異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈掌編・番外編〉

21. アキラとトラ 2


「ブモォ……ッ!」

 自分たちの領域テリトリーに侵入者が入ったことを察知して、巨大な黒牛の魔獣が怒りの咆哮を上げる。
 おそらく、前世の自分だったら、恐怖のあまり腰を抜かしただろう。
 そんな迫力のあるブラックブルを前にして、仔狼アキラはやれやれとため息を吐きながら子猫を見張っていた。
 
 ハイペリオンダンジョンへとこっそり転移した際に引っ付いてきた、猫の妖精ケットシーの子供は、怒れる魔獣を前にして、背中の毛を逆立てて威嚇している。
 背を丸め、斜めに立っており、尻尾はほうきの先のように膨らんでいた。

(ちょっとでも体を大きく見せようとしているんだな)

 つい感心しながら、見守ってしまった。
 だって、なかなか拝めない貴重な猫の『やんのかポーズ』なのだ。
 大人の猫は滅多にしないらしい。
 間近で見るのは初めてで、思わず見守ってしまった。
 
(うん。これはかわいい。怒れる子猫は見応えがある)

 だが、さすがにいつまでも微笑ましく眺めてはいられない。
 仔狼アキラは子猫の前に歩み出ると、ブラックブルをめ付けた。

『こんなチビ相手にイキるのはカッコ悪いよ?』

 何を言っているのかは理解できなくとも、ブラックブルにはこの小さなオオカミが自分をバカにしているのは伝わったようだ。

「ブモオォォォ!」

 高らかに吼えると、五頭ほどの仲間がやってきた。
 小さな獣二匹、彼らが突進すれば跡形もなく潰れるだろう。
 勝利を確信したまま、ブラックブルは仔狼と子猫目掛けて駆け出した。
 フッ、と黒い毛並みのオオカミが鼻を鳴らす。何という、生意気なチビだ。ブラックブルは怒りに任せて、前脚を振り上げた。
 
『遅いよ?』

 踏み潰したはずの黒い影が、なぜか隣に移動している。
 ブラックブルがそちらに視線を向けようとしたが、その前に視界がブレた。
 ごとん、と頭に響く音。いや、違う。頭が落ちた音だ──そう理解した時には、ブラックブルは既に淡い光に包まれていた。

『っしゃ! ブラックブル肉ゲット!』

 はしゃぐアキラはポメラニアンそっくりの仔狼の姿から、本来の巨大な黒狼姿に戻っている。
 突進してきたブラックブルからひらりと身をかわして、その喉笛を噛みちぎってみせたのだ。
 残りの五頭も次々と屠っていく。
 首を落とし、鋭い爪で腹を引き裂き、途中で面倒になったのか、氷魔法で体を貫いて倒した。

『肉、肉~』

 ウキウキとはしゃぎながら、ドロップしたアイテムをせっせと拾い集めていく。
 魔石に肉、たまに皮。ツノも落とすが、やはり本命は美味しいお肉である。
 様々な部位の塊肉をストレージバングルに収納すると、ようやく子猫を振り向いた。

『怪我はないな? チビトラ』

 地面に座り込んで、ぽかんとした子猫の匂いを嗅いで、無事なことを確認する。
 血の匂いがしないことに、ほっとした。

(ストレージバングルにはポーションもあるけど、怪我がバレたら、あのおっかないキジトラに半殺しにされそうだもんな)

 小さな茶トラ猫をつん、と鼻先で小突くと、ようやく我に返ったようだ。
 首を傾げて、不思議そうに黒狼アキラを見上げてくる。

(そういえば、こっちの姿を見るのは初めてだったっけ?)

 家の中ではコンパクトなサイズの仔狼でいることが多いので、トラには自分の正体が分からなかったのかもしれない。
 おずおずと匂いを嗅いで、ようやく仔狼と同じ存在だと納得したようだ。
 キトンブルーの瞳をきらきらと輝かせながら、子猫は黒狼アキラにすり寄ってきた。

『……ん? あれ、これって、もしかして懐かれた?』

 俺、何かやっちゃいましたか。
 なんてお約束をかましつつ、どうしようかと思案する。

 子猫はどうやら自分の命を救ってくれた、デッカくてかっこいいオオカミに心酔しているようだ。
 なおなおと甘えたように鳴いて、その身をすり寄せてくる。

『うーん。どうしようかな。……おすわり』
「にゃっ」

 試しに命じてみると、おとなしく腰を地面に下ろした。

『んじゃ、お手』
「にゃあ」

 たしっ、と可愛いあんよが差し出された。ちゃんと言葉は通じているようだ。
 そして、この姿の自分の言うことは律儀に聞いてくれている。

『うーん……じゃあ、危なくなったら、すぐに隠れてくれる? それができるのなら、一緒にダンジョンで遊ぼう』
「ニャッ!」

 良い返事だ。
 仔狼姿で帰ろうとお願いした時の「イヤ!」は何だったのか。
 ともあれ、今はせっかくのダンジョン。まだまだ遊び足りないので、このまま二匹で進むことにした。


◆◇◆


 強くて優しいオオカミが背後で見守ってくれていると思えば、子猫はもうブラックブルなんて怖くなかった。
 家の前の森には何度も狩りに出掛けたことがある。
 その時に、精霊魔法の使い方もしっかり教わっていた。
 落ち着いて、魔法を行使すれば、ブラックブルなんて瞬殺なのだ。

「ニャア!」

 近くを漂っていた風の精霊に『あいつらを切り刻んで!』とお願いすれば、敵は血塗れになって倒れていく。
 簡単だ。そして、とても楽しい。
 あの黒くて大きな牛を倒すと、美味しいお肉が貰えるのだと知って、トラは張り切ってブラックブルを倒していく。
 
 黒狼アキラも存分に狩りを楽しんだ。
 自身よりも大きな魔獣を圧倒的な力量を持って制圧していくのは、とても気持ちがいい。
 美味しい肉のお土産も手に入るし、ストレス発散もできて、最高だ。

『牛肉は手に入れたし、次は豚肉だな!』
「にゃーん」
『オークか? うん、オーク肉は旨いぞぉ。久々に豚丼が食べたくなったから、オーク狩りに行くか!』
「にゃ!」

 すっかり仲良くなった二匹はウキウキと、オークのいる階層へと転移した。


◆◇◆


 そうして、気が付いた時には、六時間ぶっ続けで遊んでしまっていた。
 いつもの時間に目が覚めたエドが、自宅のベッドの上ではなく、なぜかハイオークと対峙していることに気付いて、アキラを詰問したのだ。

『やっべ! もう、そんな時間?』
『これはどういうことなんだ、アキラ』
『う……その、これには深い訳がありまして』
『記憶を遡ってみても、至極しごく浅い理由にしか思えないのだが?』

 なにせ、同じ肉体を共有する二人なので、隠し事は難しい。
 黒狼アキラはすぐに降参して、謝った。ついでに、自分についてダンジョンまで来てしまった子猫についても説明する。

『…………はぁ』

 特大のため息を吐かれてしまった。

『とりあえず、すぐに帰るぞ。そして、すみやかにナギとコテツに謝ること。俺はしばらく眠る』
『えっ、ちょっ……エドくんっ⁉︎』

 すぐに『奥』に引っ込んでしまったので、もうどうしようもない。
 仕方なく、黒狼アキラは茶トラの子猫を見下ろした。

『……帰ろっか』

 帰ったら、ナギのお説教が待っている。それはまだいい。
 仔狼姿でこうべを垂れて、ひたすら反省の意を示せば、可愛いモフモフに弱いセンパイはそのうち許してくれる。
 だが、あのキジトラの猫の妖精ケットシーはヤバい。お説教を飛び越えて、お仕置きされそうだ。

「みゅ……」

 まだ帰りたくない、とごねる子猫の首をかぷりと咥えて、黒狼アキラは転移の魔道具を使った。
 一瞬で、エントランスに戻る。
 そして背後から感じる気配におそるおそる振り返った。

「……アキラくん?」
『どこに行っていたにゃ、トラ!』

 ぴゃっ、と飛び上がる仔狼と子猫。
 お説教とお仕置きに涙目になりながら、ブラックブルとワイバーン肉のお土産を差し出すことで、どうにか許された仔狼アキラだった。

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