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163. ハイオーク肉のポルケッタ
しおりを挟むあらたに使い魔三人を加えた夕食会はとても楽しく過ごすことができた。
まず、異世界ファンタジーを好む従兄二人の盛り上がりようが凄まじかったのだ。
セオの耳と尻尾に歓声を上げ、白黒双子姉妹の翼に感嘆のため息を吐いていた。
伯父もホスト役として盛り上げてくれたので、とても楽しく過ごすことができたと思う。
とはいえ、ディナーの席が最高潮に盛り上がったのは、やはり料理長がメイン料理を運んできてくれた時か。
「今宵はイタリアの家庭料理風のメニューにしました」
厨房に運び込んだ食材を目にして、料理長は飛び上がらんばかりに喜んでくれたようだ。
特にハイオーク肉に感激していたよ、と覗き見たナイトが教えてくれた。
味見をした料理長はすぐさま本日のメニューを変更したようだ。
張り切った彼が作ったメイン料理は──
「リリお嬢さまのお土産の、特別な豚肉を使ったポルケッタでございます」
わぁ、と華やかな歓声が上がった。
ポルケッタ。イタリアで古くから作られている伝統料理だ。
「古代ローマ時代には収穫祭や謝肉祭に出されていた、郷土料理だな」
雑学に詳しい瑠海がセオたちのために説明してくれる。
「要するに、豚の丸焼きのことだろ?」
蘊蓄にはあまり興味がない玲王がさらりと言う。身も蓋もない。
料理長が苦笑まじりにフォローしてくれる。
「ふふ。そうとも言いますね。子豚を丸々ローストした料理ですから。あいにく、お嬢さまが持ち込まれたのは枝肉なので丸焼きではありませんが……」
ダンジョンからドロップした肉なため、そこは仕方ない。
だが、塊肉のローストは見栄えがいい。
大きなワゴンに載せられた肉を手際よく切り分けていく料理長。
チャーシューのようにタコ糸でロール状に縛られていたポルケッタを一口サイズにカットしていく姿に、皆がワクワクしているのが分かる。
スパイスの微かな刺激臭と、焼き上がったハイオーク肉の香りがたまらない。
「どうぞ召し上がってください」
「うむ。いただこう」
伯父が頷いたのを合図に、一斉にポルケッタを口する。
ガーリックの味と香りが鼻腔を刺激した。ホールの胡椒の風味が先にきて、すぐにたっぷりの肉汁に洗い流される。
肉があまい。まず真っ先に脳を占めたのは、そんな感想。
あとはもう夢中で皿の中身を口に運んだ。
パリッと香ばしい表面の部分の食感が面白い。肉はしっとりとやわらかく、内臓やラードが香草と共に詰められている。
豪快な料理だが、味わいは意外と繊細で、家庭ごとに様々な味が楽しめそうだと思う。
ゆっくりと味わいながら咀嚼して、リリはほうっとため息を吐いた。
「美味しい……」
口の中にまだ美味しい肉のスープが残っている気がして、冷えた炭酸水でリセットする。
「すげぇ旨い……」
「これほどとは……」
美食を食べ慣れているはずの従兄たちが言葉少なに称賛する。
美辞麗句での食レポよりも、まずはこの素晴らしい肉料理をじっくり味わうことを優先したのだろう。
「我が家の料理長の腕前はやはりすばらしいな」
「ええ。さすがね。とても美味しいわ」
「恐れ入ります。お嬢さまが持ち込まれた最高ランクの肉のおかげですよ」
伯父と伯母が上品に微笑み合っているが、皿の中身はすでに空だ。
熱を帯びた眼差しに気付いた料理長がすかさず肉を皿に追加していく。
身内のみの席なのだ。今宵ばかりはマナーを気にしない。
「あ、ずるいぞオヤジ。料理長、俺にもおかわりを頼む」
玲王のおねだりを合図としたかのように、皆が次々と「私も」「僕も」とおかわりを所望する。
たっぷりと用意していたポルケッタがあっという間に売り切れた。
リリもおかわりをしたハイオーク肉を幸せそうに口に運ぶ。
じっくりと長時間、低温でローストした肉はやわらかく、ジューシーだ。
パサパサとした食感は皆無。上質な脂の旨味にうっとりする。
「これが料理長の本気……ッ!」
「すばらしすぎますわ。こんなに美味な食事を楽しめるなんて、にほん最高です!」
「ん、美味しい。私たちも狩りに行こう」
使い魔三人が感動している。
オーク肉ベーコンやハム、角煮などで胃袋を掴まれている彼らは、料理長のディナーを味わえて、感極まった様子だ。
「もう食べきっちゃいました……はぁ…」
お皿を舐めそうな勢いでガン見しているセオの太腿をルーファスがこっそり捻っている。
「ダメだぞ、セオ。キツネに戻る気か?」
「いっ……! わ、分かりましたよぅ、もうっ」
拗ねた様子が愛らしくて、可愛いものが大好きな伯母がうふふと微笑ましげに瞳を細めている。
ポルケッタにはワインが合う。
イケる口だとバレているルーファスに、伯父が赤ワインをすすめている。
未成年のリリと酒よりも肉料理やデザートが気になる使い魔三人は炭酸ジュースを美味しそうに飲み干した。
ちなみに黒猫のナイトにも同じメニューが提供されている。
料理長からは見えなくなる魔法をかけているようで、人の目を気にせず、はぐはぐとイタリア料理を楽しんでいた。
真っ先にポルケッタに手を伸ばしたが、料理長はちゃんと前菜も食前酒と共に用意してくれている。
これもリリが持ち込んだ異世界産のチーズが使われていた。トマトとモッツァレラのカプレーゼ。
それとオーク肉を加工したサラミソーセージが添えられていた。
食前酒はコケモモのワイン。クランベリーとバラの香りがする、上品な一杯だ。
鮮やかな真紅のワインは見た目も美しい。
「これはシオンおばあさまが好きだったワインだよ」
「ほう」
「シオンさまが……」
ルーファスが黄金色の瞳を細めて、グラスを傾ける。
「甘いが、強い。……たしかにシオンが好きそうな味だ」
「いいなぁ……シオンさまのお好きなお酒」
「酒が得意ではない君たちには、こちらを」
「柘榴のジュースね。シオンおばあさまもお好きだったわ。懐かしい」
伯母がにこりと笑うと、クロエたちがおずおずとグラスに手を伸ばした。
リリも手に取って、喉を潤す。
「美味しいですわ」
「不思議な味。私も好き」
「甘酸っぱくて、飲みやすい! これ、お土産に買って帰りたいです」
「なら、帰りにリカーショップに寄りましょうか。ちょうどルチアさまへ納品するお酒も買い足したかったことですし」
すかさずルーファスが「手伝おう」と笑顔になる。リリは呆れたように酒好きのドラゴンを一瞥した。
「ルーファスは自分が飲む分が欲しいだけでしょう」
「バレたか。にほんの酒は格別に美味い」
プリモ・ピアットはパスタだ。
こちらも伝統料理である、アマトリチャーナ。トマトソースのパスタで、オーク肉ベーコンと異世界トマト、玉ねぎを使っているため、とても美味しい。
パスタが好きな黒猫ナイトが大喜びで皿に顔を突っ込んでいる。
つい肉料理に目が眩んでしまい、コース料理の順番がおかしくなってしまったが、どれも絶品だった。
デザートのドルチェはカクテルグラスに盛り付けられたティラミスとジェラート。
上品な味付けなので、口当たりがいい。
エスプレッソと共にじっくりと味わった。
いつもはもっと賑やかな使い魔のクロエたちだが、今夜は伯父たちと同席しているためか、まるで借りてきた猫のようにおとなしい。
それでも、皆の顔に笑みが浮かんでいることから、料理に満足してくれていることは伝わってきた。
「美味しかった?」
リリが尋ねると、それはもう物凄い勢いでディナーの感想を滔々と口にし始めた三人に、伯父一家が驚いている。
リリが頼んだ紅茶とナイト用のホットミルクを持ってきてくれた料理長がちょうどそこに居合わせて、忖度なしの褒め言葉の羅列に頬を赤らめたのはまた別の話だ。
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