【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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153. 異世界の恩恵

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 都内にある、高級ホテル。
 その最上階にあるパーティホールでは海堂家主催の食事会が催されていた。

 当初は親しい友人たちだけを自宅に招く予定だったのだが、噂を聞き付けた友人知人から「自分たちもぜひ参加したい」と熱心に頼み込まれて、仕方なくホールを貸し切ることになったのだ。

「みんな、よく知っているよな。今夜の料理が特別なこと」

 盛装に身を包んだ玲王レオが招待客を見渡していると、弟の瑠海ルカが呆れたようにこちらを見遣る。

「しらじらしいぞ、レオ。お前がわざとらしく自慢しまくっていただろうが」
「いやー、だって仕方ないだろ。異世界肉、めちゃくちゃ旨いし?」

 悪気はなかったようだが、おかげで現在、内輪だけでの集まりのはずが百人近い招待客をもてなすはめになってしまった。
 今頃、料理長は八面六臂はちめんろっぴの大活躍中だろう。
 元凶となった玲王には料理長への謝罪と特別ボーナスを渡すよう、しっかりと釘を刺しておいた瑠海だった。

「まぁ、でもこのホテルは料理長の古巣だし、厨房で他の料理人も手伝ってくれるんだろ?」

 もともとは、このホテルに勤めていた料理人を気に入った父がスカウトして、我が家の食卓を任せたのだ。
 文字通りの料理バカで、若い頃は海外で修行の旅を続けていたらしい。
 
「父さんが直々によろしく頼むって声を掛けていたから、大丈夫だと思う」

 グループ傘下のホテルなのだ。
 実質トップの父からの頼みは業務命令に等しい。
 メイン料理の仕込み、その他の料理の仕上げは料理長がするにしても、百人分の料理を一人で手掛けるのはさすがに無理がある。
 下拵えや簡単なメニュー、盛り付けなどはホテル勤務の料理人に手伝ってもらったそうだ。

 この海堂家主催の『お食事会』に招かれた客人はみな、そわそわと落ち着きがない。誰の顔も期待に綻んでいる。
 それほどに、海堂家で供される食事が絶品であることはすでに多くの人々に知られているのだ。

「クチコミの威力、すげぇな」
「お前が言うな。おかげで俺たちが食べる分の肉を、またリリに頼まなければならなくなったのに」
「それは反省している」

 しおらしく肩を竦める兄を瑠海はため息混じりに一瞥する。

「まぁ、おかげで海堂うちに有利な商談を持ち掛けやすくなった」
「オヤジ、涼しい表情かおしているけど、心の中で舌舐めずりしてそー」

 ふははっと笑う玲王。瑠海もにんまりと笑う。
 異世界の魔獣肉が絶品なのは身を持って知っている。
 美食に慣れた連中でさえ──否、だからこそ、より味に夢中になることは確実だ。

「旨い食事を堪能した後は、母さんによる美容液とピンクダイヤのプレゼンに、父さんはポーションの営業か」
「リリから買い取った異世界の『おまじないグッズ』の効果も楽しみだな」

 ニヤリと笑い合う。
 希釈した【魅了】の香水に幸運値を少しだけ上げる指輪の効果がどこまであるのか、実地で確認できるのだ。

 給仕スタッフがワゴンを押してくる。
 料理が運ばれてきたようだ。

「さぁ、宴の始まりだ」


◆◇◆


 異世界食材を使った食事会パーティは大盛況だった。
 大人数となったため、立食形式での提供となったが、こういった場では珍しく、みな社交よりも食事に夢中になっていた。

「さすが、海堂家ですわね。これほどの美食を用意されているとは」
「この肉料理……! いったいどこで入手されたのかしら。とても美味しいわ」
「黒豚……? どこのブランドだ」

 ルーファスとナイトが群れを殲滅して入手したオーク肉とコッコ鳥の肉と卵だけでなく、リリからも異世界の湖で釣ったレインボーサーモンを食材として提供してもらっているのだ。
 【アイテムボックス】で異世界から持ち込んだので、生食も可能なサーモン。
 念の為にリリに【鑑定】してもらったが、問題なく食べられるとのことで、料理長は張り切ってマリネに仕立てていた。
 オークフィレ肉のスカロッピーネ、レインボーサーモンマリネのミ・キュイ、コッコ鳥のチキン・ア・ラ・プロヴァンス。
 オーク肉のリエットは料理長渾身の作らしく、美食で鳴らした富裕層の招待客が思わず唸ってしまったほど、すばらしい出来栄えだった。

「レバーパテか、これ? 旨いな。ワインがすすむ」
「リエットな。豚肉をラードや調味料と一緒に煮込んで作るコンビーフみたいなものだ。……これまで食べた中でも飛び抜けて旨いが」

 あまりの美味さに、スプーンを舐めしゃぶりたくなる葛藤に耐えている人々がそこかしこで目についた。
 やわらかくて、絶妙な口当たり。
 画像で見せてもらった、あの恐ろしいモンスターがこれほどに美味だとは──瑠海はしみじみとため息を吐いた。

 オーク肉だけでなく、コッコ鳥やレインボーサーモンにも皆は舌鼓を打っている。
 野菜や果実も異世界のアゲットという街から仕入れた逸品なので、シンプルなサラダでさえ、うっとりするほど美味だ。
 コッコ鳥の卵とネブラムという異世界果実を使ったデザートも絶品で、招待客は満ち足りた表情で食事を楽しんでくれた。

 気持ちが満たされていると、気が大きくなるもの。
 さっそく本日の主催である、海堂夫妻が客たちへの挨拶回りに本腰を入れる。

 ポーションは相変わらず、入荷した先から『売れて』いく。
 【魅了】の香水は害がない程度に薄めて使っているため、招待客は二人にほんのり好意を抱いているはず。
 原液を使うと、耐性のない地球人は醜態をさらすことになるらしい。

(どんな醜態なのか、想像すると嫌な気分になるな)

 瑠海は秀麗な顔を微かに歪めた。
 効果は数時間とのことで、それにはホッとしている。
 ちなみに異世界人は耐性があるため、【魅了】の香水はティーンエイジャーの愛用品にとどまっているのだとか。

「いや、効きすぎてないか? オヤジの天敵のおっさん、目付きが違ってるような……」
「そういえば、ルーファスが効果は人によりかなり違ってくるとは言っていたような」

 天敵というか、幼馴染みで宿敵ライバルだと一方的に絡んでいた相手だったが、今夜の彼はまるで初恋の相手をいじめる男子小学生のような態度を父に対して取っている。
 気付いた父がそれはそれは悪い表情を浮かべて、からかっているのが見えた。

「……まぁ、適当に遊んでいるみたいだし、大丈夫そうだ」
「ここぞとばかりに自分に都合のいい商談を持ち掛けているみたいだ。さすが、オヤジ」

 耳のいい玲王からの報告に、瑠海も苦笑する。ポーションを高値でふっかけているようだ。

「おふくろの方も絶好調だな」
「正直、あっちは関わりたくない。こわい」
「分かる……。ご婦人のお相手は任せておこうぜ。おっかない」

 ポーション入りの美容液を使っている母は、まるで二十代のような美しい肌をしている。
 シルクのように、肌理きめ細やかな肌は日焼け止め効果のある『聖水』のおかげで、輝くような美白を保っていた。
 今夜はこの耐熱効果、紫外線もカットする素晴らしい『聖水』を売り付けるようだ。
 美容に熱心なご婦人方の目の色が違う。
 目敏い女性陣は母がさりげなく身に付けているピンクダイヤモンドのアクセサリーにも気付いているようだ。
 リリから原石をたんまり買い取る約束を取り付けてあるので、こちらも彼女たちに買わせる気なのだろう。

「異世界商品、すげぇよな……」

 呪いや悪意を肩代わりしてくれるという、身代わり人形の効果も覿面てきめんで、最近は体調がとてもいい。
 可愛らしい黒猫が『おまけだよ』と呪いは持ち主に倍返しする魔法をかけてくれたおかげで、周囲で寝込む連中が増えて面白かった。

「身代わり人形と護身のブレスレットは大量に買ってきてもらわないとな」
「同感。最近、我が家が儲かりすぎてしまって、少しばかり恨みを買っているようだから、注意しておかないと」


 それがフラグになったのかは謎だが、後日、海堂一家は交通事故に巻き込まれて九死に一生を得て、冷や汗をかくことになった。
 幸い、護身のブレスレットのおかげで一家は無傷。重傷を負った運転手もポーションのおかげで一命を取り留めた。

 後日、顛末を耳にして青褪めるリリに伯父は真顔で札束をそっと握らせてきた。

「追加の魔道具を頼む。あるだけ買ってきてほしい」

 青金ラピスラズリ色の魔石が粉々になったブレスレットを目にして、リリが大慌てでギルドの売店に走ったのは言うまでもない。
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