106 / 289
〈掌編・番外編〉
34. 骨付鶏料理
「骨付鶏が食べたい」
エドと二人で食材ダンジョンにスパイスを狙って転移した、昼下がり。
無事に目当てのスパイスを手に入れたナギは宝箱に入っていた黒胡椒の瓶を見下ろして、ぽつりとつぶやいた。
「骨付鶏? ……鶏肉が食いたいのか? なら、コカトリスを狩ってこよう」
理由を問うことなく、すぐに狩ってくると行動に移そうとするエドは格好よすぎではなかろうか。
「大丈夫よ、エド。コカトリスもコッコ鳥も、鶏肉なら大量に【無限収納EX】に眠っているから」
在庫なら、文字通りに売るほどある。
なら、なんで欲しがったんだ? と首を傾げるエド。
「ごめん。まぎらわしかったね。骨付鶏って、前世のとある県の地方飯っていうのかな? 塩胡椒とガーリックで味付けしたニワトリのモモ肉をオーブンでじっくり焼いた料理なんだけど……」
日本で食べた記憶を思い出しながら、ナギはほうっとため息をついた。
「すっっっごく美味しいのよ、それが」
「……オーブンで焼いただけの鶏肉が?」
「まぁ、下味はかなりガッツリ付けてあるんだけどね。なんというか、クセになる味わいがあるのよ」
あいにく都内住みなので、ご当地では食べたことがなかったが、その骨付鶏料理の有名店の支店が横浜にあるのだ。
美味しいご飯とお酒に目がない友人が教えてくれて、一緒に食べに行ってから、すっかりハマってしまった。
「今生ではまだ食べたことがないのに、ふと思い出すと、無性に食べたくなっちゃうのが、この骨付鶏料理なの」
「ナギがそこまで言うほどの鶏肉料理か……」
ごくり、とエドが喉を鳴らした。
「なら、作ってみよう」
「え?」
「コッコ鳥のモモ肉をオーブンで焼くだけなのだろう? なら、俺も手伝おう。ナギが前世から好きだったという鶏肉料理、俺も味わってみたい」
琥珀色の瞳に笑みをにじませて、軽い口調でねだってくるとは、エドにしては珍しい。
ふふ、とナギも気付いたら笑い返していた。
「そうね。食べたかったなら、作ればいいのよ。なら、さっそく下味を付けなくちゃ」
浅い階層でスパイス類を狙っていたので、人の少ないフィールドへ移動することにした。
◆◇◆
自分たち以外はまだ到着していない階層へ転移すると、セーフティエリアにコテージを設置する。
エプロンを装着して、さっそくキッチンで調理を開始した。
「大型の魔道オーブンがあってよかったわ。普通のニワトリならともかく、コッコ鳥の肉はひとまわり以上も大きいもの」
その分、食べ応えもあって美味なので、普通のニワトリの肉をわざわざ購入したりはしない。
ダンジョン内の魔獣は特殊個体やフロアボス以外は、ほぼ同じ大きさでリポップする。
だが、ダンジョン外で狩ったコッコ鳥なら、個体差はかなりあった。
その中から、なるべく年若そうな個体と老齢の域の個体を選り分けて調理する。
「なぜ、わざわざ選ぶんだ?」
不思議そうにエドに問われてしまった。
実は、骨付鶏のメニューには『ひなどり』と『おやどり』の二種類があるのだ。
ひなどりは、とにかく身がやわらかくてジューシー。おやどりは、肉質が硬めだが、歯応えも味も後をひく美味しさなのだ。
食べやすさなら、断然ひなどりだが、ビールのお供なら、おやどりを選ぶ。
(今回はまだ未成年だから、残念だけどビールはなし。でも、おやどりも食べたいから、両方作っちゃおう!)
どんなスパイスの配合かは分からないので、とりあえずは塩胡椒とパウダー状にしたガーリックをこれでもかと揉み込んだ。
しばらく時間をおいて、温めておいた魔道オーブンにコッコ鳥のモモ肉を投入して、じっくりと焼き上げる。
キッチンに漂ってくるスパイスと鶏肉の香りがたまらない。
「まだか、ナギ」
「いま焼き始めたばっかりだよ、エド」
「そうか。……まだだろうか?」
「まだだねぇ。でも、いい香り」
そわそわと魔道オーブンの周囲を行ったりきたり。
じょじょに匂いが強くなり、鼻のいいエドにはまさに生殺し状態だったようだ。
「さすがに、もうよくないだろうか?」
真剣な眼差しで問われるが、【鑑定】したところ、肉にはまだ火が通り切っていなかった。
「まだです。もうちょっと我慢してね? 鶏肉は半生で食べると怖いから」
前世の感覚でつい、そんな風に答えてしまったけれど、そういえば異世界ではどうなのだろう。
(回復魔法や治癒魔法、解毒魔法で食中毒は治せるのしら?)
そもそも冒険者は耐性持ちが多い。
ポーションは病気を完治させる力はないが、内臓の軽い損傷などは癒すことが可能だ。
ぼんやり考え込んでいる間に、コッコ鳥のモモ肉はパリッと香ばしく焼き上げることに成功した。
「うん、いい焼き加減!」
魔道オーブンで焼いている間に作っておいた、おにぎりを大皿に並べておく。
付け合わせは鶏ガラスープにざっくりと切っただけの生のキャベツだ。
「さぁ、食べよう!」
夕食には少しばかり早い時間だったが、骨付鶏の香りに魅了された二人は気にしない。
お腹が空いた時が、食事時間なのだ。
「「いただきます!」」
手を合わせるのもどかしい気持ちで唱和すると、さっそく骨付鶏にかぶりつく。
マナーなんて気にせず、手づかみだ。
「あっふ! んんっ、でも、おいひぃ……!」
ガッツリきいている黒胡椒の刺激を心地よく味わいながら、夢中で食べすすめていく。
最初に口にしたのは、ひなどりの方だ。
やわらかくて、肉汁をたっぷり身にたたえていた。
ガーリックの香りが食欲を掻き立てる。
鶏肉の皮部分の少し焦げたところがパリッとした食感で、とても美味しい。
塩胡椒の塊があったようで、顔をしかめながら口直しのキャベツをかじった。
骨付鶏の肉が辛い分、生のキャベツが格別に甘く感じる。
「生のキャベツをこれほどに旨く感じるとは……」
エドが意外そうにぽつりとつぶやく。
気持ちは分かる。肉を前にして生キャベツなんて、と思いそうなものだが、違うのだ。
この生キャベツのおかげで、口内をリセットして、また心ゆくまで骨付鶏をかじれるのである。
「んんー! 美味しい……幸せ……」
生のキャベツは皿の底に溜まった鶏油に浸して食べると、さらに美味しい。
ちなみに、おにぎりも当然、鶏油に浸して食べる。
ぜひ、試してほしい。とぶよ?
「次は、おやどり!」
「俺も挑戦しよう」
こちらの肉は硬めで、ナギの歯では噛みちぎることは無理そうなので、先にナイフで切り分けてある。
お箸でつまみあげて、ぱくり。
味は変わらない。だが、噛み締めた肉の弾力がもはや別物だ。
「ああ……冷えた生ビールが飲みたい……」
「あと二年の辛抱だ、ナギ」
どうどう、とエドに宥められてしまった。申し訳ない。落ち着きました。
生キャベツとおにぎり、鶏ガラスープと綺麗に食べ切って、手を合わせる。
「ごちそうさまでした……はぁ、お腹いっぱい……」
「食べ飽きたと思っていたコッコ鳥の肉をこれほど夢中で食べられるとは思わなかった」
「ふふ。結構、クセになるって意味、分かったでしょう?」
「ああ、そうだな。これはクセになる」
シンプルな料理法なので、レストランでも食べられそうなものだが──
「難しいんじゃないか。コッコ鳥の肉はともかく、黒胡椒をかなり使う料理だろう?」
「うん、かなり。それが美味しいんだけど……たしかに単価がすごいことになりそうね」
食材ダンジョンでドロップするようになったとはいえ、まだまだ少数。
気軽に手に入れることの可能なナギでなければ、こうまで豪快には使えないだろう。
「……じゃあ、しばらくは二人だけの秘密の肉料理ね」
「いいな、それ」
共犯者の笑みを交わし合った二人だが、仔狼には当然バレ、屋敷で留守番をしてくれていた猫の妖精たちにも残り香で気付かれた。
後日、彼らの可愛らしいおねだりに屈して、ふたたびコッコ鳥の骨付鶏料理を作るはめになったナギだった。
◆◆◆
本日、8月3日(日)『文学フリマ香川』に参加予定です。
『異世界転生令嬢、出奔する』のサイン本も持参しますので、ぜひ遊びに来てください。
【月夜の猫】という名前で参加しています!
(詳細はXか、近況ノートにてご確認ください)
◆◆◆
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。
異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。
そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。
「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」
そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。
「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」
飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。
これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。