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〈掌編・番外編〉
32. 冷やし中華はじめました
食材ダンジョンの六十一階層。
その階層のフロアボスを倒した後にのみ、秘密の隠し部屋が現れる。
そこにあるのは、小さな泉だ。
単なる湧き水ではない。なんと、地下から湧くそれは、かん水だった。
アルカリ塩水溶液のかん水のおかげで、美味しいラーメンを食べることができる。
数多の食材や素材を入手可能な食材ダンジョンの中でも、トップ5に入るほどにナギが歓喜したものでもあった。
「うどんやパスタも美味しいけれど、中華麺はまた別格なのよね」
本日のランチは、味噌ラーメン。
オーク肉チャーシューと半熟の味玉、コーンなどをトッピングした力作だ。
ダンジョンでたっぷり採取してきた、かん水を使って作った麺に味噌スープが絡んで、とても美味しい。
コッコ鳥のガラをベースにした出汁はもちろんのこと、やはり中華麺が絶品だ。
舌触りの良い、しなやかで滑らかな食感。パスタとはまた違った、独特の弾力性がクセになる。
「旨い。塩や醤油風味もいいが、味噌もいいな」
テーブルの向かい側に座るエドが幸せそうに空のラーメン鉢を置く。
お腹いっぱいになるまでミルクを舐めた後の子猫のように満ち足りた表情で瞳を細めている。
「美味しいよね、味噌コーン。ここにバターをひとかけら落として食べても最高なんだよ」
「……っ! ひどいぞ、ナギ。そういうことは、食べる前に言ってくれ」
「あ、そっか。ごめんね、エド」
すでに彼は味噌ラーメンを三杯ほどおかわりしているのだ。
さすがに五杯目を食べる余裕はないようだった。
「んー。スープの最後の一滴まで美味しい……」
お行儀を気にせず、ラーメン鉢を持ち上げてスープを飲み干すと、ナギも満足げなため息を吐いた。
さすがにエドほどではないが、ナギもラーメンを二杯ぺろりと平らげている。
ちなみにここは、東の肉ダンジョン。
好きな階層に転移し放題な食材ダンジョン限定の魔道具があるとはいえ、さすがに地元のダンジョンに挑まなければギルドに不審に思われてしまう。
五十階層に現れるレッサードラゴンを目当てにナギとエドは肉ダンジョンに潜っていた。
レッサードラゴンはワイバーンと同じく、亜竜だ。
ワイバーンがプテラノドンもどきなら、レッサードラゴンはステゴザウルスもどきだろう。
大きさはサイほどで、気性も荒い。
背中にツノのようなプレートがあり、そのウロコは強靭だ。
弱点は腹部なため、その巨体をひっくり返して串刺しにするのが一般的な倒し方だと言われている。
刃を通しにくい強靭な皮膚は皮鎧に最適な素材なため、討伐依頼が出ていた。
魔石は土属性。レアドロップアイテムとして、稀に鉱石を落とすことがあるらしい。
だが、ナギとエドの狙いは、レッサードラゴンの肉だ。
(討伐依頼で求められているのはレッサードラゴンの皮。そっちと魔石は売り払って、お肉は私たちが美味しくいただかないとね!)
レッサードラゴンの肉は美味しい。
綺麗な赤身で、牛のモモ肉に似た肉質なのだ。
余分な脂がほとんどなく、サシなどは入っていないが、やわらかな赤身肉はローストで味わうと絶品と聞く。
肉食ウサギさんことラヴィルが教えてくれたのだ。信頼できる情報だと思う。
ちょうど依頼書もあったので、二人はウキウキと五十階層に挑んだのだ。
エドの氷魔法で地面を凍らせて、レッサードラゴンを転ばせたところを狙い、ナギがウォーターカッターで腹を切り裂く。
その連携が巧くハマり、三時間ほどで十頭を倒すことに成功した。
ナギの【無限収納EX】スキルを使えば、ドロップアイテムを待つことなく、すべての素材を丸ごと持ち帰れる。
しばらくはローストビーフならぬ、ローストドラゴンをたっぷり楽しめることだろう。
午前中のうちに当初の目的数を狩ることができたので、セーフティエリアでのんびりと味噌ラーメンを食べたのだ。
さすがに他の冒険者の目が気になるので、魔道テントの中での昼食だったが。
満ち足りた気持ちでのんびり食休みを取っていたのだが、エドがぽつりとつぶやいた。
「ラーメンは旨いが、この時期に食うとさすがに熱くてしんどいな」
「そうなのよねー。美味しいけど、南国のこの街では厳しいのが難点」
しかも、季節は夏。
エドが魔法で氷を出してくれてはいるが、熱々のスープは地味に体力を削ってくる。
「じゃあ、夏の間はラーメンを諦める?」
「それは嫌だ。汗だくになろうとも、ラーメンは食べたい」
曇りなき目できっぱりと断言するエド。
彼がそれほどにラーメンを好きでいてくれていることだけはよく分かった。
「美味しいもんね、ラーメン。作るのは大変だけど……」
そう、ラーメン作りは面倒なのだ。まず、スープ作りに時間と手間が掛かる。
鶏ガラや豚骨などで出汁を取る作業は半日がかり。
麺作りも体力が必要だ。
エドが【身体強化】スキルを使って、大量に中華麺を作り置いてくれるのだが、皆ラーメンが大好きなので、消費スピードが凄まじい。
「もうちょっと手軽に食べられたらいいんだけど……」
そう口にしたところで、ナギはふと思い出した。そういえば、夏に食べる中華麺があったではないか、と。
「冷やし中華を作ればいいんだ……!」
◆◇◆
そんなわけで、我が家に帰宅して、さっそく冷やし中華を作ることになった。
とはいえ、麺はすでにエドが用意してくれているので、具材とタレを作るだけだ。
「卵とキュウリ、トマトとハムでいいかな? タレは醤油ベースで」
ゴマだれも好きなのだが、あいにくゴマがない。
ただし、食材ダンジョンで胡麻油はドロップしたので、美味しいタレは作れそうだ。
エドに中華麺を茹でてもらっている間で、手早く具材を用意する。
卵はうすく焼いて、細長く刻んでいく。キュウリとハムも同じように刻む。トマトは潰れないよう、慎重に。
ちなみにハムはフォレストボアを加工したものだ。
オークハムも美味しいのだが、冷やし中華に使うには主張が強すぎるため、今回はあっさり食感のボアハムを使う。
「タレはお醤油と胡麻油、お砂糖を少しとお酢を混ぜて。……うん、いい味」
さっぱりしていて美味しい。
夏にぴったりの味に仕上がった。
「ナギ、麺ができたぞ」
「ありがと、エド。じゃあ、ザルに入れてくれる?」
「ん、このままでいいのか?」
「いいわよ。この冷たいラーメンはスープなしのタレで食べるから」
ザルでお湯を切った麺を冷水で締めていく。氷水はエドに用意してもらった。
「こんなものかな?」
「冷やして食べるものなら、氷の器を用意しよう」
そう言うと、エドが【氷属性魔法】で見事な氷の平皿を作り出してくれた。
冷やした麺を氷の皿によそい、カラフルな具材をのせていく。
ボアハムにキュウリ、錦糸卵にトマト。華やかで目にも楽しい麺料理だ。
「ここに特製ダレをかけて……完成!」
「おお……! いつものラーメンよりもトッピングが豪勢だな」
「量は多く見えるかもだけど、意外とあっさり食べれちゃうのよねーこれが」
猫の妖精たちが、わらわらとダイニングに駆け寄ってくる。
ちゃんと調理後に集合してくるのが、ちゃっかりした猫さんたちだ。
『らーめん?』
不思議そうにこてん、と首を傾げるコテツに小皿を出してあげる。
「夏の冷たいラーメンよ。猫舌な皆もこれなら食べやすいでしょう?」
『! すぐ食べられる!』
ぱっと顔を輝かせた三匹の猫たちが自分たちの席に着いたところで、揃っていただきます。
「ん、うまいな。冷たい麺の方がもちっとした食感になっている気がする」
「冷水で締めたから、コシを感じるよね。んー、さっぱりして美味しい!」
猫たちも気に入ってくれたようで、うまうま食べている。
パスタもそうだが、意外と猫は麺類が好きなのだ。
南国の夏に食べる、冷やし中華はラーメン好きの皆にも気に入ってもらえたので、定番メニューに加えられた。
◆◆◆
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『異世界転生令嬢、出奔する1』が5月に文庫化されます!
改稿+書き下ろし(エドの前世、アキラが転生するシーン)もありますので、お手に取っていただけると嬉しいです。
◆◆◆
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