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〈掌編・番外編〉
20. アキラとトラ 1
草木も眠る深夜。
仔狼はそっとベッドから降り立った。
月が細く欠けているため、灯りが落とされた屋敷内は薄暗い。
幸い、黒狼族の彼は夜目が利く。
音を立てないよう気を使いながら、部屋のドアを開けた。
獣人の姿だと、足音を消すのは得意なのだが、仔狼姿ではそれも難しい。
そっと歩こうとしても、室内だとどうしても足の爪がチャカチャカと音を立ててしまうのだ。
なので、フローリングを避けて、なるべく絨毯の上を歩くようにする。
(ネコだったら、爪を引っ込めることができるのに)
同居している猫の妖精たちを思い起こして、仔狼は羨望のため息をついた。
あんなに小さな子猫でさえ、天性のハンターの本領を発揮して、足音や気配を消すのを得意としているのだ。
ナギに甘えてじゃれつく時には、わざと足音を立てるところが、あざといと思う。
(まぁ、俺はネコよりもオオカミが性に合っているから、別にこのままでもいいけどさ)
階段を降りると、玄関に向かう。
貴族階級らしきナギの母親が別荘としていたお屋敷だけあって、エントランスは広い。
(これだけ離れていたら、センパイには聞こえないよね?)
エドの私室はナギの隣なので、起こしてしまったら申し訳ない。
そっと部屋を抜け出したのは、気付かれていたとしても、追求されることはないはずだ。
夜は、エドが仔狼に肉体の所有権を預けてくれている時間帯。
ストレス発散と運動不足解消のために、仔狼が毎晩、家の前の森で夜遊びをするのを二人は黙認してくれているのだ。
(もっとも、今夜は別のところに行くつもりだけどね!)
ニヤリと笑いながら、仔狼は前脚の腕輪に触れた。
収納の魔道具であるバングルから取り出したのは、指輪だ。
青金石の指輪はハイペリオンダンジョンの攻略特典である、転移の魔道具である。
エドはダンジョンに転移する時にだけ、指輪を使い、普段は無くさないよう、ストレージバングルに収納していた。
仔狼はそれを使うために、こっそりと部屋を抜け出したのだ。
(さて、この転移の魔道具はダンジョンを攻略した本人しか使えないって話だったけど、『俺』はどうなのかな?)
別人判定されたら、ダンジョン行きは諦めて、いつものように森へ散歩に出掛けるつもりだった。
仔狼の指にはあいにく装着はできなかったが、触れるだけでも良いことは知っている。
(エドの中から見ていたからな)
今夜のエドはぐっすり眠っているので、アキラの企みはまだ気付かれていない。
(俺だって、近所の森よりもダンジョンで狩りがしたいんだ!)
強く願いながら、前脚で指輪に触れる。
魔力を流し込んで、食材ダンジョンの三十二階層を強く意識した。
(転移!)
指輪が淡く光を放った。
(やった! 成功だ!)
仔狼が喜び勇んだ、その瞬間。
何かが、背中に飛び付いてきた。
『ふぇっ⁉︎ これって……』
慌てて背後を振り返ると、きょとんと小首を傾げた子猫がしがみついている。
(やっば……!)
慌てて、転移を中止しようとしたのだが、時は既に遅く──
次の瞬間、仔狼と茶トラ柄の子猫はハイペリオンダンジョンの三十二階層に立っていた。
◆◇◆
茶トラの子猫はオスで、トラと名付けられている。
コテツが保護した際には、ガリガリに痩せ細っていたそうだが、今はナギがたっぷりと食わせているおかげで、ふっくらとした愛らしい姿に成長していた。
性格は人見知りで怖がりのくせして、好奇心旺盛。
悪戯が大好きな、やんちゃな子猫である。
今も、仔狼が呼び掛けて、家に戻ろうと説得しているのに、初めての場所に興奮して、そこらを跳ね回って遊んでいた。
『やっばいなー。子猫を連れ出したことがバレたら、コテツに叱られてしまう……』
黒狼王であるアキラだが、あの猫の妖精は怒らせたくない。
レベルの差が凄まじいため、元の巨大な狼の姿に戻ったとしても、勝てる気はしなかった。
『なぁ、おい。トラさんや。おっかない魔獣に遭遇する前に家へ帰ろうぜー? お前のパパ、めっちゃ怖いんだって』
「ニャッ!」
『いっちょまえにイヤって、お前なぁ……』
仕方なく、ぴょんぴょん飛び跳ねる茶トラ子猫の後を追う。
三十二階層はブラッグブルの生息地だ。
平原フィールドのため、見通しがとてもいい。
ブラックブルは見上げるような巨体なため、近くに来たらすぐに分かる。
仔狼はのんびりと子猫を追い掛けた。
(センパイもやたら子猫に過保護だから、バレたら怒られそう……。早めに回収しないとなー)
とはいえ、子猫はとても素早い。
猫のジャンプ力はバカにできないのだ。
仔狼姿のアキラでは、本気になった子猫を捕まえるのは難しい。
(魔獣を倒すのは簡単なんだけど。トラに怪我をさせるわけにもいかないし、やっぱり飽きたり疲れたところを確保かな)
それに、せっかくダンジョンにやって来れたのだ。少しくらい遊んで帰りたい。
そんな下心もあって、仔狼は猫の妖精であるトラと共にダンジョンに挑むことになった。
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