異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

316. ランクアップ


 ハイペリオンダンジョンで手に入れた食材を使った料理を平らげたベルクは空になったグラスをテーブルに置く。
 満足そうに一息つくと、冒険者ギルドマスターの顔でテーブルの向かい側に座る少年少女を見やった。
 サブマスターであるフェローは上品な仕草で口元を拭っている。
 いつも飄々とした男だが、横目で確認すると、意味深な眼差しを投げ掛けられた。

(これは、あれだな。俺が何を言うのか、既に知っている表情だ)

 てのひらの上で転がされているようで、あまりいい気分はしないが、今回は素直に転がされてやろうと思う。
 それほどまでに、彼らが提供してくれた料理は絶品だったのだ。
 こほん、と軽く咳払いすると、のんびりと黒っぽいジュースを飲んでいた二人が慌ててグラスを置いた。
 あらたまった姿勢でベルクをまっすぐ見つめてくる。
 まだ成人もしていない子供のはずなのに、二人とも度胸があるなと感心した。

(まぁ、そのくらいの胆力がなければダンジョンの攻略などできるわけがないか……)

 何を言われるのだろう、といった表情でこちらを見つめてくる二人に向かい、ベルクは口を開いた。
 
「ハイペリオンダンジョン初攻略、ならびに冒険者ギルドへの多大な貢献をかんがみて、お前ら二人とも揃ってランクアップだ」

 銅級コッパーランクから、銀級シルバーランクへ。
 未成年の冒険者として、初めての最短昇格を告げた。


◆◇◆


 呆然としたまま、二人は通い慣れた道を歩いている。
 ナギは服の上から、ギルド証のタグにそっと触れてみた。
 今は服の下に隠れているが、首から下げているタグは銀製の物に替わっている。
 
「成人する頃には銀級シルバーランクに昇格したいとは思っていたけれど……」
「まさか、こんなに早く昇格するとはな」

 ぽつりと呟くと、エドも頷いて嘆息した。
 本来は喜ぶべきことなのだが、唐突な展開すぎて、まだ頭が追いついていないようだ。
 
「実感がない」
「うん、私も。でも、これで私たち、一応は高ランク冒険者になる……のよね?」
「だと思う。まだ全然、師匠には追いつけた気はしないが」
「それはそう! というか、ミーシャさんに追いつけるなんて一生無理な気がする」

 なにせ、我が麗しの師匠はエルフなのだ。
 外見年齢は二十代だが、実年齢はおそらくは百歳を越えているように思う。
 魔法に長けた種族で、且つ、勤勉な彼女のこと。いまだナギの知らない魔法をいくつ修得しているのか、想像もつかない。

「……でも、これで少しだけ安心できたかもしれない」

 あらためて銀色のタグに触れて、ようやく実感してきた。
 十三歳にして、東のギルドの最年少銀級シルバーランク冒険者になったのだ。
 この調子で実績を積んでいけば、金級ゴールドランクも夢ではない。

 グランド王国の辺境伯邸から出奔して、ダリア共和国のダンジョン都市まで逃げてきて。
 男装して冒険者を頑張ってきたナギが、エドや師匠たちに後押しされて、ようやく変装をやめて自分らしく生きてこれた。
 どうにか踏ん張れたのは、支えてくれたエドとアキラの存在があったからだ。
 それと、成人するまでに高ランク冒険者になって、実家から完全に縁を切るという目的のおかげでもある。
 
(食材ダンジョンを見つけたのは偶然だったけれど、色々な意味で幸運に恵まれたのね)

 希少な調味料や美味しい食材が手に入ると喜んでダンジョンアタックを繰り返したのだが、まさか初攻略にこんな特典があったとは。
 ほぼ食欲に脳内を支配されて、ダンジョンに挑んだ身としては、真面目に冒険者として頑張っている人々に申し訳ない気持ちを覚えないでもないが。

「ギルドに貢献できる高ランク冒険者になれば、ギルドが守ってくれるってミーシャさんたちも言っていたものね?」
「ああ、他国の貴族に売り渡すような真似はしないはず」

 顔を見合わせて、揃って破顔する。

「やったわ! あと二年はバレないようにしなくちゃだけど!」
「目的のひとつは達成したな、ナギ」

 喜びのあまり、ナギはエドの手を握り締めて飛び跳ねた。勢いのまま、ぎゅっとエドの首に抱き付いて、くすくすと笑う。
 珍しくエドもはしゃいだ様子で、ナギの背に腕を回すと、その場でくるくると踊るようにステップを踏んだ。

「目が回っちゃうわ、エド!」
「やったな、ナギ」
「ふふ。もう、どうせなら金級ゴールドランクを目指しちゃわない?」
「目標を高く持つのはいいことだ」

 エドもやる気のようで、自信満々に頷いてくれた。
 何だか、バカみたいに楽しくなって。
 はしゃぎながら『妖精の止まり木』にお邪魔すると、呆れたような翡翠色の瞳に迎えられた。

「おかえりなさい、ふたりとも。随分とご機嫌なようですね」
「ただいま、ミーシャさん! ごめんなさい、嬉しいことがあって」

 たおやかな仕草で首を傾げつつも、ミーシャは宿に二人を招いてくれた。
 食堂のテーブルに座ると、手早く薬草茶を淹れてくれる。
 ほんのり苦いが、お腹に優しいお茶だ。
 宿の泊まり客たちには不評のミーシャの薬草茶だが、前世の記憶のある二人には美味しい緑茶なので、ありがたく口をつける。
 ほっと一息つくと、ナギは笑顔で報告した。

「ハイペリオンダンジョンを踏破しました! お土産があるので、ラヴィさんと二人で食べてくださいね」
「それは、随分と早い……いえ、貴方たちなら可能ですね。おめでとうございます」

 ぱちり、と瞳を瞬かせたミーシャだが、すぐに納得したように頷いた。
 二人がダンジョン発見者の特典スキル持ちなことを思い出したらしい。
 ギルドの調査任務で二人と共にダンジョンに挑んだ際に【自動地図化オートマッピング】のスキルがどれほど有用か、身を持って知ったのだ。

「あと、ギルドマスター権限でランクアップしました!」
銀級シルバーランクになった」

 さすがに、この報告には驚いたようで、綺麗な翡翠色の瞳が見開かれた。

「破格の待遇ですね、それは」
「……そうなんです?」

 そういえば、フェローがそんなようなことを言っていた気がする。
 ギルドマスターのベルクの昇格発言が衝撃的すぎて、サブマスターのフェローの説明をきちんと聞いていなかった。
 夢現ゆめうつつの状態で銅製のタグを手渡して、代わりに銀製のタグを貰って、ぼんやりとギルドを後にしたので。
 エドはもう少し冷静だったようで、ナギの隣でうんうんと頷いている。

「食材ダンジョンの発見と、下層の詳細を記録して提出したことがランクアップのための加算に役立ったらしい」
「あ、それとダンジョン初攻略特典の魔道具が有益だとかも言っていたような……?」

 もちろん、転移の指輪の魔道具ではなく、船の魔道具のことである。
 報告を受けた東のギルドは、東西南北のギルドマスターで話し合うらしい。
 売るつもりのない二人のために所有権はそのままで、必要な際に貸し出してもらえるように話を持っていこう、とフェローが請け負ってくれた。
 南の海ダンジョンの攻略はもちろん、海での魚獲りに使う気満々でいたので、その提案はありがたい。
 レンタル料も弾んでくれそうだ。

「どうやら、心ゆくまで冒険を楽しんだようですね」
「はい!」

 楽しかったのは事実だ。
 ナギはさっそく、エドと二人で挑んだ食材ダンジョンでの武勇伝を大好きな師匠に語ることにした。

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