異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
237 / 289
〈成人編〉

18. チョコレートを作ろう 1


 ラヴィルを見送ってから、少しだけ仮眠を取ると、エドはナギと二人で東の冒険者ギルドに向かった。
 エイダン商会から受けた指名依頼を無事に終了した旨の報告にいく。

「ラヴィさんから貰ったカカオを加工したいから、早めに帰るつもり」
「ああ、そうだな。あまり長居すると、すぐ夕暮れになりそうだ」

 たまにギルドの顔見知りな職員に手作りの焼き菓子を差し入れするため、ナギはよく声を掛けられるのだ。
 それを知っているエドは「できるのか?」と懐疑的な眼差しを向けてしまう。
 気付いたナギが気まずそうに視線を逸らした。

「……今日は声を掛けられる前に、ぱっと帰るつもりよ? ミーシャさんへのお土産はラヴィさんが預かってくれたし、『妖精の止まり木』にはまた今度お邪魔しようね」
「ん、分かった」

 よほどチョコレートが楽しみなのだろう。気持ちは分かる。
 以前、ナギが作ってくれたチョコチップクッキーはとても美味しかった。
 とっておきだよ? と念押ししながら食べさせてくれたチョコレート味のアイスクリームは衝撃的だった。
 あれがまた食べられるのなら、とても面倒なのだとナギがぼやいていたカカオの加工を率先して手伝うつもりだ。
 力仕事はもちろん、根気のいる作業も嫌いではないので。

『……センパイ、チョコの作り方なんて知っているんだ……。ほんと、食べることに関しての知識欲がすごい人だなー』

 感心しているのか、呆れているのか。
 どちらともとれる感想をつぶやいているのは、アキラだ。
 何かが気になるのか、いつもは『眠っている』はずの時間なのに、に意識を向けているようだった。

(何が気になるのかって、決まっている。ラヴィ師匠が教えてくれた件か)

 冒険者ギルドの本部の連中が浮き足だっている、と彼女は教えてくれた。
 金級ゴールドランク冒険者のラヴィルは本部に伝手があるとかで、たまに小耳に挟んだ情報を流してくれるのだ。
 エドが気にしている、ナギの元実家関連の情報だ。もちろん、当事者である少女には秘密にして。

(ほとんどの情報は無関係だったから、これまではそう気にしなかったが……)

 いつもはエドにだけ耳打ちするラヴィルが、わざわざナギのいる場所で忠告したのだ。
 ナギの追手である可能性が少しでも疑われる相手なのだろう。

 他国からダンジョン都市を視察にくるという、それなりの人物。
 ナギの実家だった貴族家の人間だろうか?

(ともあれ、しばらくは注意して過ごすことにしよう)

 視察ということは、長期間滞在することはないはず。
 ならば、彼らがダンジョン都市にいる間はどこか別の場所に旅に出るのもありかもしれない。

(いっそのこと、ダンジョンで一ヶ月ほど暮らすか?)

 とんでもない思い付きだったが、じっくり考えると、悪くない考えかもしれなかった。
 ダンジョン内はとんでもなく広い。
 どこにいるのか、探し出すのは困難を極める。
 普通なら物資不足で困窮するところだろうが、ナギは【無限収納EX】の持ち主だ。
 一ヶ月程度は余裕で引きこもれるほどの食料をいつも持ち歩いているようなものなのだ──

『今なら、センパイを誘いやすいんじゃない? 海ダンジョンの五十階層へカカオを採取に行こうって』

 アキラの念が届く。
 カカオ採り放題。そんな誘い文句なら、ナギは確実に釣れるだろう。

「……考えておこう」

 ぼそりとつぶやくと、ナギが不思議そうに首を傾げてくる。

「? どうかした、エド?」
「いや、何でもない。アキラがチョコアイスが食べたいと訴えてきただけだ」
「ああ、チョコアイス! あれ、美味しかったもんね。チョコレートの加工が巧くいったら、たくさん作ってあげる!」

 無邪気に微笑む少女。その屈託ない笑みを翳らせたくないのは自分だけではない。

「楽しみだ」

 言葉少なに頷くエドの手をつかんで、ナギは「早く行こう」と早足になった。
 颯爽と、ギルドのスイングドアを押し開けた。


◆◇◆


 リリアーヌのサインを入れてもらった依頼書の控えを受付に提出して、無事に依頼料を手に入れた。
 ダンジョン内で稼ぐ方が懐に入る金額は大きいが、ギルドへの貢献度も金級ゴールドランク冒険者への昇格に影響があるので、指名依頼はなるべく受けるようにしている。

「リリアーヌさん、ちょっと色を付けてくれたみたいね」

 最初に提示されていた依頼料よりも多めに支払ってもらえたようだ。
 成功報酬とチップのようなものなのだろう。ありがたく、受け取った。

 ギルドでは特に呼び止められることもなかったので、大急ぎで帰宅する。
 気を張って【索敵】スキルまで使ってみたが、怪しい人物は見当たらなかった。
 ひとまず大丈夫そうだと、エドはほっと胸を撫で下ろす。

 ゴーレム馬車を飛ばして、最短距離で帰宅。出迎えてくれた子猫たちをひとしきり構うと、ナギはエプロンを身に付けた。

「さぁ、カカオを加工するわよ!」

 エドも自分用のエプロンを装着する。
 まるで戦いに赴く兵士のような面持ちでキッチンに向かうナギを、コテツが不思議そうに見ていた。

『あれ、どうしたんニャ?』
「カカオからチョコレートを作るため、気合を入れているんだと思う」
『ちょこれーと!』

 ぱっとコテツが顔を上げた。緑の瞳が期待に輝いている。

『知ってるニャッ! ちょこれーとは、あまくておいしい、おやつ!』

 さすが、長生きの猫の妖精ケットシー。希少なチョコレートを食べたことがあるらしい。

『でも、作るのは大変にゃって聞いたことがあるにゃあ』
「そうみたいだな」

 チョコレートへの加工方法なんて一切知らないエドは、どこか他人事のように、ぼんやりと頷いた。

『なら、手伝うニャ!』

 すちゃっ、と立ち上がると意外なほど素早くキジトラ柄の猫はキッチンへ駆けていった。

「あれは、おこぼれを狙っている顔だな」

 子猫たちはチョコレート自体を知らないので、特に興味は覚えなかったようだ。
 二匹でころころ転がりながら遊んでいたので、このまま放置しておこう。
 何かあったら、猫好きな精霊たちがどうにかしてくれるはずだ。

 キッチンへ行くと、さっそくナギが奮闘していた。
 大きなカカオの実を抱えて、作業用のテーブルに並べている。
 楕円形をしたカカオの実は十個。

「前世、テレビで見たことがあるカカオポッドより、ひとまわり以上大きいわ、これ」
「そうなのか?」
「うん。大きいので1キロくらいの重さがあるらしいけど、これは2キロ以上あるもの」

 大きいものには、たくさんチョコレートの元になるものが入っているらしい。
 ナギは期待に瞳を輝かせながら、【無限収納EX】から取り出したナタを構えた。

「いくわよ」

 緊張した面持ちで、よいしょとナタを持ち上げる少女をエドは慌てて抱き止めた。

「俺がやろう」

 楽しいチョコレート作りの、開始だ。

あなたにおすすめの小説

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。  異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。  そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。 「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」  そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。 「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」  飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。  これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。