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〈冒険者編〉
321. ブラックブルのビーフウェリントン
ブラックブルのお肉を使って、ナギが作りたい料理。
「何ていう料理なんだ?」
好奇心に満ちた目を向けてくるエドに、ナギは胸を張って答えてあげた。
「ビーフウェリントンよ」
「……初めて聞いた。アキラも知らないらしい」
「ミートパイの一種ね。牛のヒレ肉を使って作るの」
たしか、イギリス料理だったと思う。
女子会で足を運んだビアバーで提供されたビーフウェリントンが美味しくて、レシピを調べて作ったことがある。
が、前世は一人暮らしの、しがないOL。
お高い牛肉は使えなかったので、業務用スーパーでお得に手に入れたオージービーフで作ったのだ。
「それはそれで、まぁ美味しかったのだけれど……どうせなら、お高い牛肉で作ってみたいじゃない?」
転生して、一人前の冒険者となり。
今では前世の黒毛和牛ブランド肉なみの魔獣肉が山ほど手に入るようになったのだ。
「今こそ、試してみる時だと前世の『私』が囁いている! ……気がするのよ、うん」
単に自分が食べたいだけだったりするが、そこはそれ。
せっかくなので、この世界で初めて作る肉料理を大好物のブラックブル肉で試してみたい。
ナギは【無限収納EX】から取り出した、塊肉をテーブルにどん、と置いた。
「そんなわけで、本日のディナーはブラックブルのヒレ肉を使った、ビーフウェリントンです!」
わー! セルフで歓声を上げつつ拍手をしてみた。呆れたようにこちらを見ていたエドも無言で拍手してくれる。やさしい。
浄化魔法で全身を綺麗にして、さっそく調理に取り掛かる。
「パイ生地は作り置きのがあったよね?」
「あるぞ」
パン作りの合間に、エドはピザ用の生地やパイ生地をせっせと仕込んでくれているのだ。
最近はすっかりピザにハマっていたので、幸いパイ生地の在庫には余裕があった。
使いやすいようにと、冷凍のパイシートのように伸ばして切っておいてくれている。
「アップルパイはよく作るけど、ミートパイはあまり作っていなかったのよねー」
ナギの知っているミートパイは挽き肉を使うレシピが多い。
それも嫌いではないけれど、挽き肉料理ならば、と。ついつい、大好きなハンバーグを作ってしまうのだ。
シンプルなハンバーグステーキはもちろん、煮込みハンバーグも美味しくて好物なのである。
「でも、ビーフウェリントンは牛ヒレ肉のパイ包み焼き! 挽き肉じゃなくて、ヒレステーキのミートパイなの!」
絶対に美味しいやつである。
食べ応えがあるので、きっとエドも気に入ってくれるはず。
「パテでお肉を覆って、パイ生地に包んでオーブンで焼くのよ」
「旨そうだ」
「でしょう?」
意見が一致したところで、肉を包むパテを用意する。
「レバーペーストでもいいのだけれど。せっかくだから、豪勢にいきましょう」
とっておきを【無限収納EX】から取り出した。片手に載るくらいの大きさの、淡いピンク色の肉片だ。
「これは?」
「ふふ。食材ダンジョンで手に入れた、フォアグラです!」
「フォアグラ……これが…」
琥珀色の瞳を見開いて、まじまじとフォアグラを観察するエド。
ハイペリオンダンジョンで、巨大なガチョウの魔獣からドロップしたお宝食材である。
「そう、フォアグラです! まさか、この世界で手に入るとは思わなかったわ」
「ああ……ナギの欲望が大いに影響を及ぼした食材ダンジョンだからな……」
「えへへ」
でも、おかげで手に入ったのだ。
世界三大珍味として有名な、フォアグラが。
入手するための飼育方法が残酷すぎるが、高価なのも納得の美味しい食材だ。
「パテに加工してパンに塗って食べるもよし、シンプルにソテーにして食べても美味しいのよね……」
うっとりとつぶやく。
高級食材なため、前世でも数えるほどしか味わったことがないが、どれも絶品だった。
ワインとの相性も抜群だ。
「トリュフを添えてパイ包みにする料理もよく作られているみたいだから、ビーフウェリントンにも合うはず!」
「なるほど。なら、トリュフも使ってみよう」
エドも乗り気になったようだ。
ここぞとばかりに、高級食材を使うことにする。
ナギはフォアグラのパテを丁寧に作りあげて、マッシュルームに玉ねぎ、エシャロット、そしてトリュフなどを細かく刻んでバターと赤ワイン、生クリームを混ぜていった。
これらを水分を飛ばす要領で丁寧に炒めてデュクセルに仕上げる。
デュクセルとは食材を細かく刻んでハーブやスパイスで味付けして、バターでソテーしてペースト状に煮詰めたもののことだ。
パイ料理の詰め物はもちろん、ソースや付け合わせにしてもいい。
スプーンですくって、エドと一緒に味見をしてみる。
「んっ……すごく濃厚で、芳醇な味だわ。これだけで食パン半斤は食べられそう」
「食パン一斤まるごと食えると思うぞ。満足感がすごいな、これ」
エドも気に入ったようで、真剣な表情で小鍋の中身を凝視する。
これはビーフウェリントンに使うので、慌てて回収した。
食べられてしまったら大変だ。
「この、とっっても美味しいデュクセルでブラックブルのヒレ肉を覆います!」
「贅沢だな」
「そう、とっっても贅沢なの!」
綺麗な赤身のヒレ肉に塩胡椒をなじませて、まずはフライパンで表面を焼いていく。
中まで火を通しすぎないよう気をつけて、粗熱をとったところで粒マスタードを塗り込む。
(ネコちゃんたちの分はマスタードを抜きにしておこう)
本当はこのままデュクセルで覆う予定だったが、それだとパイで包む前にこぼれ落ちそうだ。
「そうだ。生ハムをラップ代わりに使えばいいわね」
ハイオーク肉を使った生ハムを【無限収納EX】から取り出すと、まな板の上に広げておいた。
ブラックブルのヒレ肉にデュクセルを覆っては転がし、生ハムで巻いていく。
「うん、これならパイ生地で包みやすいわ」
「パテのソースも溢れないから、いい方法だな。生ハムは旨いし」
「お肉が喧嘩しないか心配だけど……まぁ、いいでしょう!」
たっぷりとデュクセルを塗り込んで生ハムで包んだ塊肉はもうこれだけですでに美味しそうだが、我慢である。
確実に皆からおかわりをねだられることを予想して、ナギは人数分の倍ほどを仕込んだ。
「あとは、パイ生地で包んでオーブンで焼くだけ。簡単でしょ?」
「シンプルだな。だが、だからこそ素材の旨さをダイレクトに味わえそうだ」
パイの表面に照りが欲しいので、溶き卵を生地に塗りつけて、オーブンでじっくりと焼き上げる。
「パイがきつね色に焼き上がれば完成よ。焼き過ぎると、お肉が硬くなっちゃうから」
「任せろ」
パン焼き名人のエドが自信満々に請け負ってくれたので、オーブンは任せた。
焼き上がるまでの間で、ソースを作り上げる。
フライパンでヒレ肉を焼き付けた際の肉汁をベースに赤ワインやスパイス、フォンドボーに蜂蜜を少々加えて作ってみた。
せっかくなので、辺境伯邸から持ち出した高級ワインをたっぷりと使ってある。
火を入れたのでアルコールは飛んでいるが、風味は味わえるので未成年の二人でも楽しめるはずだ。
「焼き上がったぞ」
「切ってみましょう!」
わくわくしながら、ナイフを入れてみる。
パイ生地をさくりと切り分けると、中から綺麗な肉の断面が現れた。
ちゃんと赤身部分も残っているため、肉もやわらかくナイフで切り分けることができた。
「いい色! 成功ね」
ソースを満たした皿に載せて、クレソンを添えると完成だ。
トリュフとフォアグラの強い香りが相乗効果で空腹を刺激する。
ふと気付けば、キッチンの入り口に可愛らしい覗き魔が三匹。
エドとコテツが厳しく躾けたので、調理中はキッチンに立ち入らないチビたちとその保護者のキジトラ猫だ。
きゅうきゅう、と切なく鳴く子猫たちのために、ナギは大急ぎで残りの調理を頑張った。
◆◇◆
一口サイズに切り分けたビーフウェリントンを子猫たちは大喜びで口にした。
『うみゃい!』
コテツが感極まったように念話で叫ぶと、チビたちも真似て「みゃい!」「うみゃ!」と愛らしい鳴き声を披露する。
可愛らしさに震えながら、ナギもナイフで切り分けたパイ包みを口にする。
さくりとした食感の、焼き立てのパイが香ばしい。
そして次の瞬間、口の中いっぱいに広がる旨味の暴力に屈してしまった。
「んん……ッ!」
言葉にできない。
美味しい肉汁の海で溺れそうになった。
上質なヒレ肉とトリュフ、そして生ハムの旨味が凝縮されたジューシーな肉汁が素晴らしいハーモニーを奏でている。
繊細でいて複雑な味は、ともすれば雑音が多過ぎると苦言がきそうなものだが──
「おいしすぎる……」
「……ああ。どの食材も喧嘩せずに奇跡的に昇華されているようだ」
「さくさくのパイ生地とジューシーなお肉の相性が抜群ね」
赤ワインベースのソースとも合っている。
エドが感極まったように、うっとりとため息を吐いた。
「ナギが食べたがった意味が分かった。これは素晴らしいご馳走だな」
「うん、そうだね。……おかしいな、私が食べた時はもっと庶民的な味だったんだけど」
使った高級食材が上等すぎたようだ。
ともあれ、我が家でのご馳走メニューとして殿堂入りしたのは言うまでもない。
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