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〈掌編・番外編〉
31. ローザ
※1巻の後日談です。ナギ(アリア)の義姉ローザ視点のお話になります。
◆◇◆
ローザの母、ポーラは娘の目から見ても、とても綺麗な人だった。
庶民の生まれで、華やかな生活に憧れて給金のいい酒場に勤めていた。
そこで出会ったのが、ローザの父となるアドニス騎士団長だった。
エランダル辺境領の騎士は大森林に接する領地を魔獣や魔物、隣国からの侵入から守ってきた精鋭揃い。
領民にとって、辺境伯家の騎士は憧れの的だ。庶民にとっては玉の輿の相手として大人気らしい。
そんな中でも、辺境伯当主に目を掛けられている騎士団長は別格だ。
見た目は歴戦の勇士らしく、見上げるような厳つい大男だったが、金払いのよい上客だったようで。
そんな太客を母が見逃すはずはなく、すぐに男女の仲となったらしい。
そうして生まれたのがローザだった。
娘を産み落とすと、ポーラは辺境伯邸へと乗り込んだ。
騎士団長だったアドニスはその頃には先代領主の愛娘に婿入りしていた。
『追い払われて当然。口止め料の金貨をたんまりもらえれば大成功! そんな気持ちで押し掛けたのだけど、まさかお屋敷に住めるようになるなんてねぇ!』
けらけらと楽しそうに笑いながら、幼いローザにこっそりと耳打ちしたことを覚えている。
(いま考えると、とんでもない話よね。お父さま、最低! 娘婿のくせに愛人とその子供を屋敷に招き入れるなんて)
成人して大人になったローザはあらためて当時を思い起こして、顔を顰めた。
「まぁ、とんでもなかったのはお父さまだけでなく、私と母もそうなのよね」
酒場女が分不相応な暮らしを手に入れたことを感謝して、おとなしく過ごしていれば良かったのだ。
なのに欲をかいて、本妻の場を狙うようになり、辺境伯夫人とその娘を本邸から追い出した──
二つ年下の義妹、アリアのことを思い出す。
蜂蜜色の金髪に空色の瞳を持つ、まるで妖精のように愛らしい少女だった。
己の癖のある赤毛と日に焼けた肌、頬に散るそばかすが、とても恥ずかしく思えるほどに、アリアは美しいお姫さまで。
きっと誰からも愛される幸せな子供なのだと思うと、無性に腹が立って、ローザは小さな妹を虐めるようになった。
最初は、持ち物を奪うことから始めた。
アリアが気に入っていた人形やぬいぐるみ、リボンやアクセサリーを欲しがった。
『ずるいわ、貴方ばっかり! 私にはこんな素敵なものはないもの。私にちょうだい!』
泣き喚くと、うるさそうに顔を顰めた侍女が『アリアお嬢さま、可哀想なお姉さまに差し上げましょうね?』とアリアを促してくれたので、徐々に調子に乗ったのだと思う。
母を亡くして心細い思いをしていた五歳の少女から、ローザはあらゆる物を奪い、とうとう子供部屋も明け渡させた。
父は家のことには無関心で、魔獣討伐で不在がちだったし、母はアリアを甚振ることに積極的だった。
侍女頭と執事長を金銭で抱き込み、この家の正統な跡取りである少女を屋根裏部屋に押し込み、下働きの仕事を与えるように命じていた。
五歳の貴族の娘に、そんな仕事がまともにできるはずもないのに、だ。
当然、ミスをするアリアに母は教育だと嘯いて鞭をふるった。
やり過ぎて殺してしまったら、さすがに問題になると考えたのか。……単に甚振ることに飽きたのかは分からない。
ポーラとローザは自分たちが不当に追い出して苦しめている少女のことをすっかり忘れて、四年間放置していた。
事態が動いたのは、ローザが十二歳の時だ。
辺境伯邸がいちばん賑やかに浮かれ騒ぐ、お祭りの日。
屋敷の中に泥棒が現れたのだ。
ちやほやされて、美味しいお菓子も堪能したローザが気分よく自室に戻ろうとして、その異変に気付いた。
──部屋の中が、空っぽだった。
高価なドレスだけではない。
アクセサリーや人形にぬいぐるみ、持ち出せるはずもない家具類まで、ごっそりと誰かに盗み出されていたのだ。
母の部屋もそうだったようで、二人で悲鳴を上げると、父が駆け付けてくれた。
てっきり慰めてくれるのだとばかり思っていたのに、父は妻子には目もくれず、宝物庫へと向かった。
宝物庫の中身もごっそり持ち出されていたと知った父の形相は、それは恐ろしかった。
顔を真っ赤にした様は、話に聞く恐ろしい魔物、オーガそのものだ。
客室や使用人部屋はかろうじて無事だったようだが、辺境伯家の財産は軒並み盗まれていたらしい。
その追求の折に、ポーラとローザの悪事が露見した。
母は父に対して『アリアは亡き母との思い出が詰まった別邸で静かに暮らしたがっている』と嘘を吐いていたのだ。
実際には本邸の子供部屋から追い出し、別邸ではなく、屋根裏部屋に押し込めて労働を課していたのに。
客人の前で暴露されて、己の娘のことに無関心だったはずの父が怒り狂っていたところに、国の調査が入り、大勢の使用人と共に両親が捕えられた。
ローザも連れていかれたが、まだ成人前の十二歳ということで罪を問われることはなかった。
その代わり、修道院に併設された孤児院に入れられた。
辺境伯令嬢の生活から、孤児院暮らしを強いられるようになり、ローザは荒れた。
怒りのまま泣き喚いて、駄々を捏ねたが、誰も慰めてはくれない。
当然だ。粗末でも衣食住を与えられて、安全に暮らせるだけでも上等なのだから。
泣いても喚いても、誰も我が儘を聞いてくれないことをようやく悟ったローザに、修道院のシスターが、彼女の身に起こった顛末を説明してくれた。
『お母さまとはもう会えません。彼女は罪を償うために奉仕活動に従事しています』
『奉仕活動?』
『騙し取った金銭を返すために、働いているのですよ』
『騙し取ったって、どういうこと? お母さまは辺境伯夫人なのよ! そんなことをしたら、お父さまが黙っていないんだから!』
『ああ、あの方は貴方と血の繋がりはなかったのです』
『え……?』
渋るシスターに追い縋り、聞き出した。自分があの父の血を引いていないことを。
(お母さまは私もお父さまも騙していたんだ……)
別の男との子を辺境伯の子だと偽って、国に納めるための金を懐に入れていたのだ。
(本来なら、私も罪に問われるところ、子供だったから目こぼしされたのか)
そう理解してからは、ローザは大人しくなった。我が儘も言わず、孤児院の仕事を積極的に手伝うようにした。
嫌いだった勉強も頑張り、字を覚えた。
(……あの子はもっと辛い目にあっていた)
思い出すのは、二歳年下の義妹だったアリア。隙間風の入る、埃っぽくて寒々しい屋根裏部屋で、食事も満足に与えられず、病に苦しんでいた、可哀想な少女の姿。
(あの子と比べたら、私は恵まれている)
決して豪華ではない食事だが、栄養のあるスープとパンが三食与えられている。
服は古着だが、生地はしっかりしており充分あたたかい。
孤児院内では多少の小競り合いはあるが、鞭打たれることもないのだ。
三年間、孤児院で世話になった。
十五歳で成人したローザは当初は修道院に入る予定でいたのだが、自立する道を選んだ。
「本当に良いのですか、ローザ?」
院長先生が気遣わしげに顔を覗き込んでくる。ローザは笑顔を作り、大きく頷いてみせた。
「はい。商会の見習いとして雇ってもらえることになったんです」
「そうですか。立派になりましたね」
「働いてお金を稼いで、母の返済の足しにしたいので!」
「……そう。では、頑張りなさい」
「お世話になりました」
頭を下げて礼を言う。
辺境伯邸で暮らしていた頃には知らなかった礼儀だ。
肌は荒れて、指先にはあかぎれがある。そばかすだって濃くなった。髪は邪魔になるので肩口で切り揃えてある。
(令嬢だった頃と比べて、ボロボロね)
そう自嘲するが、ローザは意外と今の姿は嫌いではなかった。
我が儘で意地悪でどうしようもないバカだった子供から、少しはマシになったから。
(もしも、アリアと出会うことがあったら、謝りたい)
許されるなんて思ってはいない。
謝ることさえ、自己満足な最低の行為なのかもしれないが、それでも。
あの妖精のように愛らしい女の子が何処かで幸せに生きていることを、心の底から願った。
◆◆◆
書きそびれていたローザのその後です。
その頃のナギ「オーク肉、ゲット! 今夜はバーベキューよー!」
とっても元気で幸せに生きております。
◆◆◆
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執筆終了済みです。