔を舐められて、くすぐったさに首を竦めてしまう。
慌ててベッドから飛び起きた。
にゃぐにゃご何やら訴えてくるのは、猫の妖精の言葉が分からなくても伝わってくる。
「お腹すいた、ごはーん?」
「ニャッ」
「ふふ、当たりだ。分かった、起きる。起きるから!」
膝の上に飛び乗って、足踏みを始めた子猫を抱き締める。ふわふわの後頭部に顔を埋めると、日向の匂いがした。
◆◇◆
マイホームでの久しぶりの朝食は和定食を用意した。
土鍋で炊いた、艶々の白飯。焼き鮭にだし巻き玉子、赤かぶのソテー。ワカメのお味噌汁とお手製ピクルスを添えたメニューを目にしたコテツは歓喜した。
『おこめニャッ! おこめの朝ごはん、久しぶりにゃー』
パン作りを得意とするキジトラ猫はここ最近はずっとパンばかり食べていたようだ。
エドとナギが食材ダンジョンに出張している間に食べるようにと作り置きしていた料理はすぐに食べ切ったらしい。
チビ猫たちの成長が想定よりも早く、離乳食をあっという間に卒業したようだ。
「食べ盛りのようだからな」
昨夜の子猫たちの食べっぷりを思い出したのか、エドはほっこりと微笑ましそうな表情だ。
んまんまと幸せそうにご飯をがっつく子猫の姿はそれは愛らしかったが、料理を作る側のナギはほんの少しだけ、コテツに同情する。
お腹がすいたよーとミャアミャア切なく訴えられながら、たくさん食事を用意するのはきっと大変だっただろう。
コテツの頑張りで、子猫たちはここまで元気に育ったのだ。
「さ、皆で食べましょ。おかわりもあるからね」
「いただきます」
早朝から鍛錬に励んでいたエドも空腹だったのだろう。手を合わせると、すばやく箸を繰り出した。
釣られた猫たちが慌ててお皿に顔を突っ込んだ。んまんま食べる子猫たちに見惚れながら、ナギもお味噌汁を口にする。
「うん、いい味。ワカメもこりこりしていて美味しい」
「サハギンの宝箱に入っていた海藻か」
「ええ、そうよ。同じ宝箱に入っていた昆布で出汁を取ったお味噌汁です」
「ほっとする味だな」
猫たちの口に合うのか心配だったけれど、問題なく食べてくれている。
真っ先に食い付いたのは焼き鮭だ。塩分は控えめに焼いたので、鮭の味が分かりやすい。
だし巻き玉子にはみりんを少々入れてあるので、ほんのり甘みもあって食べやすい。
漬物代わりにピクルスを添えたのだが、少し物足りなかった。
「お漬物が欲しい。浅漬けも嫌いじゃ無いけれど、糠漬けが食べたいわ……」
これはもう作るしかない。
お米を作っている農家に頼んで、糠を分けてもらおう。
野菜より肉が好きな狼獣人のエドはお漬物に執着するナギを不思議そうに見てくる。
「せっかくコテツくんが美味しい野菜を作ってくれたのだもの。美味しい糠漬けを作らないとね!」
ちなみに、この赤カブも我が家の畑になっていたものだ。
さっと水洗いして、生で齧っても美味しい素晴らしい出来栄えだ。辛味がほとんどなく、むしろ、ほんのりと甘い。
葉っぱも柔らかいので、実と一緒にソテーにしたのだが、ご飯とよく合う美味しいおかずになった。
デザートは作る時間がなかったので、食材ダンジョン内で採取してきた、いちごを提供する。
『いちご!』
顔を輝かせ喜ぶコテツ。どうやら好物だったらしい。器用に片手でいちごを引き寄せると、あむっと口に運んでいる。
『んまっ! あまいにゃー』
「ふふふ。そうでしょう? でも、これを付けるともっと甘いのよー?」
じゃん、とナギが取り出したのは練乳だ。
生クリームと砂糖と牛乳を弱火でことこと煮込んで作った練乳だ。
エドの三角の耳がピクリと揺れる。
「ナギ、俺も欲しい」
「はいはい。ちゃんとエドの分もあるから」
そのままで食べても美味しいいちごが、練乳を添えると高級スイーツに早変わり。
子猫たちはいちごはそれほど好みではなかったようだが、小皿に頭から突っ込むほどに甘い練乳はお気に召したようだった。
◆◇◆
午前中はのんびりまったりと家で過ごせたが、さすがに出掛けないわけにはいかない。
「行くぞ、ナギ」
「……はーい」
二人揃って、東の冒険者ギルドへ向かう。
頼れる猫の妖精に留守を任せて、ゴーレム馬車で東の砦を目指した。
砦の手前でゴーレムを【無限収納EX】に収納すると、徒歩でギルドを目指す。
「お、久しぶりの顔だな」
「帰ってきていたのか、二人とも」
「昨日、帰ってきました!」
顔見知りの冒険者と挨拶を交わしながら、街を歩く。久々に市場を覗きたくなったけれど、今は我慢だ。
ギルドの建物が見えたところで、ナギは気持ちを引き締めた。
「転移の魔道具は内緒ね?」
「ああ。俺たちはあまり嘘が上手くないから、誤魔化すことはやめておいた方がいい」
「そうね。嘘は言わずに、余計なことを喋らない作戦でいきましょう」
食材ダンジョンに行き来できる転移の魔道具だけは死守したい。
悲壮な表情でギルドのカウンターに歩み寄ると、二人に気付いた顔見知りの受付嬢が笑顔を浮かべた。
「あら、二人とも帰って来られたのですね!」
「ただいま、リアさん」
垂れ耳が愛らしい、犬型獣人のリアだ。
甘いお菓子に目がない彼女はナギの手作り菓子の大ファンでもある。
「ギルドマスターに帰還の報告に来た」
「ハイペリオンダンジョンの件ですね。承知しました。応接室でお待ちください」
ギルドマスターの執務室ではなく、応接室に案内された。
リアがギルドマスターを呼びに行くのと入れ違いで、ワゴンを押したフェローがやって来る。
「お帰りなさい、二人とも。無事で何よりです」
「フェローさん!」
サブマスター直々のもてなしに、二人は大いに戸惑ったが、ありがたく紅茶を受け取った。一口飲んで驚いた。高級茶葉だ。
「おいしい……」
「それは良かった」
にこにこと微笑むイケオジ、フェロー。何だか落ち着かない。
隣に座るエドも尻が落ち着かないといった表情でそわそわとしている。
お茶請けにはなぜか、琥珀糖が出されていた。紅茶を飲みながら齧るのだろうか、と不思議に思いながら見つめていると、気付いたフェローがああ、と笑った。
「こうやって楽しむのが流行っているそうですよ?」
スプーンですくった琥珀糖を自身のカップに入れる。
くるくると円を描くようにスプーンで混ぜると、琥珀糖が溶けていくのが分かった。
「うん、ほどよい甘さになりました」
「そんな飲み方があるとは思いもしませんでした……」
ナギはさっそく紅茶に琥珀糖を入れてみた。表面が溶けるが、小さくなった琥珀糖が残っている。
カップを傾けて飲んでみるが、なるほどと頷いた。砂糖や蜂蜜より甘さは控えめだが、まろやかな香りが加わった気がする。
そして、カップの底に残った琥珀糖はゼラチン部分が残っており、飲み心地が面白い。
「飲むゼリーみたい。紅茶に合わせて、色の違う琥珀糖を入れると楽しいですね。ガラス製のカップに淹れたら映えそうです」
「ほぅ。それは面白い。冷たい飲み物以外をガラスのカップで飲むとは」
「リリアーヌさんに相談したら、作ってくれそうですね」
「おそらく彼女なら飛びつくでしょうな」
談笑しながらお茶を楽しんでいると、ドアの外からドスドスと荒い足音が聞こえてきた。
【気配察知】スキルを使うまでもない。
足音がノックの代わりだったのか、無造作にドアが開かれた。
大柄な壮年の男性が太く笑いながら、片手を上げる。
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