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156. フローライトダンジョン 2
しおりを挟むフローライトダンジョンで夕方まで低ランクの魔獣を倒して、この日は撤収した。
撤収というが、正確にはダンジョンから外には出ていない。
ダンジョン内での野営はフィールドのどこかにあるセーフティエリアで過ごすのがお約束らしいが、リリには大魔女シオンの遺産がある。
「キャンピングカーでの野営はさすがに目立ちすぎるから、やめておいた方がいいだろうな」
ルーファスが言うと、ナイトも頷いた。
『シオンさまの結界があるから、安全ではあるけど、目眩しの術で馬車に見えているからねぇ』
「ダンジョン内に馬車があったら不審すぎます。仕方ないです。今日のところはジェイドの街へ帰りましょうか」
魔法のトランクの家も、雑貨店『紫苑』の庭に展開したままだ。
ダンジョンにもトランクを持ち込みたかったけれど、日本のアニメや映画にハマってしまった使い魔たちのために置いてきてあげたのだ。
(ソーラーパネル式の充電器と大容量バッテリーは一応、託しておいたけど。ちゃんと観れているのか、心配です)
動画配信サービスのサブスクを契約したので、彼らが好みそうな映画やドラマ、アニメはダウンロードしてある。
オフラインでも観れるように設定しておいたので、リリがいなくても楽しめているはずだった。
「三日ぶりの帰還ですね」
お店も心配なので、ちょうどいい。
セーフティエリアには魔獣が寄ってこないが、人の目が気になる。
なので、ルーファスとナイトに気配を探ってもらい、誰もいない森の中で魔法のドアの鍵を取り出した。
鍵をかざすと、何もなかった空間に魔法のドアが現れる。
鍵穴に鍵を差し込んで、そっと回し開けると懐かしい日本の家に繋がった。
小さくて愛らしい、曽祖母のお城──魔女の家だ。
繋がった曽祖母の部屋から、まずは一階に降りる。
「郵便物と荷物を取ってこよう」
『ボクは温室と庭をパトロールしてくるね』
ルーファスとナイトが日本での仕事を手伝ってくれている間に、リリはバスルームに向かう。
今のうちにお湯を張っておけば、仕事のメールを片付けた後でのんびりお風呂を楽しめる。
ノートパソコンを立ち上げて、メールのチェック。内容を確認して、返信。雑貨店の商品の発注も忘れずに。
「あ、伯父さまたちへの連絡もしないといけませんね。……あいかわらず、心配性です」
従兄二人からの連絡でスマホの通知欄が埋まってしまっている。
とりあえず、分かりやすい報告としてダンジョン内での自撮り画像を送っておいた。
黒猫を抱えて、ルーファスと二人でピースサイン。異世界では最強生物と恐れられているドラゴンだが、すっかり日本の影響を受けている。
二枚目の画像なんて、指ピースを披露していた。ちょっと可愛いと思ってしまったのが何となく悔しい。
「リリィ、荷物は選り分けて収納しておいたぞ」
「ありがとうございます、ルーファス」
段ボールや梱包材はすべて分別して、ゴミステーションに出してくれたようだ。
とても助かる。
『リリ、見回りも終わったよ。バラ園と裏庭のハーブ、温室の薬草にも水やりをしておいたから』
「ナイトもありがとう!」
できる使い魔たちが、とても頼もしい。
ナイトに至っては裏庭のハーブの採取までしてくれていた。
「ラベンダーにペパーミント、アーティチョークね」
ラベンダーはポプリにして、ローザ嬢にプレゼントしてもいいかもしれない。
アーティチョークは蕾を茹でれば食べられると聞いたことがあった。
ペパーミントはサラダやドリンク、アイスクリームに添えてもいいし、乾燥させてクッキーやケーキに入れることもできる。
「おばあさまが大事にしていたハーブだもの。きちんと活用しないといけませんね」
温室内の薬草園もいずれ、きちんと復活させたい。
◆◇◆
日本で雑用を片付けて、お風呂で汗を洗い流すと、リリたちはふたたび異世界へと移動した。
フローライトダンジョンではなく、ジェイドの街。雑貨店『紫苑』の二階である。
お店はすでに閉店しており、使い魔の三人は魔法のトランクの家にいるようだ。
「リリさま、おかえりなさい」
ドアを開けると、待ち構えていたのか。ネージュが出迎えてくれた。
遅れて気付いたセオとクロエが慌ててやってくる。
どうやら、ちょうど夕食の準備をしていたところだったよう。
「リリさま!」
「おかえりなさい! お土産はありますか⁉︎」
「セオ……」
『嘆かわしいね……』
開口一番のセオのセリフに、ルーファスとナイトが半目になる。
う、と言葉を詰まらせたセオが誤魔化すように頭を掻いた。
「ごめんなさい。自分で作った料理に飽きてきたところで、つい」
セオがメインで調理を担当してくれていたので、三日続けての慣れない自炊に疲弊しきっていたらしい。
何となく、その気持ちは分かるので、リリは特に責めなかった。
「お土産、ありますよ。せっかくなので、皆で食べちゃいましょう」
セオが用意していたディナーはパスタだった。スパゲッティを茹でて、ソースはレトルトパウチ。
「美味しいけど、ちょっと飽きました……」
「お肉が食べたい……」
「物足りない分はお菓子を食べて過ごしていたのですけれど、さすがに飽きてきましたの」
使い魔三人が遠い目をしている。
ジャンクフードは手軽で美味しいけれど、栄養が偏るために無意識に体が拒んでいたのかもしれない。
「じゃあ、今夜はお鍋にしましょう。ルーファス、卓上コンロと土鍋を【アイテムボックス】から出してください」
「分かった。二つ出すぞ?」
「お願いします。ナイトは食材を出してください。野菜とお肉、それと日本で買いだめしておいた鍋の素も」
『ん、これかな?』
「はい、それです。締めの雑炊用のお米もお願いしますね」
肌寒くなったら皆で鍋を囲もうと、日本のスーパーで買いだめしておいた鍋の素が大活躍だ。
地鶏だし風味、寄せ鍋塩味、豚骨スープ、帆立醤油味に味噌味キムチ鍋スープなど、色々と買っておいたのだ。
せっかくなので、違う味で鍋を楽しもう。
「んー。地鶏だし風味と味噌味の鍋の素を使うことにしましょうか」
五人と一匹なので、土鍋は二つ使う。三人でひとつの鍋をつつくことにした。
野菜は白菜、キノコ、白ネギにニンジン。豆腐やシラタキは買っていなかったので、あとはお肉と魚を入れることに。
「お肉は私がダンジョンで狩ってきたグラスラビットとフォレストボアを使いますね」
お土産のつもりだったのだが、結局みんなで一緒に食べることになってしまった。
野菜はナイトとセオに切ってもらうことにして、ルーファスにはフォレストボア肉を薄切りにしてもらう。
その間に、リリはナイトと協力してグラスラビットの肉を包丁で細かく叩いた。
『リリ、この肉どうするの?』
「つみれにするつもりです」
『……つみれ?』
こてん、と首を傾げる黒猫に「肉団子のようなもののことですよ」と教えてあげる。
ぱっと目を輝かせるナイト。
『みーとぼーる、だね? ボク、あれ好きだよ! 楽しみだ』
「ふふ」
微妙に違うが、口にはしない。
ミートボールは以前、アニメ飯で作ったことがあるので覚えていたようだ。
手分けして作った鍋を囲んで、久しぶりに全員が揃ったディナーを楽しむ。
「スープが旨いな」
『お肉も美味しいよ!』
「普段は何とも思わないのに、野菜が美味しく感じますわ……不思議……」
クロエがしみじみと鍋を噛み締めている。使い魔だけだからと、野菜や果物をまったく食べていなかったのだろう。
「ん、グラスラビットのつみれも美味しいですね。地鶏の出汁との相性が抜群です」
「フォレストボアの鍋も絶品だ。ミソ味のスープがしみこんでいる」
「お魚も美味しいよ、リリさま」
レインボーサーモンの切り身も投入した豪華な鍋は、皆の心と胃袋を満足させてくれた。
締めの雑炊も残らず平らげて、しばらくは行儀悪くソファに寝転がったリリだった。
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