210 / 289
〈冒険者編〉
316. ランクアップ
ハイペリオンダンジョンで手に入れた食材を使った料理を平らげたベルクは空になったグラスをテーブルに置く。
満足そうに一息つくと、冒険者ギルドマスターの顔でテーブルの向かい側に座る少年少女を見やった。
サブマスターであるフェローは上品な仕草で口元を拭っている。
いつも飄々とした男だが、横目で確認すると、意味深な眼差しを投げ掛けられた。
(これは、あれだな。俺が何を言うのか、既に知っている表情だ)
てのひらの上で転がされているようで、あまりいい気分はしないが、今回は素直に転がされてやろうと思う。
それほどまでに、彼らが提供してくれた料理は絶品だったのだ。
こほん、と軽く咳払いすると、のんびりと黒っぽいジュースを飲んでいた二人が慌ててグラスを置いた。
あらたまった姿勢でベルクをまっすぐ見つめてくる。
まだ成人もしていない子供のはずなのに、二人とも度胸があるなと感心した。
(まぁ、そのくらいの胆力がなければダンジョンの攻略などできるわけがないか……)
何を言われるのだろう、といった表情でこちらを見つめてくる二人に向かい、ベルクは口を開いた。
「ハイペリオンダンジョン初攻略、ならびに冒険者ギルドへの多大な貢献をかんがみて、お前ら二人とも揃ってランクアップだ」
銅級から、銀級へ。
未成年の冒険者として、初めての最短昇格を告げた。
◆◇◆
呆然としたまま、二人は通い慣れた道を歩いている。
ナギは服の上から、ギルド証のタグにそっと触れてみた。
今は服の下に隠れているが、首から下げているタグは銀製の物に替わっている。
「成人する頃には銀級に昇格したいとは思っていたけれど……」
「まさか、こんなに早く昇格するとはな」
ぽつりと呟くと、エドも頷いて嘆息した。
本来は喜ぶべきことなのだが、唐突な展開すぎて、まだ頭が追いついていないようだ。
「実感がない」
「うん、私も。でも、これで私たち、一応は高ランク冒険者になる……のよね?」
「だと思う。まだ全然、師匠には追いつけた気はしないが」
「それはそう! というか、ミーシャさんに追いつけるなんて一生無理な気がする」
なにせ、我が麗しの師匠はエルフなのだ。
外見年齢は二十代だが、実年齢はおそらくは百歳を越えているように思う。
魔法に長けた種族で、且つ、勤勉な彼女のこと。いまだナギの知らない魔法をいくつ修得しているのか、想像もつかない。
「……でも、これで少しだけ安心できたかもしれない」
あらためて銀色のタグに触れて、ようやく実感してきた。
十三歳にして、東のギルドの最年少銀級冒険者になったのだ。
この調子で実績を積んでいけば、金級も夢ではない。
グランド王国の辺境伯邸から出奔して、ダリア共和国のダンジョン都市まで逃げてきて。
男装して冒険者を頑張ってきたナギが、エドや師匠たちに後押しされて、ようやく変装をやめて自分らしく生きてこれた。
どうにか踏ん張れたのは、支えてくれたエドとアキラの存在があったからだ。
それと、成人するまでに高ランク冒険者になって、実家から完全に縁を切るという目的のおかげでもある。
(食材ダンジョンを見つけたのは偶然だったけれど、色々な意味で幸運に恵まれたのね)
希少な調味料や美味しい食材が手に入ると喜んでダンジョンアタックを繰り返したのだが、まさか初攻略にこんな特典があったとは。
ほぼ食欲に脳内を支配されて、ダンジョンに挑んだ身としては、真面目に冒険者として頑張っている人々に申し訳ない気持ちを覚えないでもないが。
「ギルドに貢献できる高ランク冒険者になれば、ギルドが守ってくれるってミーシャさんたちも言っていたものね?」
「ああ、他国の貴族に売り渡すような真似はしないはず」
顔を見合わせて、揃って破顔する。
「やったわ! あと二年はバレないようにしなくちゃだけど!」
「目的のひとつは達成したな、ナギ」
喜びのあまり、ナギはエドの手を握り締めて飛び跳ねた。勢いのまま、ぎゅっとエドの首に抱き付いて、くすくすと笑う。
珍しくエドもはしゃいだ様子で、ナギの背に腕を回すと、その場でくるくると踊るようにステップを踏んだ。
「目が回っちゃうわ、エド!」
「やったな、ナギ」
「ふふ。もう、どうせなら金級を目指しちゃわない?」
「目標を高く持つのはいいことだ」
エドもやる気のようで、自信満々に頷いてくれた。
何だか、バカみたいに楽しくなって。
はしゃぎながら『妖精の止まり木』にお邪魔すると、呆れたような翡翠色の瞳に迎えられた。
「おかえりなさい、ふたりとも。随分とご機嫌なようですね」
「ただいま、ミーシャさん! ごめんなさい、嬉しいことがあって」
たおやかな仕草で首を傾げつつも、ミーシャは宿に二人を招いてくれた。
食堂のテーブルに座ると、手早く薬草茶を淹れてくれる。
ほんのり苦いが、お腹に優しいお茶だ。
宿の泊まり客たちには不評のミーシャの薬草茶だが、前世の記憶のある二人には美味しい緑茶なので、ありがたく口をつける。
ほっと一息つくと、ナギは笑顔で報告した。
「ハイペリオンダンジョンを踏破しました! お土産があるので、ラヴィさんと二人で食べてくださいね」
「それは、随分と早い……いえ、貴方たちなら可能ですね。おめでとうございます」
ぱちり、と瞳を瞬かせたミーシャだが、すぐに納得したように頷いた。
二人がダンジョン発見者の特典スキル持ちなことを思い出したらしい。
ギルドの調査任務で二人と共にダンジョンに挑んだ際に【自動地図化】のスキルがどれほど有用か、身を持って知ったのだ。
「あと、ギルドマスター権限でランクアップしました!」
「銀級になった」
さすがに、この報告には驚いたようで、綺麗な翡翠色の瞳が見開かれた。
「破格の待遇ですね、それは」
「……そうなんです?」
そういえば、フェローがそんなようなことを言っていた気がする。
ギルドマスターのベルクの昇格発言が衝撃的すぎて、サブマスターのフェローの説明をきちんと聞いていなかった。
夢現の状態で銅製のタグを手渡して、代わりに銀製のタグを貰って、ぼんやりとギルドを後にしたので。
エドはもう少し冷静だったようで、ナギの隣でうんうんと頷いている。
「食材ダンジョンの発見と、下層の詳細を記録して提出したことがランクアップのための加算に役立ったらしい」
「あ、それとダンジョン初攻略特典の魔道具が有益だとかも言っていたような……?」
もちろん、転移の指輪の魔道具ではなく、船の魔道具のことである。
報告を受けた東のギルドは、東西南北のギルドマスターで話し合うらしい。
売るつもりのない二人のために所有権はそのままで、必要な際に貸し出してもらえるように話を持っていこう、とフェローが請け負ってくれた。
南の海ダンジョンの攻略はもちろん、海での魚獲りに使う気満々でいたので、その提案はありがたい。
レンタル料も弾んでくれそうだ。
「どうやら、心ゆくまで冒険を楽しんだようですね」
「はい!」
楽しかったのは事実だ。
ナギはさっそく、エドと二人で挑んだ食材ダンジョンでの武勇伝を大好きな師匠に語ることにした。
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。
異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。
そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。
「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」
そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。
「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」
飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。
これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。