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162. 伯母さまと使い魔
しおりを挟む「まぁ! まぁ、まぁ……っ。なんって愛らしいんでしょう!」
なんとなく予想はしていたけれど、伯母は新しく使い魔になった三人を目にするなり、テンションが爆上がりした。
「うふふ。写真や動画で貴方たちのことは見知っていたけれど、実物はもっと素敵ね!」
少女のようにはしゃぐ伯母を、リリは苦笑まじりに宥めた。
「伯母さま。クロエたちが怯えているので、そのくらいでお願いします」
「あら……ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったのよ?」
申し訳なさそうに手を合わせる伯母を、リリはあらためて三人に紹介する。
「こちらは私の伯母です。シオンおばあさまの孫、伯父さまの配偶者といえば分かりやすいでしょうか」
「海堂椿です。私のことはリリちゃんと同じく、伯母さまと呼んでくれると嬉しいわ」
「シオンさまの孫の嫁……。分かりました。わたくしたちの方が年上ですが、にほんの流儀に合わせましょう。わたくしはクロエです。こっちがネージュ。よろしくお願いしますわ」
クロエが重々しく頷く。
姉妹二人が揃ってカーテシーを披露する。本日着用しているゴスロリワンピースと甘ロリワンピースのスカートの端をちょん、と摘んで優雅に一礼する姿はとても絵になった。
二人を見慣れたリリでさえ、うっとりする光景を目にして、伯母は大喜びした。
「素敵! なんて可愛らしいお姫さまたちでしょう。あとで一緒にお洋服を着替えてもらって遊びたいわ」
「お洋服……?」
ネージュがこてん、と首を傾げると伯母はだらしなく頬をゆるめた。
「ええ。今の服も素敵だけど、他にもたくさんあるのよ! もちろんワンピースだけでなく、普段着もあるからプレゼントさせてね?」
「伯母さま。また、服をたくさん買われたのですね?」
「う……だって、リリちゃんに似合いそうな可愛い服を見つけてしまったんですもの! 三人とも服のサイズは近そうだし、シェアできていいんじゃないかしら?」
「……そうですね。さすがにロリィタファッションで買い物に出掛けると目立ちそうなので、普段着はありがたいかも」
中高生くらいの年齢に見える三人が違和感なく街に溶け込めそうな服を日本で購入する必要があるのだ。
「魔法のドアを使えるようになった三人には、色々とお使いをお願いしたいの。必要経費として、明日にでも日本の服を購入しに行きましょう」
「いいわね。明日、私もショッピングに付き合うわ」
うきうきと楽しそうな伯母を止めることはできそうにない。
可愛い女の子が欲しかったが口癖の彼女からすれば、等身大の極上な着せ替え人形をプレゼントされた気分に等しいのだろう。
「奥さま。僕のこともお忘れなく。セオと呼んでください」
一方、セオは恭しく腰を折ると、すかさず伯母の手の甲に唇を寄せる。
吐息が触れるか、触れないかの絶妙な挨拶だ。高貴な女性として扱われた伯母はほんのりと頬を染めて照れている。
「まぁ。可愛らしい紳士だこと。よろしくね、セオくん」
ちなみに三人とも人間ではなく、使い魔であると海堂家の皆には先に説明してある。
サービスエリアでは獣耳や尻尾、翼は魔法で見えないように消しておいたが、我が家ではそのままの状態で紹介した。
その方がこの一家の面々は喜ぶだろうと考えたのだが、目論見通りに伯母の視線はセオの自慢の耳や尻尾に釘付けだ。
「伯母さま。お土産を渡しても?」
「ごめんなさい、リリちゃん。私ったら玄関先で興奮しちゃって恥ずかしいわ。どうぞ、中へいらして」
ルーファスとナイトが「ようやくか」と苦笑を浮かべている。伯母が申し訳ない。
リビングに案内されて、リリはようやく安堵の息をついた。
◆◇◆
美味しいお茶とお菓子をいただいて、会話を楽しんだ後は伯母の独壇場だった。
クロエとネージュ、セオの三人はさっそく客間に案内されてファッションショーに付き合わされている。
リリは早々に逃げ出したため、被害に遭わずに済んだ。
図体がデカくてすっかり可愛くなくなったという息子たちよりも体格のいいルーファスは萌えの対象外らしく、こちらも無事。
『ニンゲンって大変だね。ボクはケットシーでよかった』
自慢の漆黒の毛並みの毛繕いをしながら、リリの腕の中のナイトが呆れたように言う。
「オシャレは楽しいもの。仕方ないわ。おかげで『紫苑』も大繁盛」
『そういえば、そうだったね。新作の衣装が出たら、店の前に行列ができるんだから驚きだよ』
王都店ではロリィタ衣装は取り扱っていないが、ジェイドの街の本店では、やはりメインは可愛らしいワンピース。
気軽に着ることができて、綺麗で可愛い。何より、ドレスよりも断然お得な価格での提供なのだ。
新作を入荷すると告知すると、販売当日は早朝から行列ができるほど賑わう。
仕方なく、王都店を見習って整理券を配布したくらいだ。
「最近はまた男の子用の服をもっと扱ってほしいとリクエストされているのよね……」
セオが着ている王子風衣装は実は女の子用の服なのだが。
それでもいいと男の子のお母さんに懇願されているので、色々なデザインの男装風衣装を仕入れている最中だ。
「それはそれとして、ナイト。他人事って顔をしているけれど、こっちの世界ではネコちゃん用の衣装もあるのよね」
『はっ⁉︎ ネコに服を着せるのっ?』
ぎょっと空色の瞳を見開いたところで厨房に辿り着いた。
ルーファスが周囲の気配を確認して「大丈夫だ。誰もいない」と頷く。
料理長は買い出し中だとは聞いていたけれど、誰かに見られると厄介なので、そっと厨房に忍び込んだ。
「では、二人とも。お願いします」
「分かった」
『とりあえず、ダンジョンで手に入れた肉をぜんぶ出すね』
ルーファスとナイトが【アイテムボックス】から出したものを作業台に並べていく。
厨房の主人がいない間に、冷蔵庫と冷凍庫に魔獣肉、魔物肉をぎっしりと詰め込んだ。
ついでにアゲットの街に寄って買い込んできた美味しい野菜も出しておく。
「あとは『聖域』産のハチミツと、バリシア牧場の乳製品!」
これはリリがストレージバングルから取り出した。
牛乳とチーズと、皆に手伝ってもらって手作りしたバターも冷蔵庫に入れておく。
「料理長にはメモを残しておけばいいわよね。食材を持ち込んであるので、今夜のご馳走を期待しています、と」
「楽しみだな」
『そうだね。この家の料理長の腕前は王宮の料理長より上だもの』
ナイトがぺろりと舌舐めずりする。
リリもわくわくしながら、厨房を後にした。今日は客人が多い。
伯母の采配で、以前に我が家でクレームブリュレを作ってくれた調理人も手伝いに入ってくれると聞いた。
「デザートも期待が持てそうです」
軽い足取りで、伯母のもとへ向かう。
客間では着せ替え人形に疲れて、ぐったりとソファに転がったセオと日本の服をたくさん着ることができて大はしゃぎの白黒姉妹に出迎えられた。
「リリちゃん、ちょうどいいわ。貴方の服も買ってあるのよ」
「……あ。えーと、伯父さまに販売する商品の準備が」
「そんなの後でいくらでもレオとルカに手伝わせるわ! ほら、早く!」
「ああ……」
「がんばれ、リリィ」
気の毒そうに応援してくれていたルーファスの肘が伯母に掴まれた。
ぎぎ……と音がしそうなほど、ぎこちない仕草で振り向いたルーファスに伯母が華やかな笑みを披露する。
「もちろんルーファスちゃんの衣装もちゃんと揃えてあるから、着替えてね?」
「くっ、まさか俺の分もあるとは……!」
「にゃ……」
嫌な予感がして、そっと逃げようとしたナイトにはリボンが差し出された。
「ナイトちゃんは、このリボンね。リリちゃんとお揃いなのよ。可愛いでしょう? ネコちゃんに服は可哀想だから、リボンだけにしたの」
『リリとお揃い? ……うん、悪くないね』
満更でもない表情で尻尾を揺らす黒猫をルーファスが恨めしげに見やる。
「ズルい。俺もリリィとお揃いのリボンが欲しい」
「あらぁ」
伯母の目がギラリと光ったのを目にしたリリはそっとルーファスから視線を逸らした。
その日のディナーの席では、リリとお揃いのリボンを付けて上機嫌なルーファスの姿が見られた。
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