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154. はじめての魔法
しおりを挟むルーファスが運転するキャンピングカーの後部座席で、大魔女シオンの筆頭使い魔直々に指導をしてもらったおかげで、リリは【魔力操作】を覚えた。
体内を巡る魔力を感知して、放出量を調整できるようになったのだ。
地味な能力かと思いきや、これが魔法を使うにあたり、とても大切なことらしい。
『攻撃魔法を覚えるのに、いちばん簡単なのはダンジョンで手に入る魔法のスクロールを使うこと。リリもなんの苦労もなく、すんなり覚えることができたでしょ?』
黒猫の講義を、リリは真剣な表情で静聴する。
スクロールとは、【鑑定】スキルや【翻訳】スキル、【生活魔法】を覚えることができた魔法の巻き物のことだ。
『スキル系のスクロールは誰でも使えるけど、魔法のスクロールは適性がないと使えないんだ』
「聞いたことがあります。【生活魔法】に関しては、魔力があれば覚えることができるんでしょう?」
『そうだよ。だから、シオンさまもリリにスクロールを遺したんだろうね。これがレオやルカなら、スクロールを開くことさえできなかったと思うよ』
大魔女シオンの曾孫とはいえ、魔力のない二人では【生活魔法】のスクロールは使えないのか。
「魔法のスクロールを使うのがいちばん簡単なのは分かったわ」
ただし、適性がないと最初からお断りということだ。なかなかシビアである。
そして、いちばん簡単ということは、簡単ではない方法もあるということで。
『そこで【魔力操作】だよ。自在に強弱を意識して魔力を放つことができるようになれば、【生活魔法】のささやかな魔法も、こんな風に展開させることが可能になる』
リリの目前にバスケットボールサイズの水球が現れる。
ぷかりと浮かんだ水の塊は、黒猫のナイトが【生活魔法】で作り出した水だ。
コップ一杯分の水を出すのが、リリには精々だったのだが──
『ちなみに、こういう風に使うことだってできるよ?』
少しだけ開けていた窓から、するりと外に流れ出た水球はそのまま道の傍らにあった大岩に叩き付けられる。
ゴッ! と、水が当たったとは思えない音が響いたと思えば、次の瞬間には大岩が粉砕していた。
「うそ……。今のって、【生活魔法】の水なのよね、ナイト?」
『そうだよ。結構、使えるでしょう? 【生活魔法】も」
「なるほど……これが【魔力操作】の恩恵なのね」
魔力を込めれば、コップ一杯しか作り出せなかった水だって、立派な攻撃魔法として使うことができる。
「……ということは、【着火】の魔法も?」
『リリが練習すれば、ファイアボールを撃てるようになるかもね?』
ナイトの一言に、リリは顔を輝かせた。
「やってみたいです!」
先ほどの水球を投げ付ける魔法とファイアボールを使えるようになれば、ダンジョンでも充分通用するはずだ。
魔力を消費して疲れたら、シオンから譲られた『雷撃』の魔道具を使えばいい。
「レベル上げが捗りそう……!」
『ふふ。やる気が出たところで、頑張ろうか』
「はい!」
車内で火魔法を使うのは危険なため、水魔法を練習することにした。
「む……ぅ? これは、なかなか難しそう……」
『集中してね、リリ』
何も考えずに使っていた【生活魔法】を意識して調整するのは、結構な集中力を必要とした。
が、幼い頃より病弱で寝込んでいた少女は体を動かすことよりも、読書を好んでおり、集中力には自信があった。
本を読む体力もない時には瞑想をしていたこともあり、すぐに要領をつかんだ。
「んー……!」
ぎゅっと目を閉じて、【生活魔法】を強く意識する。
魔法は明確なイメージを描き出すことが大事だと、シオンの手帳には書かれていた。
なので、しっかりと脳内に描き出す。
コップ一杯の水ではなく、バレーボールサイズの水球が宙に浮かぶ様を。
体内から、何かがするりと抜け出すのを感じた。
『うん、できたね、リリ。さすが、シオンさまの曾孫!』
「え……?」
慌てて目を開けると、目の前に水球が浮かんでいる。
想像していたものより小さかったが、ちゃんと水球の形をしていた。
コップ一杯より、水の量は明らかに多い。
「成功? ……あっ」
集中力が欠けた途端、水球はパシャンと水音をさせて弾けた。
「ああ……失敗しました」
しょんぼりと肩を落とすリリに、黒猫がそっと寄り添ってくれる。
『まだ始めたばかりだもん、こんなものだよ。リリは筋がいい。すぐに使いこなせるようになるさ』
黒猫が尻尾を振ると、床を濡らしていた水が消える。
これも水魔法の一種なのだろうか。
「ありがとう、ナイト」
『どういたしまして。リリもすぐにできるようになるよ』
「そうだと嬉しいんだけど……」
ふふっと微笑み合っていると、運転席から拗ねた声音でぼやかれた。
「くっ……! 火魔法はナイトよりも、俺の方が得意なんだからな……!」
放って置かれて、すっかり臍を曲げたルーファスだった。
「レッドドラゴンのルーファスは火魔法が得意なのね。なら、火魔法はルーファスが教えてくれますか」
「もちろんだとも! 任せろ、リリィ」
運転手の機嫌を損ねるわけにはいかない、と声を掛けたのだけれど。
ぱあっと顔を輝かせて喜ぶ姿が思いの外、可愛らしくて。
リリはナイトと顔を見合わせて、笑みを深めたのだった。
◆◇◆
キャンピングカーでの車中泊が意外と楽しかったのもあって、日本での用事を済ませると、魔法のトランクの家ではなく、野営場所へ戻ることにした。
本日のキャンプ飯は、バーベキューだ。
日本で動画を何本か視聴して研究したらしいルーファスが中心となって、バーベキューの準備をしてくれた。
バーベキューグリルを【アイテムボックス】から取り出すと、ルーファスは続けて調理用のテーブルやチェア、クーラーボックスなどをせっせと周辺に並べていく。
「食材はクーラーボックスの中なのかしら?」
「いや、クーラーボックスには飲み物を冷やしてある。肉は解体したものをそのまま収納から出すだけだ」
ふむ、と頷いて開けてみると、ペットボトルのミネラルウォーターや緑茶、炭酸ジュースの他に、缶ビールも氷と共に詰め込まれていた。
「……ちゃんと勉強しているようで、何よりです」
「いや、レオがバーベキューにはビールが必須だと言っていてな?」
慌てて言い繕っているが、欲望が丸出しである。
まぁ、いくら酔っ払ったとしても、レッドドラゴンがそこらの魔獣や魔物に後れを取ることはないだろう。
(このキャンピングカーにも結界が施されているようだし、ナイトもいるし、大丈夫よね?)
念の為に、街道から外れた場所を野営地にしているので、人に見られる危険性も少ない。
(……たまには、いいわよね?)
せっかく【生活魔法】から派生した魔法を使えるようになってきたのだ。
「手伝いますよ、私」
持ち込んだ魔獣肉を包丁で慎重に切っていくルーファスの隣に並び、玉ねぎを取り上げる。
黒猫も仕方なさそうにため息を吐くと、トウモロコシの皮を魔法で剥がしてくれた。
ちなみに炭火に火を点けようと張り切ったリリが失敗して、巨大な火柱を作り出してしまい、慌ててルーファスが消火することになったが、グリルで焼いた魔獣肉はとても美味しかった。
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