異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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3巻

3-3

 とにかく珍しい物をこよなく愛するエルフの店主は冒険者ギルドから大量に仕入れているようで、店は玩具箱をひっくり返したように雑然としていた。
 だが、ナギはかえって興味を惹かれて、片端から【鑑定】スキルで売り物を確認していった。
 おかげで有用な物をいくつも手に入れることができた。

「それが、これ。店主さんが言うには惚れ薬としての効用があるポーションってことだったけれど。鑑定してみたら、バニラエッセンスだったのよ」

 ガラスの小瓶に入ったそれに、ナギは嬉しそうに頬をすり寄せた。
 ほんの少し混入していた余分な成分──恐らくは媚薬だか何かの薬効は【無限収納インベントリEX】スキルで素材化して取り除いたので、今はごく普通のバニラエッセンスでしかない。

「これがあればフレンチトーストにプリン、クッキー、もちろんアイスクリームもすっごく美味おいしく仕上がるようになるわ」

 惚れ薬ポーションとして売られていたので、それなりに高価だったが、払えない金額でもない。
 ナギはあるだけのバニラエッセンスを仕入れてきた。師匠二人は惚れ薬を大量に購入する弟子をニヤニヤしながら眺めていたが、これは食材です!

「とにかく食べてみて。アイスが溶けちゃう」
「……アキラもすごく欲しがっている。相当美味うまいんだな、これ」

 少し柔らかくなったバニラアイスをナギはそっとスプーンですくい、口に入れる。舌の上でとろける甘みに口元が緩んだ。懐かしいバニラアイスの味だ。卵と牛乳と砂糖、それとバニラエッセンスだけでこの夢のように幸福な味が作り出せるのだからすばらしい。

「なんだ、これ」
「ふふ。美味おいしいでしょう? 香り付けだけで、ここまで風味が変わるのは面白いよね」
「香りだけなのか? 味も変わった気がするが」
「舐めたら苦いだけで、美味おいしい物ではないのよ、バニラエッセンスって」

 とても心躍る香りがするため、前世では子供の頃にこっそりと舐めたことがある。
 詐欺だ、とショックを覚えた記憶も蘇った。あんなに甘くて美味おいしそうな香りなのにバニラエッセンス本体はとんでもなく不味いのだ。きっと同じように失敗した子供たちは多いと思う。

美味うまい。食べてしまうのがもったいないくらいだ。ゆっくりと味わって食べたいのに、アイスを口に運ぶ手が止まらない。俺はどうすれば……」
「おかわりしていいよ……?」

 思いのほか、エドの口に合ったようだ。ナギは残りのバニラアイスをエドとアキラの二人に譲ることにした。バニラエッセンスは手に入れたので、また作ればいい。
 幸せそうにアイスを完食したエドに、ナギはお土産を次々と披露していく。

「ありがたいが──その、多すぎないか?」
「買い物が楽しくて、つい買いすぎちゃったかもしれない……」

 困惑するエドに、ナギはごめんねと手を合わせる。藍染めの布、マグカップ、ガラスの器に翡翠色の珊瑚のアクセサリー。屋台で売っていた揚げパン風のお菓子とガラス製のペーパーナイフ。
 どれも一目で気に入って、エドと色違いの物を自分用にも買ってしまったナギである。
 既製品以外にも、海で拾い集めた物を詰めたガラスの小瓶も土産のひとつだ。

「今までこういう買い物はしたことがないなって思ったら、ちょっと浮かれてしまったみたい」

 辺境伯邸から大量に持ち出したおかげで、これまでは物資に困ることはなかった。
 ダンジョン都市を拠点にしてからは、調味料や食材、調理器具には惜しみなくお金を使ったが、雑貨やアクセサリーに手を伸ばしたのは初めてのこと。それが、思った以上に楽しかったのだ。

「この世界に転生して、初めての無駄遣いね」
「無駄遣いじゃない」

 エドがぼそりとつぶやいた。テーブルに並べたお土産を手に取って、大事そうに腕に抱えた。

「どれもちゃんと使うから、無駄な物じゃない」
「……ありがと」

 割れると困るから、と。大切そうに自分用のマジックバッグにしまう姿を目にして、ナギはくすぐったいような、面映おもはゆい気分を味わった。
 星の形をした砂と貝殻を詰めたガラスの小瓶を特に気に入ってくれたようで、何度もてのひらの上で転がして眺めている。教えてもらった砂浜に、今度は二人で行こうと約束を交わした。

「そういえば、レストランで出てきたデザートがね、スライムを原料にしたゼリーだったのよ」
「スライム? 食えるのか、あれ」
「だよね、そう思うよね?」

 スライムは弱い魔獣だ。子供でも退治できる、おそらくは最弱の魔物。水饅頭のような体の中央に浮かぶ核を壊せばどろりとした液体に変化して消える。後に残るのは小さな魔石ひとつ。

「あの液体を食うのか? 拾うのが大変そうだが……」
「核を壊さずに生きたまま、あの身をいで採取するみたい」
「生きたままなぶるのか」

 ぞっとした表情を浮かべるエド。まあ、たしかに言葉にすると非道だとは思う。

「ミーシャさんがスライムには痛覚がないから気にしなくてもいいって言っていたよ?」
「そうか。ゼリー……聞き覚えがあるな」
「一度作ったことがあるわよ、大森林で。ゼラチンや寒天がなかったから、にかわから成分を取り出して作ったわね。懐かしいなー」

 あの時は弱っていたエドのために食べやすそうなデザートとして出してみたのだ。食べられないことはなかったが、求める基準には至っていなかったので、以後は作っていない。

「もともと食用の材料じゃなかったから、仕方ないよね。でも、スライムゼリーは食用の素材だし、前世の物と比べても遜色なかった。だから、手に入れたいなと思って。……ダメかな?」
「ナギが欲しいのなら、手伝うぞ」
「ほんと? エド、ありがとう」

 肉がメインの狩猟時ほどの積極性はないが、手伝いを申し出てくれたので、ほっとする。スライムの核を潰すことはできるが、ゼリー部分だけをぎ落とすのは自分では難しそうだったので。

「スライムゼリーが手に入ったら、お菓子や料理の幅が広がるから、楽しみだわ」
「そんなに変わるものなのか?」
「もちろん! スープや鍋に使うとコクが出るし、プリンに使っても美味おいしくなるわ。ムースや生クリームも綺麗に固まって使いやすくなると思う」
「……生クリームが?」
「いつもエドに混ぜて作ってもらっているホイップクリームもね。柔らかくて、すぐに溶けちゃうでしょ? あれにゼラチンを使うと、弾力がある美味おいしいクリームになるのよ」

 何より、ケーキを作る時にとても助かるのだ。とろとろのホイップでは綺麗にデコレートをするのが難しい。ゼラチンがあれば口金でクリームのバラも作れるようになるかもしれない。

「前世の記憶で見たことがない? 綺麗にデコレートされたホールケーキ。ゼラチンがあれば誕生日やクリスマス用の豪華なケーキが作れちゃうかもしれないのよ」

 少しばかり大口を叩いてしまったが、断言はしていないので、嘘にはならないと思う。ちらりとエドを見ると、アキラの記憶を引き出したのか、目を輝かせている。ぎゅっと手を握られた。

「スライム狩りは任せろ。核を残してぎ取りまくってやろう」
「言い方」

 少々物騒な方に振り切れたようだが、やる気が出たのはありがたい。
 さっそく、明日には東の森にスライムを狩りに行くことになった。


 張り切ったエドはスライムを見つけるや、ものすごい勢いでその身をぎ落としまくった。
 おかげで、大鍋五つ分ほどのゼリーが手に入った。
 ナギはさっそく、【素材解体】スキルを使って、ゼリーの不純物を取り除き、ついでに使いやすいよう粉ゼラチンに加工した。やってみるものである。解体スキルが有能すぎて怖いくらいだ。
 生クリームを欲しがるエドを宥めて、まずは夕食作りだ。
 せっかくなので、手に入れたばかりのスライムゼリーを使うことにした。

「ハイオーク肉を使った豚しゃぶをメインに作るわね。ポン酢ジュレでさっぱり頂きましょう」
「ジュレ?」
「ポン酢をゼラチンで固めたソースよ。冷たくて美味おいしいの」

 エドに頼んでハイオークの塊肉をしゃぶしゃぶ用に薄くスライスしてもらう。その間にレタスやキュウリ、玉ねぎを刻み、ジュレを作る。ポン酢醤油を弱火で温めて粉ゼラチンを加えていく。

「切った肉を茹でればいいのか」
「うん、茹で過ぎないようにね。お肉の色が変わったらすぐに取り出して、水を切ってね」

 大急ぎで大根をおろして、ポン酢醤油に加えてジュレを作る。生活魔法で冷やせば、すぐに固まった。二人とも食べ盛りなので、お肉はたくさん用意する。
 この日の昼食はリクエストに応えてハイオークカツを食べたので、夕食はさっぱりとした豚しゃぶもどきにした。
 特大のサラダボウルに野菜を盛り付けて、その倍量の肉を重ねていく。最後にスプーンでジュレを飾り付ければ完成。見た目も鮮やかで食欲を誘う出来栄えだ。

「綺麗だな、このソース。ジュレ、だったか?」
「そうでしょう。ゼラチン系の料理は見栄えよく整える形のものが多いのよ」

 旨味をぎゅっと凝縮して固めるため、味にも期待がもてる。ゼラチンを使った料理は南国にあるダンジョン都市向きだと思う。冷やして食べる料理は夏に最適だ。
 夕食の席はいつも以上に盛り上がった。
 ハイオーク肉の冷しゃぶはお湯で脂を落とすので、さっぱりとして食べやすい。
 特製のジュレが肉によく合う。大根おろしの辛味とポン酢の酸味がほどよいアクセントになっており、いくらでも食べられそうだった。

美味おいしいね。ご飯と合う」
「野菜と一緒に食っても美味うまい。ジュレ、すごいな。これだけを飲みたくなる」
「たしかにジュレは美味おいしいけど、単品で飲むと微妙だと思うよ……?」

 用意しておいた山盛りの肉はあっという間に完食し、お次はお待ちかねのデザートだ。
 エドのリクエストで生クリームのケーキを作ってある。土台のスポンジケーキを焼くのは面倒だったので、以前に作っておいたカステラを代用した。
 クリームにゼラチンを混ぜてホイップするのはエドに任せる。
 いつもより泡立ちがいいことに驚いている姿に笑みを誘われた。四角く切ったカステラにクリームを塗り込んでいく。やはりゼラチン入りのクリームの方がムラなくデコレートしやすい。
 シロップに漬けておいたラズベリーを飾り付けて、ケーキは完成だ。
 とっておきの紅茶をお供に、ラズベリーケーキを味わう。
 ゼラチン入りの生クリームは口の中で蕩けるのは同じだが、舌で押すと少しだけ弾力を感じた。
 口の中に入れるやいなや、すぐに溶けてなくなる甘さもいいが、個人的にはこちらのクリームの方がナギの好みだ。生クリームには砂糖を多めに入れてあったが、ラズベリーの酸味がほどよく甘さを緩和してくれている。カステラと生クリームの相性も意外と悪くない。
 スポンジケーキをいくつも焼いておくのは大変だが、カステラならオーブンで一度に三本は焼くことができる。それにカステラサイズでケーキを作れば、食べ過ぎずに済む。

「エド。パン作りの合間でいいから、カステラもたくさん焼いておかない?」
「奇遇だな。俺も同じことを考えていた。それと、スライムも定期的に狩りに行こう。このクリームのためなら、いくらでもぎ落としてみせよう」

 端正な顔に凛々しい表情を浮かべて、そう宣言するエド。その口元にクリームが付いてさえいなければ、きっともっと絵になったのだろうが。
 ハンカチでエドの口元を拭ってやると、ナギは悪戯っぽく笑みを浮かべた。
 さりげなく【無限収納インベントリEX】から取り出したボウルを二人の前に置く。
 ケーキをデコレートするために使った生クリームの残りだ。
 期待に琥珀色の瞳を輝かせるエドにそっとスプーンを握らせる。
 共犯者の笑みを交わしながら、二人は生クリームを心ゆくまで堪能した。


   第二章 南の海ダンジョン


「そろそろ東のダンジョン以外にも挑戦してみないか」

 夕食を終え、食後のオレンジゼリーを堪能していた時に、そんな提案をエドにされた。

「他のダンジョンに挑戦?」
「ああ。もともと東西南北すべてのダンジョンと周辺環境も調べた上で土地を探す予定だっただろう? 東地区はそれなりに把握したことだし、そろそろ他も確認した方がよくないか」
「……たしかに、ずっと東地区に滞在していたね」

 デザートスプーンをテーブルに置き、ナギは小さく唸った。
 保護者のいない二人にとって親しい人たちの多い東地区は住みやすい場所だ。ここで過ごす日々が楽しすぎて、最近は土地探しも疎かになっていたのかもしれない。
 エドの指摘どおり、当初の予定ではダンジョンやその周辺を入念に下見するつもりでいた。
 東の冒険者ギルドの職員は親切だ。ひよっこのナギとエドを冒険者の先輩も可愛がってくれている。何よりも、『妖精の止まり木』が快適すぎて、すっかり腰を落ち着けてしまっていた。

「ここにはミーシャさんやラヴィさんがいる。宿の皆とも仲良しだし、楽しく過ごせていたから、無意識に目を逸らしていたのかもしれないわ」

 しょんぼりと肩を落とすナギをエドが慰めてくれる。

「俺も同じだ。ずっとここで暮らすのも悪くないと思うくらい、いい場所だから」

 だが、ここは見習いや新人、女性冒険者たちを優先的に預かる宿。
 それなりに稼げるようになった自分たちがいつまでも甘えてはいられない。

「そうよね。ちゃんと、土地を探さなきゃ。しばらく東のダンジョンから離れて、他のダンジョンに挑んでみよう」
「それがいい。それぞれの街に数日滞在して、ダンジョンとの相性を確認するのはどうだ?」
「うん、いいと思う」

 冒険者とダンジョンには相性があると教えてくれたのは二人の師匠だ。
 それぞれの持つスキルや魔法、扱う武器などによって、相性の悪い魔物がいる。
 ダンジョン都市の四つの迷宮は発生する魔物の属性が概ね固定されており、分かりやすい。
 たとえば東のダンジョンは森林や草原地帯の階層が多く、現れるのも魔獣が殆どだ。美味おいしいお肉をこよなく愛する二人はこの「肉ダンジョン」に普段から入り浸っている。
 南のダンジョンは通称「海ダンジョン」。詳細は不明だが、海の恵みを中心としたドロップアイテムが多いらしい。水属性の魔獣や魔物が溢れていると思われる。
 実際に戦ってみないと、自分たちと相性がいい狩り場かどうかの判断は付かないので、すべてのダンジョンに挑んで確認するのが、エドの言うように正しい選択なのだ。

「レベルも順調に上がっているし、師匠の教えで効率的な戦い方も分かった。挑戦するのに不足はないと思う」
「すごいね、エド。ちゃんと考えてくれていたんだ。私なんて今が楽しいから、このままでいいやって、どこか楽観的に考えていたわ」

 尊敬の眼差しを少年に向けると、途端に琥珀色の瞳が落ち着きなげに揺れた。
 視線が泳ぎ、何となく狼狽えているように見える。

「エド? どうかしたの」

 不思議に思い、首を傾げながら名を呼ぶと、びくりと肩が揺れる。
 黙って見つめていると、やがて少年は潔く頭を下げてきた。

「……すまない。下心があった。本当は南のダンジョンにも潜ってみたかっただけだ」
「んんっ?」

 普段から滅多に我儘を口にしないエドなので、意外な発言だ。

「南のダンジョンに行きたかったなら、そう言ってくれれば良かったのに」
「俺だけ仲間はずれなのが寂しかったとは言いづらい」
「は? え? ……エド、寂しかったの?」

 それは、あれか。先日の女子会の話なのだろうか。唐突な告白に、ナギは戸惑いが隠せない。

「あ、あー……そっか。そうだよね。一人だけ置いていかれたら、悲しいよね。ごめんね、エド」
「仕方ない。俺は男だから女子会には参加できない。それは別にいいが、ナギの話を聞いていたら、海に行きたくなった」
「そうよね、気になるよね……」

 日本人的目線からしたら、エドの外見年齢は高校生。だが、実年齢はまだ十歳なのだ。大人びた口調と落ち着いた性格にうっかり忘れそうになるが、彼はまだ成人前の子供だった。

「あと、夕食の牡蠣料理が旨かったから、海ダンジョンに潜れば、食べ放題だと思った」
「それがトリガーですね、はい」

 食後のデザートタイムの爆弾発言には、ちゃんと理由があったのだ。
 たしかに、本日の夕食のメイン食材である牡蠣は美味おいしかった。南の海鮮市場で仕入れたのは、大きく育った新鮮な生牡蠣。しっかりと鑑定したので食中毒の恐れはない。念のため、浄化魔法を使ってから調理したし、いざとなれば治癒魔法もある。解毒ポーションの準備も抜かりない。
 なので、心置きなく牡蠣を調理した。殻はエドに開けてもらい、ナギは様々な牡蠣料理作りに専念した。生牡蠣、蒸し牡蠣、網焼き、フライに炊き込みご飯。
 今生の二人とも新鮮な生牡蠣を食べるのは初めてだった。以前に南の市場で購入した牡蠣は海鮮バーベキューにして食べたので、生の牡蠣が楽しみで仕方ない。

「まずはレモンと黒胡椒で味わってみよう」

 くし形に切ったレモンを搾り、黒胡椒をぱらり。とても贅沢な食べ方だ。
 ぷりぷりに引き締まった身をつるりと吸い込むようにして食べてみる。口の中いっぱいに海の香りが広がった。生臭さをまったく感じない。新鮮な生牡蠣には海の旨味が凝縮されていた。

「信じられないくらいに美味おいしい……」

 うっとりとつぶやく。前世、洒落しゃれたオイスターバーで食べた生牡蠣よりも断然美味おいしかった。
 ナギの真似をしてエドもおそるおそる牡蠣を口にする。初めての食感に驚いていたが、口には合ったようで、すぐに二個目に手が伸びていた。
 あっという間に殻だけ積み重なっていく様子にナギは慌てた。食い尽くされてはたまらない。

「次はすりおろしたガーリックとオリーブオイルで食べてみよう」
「それも旨そうだ」

 さっそくエドに真似されてしまった。

「んふっ、生牡蠣とオリーブオイルの相性は抜群ね」
「ガーリックとの相乗効果がすごいな。いくらでも食えそうだ」

 大根おろしに醤油、ポン酢、バター醤油。薬味や調味料を色々と試しながら、二人は存分に生牡蠣を堪能した。
 ひとしきり味わった後で、蒸し牡蠣と網焼きした牡蠣を食べ、炊き込みご飯を頬張る。美味おいしい。
 さくさくの揚げたて牡蠣フライもしっかり味わう。これもまた絶品だった。
 エドは特に牡蠣フライと炊き込みご飯が気に入ったようで、ものすごい勢いで食べている。
 牡蠣フライにタルタルソースをたっぷりと絡めて、ざくりと噛み締めた。火傷しそうになりながらも、冷ます時間も惜しいとばかりに、次々と口に放り込んでいく。
 そうして、テーブルいっぱいに山積みされていた牡蠣料理を綺麗に完食したのだった。
 よほど牡蠣が気に入ったのだと微笑ましく思っていたのだが、まさかダンジョンで採取したいほどハマってしまったとは。

「本当に美味おいしかったから、気持ちは分かるわ。私もまた食べたいもの」

 ミーシャやラヴィルに教えてもらったお店や砂浜にも、そのうちエドを案内するつもりでいたのだ。ダンジョンに挑戦するついでに寄り道をすれば、一石二鳥。
 そんなわけで、二人は南の砦を出た先にある、通称「海ダンジョン」に挑戦することにした。


 翌日からの十日間、お試しで挑むことを決め、しばらく宿から離れることをミーシャに相談する。
『妖精の止まり木』の宿泊料は一週間分をいつも先払いにしていた。ちょうど本日分までの宿賃を納めていたので、明日は南の砦の側にある宿に泊まればいいと勧められる。

水蜜桃すいみつとうの鉢植えは私が預かりましょう」
「助かります。日当たりのいい窓辺に置いてあるので、元気に育っているんですよ」

 以前にナギが作った料理と物々交換で譲ってもらった水蜜桃すいみつとう。そのタネを植えて育てているのだ。
 ダンジョン外ではエルフの里でしか栽培が成功していない希少な果実。
 その栽培は魔力制御のいい練習になると、ミーシャから直々に指導を受けていた。土と水、光魔法を駆使してお世話を頑張ったおかげで、今では十センチほどの立派な苗木に育っている。
 水蜜桃すいみつとうの苗木を観察していたミーシャが端正な口許をほころばせた。

「短期間でよく育っていますね。貴方の魔力の質も上がっているようです」

 敬愛する師匠に褒められて、とても嬉しい。
 水蜜桃すいみつとうのお世話はナギにとって、いい鍛錬になっている。
 ダンジョンから戻っても、引き続きお世話を頑張るつもりだ。


 ***


 駅馬車を利用して、東の砦前から南の街へと向かう。
 のんびり座席で揺られていると、三十分ほどで到着した。まずは宿を探すことにする。
 冒険者ギルドの近くでランクは中の上レベルの部屋を目安にした。拠点にするつもりはないので、頼むのは今のところ一泊だけだ。今回の遠征では海ダンジョン内で初めての野営を試みる。

「冒険者ギルドを先に覗いてみない? どんな依頼があるのか、気になる」

 ついでに冒険者おすすめの宿の情報も得ればいい。エドもその提案に頷いてくれた。

「そうだな。この時間なら空いているだろうから、落ち着いて確認ができそうだ」

 南の街は相変わらず賑やかだ。早朝から行き交う人々で溢れており、活気がある。
 荷運びの馬車も多く、商人たちの行き来も活発だ。人波に紛れないよう、二人は手を繋いで通りを歩いて行くことにした。海鮮市場を抜けた先の大通り沿いに南の冒険者ギルドがある。
 建物の造りはほぼ同じだが、雰囲気は東のそれとまったく違う。
 入り口近くに大きめの水場があり、とうで編まれた籠やザル、タライや壺が無造作に置かれていた。
 ダンジョン帰りの連中が納品の際に使っているようだ。
 皮製の大袋を背負い、ダンジョンから戻ってきた連中が袋の中身を籐籠とうかごに移している。
 ピチピチと勢いよく跳ねているのは、ロブスターサイズの立派なエビだ。海でってきたのかと思ったが、どうやら海ダンジョンで手に入れたドロップアイテムらしい。
 魔物や魔獣から生きた海産物がドロップする意味が分からないが、漁をしなくても新鮮な魚介類が手に入るのなら、それはナギたちにとっては僥倖だ。

「すごいね。あんなに立派なエビ、初めて見たかも」
「俺も初めて見る。あのエビでフライが食べたくなるな」
「なんて贅沢なの、エド。素敵な考えなので、れたら絶対に作りましょうね!」

 巨大なエビフライ。想像しただけで喉が鳴りそうだ。さくさくに揚げたエビフライにはタルタルソースをたっぷりと添えよう。新鮮なレモンを搾って揚げたてを食べるのも美味おいしそう。
 あのエビでお子様ランチを作ったら、夢のような光景になりそうだと、うっとりと妄想する。

(大盛りの天丼も衣でカサ増しせずに作れるよね? エビカツにしても食べ応えがありそう)

 狩猟だけでなく、ダンジョンでも大物がドロップするのは嬉しい。
 元の世界では大きく育ちすぎた野菜や果物は大味だと微妙な扱いをされていたことを思い出す。
 ダンジョンで採取できる立派な果実は元の世界の物と比べても遜色のない味がする。
 果物だけでなく、巨大な魔獣肉も旨味が凝縮されており、とても美味おいしいのだ。

「今日は大漁だぞ!」

 次々と大物を手に笑顔で帰還する冒険者たち。ドロップアイテムは魚介類だけでなく、魔石や真珠、綺麗な鱗などの素材も多くあるようだ。東の「肉ダンジョン」でれる素材とはまったく違う。

「面白いわね。どんなダンジョンなのかしら」
「掲示板を見てみよう」

 ギルド内の一角の掲示板を見にいく。素材採集の依頼がやたらと多い。

「急募、質のいい真珠。ドロップアイテムに限る。……真珠がそんなに人気なの?」
「色付きの真珠は高値で取り引きされているようだぞ」

 ざっと依頼書を確認してみる。小指の爪先ほどの小さな粒の物でも、ダンジョン産の真珠は金貨一枚での買取りだとか。真珠はこの街の特産品で外国でも人気のアクセサリーらしい。

「これはたくさん稼げるチャンスじゃない? 私たちは美味おいしい食材を求めているから、他の素材や魔石は必要ないもの。いい稼ぎになりそう」
「そうだな。水属性の魔石は使い道が多い。大量に入手しても値崩れの心配はないみたいだ」

 受付カウンターでおすすめの宿の情報を教えてもらい、冒険者ギルドを後にした。


 勧められた宿の二人部屋を借りて、買い物に出掛ける。大森林で長期にわたって野営できる装備はナギの【無限収納インベントリEX】内にすでにあるが、明日から潜るのはこの国でも珍しい海ダンジョン。
 ミーシャの助言もあり、一から装備を見直す予定で商店街に出向いた。

「野営用のテントは魔道テントがひとつあれば充分よね? 海ダンジョン用の特別製な防水テントとか、あるのかしら」
「そこの雑貨屋で探してみよう」

 目についた、少し大きめの店舗には大量に冒険者用の装備が飾られていた。初心者用なのか、野営道具がまとめて安く販売しているようだ。これは、眺めているだけでも楽しい。

「氷魔法が付与されたテント。保冷効果のあるラグもあるのね」
「宿の床に敷かれた、タイル状のアレだよな?」
「こっちは麻布に付与されているみたいね。ひんやりしているから、快適に過ごせそう」

 いかにも冒険者に憧れる少年たちにしか見えなかったのか。店員は二人を放置してくれている。これ幸いにと、見たことのない装備などを念入りに確認して歩く。値段もそれほど高くなかったので、保冷効果のあるラグを四枚、前世の扇風機と似た魔道具をひとつ購入する。


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