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〈成人編〉
18. チョコレートを作ろう 1
ラヴィルを見送ってから、少しだけ仮眠を取ると、エドはナギと二人で東の冒険者ギルドに向かった。
エイダン商会から受けた指名依頼を無事に終了した旨の報告にいく。
「ラヴィさんから貰ったカカオを加工したいから、早めに帰るつもり」
「ああ、そうだな。あまり長居すると、すぐ夕暮れになりそうだ」
たまにギルドの顔見知りな職員に手作りの焼き菓子を差し入れするため、ナギはよく声を掛けられるのだ。
それを知っているエドは「できるのか?」と懐疑的な眼差しを向けてしまう。
気付いたナギが気まずそうに視線を逸らした。
「……今日は声を掛けられる前に、ぱっと帰るつもりよ? ミーシャさんへのお土産はラヴィさんが預かってくれたし、『妖精の止まり木』にはまた今度お邪魔しようね」
「ん、分かった」
よほどチョコレートが楽しみなのだろう。気持ちは分かる。
以前、ナギが作ってくれたチョコチップクッキーはとても美味しかった。
とっておきだよ? と念押ししながら食べさせてくれたチョコレート味のアイスクリームは衝撃的だった。
あれがまた食べられるのなら、とても面倒なのだとナギがぼやいていたカカオの加工を率先して手伝うつもりだ。
力仕事はもちろん、根気のいる作業も嫌いではないので。
『……センパイ、チョコの作り方なんて知っているんだ……。ほんと、食べることに関しての知識欲がすごい人だなー』
感心しているのか、呆れているのか。
どちらともとれる感想をつぶやいているのは、アキラだ。
何かが気になるのか、いつもは『眠っている』はずの時間なのに、外に意識を向けているようだった。
(何が気になるのかって、決まっている。ラヴィ師匠が教えてくれた件か)
冒険者ギルドの本部の連中が浮き足だっている、と彼女は教えてくれた。
金級冒険者のラヴィルは本部に伝手があるとかで、たまに小耳に挟んだ情報を流してくれるのだ。
エドが気にしている、ナギの元実家関連の情報だ。もちろん、当事者である少女には秘密にして。
(ほとんどの情報は無関係だったから、これまではそう気にしなかったが……)
いつもはエドにだけ耳打ちするラヴィルが、わざわざナギのいる場所で忠告したのだ。
ナギの追手である可能性が少しでも疑われる相手なのだろう。
他国からダンジョン都市を視察にくるという、それなりの人物。
ナギの実家だった貴族家の人間だろうか?
(ともあれ、しばらくは注意して過ごすことにしよう)
視察ということは、長期間滞在することはないはず。
ならば、彼らがダンジョン都市にいる間はどこか別の場所に旅に出るのもありかもしれない。
(いっそのこと、ダンジョンで一ヶ月ほど暮らすか?)
とんでもない思い付きだったが、じっくり考えると、悪くない考えかもしれなかった。
ダンジョン内はとんでもなく広い。
どこにいるのか、探し出すのは困難を極める。
普通なら物資不足で困窮するところだろうが、ナギは【無限収納EX】の持ち主だ。
一ヶ月程度は余裕で引きこもれるほどの食料をいつも持ち歩いているようなものなのだ──
『今なら、センパイを誘いやすいんじゃない? 海ダンジョンの五十階層へカカオを採取に行こうって』
アキラの念が届く。
カカオ採り放題。そんな誘い文句なら、ナギは確実に釣れるだろう。
「……考えておこう」
ぼそりとつぶやくと、ナギが不思議そうに首を傾げてくる。
「? どうかした、エド?」
「いや、何でもない。アキラがチョコアイスが食べたいと訴えてきただけだ」
「ああ、チョコアイス! あれ、美味しかったもんね。チョコレートの加工が巧くいったら、たくさん作ってあげる!」
無邪気に微笑む少女。その屈託ない笑みを翳らせたくないのは自分だけではない。
「楽しみだ」
言葉少なに頷くエドの手をつかんで、ナギは「早く行こう」と早足になった。
颯爽と、ギルドのスイングドアを押し開けた。
◆◇◆
リリアーヌのサインを入れてもらった依頼書の控えを受付に提出して、無事に依頼料を手に入れた。
ダンジョン内で稼ぐ方が懐に入る金額は大きいが、ギルドへの貢献度も金級冒険者への昇格に影響があるので、指名依頼はなるべく受けるようにしている。
「リリアーヌさん、ちょっと色を付けてくれたみたいね」
最初に提示されていた依頼料よりも多めに支払ってもらえたようだ。
成功報酬とチップのようなものなのだろう。ありがたく、受け取った。
ギルドでは特に呼び止められることもなかったので、大急ぎで帰宅する。
気を張って【索敵】スキルまで使ってみたが、怪しい人物は見当たらなかった。
ひとまず大丈夫そうだと、エドはほっと胸を撫で下ろす。
ゴーレム馬車を飛ばして、最短距離で帰宅。出迎えてくれた子猫たちをひとしきり構うと、ナギはエプロンを身に付けた。
「さぁ、カカオを加工するわよ!」
エドも自分用のエプロンを装着する。
まるで戦いに赴く兵士のような面持ちでキッチンに向かうナギを、コテツが不思議そうに見ていた。
『あれ、どうしたんニャ?』
「カカオからチョコレートを作るため、気合を入れているんだと思う」
『ちょこれーと!』
ぱっとコテツが顔を上げた。緑の瞳が期待に輝いている。
『知ってるニャッ! ちょこれーとは、あまくておいしい、おやつ!』
さすが、長生きの猫の妖精。希少なチョコレートを食べたことがあるらしい。
『でも、作るのは大変にゃって聞いたことがあるにゃあ』
「そうみたいだな」
チョコレートへの加工方法なんて一切知らないエドは、どこか他人事のように、ぼんやりと頷いた。
『なら、手伝うニャ!』
すちゃっ、と立ち上がると意外なほど素早くキジトラ柄の猫はキッチンへ駆けていった。
「あれは、おこぼれを狙っている顔だな」
子猫たちはチョコレート自体を知らないので、特に興味は覚えなかったようだ。
二匹でころころ転がりながら遊んでいたので、このまま放置しておこう。
何かあったら、猫好きな精霊たちがどうにかしてくれるはずだ。
キッチンへ行くと、さっそくナギが奮闘していた。
大きなカカオの実を抱えて、作業用のテーブルに並べている。
楕円形をしたカカオの実は十個。
「前世、テレビで見たことがあるカカオポッドより、ひとまわり以上大きいわ、これ」
「そうなのか?」
「うん。大きいので1キロくらいの重さがあるらしいけど、これは2キロ以上あるもの」
大きいものには、たくさんチョコレートの元になるものが入っているらしい。
ナギは期待に瞳を輝かせながら、【無限収納EX】から取り出したナタを構えた。
「いくわよ」
緊張した面持ちで、よいしょとナタを持ち上げる少女をエドは慌てて抱き止めた。
「俺がやろう」
楽しいチョコレート作りの、開始だ。
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