【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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164. シオンの秘密?

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 伯父の家のバスルームは広い。
 大きなガラス窓からは中庭の景観を眺めることができるようになっていた。
 ゆったり浸かれるバスタブとは別に、ジャグジー付きのジェットバスもある。
 さすがにサウナルームは伯母が却下したようだが、伯父は中庭に露天風呂を作る計画を諦めていないらしい。

(露天風呂も悪くはないけれど、私はプールが欲しいかな……)

 体育の授業はほぼ見学だったリリなので、まともに泳いだことがほとんどない。
 曽祖母が用意してくれたビニールプールでちゃぷちゃぷと水遊びした記憶があるくらい。

「……でも、今なら泳げるのよね。日本ではまだ体力的に厳しいかもしれないけれど、異世界なら」

 まったりとお湯に浸かりながら、ぽつりと呟けば、クロエが首を傾げた。

「リリさまは泳ぎたいのです?」
「泳ぐ……たいへん……」

 一緒にお風呂に入っていた白黒姉妹が真顔で言う。

「え、異世界で泳ぐのって、そんなに大変なのです?」
「ん……水場は魔魚がいる。地味に面倒」

 こくり、とネージュが頷く。
 魔魚。魔獣や魔物の水棲生物バージョンのことか。

「なら、異世界では夏に泳いだりはしないの?」
「水浴びはすることはありますが、魔魚のいない浅い川くらいでしか見たことはありませんわね。ニンゲンたちにとっては危険なのでしょう」
「そうなんですね……」

 ちょっとガッカリしていると、クロエが慌てた。

「リリさま、そんなに水に入りたかったんですの?」
「それなら『聖域』の湖で泳げばいい」
「! そうですわね、ネージュ。『聖域』なら安全ですわ」
「精霊王さまのお膝元。……ちょっとだけ大きな魚はいるかもしれないけれど、危なくはない。と、思う」

 珍しく、ネージュが饒舌だ。
 
「ふふ。じゃあ、泳ぎたくなったら『聖域』に行きましょうか、一緒に」
「はい! お供しますわ!」
「リリさまとなら、泳ぐのも楽しみ」

 それはそれとして、リリにはまだ行きたい場所があった。

「湖もいいけれど、異世界の海を見に行きたいです」
「海? あんな塩辛い水のある場所に行きたいんですの?」
「あの水、ベタベタして気持ち悪い」

 二人とも心底不思議そうだ。
 あまり海は好きではないらしい。

「ちなみに海で泳ぐのは……」
「おすすめできませんわね」
「ん、危ない」

 キッパリと首を振られた。
 ここは譲れないようだ。

「ルーファスやナイトが一緒でも?」
「どうでしょうか……。あのふたりがリリさまが海に入る前に、海中の魔魚を根絶やしにしておけば、あるいは……?」
「──うん、それはやめておくことにしますね」

 環境破壊、よくない。
 それにしても、海がそこまで危険な場所だったとは。
 
「海水浴も諦めることにします。でも、海には行きたいです」
「えー……」
「ネージュ? 海の幸は美味しいのですよ?」

 美味しい、の一言にネージュはぴくりと肩を揺らした。
 我が家の使い魔たちはそろって美食家グルメなので、この言葉にすこぶる弱いのだ。
 リリはにっこりと微笑んでみせた。

「レインボーサーモンのカルパッチョは美味しかったでしょう?」
「……ッ!」

 はっとした表情で、顔を上げるネージュ。クロエも期待に満ちた目でこちらを見つめてくる。

「マジックバッグや収納スキルで魚介類の寄生虫は排除ができる。……つまり、新鮮なお刺身が食べ放題なのですよ、海では」
「新鮮なお刺身……!」

 日本からのお土産として、リリはお寿司や海鮮丼のお弁当などを買って帰ったことがあるため、二人ともお刺身の味は知っている。
 生物なまものに抵抗があるかもしれない、と少しだけ不安だったのだが、使い魔たちは皆、平気で口にしてくれた。
 美味しい美味しいと夢中で食べてくれて、ほっとした覚えがある。
 よくよく考えたら、キツネとカラスが元の姿なので、生肉の類は食べ慣れていたので、杞憂だった。
 好奇心が旺盛なのも、良い方向に作用したように思う。

(まぁ、日本の食べ物は美味しいと理解してくれているからもあるわね)

 自国の食事を褒められるのは嬉しいので、今後も色々と買ってあげようと思う。

「明日、お買い物のついでに美味しいお魚を食べに行きましょうか」
「行きたいですっ!」
「おさかな……!」

 そんなわけで、明日の予定が決まった。


◆◇◆


 昨夜は、ルーファスを筆頭に使い魔全員が伯父たちと遅くまで夜更かしをした。
 日本でのシオンの暮らしについて彼らが聞きたがったからだ。
 伯父や従兄たちがアルバムや動画を用意してくれていたので、夢中で眺めていたようだ。
 リリも途中までは付き合ったのだが、さすがに睡魔に負けて途中で自室に引っ込んだのだが──

「……みんな元気ですね」

 朝食の席で、呆れたように男性陣と使い魔たちを見やるリリ。
 伯母はもう達観した表情だ。
 ルーファスは褒められたと思ったのか、笑顔で頷いている。

「うむ! シオンの孫や曾孫と一緒に酒を呑めて楽しかったぞ!」
『まぁ、そうだね。シオンさまの姿を見ることができたのは、悪くない時間だったよ』

 ルーファスとナイトは以前にアルバムを見せてもらっていたので、まだ落ち着いていたようだが。

「思ったよりもお元気そうでいらして、嬉しかったです」
「ん、どの写真も楽しそう。よかった」
「動画もたくさん見せてもらいました! 懐かしくって、ちょっと泣いちゃいましたけど……にほんに来られてよかったです」

 晴れ晴れしたように笑う使い魔たち三人の目が赤い。
 シオンのお墓参りは、昨日のうちに済ませてある。伯父宅を訪れる前に先に墓地に寄ったのだ。
 純白のカサブランカの花束を供えて、皆で手を合わせてきた。
 かわるがわる墓前に話し掛けていた彼らはお別れの言葉を告げることができたと喜んでくれた。

「……それにしても、シオンさま。にほんでは姿を変えていたのですね」

 クロエが不思議そうに言う。

「耳のこと? エルフ耳は目立つから、魔法でごまかしていたんじゃないかしら」
「いえ、そちらではなく……」
「ニンゲンのフリをするために、老人の姿になっていたの」
「……え?」

 どういうことだろう、と海堂一家が混乱していると、ルーファスが何でもないことのように教えてくれた。

「エルフは不老長寿だ。にほんで目立たずに生きていくため、偽装魔術で本来の姿をごまかしていたのだろうな」
「ということは、シオンばーちゃん、めちゃくちゃ若い外見だったの⁉︎」

 玲王レオが目を剥いている。瑠海ルカは思案げに首を傾げた。

「だが、魔法は当人が亡くなったら、消えるのでは? 葬儀の際に確認したが、おばあさまはいつもの姿だったぞ?」

 そう、リリもきちんと確認している。
 棺の中で眠るシオンに皆でお花を一輪ずつ捧げたのだ。

「魔道具を使っていたのだろう。常に身に付けていたもの……おそらく、この写真にある腕輪が怪しい」
「腕輪……あ、組紐のブレスレット?」

 ルーファスが指差したのは、壁に飾られた家族写真。
 一族で集まって、記念撮影したものだ。
 シオンの華奢な手首には、いつも組紐で作られたブレスレットが嵌っていた。
 高価な装飾品をたくさん持っていたはずなのに、お気に入りなのと譲らなかった、青と金の糸で編まれた組紐。

「まさか、あれが魔道具だったなんて……」
「そういえば、祖母は火葬の際にもあれだけは外すなと念を押していたが……そういうことだったのか」

 納得したように頷く伯父。
 もしも遺言を無視して、組紐を外していたら、大パニックに陥っていたことだろう。
 百十二歳で亡くなった曽祖母が、二十代に見えるエルフの美女の姿に変化する場面を想像して、皆で遠い目になった。
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