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161. にほんはおいしい
しおりを挟む「車って、こんなに快適なんですね!」
窓から見える景色を夢中で眺めるセオをナイトが尻尾の先でぺしりと叩く。
『窓から顔を出したらダメって言ったよね?』
「ごめんなさい。でも、風が気持ちよくって!」
へらりと笑うセオはまるで大型犬のようにドライブにはしゃいでいる。
一方、白黒姉妹はおとなしくシートに背を預けていた。
最初は窓の外の光景を食い入るように見つめていたが、すぐに飽きてしまったようで。
今はタブレットでアニメ動画を眺めている。
ちなみに本日はいつもの軽ワゴンではなく、キャンピングカーで移動していた。
リリとルーファスとセオ、クロエとネージュの五人だと軽ワゴンでは定員オーバーになってしまう。
仕方なくキャンピングカーを使うことにしたのだが、リリはまだ運転が不安だった。
(障害物のない異世界の平原ならともかく、都内の道路は怖いかも……)
サービスエリアでの飲食を楽しみにしている皆には悪いが、元の姿に戻ってもらおうかと思案していたところ、ルーファスが「俺がキャンピングカーを運転しよう」と立候補してくれた。
無免許はちょっと、と戸惑うリリに認識を阻害する魔法があるのだと、車好きのドラゴンが胸を張り──結局、ルーファスがハンドルを握ってくれることになったのだ。
後部シートは使い魔の三人に譲り、リリは助手席に腰を下ろした。
黒猫のナイトはちゃっかりリリの膝の上で丸くなっている。
そうして、上機嫌なルーファスが運転するキャンピングカーで伯父の家を目指すことになった。
セオは男の子らしく、キャンピングカーの造形に惚れ惚れしていたが、クロエとネージュは乗り心地を楽しんでいる。
「馬車とは大違いですわね。それに道が綺麗に舗装されているから、揺れも感じません」
「椅子もふかふか。涼しくて快適です、リリさま」
暑さが苦手なネージュはエアコンがすっかり気に入ったようだ。
「喉が渇いたら、冷蔵庫のドリンクを飲んでくださいね」
「はーい! リリさま、お菓子も食べていいですかっ?」
「いいですけど、サービスエリアで食事ができなくなりますよ?」
「うっ……我慢します」
調子に乗ったセオがしおしおと項垂れる。
(サービスエリア、どれだけ期待されているのかしら……?)
ドライブは順調で、予定通りの時間帯にサービスエリアに到着した。
いちばん混雑するランチタイムを外したので、行列に並ばずに済みそうだ。
「こっちは平日でよかったです」
「リリィ、レストランへ行くぞ! 俺のオススメを食べよう」
張り切ったルーファスに手を引かれて、レストランへ向かう。
ちなみに黒猫のナイトはいつものように魔法で姿を消しているが、使い魔たちは人の姿のままだ。
つまり、赤毛のワイルド系美形なルーファス、可愛い系ダークブロンドのセオ。
そして双子の美少女なクロエとネージュという美男美女の集団は、とても目立っていた。
一応、全員で日本製の服を着てはいたが、元が良すぎるため、周囲の視線を独占している。
「ああ……クロエとネージュ、セオの三人の服、別のものを用意しておけば良かったですね……。私の失態です」
いつものロリィタ衣装にすっかり見慣れていたため、そのまま日本へ来てしまったのだ。
クロエはゴスロリワンピース。ネージュは甘ロリワンピース。
二人ともとても愛らしいため、アイドルの撮影会と間違われている。
ちなみにセオも王子風コーデで決めており、家族連れの女の子たちの初恋泥棒と化していた。
うん、可愛くて優しい雰囲気のセオは理想の王子さま、そのもの。
日本へ遊びに行くにあたり、三人とも獣耳や尻尾、翼を隠してもらっているため、見た目はおかしくない。
おかしくはないが、日本人離れした美しさはどうしたって目立ってしまうのだ。
「今からでもご当地Tシャツとかを買えば、目立たなくなるでしょうか……?」
『無駄だと思うよ? 服を着替えても、顔はそのままだもの。騒がれたくないなら、魔法を使えばいい』
黒猫ナイトの提案に、リリはぱっと顔を輝かせた。
「魔法! その手がありました! ルーファス?」
「任せてくれ」
リリに頼られて嬉しいルーファスは即座に魔法をかけてくれた。
人々の関心を自分たちから逸らす魔法。
効果は覿面で、リリたちを取り囲んでスマホを向けようとしていた人々がふいに興味を失ったように解散していく。
「……よかった。ありがとうございます、ルーファス」
「最初から、この魔法を使っておけばよかったな」
「まさか、ここまで人が集まるとは私も思いませんでしたから。皆、とても綺麗だから仕方ないですね」
ふふ、と無邪気に笑うリリ。
「……リリィも視線を集めていたのだが、気付いていないのか?」
『リリは自分のことには無頓着だからね』
ともあれ、これでゆっくり食事を楽しめる。
レストランでは、ルーファスはカツカレーを頼んだ。
色々とお気に入りはあるようだが、この店でのイチオシはカツカレーらしい。
セオは素直にルーファスと同じものを注文した。
「リリさまは何を注文されるのです?」
「私はラーメンにします。料理長のチャーシューほどではないですけれど、ここのラーメンも美味しいらしいので」
チャーシューがたっぷり盛られた豚骨ラーメンは見るからに美味しそう。
異世界で食べるラーメンはどうしてもインスタント麺になるので、生麺が食べたかったのだ。
「私もリリさまと同じラーメンにする」
「わたくしはこのハンバーグランチが食べたいですわ!」
ネージュはラーメン、クロエはハンバーグランチを選んだ。
ハンバーグランチは目玉焼きと赤いウインナー付きで大人のお子さまランチっぽくて気になったのだろう。
食券制のレストランなので、提供はスピーディだ。さっそく皆で少し早めのランチを楽しむことにした。
「カレーだけでも旨いのだが、そこに何とカツも追加されているのだ。カツカレーとはすばらしい料理だと思わんか、セオ」
「最高ですね! どっちも美味しいです!」
大盛りのカツカレーを幸せそうに頬張る男子二人。
対して女子組はじっくりと料理を味わって食べた。リリも久しぶりの濃厚な豚骨ラーメンに舌鼓を打つ。
「スープが美味しいです。チャーシューもやわらかくて、とろけそうですね」
「ん、美味しい。カップ麺も好きだけど、全然違う。これ、好きです。リリさま」
「ハンバーグも美味しいですわよ? リリさまが作ってくださった、オーク肉ハンバーグの方が美味でしたが、これもなかなか」
ちなみに黒猫のナイトはナポリタンを食べている。甘い味付けの麺料理が気に入ったようで、こちらもうっとりと瞳を細めながら黙々と咀嚼していた。
食後のデザートはソフトクリーム。
車内での軽食用にとメロンパンも大量に買い込んだ。
「お前たちはにほんの金を持っていないだろう。今日は俺が奢ってやろう」
太っ腹なルーファスの発言に、三人が歓声を上げる。
貰った一万円札を大切そうに握り締めて、さっそく売店に散らばっていった。
「これはしばらく戻ってきそうにないわね」
『そうだね。ボクたちはそこのカフェで待っていようよ、リリ』
黒猫のナイトを抱き上げて、カフェを覗いてみる。期間限定のシャインマスカットパフェが美味しそうだ。
「そうね。ここで待っておきましょう」
『リリ、ボクはモンブランパフェがいいなぁ』
「それも美味しそうね。半分こにして食べちゃいましょう」
のんびりとパフェを食べて、コーヒーも飲み干したところでショッピングを終えた皆と合流できた。
どうだった? とリリが尋ねると、三人は顔を見合わせて「にほんは美味しいものがたくさんある!」と報告してくれた。
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