異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

6. 生ハムの冷製パスタ

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 先頭の馬車が速度を落として、街道沿いで停車した。
 何度か利用したことのある休憩場だ。
 広場には共用の井戸と炊事場があるため、人も馬も休むのにはちょうどいい。
 昼には少し早い時間なので、炊事場は空いていた。

「リリアーヌさん、ここで昼食を用意してもいいですか」

 今回の護衛任務も野営時の調理をナギとエドの二人に任されているのだ。

「ぜひ、お願いしますわ!」

 快諾してもらえたので、さっそく炊事場に向かう。
 屋根だけのシンプルな建物だが、長テーブルとベンチが置かれており、煉瓦作りの簡易なかまどもある。
 シンク代わりに使うのだろう、素焼きの壺のようなものまで置かれていた。

「材料は何にしようかな……」

 冷製パスタの具材に悩みながら、まずはエドが作ってくれた生麺を【無限収納EX】から取り出す。
 
「トマトとチーズは必須! エビやサーモンと迷うところだけど、ここは生ハムを使うことにしよう」

 商会の従業員は男性の割合が多い。護衛をつとめてくれている『紅蓮ぐれん』は女性ばかりのパーティだが、冒険者は健啖家だ。

(お肉がないと物足りないものね!)

 春の妖精のように可憐な容姿だと、街で噂になっているナギも肉食女子なので、そこは譲れない。
 魔道コンロを作業台に置いて、たっぷりの水を満たした大鍋を火にかける。
 そこへ、乗っていた馬の世話を終えたエドがやって来た。

「手伝おう」
「ありがとう、エド。助かる!」
「何を作るつもりなんだ?」
「生ハムとトマトの冷製パスタよ。暑いから、さっぱり食べられるものを用意しようと思って」
「ん、了解。……だが、それだけでは足りないのでは?」

 じっと綺麗な琥珀色の瞳で見据えられて、ナギは苦笑する。

「私もそう思う。とりあえず、ガーリックトーストとラム肉の串焼きは添えるつもり」
「ラムの串焼き肉か! それはいい。楽しみだ」

 追加の肉料理があることを聞き出したエドが幸せそうに破顔する。
 最近とみに男ぶりが増してきた彼だが、ふとした時にナギだけに見せる無防備な微笑の破壊力が凄まじい。

(もともと、整った容貌をしていたもんね、エドは)

 年を経るごとに逞しく育っている気がする。もっともクマや獅子獣人などの筋肉質で大柄な種族とは違うため、そこまで威圧感はない。
 横より縦に伸びているのは明白だ。
 もちろん筋肉もついている。
 鍛え上げられたはがねのような身体なので、きっちりと服を着ていると分かりにくい。
 そのため、身長だけが高くて貧弱な肉体の持ち主だと侮って絡んでくる連中はそれなりにいたらしいが──

(全員、一瞬で床に沈めていったのよね、エド……)

 あまりの早技に何が起こったのか、蹴り倒された本人もよく分かっていなかったと聞く。
 ちなみにナギには、エドの動きはまったく見えなかった。
 ちょうど一緒にいたラヴィルがくすりと笑いながら、「悪くない蹴りだったわ。ちゃんと対人用に手加減していたし、合格よオオカミくん」と褒めていたことから、ああ蹴ったのかと納得したくらいで。
 そんなことが続いて、今ではエドは「あの『戦闘狂ウサギラヴィル』の弟子もヤバい!」と噂になり、絡まれることは減ったらしい。いいことだ。


 ナギは手早く生麺を茹でていく。
 手伝いを申し出てくれたエドにはラム肉の串打ちをお願いした。

「パスタは冷やして出すから、ちょっと長めに茹でて……氷水で締めないとね」
「氷を出しておこう」
「ありがとう、エド!」

 小さめのタライを出すと、エドが氷魔法を発動する。
 【生活魔法】でも食材を冷やすことは可能だけれど、麺類はたっぷりの氷水で締めた方が断然美味しい。

「氷水で締めたパスタはオリーブオイルを絡めて、っと」

 食材ダンジョンの宝箱からドロップした上質なオリーブオイルをケチらずに、たっぷりとまぶす。
 せっかくの麺が引っ付いてしまうと残念なので、ここは贅沢に使っていこう。
 あとはカットしたトマト、モッツァレラチーズをのせてブラックペッパーをひと振り。

「ここでとっておきの生ハムをたっぷり使います!」
「! ナギ、それはハイオークの生ハムでは」
「当たり! ちょっぴり贅沢だけど、プレゼンも兼ねているし、使っちゃおう」
「おお……!」

 息を呑んで見守りつつも、手際よくラム串を焼いていくエド。
 ちなみに味付けはナギがブレンドしたスパイスを使っている。
 ピリ辛風味のスパイスはラム肉との相性が抜群なのだ。
 前世、大好きだったイタリアンなファミレスのメニューを再現したくて用意したスパイスである。

(再現は無理だったけど、これはこれで美味しいから問題なし!)

 ガーリックトーストは二人の好物なので、作り置きがたくさんある。
 これは食べる直前に【無限収納EX】から出してテーブルに並べればいいだろう。

「彩りよくバジルを散らして、最後にスライスしたレモンを飾れば、生ハムとトマトの冷製パスタ、完成!」

 テーブルに並べていくと、さっそく匂いに釣られた皆が寄ってきた。

「相変わらず手際がいいですわ、ナギさん」
「ありがとうございます。慣れですよー」

 惚れ惚れとした表情で褒めてくれたリリアーヌに照れ笑いする。
 雇い主なので馬車の中でゆったり待っていてくれても良かったのに、わざわざ調理作業を見学に来てくれていたようだ。

「初めて見る料理です。この細いものは……小麦?」
「小麦粉から作ったパスタ、といいます。パンの代わりの主食ですね」

 こうやって食べます、とフォークとスプーンを使ってパスタをくるりと巻き上げて口に運ぶ。

「ん! 美味しい! もっちもちのパスタとトマト、モッツァレラチーズの相性が抜群っ! 生ハムの塩っけがしみる……」

 白ワインが猛烈に欲しくなるパスタだ。これはいけない。フォークを繰り出す手が止まらない──
 夢中で食べるナギを目にしたリリアーヌが慌ててフォークを握り締める。
 おそるおそるパスタを絡めて口に運ぶと、目を見開いた。

「不思議な食感ですわね! 小麦粉を使っていると聞いたのでラビオリや以前、ナギさんが作ってくださったファルファッレを想像していたのですが……」
「このスパゲッティの方がもっちりとした歯応えでしょう?」

 もっちり、という表現が通じるか不安だったが、何となく理解してくれたようだ。
 リリアーヌは真剣な表情でふたたびパスタを口に運んで咀嚼する。
 以前の護衛任務中にファルファッレのスープとマカロニ入りのポトフを出したことがあるので、『紅蓮』のメンバーも臆することなく、冷製パスタを食べてくれた。

「この生ハムでワインをしこたま呑みたくなるね」
「分かるわ、リザ。……ああ、やっぱりナギさんの料理は絶品ね。今回の依頼も食事が楽しみだったの」

 豪快にパスタの皿を空にしたリザは串焼き肉に狙いを定めて舌舐めずりしている。
 ハーフエルフのシャローンは端正な顔をうっとりと綻ばせながら、料理を堪能してくれているようだ。
 猫の獣人であるネロは生ハムとモッツァレラチーズが気に入ったらしく、夢中で頬張っている。

「ん、美味いな。さっぱりと食える」
「生ハムとチーズはまだあるので、ガーリックトーストと一緒に食べてくださいね」

 ナギが【無限収納EX】から皿を取り出すと、全員がすかさず手を伸ばしてきた。
 無意識におかわりを望んだのだろう。はっと我にかえり、頬を赤らめている。
 
「リリアーヌさんもどうぞ! この生ハムは食材ダンジョンでドロップしたハイオークの肉を加工して作ったものなんですよ」
「こっちのチーズも食材ダンジョンのドロップアイテムだ。クセがなくて美味い」

 エドの援護射撃もあって、リリアーヌはおずおずと手に取ってくれた。

「……ありがとうございます。とても美味しいわ」

 エイダン商会の従業員がリリアーヌを含めて八人、護衛の冒険者がナギたちを含んで五人。
 十三人という大所帯での野営ランチだったが、初めての料理を囲んで和やかに盛り上がった。

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