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〈成人編〉
9. ハイペリオンの街
「到着! 久しぶりに来たけど、すっかり様変わりしたのね」
大森林内にあるハイペリオンダンジョン──通称『食材ダンジョン』周辺。
一年半前、ここに訪れた際にはまだ開拓途中だったのだが、今ではすっかり賑やかな集落となっていた。
街道に繋がる道が拡げられ、木々は伐採されている。
開拓地食堂はそのまま残されており、周囲には小さな街ができていた。
冒険者ギルドも建てられており、エイダン商会も店を開いている。
ここでは日用雑貨品を売るだけでなく、食材や素材の買取りも行っているらしい。
ギルド周辺には屋台も数多く営業しており、活気がある。
食材ダンジョンでいくらでも肉は狩れるので、屋台で販売されている串焼きは破格だ。
それでも元は取れるらしく、屋台を経営している地元の住民は良い笑顔で冒険者を歓迎していた。
「武器や防具を売る店もあるな」
「食材ダンジョンでは武器類のドロップはほぼ無いからね……申し訳ない」
ナギの欲望はほぼ食欲としてダンジョンを成長させてしまったため、武器や防具、希少な魔道具のようなドロップアイテムはなかなかお目に掛かれない。
それを見越して、わざわざダンジョン前で武器や防具屋を開いているのだろう。
「俺たちは転移するのもダンジョン内ばかりだから、ここは本当に久しぶりだな」
「そうね。顔見知りに会わないよう、こっそりダンジョン内に転移しているから……」
食材ダンジョンの初攻略特典として入手した、転移の魔道具。
この便利な指輪を使い、ナギとエドは数日おきにハイペリオンダンジョンへ目当ての食材を獲りに通っているのだ。
おかげで、新鮮で美味しい食材に困ることはない。
(スパイスも定期的に手に入るようになったから、気兼ねなくカレーが食べられる!)
六十一階層の隠し部屋からは、かん水を汲み上げることもできるので、ラーメンだって食べ放題だ。
(そのうち、エイダン商会には中華麺も作ってもらいたいなー。今はまだ、パスタの普及が先だけど)
道中の野営で、ひたすらパスタ料理を披露したおかげでリリアーヌはすっかり乗り気になってくれた。
途中、彼女が支店長を務めるエイダン商会ガースト支店に寄った際には、出迎えてくれた弟くんにさっそくパスタ工場の設置を指示していたほどに。
ナギがまとめておいたレシピと見本の品を弟に託すと、リリアーヌは腰を落ち着ける暇もなく、そのままハイペリオンダンジョンへ向けて出発した。
大商会のご令嬢とは思えぬほどのバイタリティの持ち主だ。
そのお嬢さまは、初めて目にするハイペリオンダンジョンに感動しているようだ。
「見事な大木ね。木の中にダンジョンの入り口があるなんて、本当に不思議な光景だわ」
無防備にダンジョンの側に近寄るリリアーヌを、『紅蓮』のメンバーがさりげなく囲う。
護衛の鏡だ──感心しかけて、慌ててナギも駆け付けた。
うっかりしがちだが、今回はナギたちも護衛任務を受けているのだ。
依頼主の安全第一に動く必要がある。
「さて、お嬢さま。無事に食材ダンジョンに到着したが、さっそく中に入ってみるかい?」
護衛パーティのリーダー役であるリザの提案に、リリアーヌはしばし考え込む。
「そうですわね……。中が気になるから、さっそく──と言いたいところですが。今日のところは宿で休みましょう」
「いいのかい?」
「足手まといになるのは確実ですから。せめて、自力で歩くくらいは頑張りたいので、今日は体力の回復につとめます」
「了解。宿はどうする?」
「商会が経営している宿があるので、そちらに。皆さまの部屋も押さえていますので、一緒に行きましょう」
「分かった」
久しぶりに魔道テントのお世話になるかと思っていたのだが、ナギたちの分の部屋まで用意してくれていたようだ。
「さすが、リリアーヌさん。太っ腹!」
「ふふ。それだけ皆さんにリターンを期待していますのよ」
「おっと。なかなか強かだね」
くつり、と喉の奥で笑うリザ。
リリアーヌからの指定依頼は護衛の他に、食材ダンジョンへの案内も含まれている。
「明日からのダンジョン見学ツアー、よろしくお願いしますね」
にっこりと微笑む麗しきご令嬢を前に、護衛メンバーである冒険者たちは苦笑するしかなかった。
◆◇◆
ハイペリオンダンジョンから徒歩五分の場所に、エイダン商会が経営する宿が二軒ある。
一軒は銅級向けの大部屋メインの安宿。
四人から五人のパーティ単位で宿泊が可能な宿で、部屋にはベッドがあるだけの簡易な宿泊所だ。
風呂はなく、裏庭の水場で身体を洗う必要がある。ちなみにトイレは共用。
当然、食事も付かない。
もう一軒は高ランク冒険者や商人を客層とした宿だ。
個室がメインで、一人から三人まで泊まれる客室にはトイレとバスタブ付き。
一階には食堂もある。
ベッドだけでなく、書き物もできるライティングデスクとソファセット付き。
シンプルだが、清潔で居心地がいい。
案内された部屋に荷物を置くと、二人はさっそく宿を後にした。
リリアーヌが宿で休んでいる間は、護衛の仕事はお休みだ。
時刻は夕方。
もう少し日が落ちれば、ダンジョン帰りの冒険者たちで混雑するため、少し早い時間だが、開拓地食堂に向かった。
「立派な建物になってる……!」
「ああ、よほど儲かっているみたいだ」
ダンジョンを発見してすぐの時期。
周辺を開拓していた頃は、防水加工を施された大きな天幕を張っただけの食堂だったのだ。
長テーブルとベンチを置いた、三十席のみのシンプルな食事処。
それが今や、広々とした立派な煉瓦作りのレストランへと変貌していた。
「本当にここ……?」
「……自信がなくなった。多分、ここだと思うが……」
瀟洒なデザインの建物で、かなり繁盛しているようで、とてもあの頃目にした食堂と同じ系列とは思えない。
エドも不安になったようで、落ち着かなげに視線を揺らしている。
「あれ、もしかしてナギさんですか?」
店内に入ろうか迷っていると、ふいに話しかけられた。
慌てて振り返ると、見知った顔の男性だった。
「料理長」
「トマソンさん⁉︎」
開拓地食堂で料理長を任されていた、トマソンだ。
懐かしい人物の登場に、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。ここで合っていたんですね。お久しぶりです、トマソンさん」
「こちらこそ、お世話になりました! ナギさんに、エドさんもお久しぶりです!」
どうぞ、と招かれたので遠慮なく、レストランに足を踏み入れた。
中はテーブル席のほか、カウンター席も用意されており、五十人は座れそう。
夕食にはまだ早い時間帯だが、すでに八割の席が埋まっていた。
「良かったら、カウンター席へ」
「ありがとうございます」
席にはメニュー表が置かれていた。
さっそくエドと二人、額を突き合わせるようにして読み上げた。
「あ、開拓地食堂時代のメニューも残っているんですね」
「そりゃあ、もう。うちの原点ですからね!」
いちばん人気は当時と同じく、ピザだ。
店内の調理場には立派なピザ窯が設置されており、フル回転している。
「肉うどんもあるわ」
「天ぷらうどんのメニューもあるぞ」
どれも気になるので、エドが肉うどん、ナギが天ぷらうどん、シェア用のピザを二種類頼んでみた。
「お待たせしました!」
コカトリスの肉を使った、照り焼きチキンピザとオークのサラミソーセージピザは絶品だった。
昆布を使っていないため、うどんの出汁は少しだけ残念な風味だったけれど、それでも充分に美味しかったと思う。
「おかげさまで従業員も増えて、他にもメニューは増えたんですよ」
ナギが最初に提案した、味噌仕立てのボア汁。そして、ステーキ丼も根強い人気を誇るメニューらしい。
あの頃から引き継がれた味が愛されていると知り、照れくさいやら誇らしいやら。
「じゃあ次は、トマソンさんが考えたメニューを食べに来ますね」
「ぜひ!」
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執筆終了済みです。