異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

22. 子猫と海ダンジョン 2


 アザラシ魔獣の背中あたりの肉を2センチほどの厚さに切っていく。
 【無限収納EX】内の【素材解体】スキルでバラした中から、ロースの部位を使うことにした。
 
「オークなら希少なヒレ部分をカツにするけど、まずはロース肉でお試しね」

 うっすらと脂肪をまとった、淡いピンク色の肉。おそるおそる【鑑定】してみたら、なんと生食もできるようだ。

「お刺身……はさすがにちょっと勇気がいるから、表面を炙って肉寿司とかにしてみたいかも」
「いいな、それ」
『お肉のお寿司ニャッ? 食べたいニャー!』

 ミャーミャーと子猫たちにもねだられてしまった。仕方ない。
 明日のディナーは肉寿司にしよう。

「脂がすごいから、バーベキューでも試してみたいかも」

 炭火でじっくり焼けば、脂もかなり落とせると思う。
 肉質でいえば、豚トロに似ているので無意識に連想してしまったようだ。

(塩胡椒をまぶして網焼きにして、レモン果汁を垂らして食べたい。絶対に美味しいやつだわ……!)

 とはいえ、今はアザラシカツを作らなければ。
 もう付き合いも四年を越えたエドなどは、こちらから頼む前に鉄鍋にアザラシ魔獣の背脂を投入して揚げ油を作ってくれている。

 期待に満ちた眼差しに応えるため、ナギは腕まくりした。

「さあ、揚げるわよ!」


◆◇◆


 キツネ色のコロモとラードのもったりと甘い香りが視覚と嗅覚を誘惑する。
 食欲をダイレクトに掻き立てられて、皆はもう目の色を変えてテーブルの上を凝視していた。

 セーフティエリア内だと目立ちすぎるため、全員でナギのスキルの小部屋へと移動してのランチだ。
 ここなら、誰の目を気にする必要もない。存分に揚げたてのカツを堪能することにした。

「いただきます!」

 ナイフで切り分けると、肉汁がジュワッと溢れてくる。まるでハンバーグだ。
 生食できる肉だと【鑑定】で知っていたので、ミディアムレアを意識して揚げてみた。
 ドキドキしながら、一口サイズに切り分けたカツを口に含む。
 んふ、と思わず笑ってしまうほどに、アザラシカツは美味しかった。

「んんー……お肉がやわらかぁい!」
「すごいな、これ。舌の上にのせると、溶けて消えたぞ」

 琥珀色の瞳を見開いて驚くエド。
 それほどに、やわらかい肉質だった。

「脂がのっているからだと思うけど、お肉自体の甘味もすごいわ」
「なのに、するすると食えるな。白飯とも合う」
「うんうん。ご飯と一緒に口の中いっぱいに頬張ると、幸せでとろけそう……」

 お行儀なんて気にせずに、夢中でカツを食べた。
 おかわり用に揚げておいたものも、次々と平らげていく。胸焼けや胃もたれとも無縁な胃腸に感謝だ。

(惜しむらくは、ビールが飲めないことくらい……?)

 冷えたビールとの相性が抜群のカツ料理なので、飲めないのが残念だった。

(でも、あとちょっとの我慢よ、ナギ!)

 あと二ヶ月半で、十五歳の誕生日を迎えることができるのだ。
 成人の儀式当日には、師匠であるミーシャがお祝いの席を用意してくれると言っていたので、それを楽しみに乗り切るつもりでいる。

 ちなみに本日は、ビールの代わりにクラフトコーラを用意した。
 揚げ物と炭酸飲料が合わないはずはなく──エドと二人で存分に堪能している。

「うみゃっ! うみゃい! うみゃみゃー!」
「うなうなうな」
「ウマイナー」

 三匹の猫の妖精ケットシーたちも夢中でアザラシカツに食らいついていた。
 コテツなんて、念話も忘れて貪り食べている。
 どの子かは分からなかったけれど、なんとなく喋っていたような気もするほど、カツは美味しかったようだ。

「明日、カツサンドにする用に作っておいた分まで完食しちゃったね」
「カツサンド……」

 目に見えて落ち込むエドのために、以前作り置きしておいたオークカツサンドを作ってあげることにした。


◆◇◆


 最近は野営といえば、コテージを使っていたので、魔道テント泊は久しぶりだ。
 コテージに慣れていると、テントはやはり落ち着かない。
 
「コテージはバスルームとトイレが気兼ねなく使えるのがありがたいのよね……」

 空間を拡張された魔道テントなので、広さは問題ない。
 エドは夜間は仔狼アキラの姿に変化するし、猫三匹なら余裕で眠ることのできるスペースはあるのだが。

「十階層のセーフティエリアはいちばん冒険者が多い場所だからな。仕方ない」
「そうね。コテージなんて出しちゃったら、目立って仕方ないものね。我慢します」

 悪目立ちするだけじゃない。
 それほど大きな物を収納できるスキル持ちだと、良からぬ輩に目をつけられることが面倒なのだ。
 
『もっと下の階層までいけば、人も少ないニャ』
「そうね。二十五階層くらいから、一気に減るかも」

 南の『海ダンジョン』は東の『肉ダンジョン』と同じく、難易度はそれほど高くない。
 一階層から五階層あたりは新人冒険者の稼ぎ場としてギルドからも推奨されているくらいだ。
 銅級コッパーランクの冒険者なら、二十階層あたりを周回すれば、食うに困らない程度は稼ぐことができる。
 なので、二十階層より下層まで辿り着けたら、こっそりコテージを使うつもりだったのだが──
 そうため息まじりにぼやくと、コテツはきょとんとする。

『ミャ? 見つからなかったらいいのニャら、テントの中にコテージを出せばいいにゃ?』

 思いも寄らない提案だったので、ナギはすぐに反応できなかった。
 ぽかんと間抜けな表情を浮かべて、ゆっくりと繰り返す。

「テントの中に……コテージを出す……」

 この魔道テントは外から見ると二メートル四方サイズだが、中は魔法で拡張されており、六畳くらいの広さがある。
 これだけでも野営には充分だったが、コテージに泊まれるとなれば、欲が出てくるというもの。

「ゆったり浸かれるお風呂に、落ち着いて使えるトイレ。クイーンサイズのふかふかベッド……」
「キッチンがあれば、料理もしやすいな」
『リビングのふかふかソファで眠れるのはいいニャ』
「………なんで今まで、気が付かなかったのかしら」
「まさか、テントの中に小屋を出せるなんて、普通は考えつかないと思うぞ……?」

 エドが慰めてくれたが、やっぱりちょっとだけ悔しい。
 さすがに六畳の広さではコテージを設置するのは無理なため、【無限収納EX】スキルのおかげで使えるようになった、空間拡張の魔法を展開する。
 結構な魔力を消費するが、今日は子猫たちの活躍を見守ることとドロップアイテム拾いしかしていないため、余裕があった。

「ん、このくらいでいいかな?」

 ふぅ、と息をつくと、顔を上げる。
 六畳間サイズだった魔道テントの中が、二十畳サイズまで広がっていた。
 縦横だけでなく、高さも広げておいたので、タイニーハウスなコテージなら充分だろう。

「じゃあ、コテージを設置するから、下がっておいてくれる?」
「分かった。おいで」

 子猫二匹をすばやく捕まえると、コテツと二人でナギの背後に回ってくれたエド。
 収納リストを脳内に展開して、コテージを指定する。

「快適な野営生活のために、コテージ召喚!」

 音もなく、テントの中にコテージが現れる。床は地面なので、気兼ねなく出すことができた。

「うん、ちゃんと設置できたね。広さも余裕!」
『自分で言っておいてニャンだけど、ナギはむちゃくちゃニャ……』
「規格外、と言ってやってくれ』

 背後で何やら小声で会話しているが、無視する。
 突然現れた木造の小屋に大喜びする子猫たちを連れて、颯爽とコテージに足を踏み入れた。

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